表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/58

39話 切り札

 勇者と唯一竜の戦地より遥か彼方。

 古戦場の崩れかけた物見台の上。

 万が一に備えて、勇者の腹心たちは爪を研いで来たるべき時を待っていた。


 一人は勇者の右腕にして、表裏(ひょうり)を司る賢者ミリオン・ハス・フェルミノス。

 幼い少女とは思えないほど、毅然とした態度で戦地の空を見据えている。

 大地が纏う微かな魔力すら、その小さな体が引き寄せて凝縮する。


 一人は勇者に敗れし≪終末級≫の暗黒騎士ゴーヴァン・アストレイ。

 彼がその身に背負う呪詛は、余りにも多すぎた。

 絡まり合った糸のように不規則で、雑然としている。

 呪詛を戦闘へ転用するために、黒き甲冑の内側で精神を統一する。


 二人の間に殺気は無く、呼吸以外の音も無い。

 しかし、徐々に甲冑が擦れるギリギリという音が耳に付き始めた。

 忍耐強そうに見えるゴーヴァンが、堪らず先に口を開く。


「……お前は、何なんだ?」


 目の前の幼女が戦えるとは思えない。

 ましてや勇者の右腕などと、何かの間違いであろう。


「ミリオンです! 是非、ミリーとは呼ばないでください」

「名は知っている」


 ミリオンのことは、レトロから聞いていた。

 しかし、今日初めて顔を合わせた時から、ゴーヴァンはずっと気になっている。

 歳が二桁にも満たないであろう子供が、まともな魔法を行使できるはずもない。


「まさか……、レトロの娘なのか?」


 そう勘ぐるのも仕方ない。

 レトロも若いが、年齢的にはありえない話ではなかった。


「そうです。ミリーは勇者様の娘です! なので大事に扱わないでください」


 ゴーヴァンは、その話を信じきって頭を抱える。

 踏み込んではならない一線であったかもしれないと、自戒した。

 だが、自ら振った話を一方的に切り上げてしまうのも心苦しい。

 悩んだ末に、その先の真相を確認する。

 

「家名はフェルミノスだったな。何があった?」

「うーん、まだ設定を練れていないので、聞かないでください」

「……設定」


 ミリオンは嘘をついていた。必要のない、とてもくだらない嘘。

 悪気があるわけでもなく、無意識に行われる不合理なコミュニケーション。


 ゴーヴァンは遊ばれているのだと思ったが、鼻で笑って許してやった。

 ≪終末級≫の大罪人にしては、大らかな心を持っている。

 もちろん優しさではない。

 いつでも殺せる相手だと思っているからこそ、穏やかでいられるだけだ。


「……っ、きましたきました! 出番です!」


 ミリオンが足踏みして、声を上げた。

 彼女はレトロが身に着けている魔法具の耳飾りから聞こえる音で、状況を把握して行動に移す。


「気儘の招集:(アーテル)!」


 ミリオンが唱えたのは、転送魔法の一種。

 巨大な球体が二人を包み込み、キュルキュルと回転する。

 それは物見台を粉砕し、残像を残しながらレトロの元へ飛んだ。


 ミリオンたちの目的は、勇者が唯一竜に敗北した時、現地へ赴くこと。

 唯一竜が満身創痍であれば、討伐を引き継ぐ。

 そうでなければ、勇者の遺体を回収する。

 結果は勇者の勝利。

 それでも、ミリオンは勇者の下へ向かうと決めた。

 本来の役目は、想定していなかったものへと変わる。

 満身創痍の勇者を『惡の特異点』から救うためのものに――。


 ***


 牧緒とレトロは対峙する。


 レトロは僅かに後ずさり、目線だけを空に移した。

 警戒するのは強欲の魔女リデューシャ。


 レトロは右目と右腕を失い、戦う魔力すら残っていない。

 原型魔法【綺羅星(ウィクトーリア)】が理不尽な勝利をもたらしてくれるのは、魔力あってのこと。

 今戦えば、敗北は必至。


(僕の魔力が尽きていることは、感覚でバレているはず……)


 そうだとしても、魔剣ロンドなら5メートル離れた場所からでも、瞬時に牧緒の首を刈ることができる。


(魔女はマキオが傷つくことを警戒しているはず。なら、なんでマキオはわざわざ僕の前に……)


 レトロは、血と酸素が不足した脳で状況を整理する。


(僕を殺す気が……無い、のか……?)


