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40話 新世界

 牧緒は、息を吹き返した幼い魔術師へ視線を移す。

 彼女はリデューシャを数十秒の間、無力化した。

 断続的に同じことができるとしたら油断はできない。


 牧緒は、黒い鎧に紫の炎を纏う騎士に思考を巡らせる。

 彼の口ぶりから、まだ全力でないことは明らか。

 その上、上半身と下半身を切り離されても尚、戦闘の継続が可能。

 気付けば、肉体も元通り接合されている。


 牧緒は、勇者の真意を掴み取ろうとする。

 リデューシャの拘束は、絶好の好機。

 にもかかわらず、参戦しようとはしなかった。

 だが、レトロの言う切り札が気になる。


(こっちには、オルガノも控えてる。ユレナの幻想魔法も、戦闘に絡めれば厄介なはずだ)


 牧緒は、勝利を確信しつつあった――。


 レトロは、異質の能力を振るう獣人を視界に捉える。

 それはゴーヴァンを力だけでねじ伏せた。

 物理的な干渉を無視して、全てを断ち切るはずの魔法を小手先で蹴散らした。

 一切の情報はそれを示唆していないが、この獣人も≪終末級≫に足る存在かもしれない。


 レトロは、未だ真偽不明の魔王を内包するユレナの様子を窺う。

 牧緒は魔王覚醒の方法を知っているのか、知らないのか。

 無駄に思考させられた結果、結論が曖昧になる。

 初めて見た魔王は、確かに牧緒の言葉に従っていたように見えた。

 しかし、それすら牧緒の策略だったすればどうか。


 レトロは、牧緒の真意を解き明かそうとする。

 彼は唯一竜の救出にやってきた。

 そして初めから、対話を望まんとする態度であったのは間違いない。

 しかし、戦闘が始まったことで対話による解決は閉ざされた。

 牧緒が今望むのは開戦か、休戦か。

 後者であったとして、『惡の特異点』の今後の動向をどのように探るべきか。


(唯一竜の首を確保できなかったのは……痛いな)


 レトロは、今後を見据えて後悔した。


「バルバラを、どうやってここまで誘き出した?」


 牧緒は、それが正式な手続きの元に行われたのか、それとも強硬手段であったのかを判断したかった。


「示したのさ。君たちが既にヴァルキア皇帝陛下の庇護下ではないと」


 レトロは、隠すことなく真実を口にした。


「ウオラ王国の扱いはどうなってる?」


 ヴァルキア皇帝が決断を下した理由は何か。

 そう考えた時に最も有力なのは、ウオラ王国と『惡の特異点』が繋がりを持ったのだと、ヴァルキア皇帝が判断した場合。

 ならば、そう思われたきっかけは何か。

 答えは簡単だ。何者かが裏切りを裏付ける何かを、進言したに違いない。

 それができるのは、ウオラ王国の者のみ。

 牧緒からしてみれば、ベイランがそれほど大それた行動をとるとは思えない。

 ならば恐らく、ビシャブ王だろう。


「ウオラ王国は、世界の敵となった」


 レトロはありのままを告げた。

 その一言で、牧緒は状況を把握する。

 どうやってバルバラとの戦闘に至ったのか、その経緯までも。

 ビシャブ王は勇者に助けを求め、そして勇者に裏切られた。


「これじゃあ、どっちが悪者か分かったもんじゃないな」


 牧緒は怒りを内に、冷静さを保てる限界の中で精一杯の悪態をつく。


「君たちが脅威である限り、僕は正義さ」


 レトロはそう言って笑った。


「降りるか降りないかは、お前次第だ」


 牧緒は挑発した。


「手の内の探り合いは終わりか? 僕は戦っても良いんだ」


 レトロは受け取った決断(ボール)を投げ返す。


「よく考えろ。ここが()()の分水嶺だ――」


 それを受けて、牧緒は宣告した。

 それを以って、自身が『惡の特異点』の盟主であり、人外の立場に身を置いたことの宣言とする。


「……いいだろう」


 折れたのは、レトロだった。

 彼は、牧緒の手札を高く見積もった。

 もしかしたら、牧緒自身が戦えるだけの力を持っている可能性。

 それは、ニャプチという想定外の存在がもたらした思考の亀裂。


「ミリー、ゴーヴァン、ここは引く」


 レトロは振り向き、指示を出す。


「次は殺す」

「やーだにゃ」


 ゴーヴァンが威嚇するも、ニャプチは馬鹿にするように舌を出して受け流した。


「勇者様……行きます! 気儘な招集:(アーテル)!」


 レトロたちは魔法の球体に包まれる。


「マキオ、次はサシで勝負しよう」

「あぁ、望むところだ」


 去り際に、レトロは牧緒と約束を交わす。

 そして、彼らは光の線となって彼方へと消えた――。


「良かったのか?」

「あぁ。勝てる保証は無かったしな」

「……妾が負けると思っているのか?」

「勇者の勝気な態度が引っ掛かっただけさ。それに、他の援軍がやってこないとも限らない」


 ミリオンとゴーヴァンは、光の玉に乗って飛んできた。

 視界に入らない場所から、いくらでも援軍投入の可能性が考えられる。


「も、申し訳ありません……。あの時、わたくしが引き留めなければバルバラ様は……」


 トコトコと寄ってきたユレナが、深く頭を下げた。

 ”迷いの森”から脱出した直後、彼女は自身の幻想魔法について牧緒に説明した。

 同時に、第三者から見た魔王の性格や口調を確認する。

 その時間が無ければ、バルバラが倒される前に援護が間に合ったはずだ。


「いや、俺の判断ミスだ。それに、いくらでも時間があったのに俺が事前に確認しておかなかったせいだ」


 牧緒の中に怒りは無かった。

 それは、バルバラが辛うじて生きていたからだろう。

 

「小僧、次はどうする? こちらは≪終末級≫を一人失った。勇者は戦力を補強して再戦にくるぞ」


 出番の無かったオルガノが、ここぞとばかりに割って入る。


「考えはある。あるけど、まずは……」


 牧緒は、日の沈む方へ顔を向けた。

 見えるはずの王城は、影も形も無い。


「じゃ、王都へ出発にゃ~」


 戦いでアドレナリンが分泌されたニャプチが、妙なテンションで号令を上げた。


 ***


 牧緒は、崩壊した城下町の惨状を目に焼き付けていた。

 勇者によってもたらされた破壊は、甚大な被害を出した。

 死傷者多数。

 生き残った民たちが必死に瓦礫をかき分け、新たな生存者を探している。

 その背後から、全長三メートルはあろうゴーレムが現れ、両手いっぱいに瓦礫を掬って手助けする。

 それは、リデューシャが魔法で生成した人口魔物。

 数十匹のゴーレムが町中を巡る。


「ほれほれ、ここがいいのか?」

「ふにゃにゃにゃにゃ」


 広がる凄惨な光景とは裏腹に、リデューシャとニャプチが戯れている。

 ニャプチは首筋から顎にかけて撫でられ、腰をポンポンと叩かれて至福の表情。

 そんな様子をユレナは妬ましく眺めていた。

 彼女もまた、動物が好きなようだ。


「いつの間にそんなに仲良くなったんだ?」

「ふふ、獣人など、まま猫のようにあやせばこの通りよ。ほうれほれ」


 普段、その見た目から「犬ころ」と呼んでいるリデューシャであったが、あやし方は猫に対するものだった。

 ニャプチの想定外の異常な強さは、魔女のお眼鏡にかなったようだ。


「ふにゃにゃにゃにゃ」

(お前はそれでいいのか……?)


 喜ぶニャプチを不憫に思いながら肩を落とした牧緒のマントから、小さなオレンジの光が顔をのぞかせた。

 それは、ほんのりと熱を持っただけの炎。


「もしかして、それはバルバラ様ですか?」

「いや、こいつは……」


 ユレナは、まるで生きているように動く炎に見覚えがあった。

 しかし、牧緒の反応はそれを否定するようにも聞こえる。


「それは魔法により生み出された生命だ。唯一竜そのものではない」


 当然、リデューシャはその正体を見抜いている。

 レトロとバルバラの戦場跡。

 その大地に消えることなく揺れていた小さな炎は、魔力供給を断たれても尚、生きていた。

 それは縋る子猫のように牧緒の元までパタパタと跳ねて、体をよじ登って懐に忍び込んだ。


「もしかしたら亜空間のバルバラと通信できるかも……と思って」


 それがバルバラ本人ではないと分かっていても、一縷の望みを捨てきれない。

 