 意味不明な見解。

 だが、それ以外に理屈が通らない。

 レトロが僅かにふらついたその時、光の線が流れ星のようにレトロの背後に落下した。

 舞い上がった土煙から姿を現したのは、ゴーヴァンとミリオン。


 援軍は二人。それを確認して、牧緒は右手を振ってマントを翻した。


「姿を見せてやれ。魔王ロキアズル」


 牧緒の背後で、地面が割れて隆起する。

 その頂には、一人の影。


「弱り切った勇者になど興味はない。それよりも、我はそこの黒い鎧と()らせてもらうぞ」


 そこには、啖呵を切るユレナの姿があった。

 黒き双角が光りを反射し、尾の影がレトロたちを撫でる。


(あれは……魔王じゃない)


 レトロは、その演技をいとも容易く見破った。

 

 ユレナが持つ日傘の魔法具は、蜃気楼のように錯覚をもたらす魔法を成す。

 適性が高ければ、望む幻想を見せることも可能。

 レトロの中に残る記憶を元に、魔王の姿を再現した。

 あとは、それらしい言葉遣いと態度で臨むだけ。

 

 その幻想は看破された――ここまでは、牧緒の計算通り。


(こんな稚拙な幻を僕が見抜けないと思っているのか……? いや、そんな楽観的な認識になるわけがない)


 レトロは魔法においても卓越した強者。

 だから深読みし、無視できるはずの違和感に意味を見出だしてしまう。


(魔王顕現の方法をマキオは既に特定している……!)


 偽物の魔王で油断させておいて、戦力差に誤認を与える。

 有利だと勇めば、本物の魔王が顕現して不利に転じる。

 それが牧緒の策略だと、レトロは考えた。


 実際には、その逆。

 牧緒は魔王顕現の方法を特定しているが、仲間にすることができていない。

 不用意に顕現させれば、仲間に牙をむく可能性も大きい。

 ある意味で、魔王ロキアズルは戦力にならない。

 だが、勇者ならその思惑を深読みし、違う結論に辿り着くと信じていた。

 全ては、勇者を引かせるための作戦である。


(僕は戦えない。ゴーヴァン一人では≪終末級≫二人を相手にするのは難しい。ここは引くか? いや、ミリーがいれば勝機は……)


 長いようで短い時間。

 構えて指示を待つ、ゴーヴァンとミリオンに背を向けたまま剣を強く握る。


「君が望んでいるのは……対話だな?」


 一つの疑念が、レトロに決断させた。

 牧緒が、レトロの間合いに易々と踏み込んだ理由。

 戦うことが目的なら、そうはしない。

 だからレトロは気付いた。

 勝負に誘い、負け戦に乗らせるつもりなのではない。

 勝負から降りさせることが目的だと。

 そして、この間合いは……対話の間合いだと。

 ならば、それに乗るわけにはいかない。


「ゴーヴァン!」


 その名を呼ぶのと同時に、レトロは一気に後方へ跳んだ。

 ゴーヴァンは手のひらを前面にかざす。


「確実なる死よ――走れ!」

 

 夜空よりも黒い黒煙が噴き出す。

 それは牧緒はもちろん、上空から見下ろすリデューシャの視界すら遮る。

 しかし、その実態は煙幕に留まらない。

 触れれば問答無用に命を奪う、即死魔法であった。

 

「マキオ!」


 リデューシャは黒煙の危険性を理解し、警告の声を上げた。

 即死魔法の分類は闇の魔法。

 相反魔法である光の魔法で簡単に相殺できる。

 しかし、ミリオンがそうはさせない。

 下剋上を実現し得る番狂わせの魔法を行使する。


「気儘な拘束:(アルバス)!」

 