 それ自体が生命と化しているため、炎自身が魔力を生成している。

 そのため、バルバラの魔力供給がなくとも消えてしまうことは無い。

 だが、それは生命を維持する程度の小さな魔力。

 火力を上げることも、熱を自在に操作することもできない。


「触れてもぬるま湯程度。見てくれだけの炎だ。しかし、マキオに懐いているようだしな。何かの役には立つかもしれぬ」


 そう言って、リデューシャは引き続きニャプチを撫でまわした。


「……バルバラ様を治す方法を見つけなければなりませんね」

「あぁ、やることは多い」


 ユレナはバルバラが生きていることを強調し、牧緒を元気づけたかったのだが、むしろ逆効果だった。

 そうこうしていると、陰鬱な顔の牧緒の前に、ベイランとその側近たちが現れた。

 王城はほぼ全壊。

 しかし、ベイランは丁度別にいて、九死に一生を得たのだ。


「マキオ様……この度の我々の失態は――」

「良い。むしろ悪かったな……。奪われた命まではどうすることもできないが、この国は必ず俺が復興させる」


 世界を敵に回してしまった以上、ベイランは今更『惡の特異点』との関係を断つことも叶わない。

 ベイランにできることとすれば、歯を食いしばり、ひれ伏すこと。

 そして、『惡の特異点』が世界を席巻することを祈るだけ。

 それだけが、ベイランに残された唯一の逆転の道。


「まずはリデューシャの召喚したゴーレムたちと共に、民の救出と損壊した建造物の修繕に努めろ。俺は少し用がある。何かあれば明日聞こう」

「はっ!」


 ベイランはいつものように深々と頭を下げて牧緒を見送った――。


 牧緒は街の外れの広場に向かう。

 そこで、ある人物と落ち合う約束をしていた。

 少し長めの階段を上ると、石のベンチに座って夕日を眺めるオルガノの後ろ姿が見えた。

 牧緒が近づくと、その背中は問う。


「この国を救い、勇者の脅威に備え、この世界から脱出する……。どうやって実現するつもりだ?」

「国を造る」


 清々しいほど簡潔に、牧緒は言い放った。


「……それにどれほどの時間と労力が必要か分かっているのか。国民はどうする? ただ国として名乗りを上げるだけか? それに何の意味がある? 政治的に解決できる問題など、今更あるまい」


 オルガノは、牧緒の発言を一蹴した。


「デルバを探すには、異端審問官を利用するのが手っ取り早い」


 キュラハは牧緒に嘘をついていた。

 しかし、その全てが嘘だったとは思えない。

 異端審問官は妖精や亜人を排斥し、人間という種に固執している。

 そして、人間に都合の良い歴史を残そうとしている。

 歴史の生き証人であるデルバは、その障壁。

 異端審問官がデルバを探しているということは事実だという前提で、牧緒は計画を組み立てる。


「俺たちが、異端審問官にとって都合の悪い奴らになればいい。そうすれば、あっちの方から接触してくるはずだ」


 世界を巡って情報を集めるのではなく、世界から情報が集まるように立ち回る。

 そのための国造りでもあった。


「都合の悪い……まさか、人外を中心とした国を造ると?」

「あぁ、そうだ。特に獣人を奴隷にしている国は多く存在する。そんな彼らを救い出して、国民として迎え入れる」


 国を造るためには、国民が必要。

 だが、『惡の特異点』が作った国に誰が移住したがるだろうか。

 いるとすれば、元の環境が地獄である者たち。

 安全と衣食住を提供できれば、喜んで国民になってくれるだろう。


「国を造れば、勇者に対抗する戦士を育成できる。世界が俺たちを脅威だと思っているなら、その力を拡大してやろう。そうすれば、ウオラ王国にも簡単に手が出せなくなるはずだ」


 王都を失って弱体化したウオラ王国の土地を、好戦的な他国はこぞって奪おうとするだろう。

 しかし、強大な力を持つ国がウオラ王国と同盟を結べば、容易にウオラ王国に手は出せなくなる。


「これで全部解決だ。だろ?」


 牧緒はそう言って、オルガノの肩に手を置いた。

 即座にそれは叩き落とされる。


「言っただろう。時間がかかりすぎる。既に政治的にどうこうできる状態にないのだ。しかし……」


 オルガノは提案する。


「世界を創れ。かつての魔王が魔界を定義したように。無法に、奔放に、我儘に領域の主であることを主張すれば良い」


 国でなければ、国家間の(まつりごと)に関与する必要はない。

 国でなくとも王を名乗れば、他国と同盟を結ぶこともできるだろう。

 国でなければ、世俗のしがらみに囚われず、誰であろうと受け入れ、その安全を守護できるだろう。

 国でなくとも王を名乗れば、その求心力によって民と呼べる力を得られるだろう。


 もちろん、そんなことは絵空事だ。

 都合の良いように想像した世界に過ぎない。


「儂が何とかしよう」


 だが、闇ギルドを束ね、世界を裏から牛耳っていたオルガノは自信を覗かせる。


「≪終末級≫の力と儂の経験。そして貴様の知恵があれば、新世界を成すことは可能だ」

「俺の知恵、か……。ついにオルガノも俺のことを過大評価するようになったんだな」

「あぁ、儂も貴様を()()評価しているとも」


 牧緒の嫌味は伝わった。

 しかし、牧緒を中心にして世界が動き始めているのは確か。

 オルガノはその無能な男を利用するに値すると評価した――。

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