 途端、リデューシャの体は硬直し、宙に浮いたままその身の自由と魔力の操作を封じられる。


「これは……!」


 辛うじて動かせる舌を上下させ、リデューシャは驚きを吐き出した。

 ミリオンの掲げる杖は重さを増し、彼女の体を押しつぶそうとする。

 腕をプルプル振るわせ、額に汗を流しながら杖を支え続ける。


「5分だけ……、やっぱり1分だけ魔女を足止めします! 後はよろしくお願いしまあああす!」


 ミリオンの拘束魔法が無防備にしたのは、リデューシャだけではない。

 その助けを必要とする、無能の牧緒もだ。

 死の黒煙が、命を飲み込む――その瞬間。


「うにゃにゃああああん!」

 

 本人にとっては気合の叫び。

 しかし、周囲からすれば何と間抜けな伸びた声だろう。

 黒煙の中から現れた靴の底。

 それはニャプチの両足だ。

 ミサイルの如き勢いが、黒煙を左右に散らした。

 

「ごっ、ぶがああああああ!」


 ゴーヴァンの顔面に、ドロップキックが決まる。

 目にも留まらぬ勢いで、ゴーヴァンは吹き飛んで遥か遠方の台地に衝突する。

 水飛沫ならぬ土飛沫が、雲に触れるのではと錯覚するほど、高く噴き上がり道を作った。


「は?」


 レトロは眼前の出来事を受け入れらずに声を漏らした。

 30トンにも及ぶゴーヴァンが吹き飛ぶなど、想像もしていなかった。


「その獣人……只者じゃないとは思ってたけど、ここまでとはね」

「あぁ、本当の切り札は魔王なんかじゃない。ニャプチだ」


 牧緒は間を置かずに答える。

 本当は、何が起こっているのか全く理解できていない。

 しかし、自分たちにとって優位な状況が展開されたことだけは分かり、見栄を張った。


「にゃにゃにゃにゃああ~! ばっちこいにゃあ!」


 久々に体を思い切り動かしたニャプチは、喜々とした表情で片足を上げ、猫手にした両腕を掲げる。

 それは体を大きく見せようとする動物の威嚇のようでもあり、この世界には存在しない中国拳法の構えのようでもあった。


「ふ、流石犬ころ。役に立つ」


 高らかに雄叫びを上げるニャプチを見下ろしながら、リデューシャはほくそ笑んだ。

 即死魔法に触れながら、その効果を完全に無視した蹴りの一撃。

 無策にその身を投じたようにしか見えなかったが、事実ニャプチはピンピンしている。


「うにゃ?」


 ニャプチの視界に黒い光が映った。

 光の先には、ゴーヴァンの肉体がある。

 魔法による超高速移動。

 その速度を保ったまま、剣は振り下ろされた。


「確実なる断罪よ――処せ!」


 その斬撃の軌跡は、大地を分かつ黒き壁として目視できた。

 永遠に標的を追い、永遠に切り刻み続ける終焉を告げる魔法。

 一度放たれれば、自身には確実な勝利を。相手には確実な死を与える。


 しかし、世界の(ことわり)をも崩しかねないその魔法は、役割を見失った。


「にゃおおおんんん!」


 ゴーヴァンが目にしたのは、できるはずもない真剣白刃取り。

 魔法によって生み出された斬撃は、物理的には衝撃波に過ぎない。

 しかし、確かにそれを掴んでいる。

 黒き斬撃はニャプチの小さな両手に挟まれ、その体を二分するに至らない。

 ニャプチは踏ん張るも、大地を走る斬撃に押され続ける。


「んにゃにゃにゃにゃにゃにゃああああ!」


 手首、腕、肩、腰の順に体を捻る。

 それに合わせて、両手に挟まれた黒き斬撃も形と軌道を変える。

 まるで熱いままに練られる、飴細工の如く。

 そのまま体を一回転させ、掴んだ斬撃を放ち返す。


「私は……、何を見せられているんだ」


 ゴーヴァンは、生涯感じたことのない「あり得ない」を飲み込めずにいる。

 かつて破れた勇者レトロとの戦いは、至極真っ当な物であった。

 だから負けを認め、彼の騎士となることを選んだ。

 今、目の前で起こっているコレは、不条理としか言いようがない。

 こんな敗北は許されない。


 黒き斬撃はゴーヴァンの胴を真っ二つにした。

 一緒に斬られた両腕と共に、上半身が地面に落下する。


「ボクの勝ちにゃー!」


 ニャプチはぴょんぴょん飛び跳ねながら勝利に酔う。


「全く、ふざけた獣人だ……」


 兜から発せられたくぐもった声が、ニャプチの耳に届いた。

 ゴーヴァンの体と腕は、紫色の炎を纏い宙に浮く。

 彼が身に纏う呪われた鎧は、彼を死から遠ざける。


「まさか唯一竜でも魔女でもなく、お前のような者に全力を出すことになるとはな」


 復活したゴーヴァンの態度に、ニャプチはニヤリと笑う。


「そこまでだ――」


 ここまで、僅か1分にも満たず。

 ここまで、誰一人の死も無く。

 ここまで、誰も本当の脅威に触れていない。


 リデューシャの拘束が、解かれた。


「そんな……、まだ全然1分経ってないです! うううう!」


 ミリオンが膝を付いて息を荒げる。

 リデューシャは内から膨大な魔力を放出し、自由を縛る不可視の拘束具を膨張させて強引に破壊した。


 完全にノーマークだった一人の獣人に、レトロたちは翻弄された。

 牧緒の首は落とせず、動けないリデューシャを仕留める予定だったゴーヴァンは近づくことすら叶わず。

 結果、魔女の反撃を許してしまう。


紫電霹靂(しでんへきれき)――」


 空間を照らす紫色の光。

 走る(いかづち)の音が轟く前に、幾度となく生命を維持するための器官を焼く。

 それは魔力を伝う雷電。

 魔力を持つ者ならば、物質の電気抵抗を無視して実質的に超伝導体と化す魔法。

 それ一撃では強者は打ち倒せないだろう。

 しかし、永遠に流れ続ける電撃からは逃れられない。

 幾度となく、体中を巡る電撃が内臓を焦がす。

 ゴーヴァンはその場に膝を付き、ミリオンは穴という穴から血を噴き出して倒れた。


「強きを自負する者に、慈悲は不要。今なら勇者も殺せるぞ?」


 宙を舞うリデューシャが、ゆっくりと降り立って言う。

 牧緒はすぐには答えない。


 そんな僅かな沈黙を、レトロが破る。

 焦げた匂いを漂わせながらも、まだ自分の力で立っている。


「君たちが乱入してくる可能性は考えていたが、あり得ないと思っていた……」


 迷いの森の謎は、もっと牧緒を苦しめるものだとレトロは考えていた。

 少なくとも、唯一竜を倒して体制を整えるまでは持つはずだと。


「だが、僕も切り札を残している。それに、まだ全滅したわけじゃない」


 レトロがそう言うと、ガチャガチャと音を立てながらゴーヴァンが立ち上がる。

 既にその体から電流は抜けていた。

 一度死ななければ逃れられないはずの魔法は、既に効果を失っている。

 そして同時に、ミリオンも息を吹き返した。


「ぷはっ! わわわ、死ぬ前に死んでてよかったぁ!」


 その言葉の意味は誰にも伝わらないが、彼女が蘇生するための手段を持っているのは確か。

 恐らく、魔女ですら持ち得ない禁忌の法。


「さぁ、どうする?」


 レトロは、牧緒に問う。

 状況は変わらず牧緒が有利。

 ニャプチが≪終末級≫と互角にやり合えることが分かった以上、勇者側の戦力が劣る。


 それでも牧緒は、手が出せない。

 勝敗が明らかであるからこそ、戦闘の継続を良しとするレトロの考えに引っかかる。

 

 レトロには勝算があった。

 確実ではないが、自身の原型魔法に由来する切り札が残されている。


 二人は沈黙を以って、互いの腹を探り合う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