表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/58

34話 選択

 牧緒は、何も言わずにじっとしている。

 そして、仲間の言葉に耳を傾けた。


「心苦しいですが……ここから出る方法がそれしかないのなら、是非もありません」


 日々熱心に住民たちと関わったユレナは、簡単に言う。

 たとえ情報を引き出すための打算があったとしても、そこに心はあったはずだ。

 町の子供たちと戯れ、町の大人に寵愛された彼女は、思考を停止して彼らの命を奪うことを受け入れた。

 本当に悪役を演じているだけなのか、甚だ疑問だ。

 ユレナが浮かべる悲しそうな表情こそ、下手な演技のようではないか。


「うむ、それが揺るぎのない答えかは定かでないが……試してみる価値はあるだろうな」


 常に場をかき乱し、牧緒の前に向かい風を吹かせるオルガノが、無関心に舵を切る。

 自らが父であることを隠しながらも、娘が同じ非道を辿っていることを嘆きもしない。

 今の彼には、子を導く資格は無い。

 ならば、娘と共に過ごしたいという渇望は過ぎた願いだ。

 

「うにゃ~、気は進まないにゃいけど、仕方ないにゃ」


 たった一言で済ませて、ニャプチは猫のように手の甲で顔を擦る。

 思い返せば、いつも飄々とした態度。

 ヴァーリア監獄では、牧緒の家族に対する想いを微塵も想像できていなかった。

 命に対する価値観が狂っている。

 無責任に本能に従う、ただの獣に過ぎないのではないだろうか。


「さぁ、マキオ。さぁ、さぁ! 其方の口から妾に命じろ!」


 人の心を捨てた魔女の両手が、牧緒の背後から蛇のように肩に絡みつき、虫のように耳元で鳴く。

 リデューシャの望んでいた好機が、想像していたより早く訪れた。

 牧緒は、虐殺を受け入れる他ない。

 それを本人の口から命じさせることで、その心は邪悪に堕ちる。

 それを以って、牧緒とリデューシャの価値観は釣り合う。

 牧緒が罪に苛まれるのであれば、それを払拭するようにリデューシャが殺し続ければいい。

 そこに生じる愛が、どんなに歪なものだったとしても。


 牧緒は、リデューシャの言葉を無視して、キュラハに目線を移す。

 彼女は杖をぎゅっと握り、額に汗を滲ませている。

 このままでは、勇者から課せられた役目を果たせないからだろう。

 だが、その表情は後悔や焦りではなく、決意に満ちたものだった。

 森の住民を皆殺しにした後は、自身が命を絶つことで魂を伴う肉体の数を減らし、条件未達の状態を維持しようと考えている。


「本当に……それでいいのか?」


 ようやく、牧緒は口を開いた。


「分かってたさ。俺たちは善人じゃない。自分のためなら、誰かを犠牲にするのは仕方ない……」


 その言葉は、虐殺を容認するものではない。

 悪辣な思想に反逆するための助走に過ぎなかった。


「だとしても、考えもしないのか? 他に方法があるかもしれないと、足掻くことすらしないのか?」


 感情的に訴えかける。


「しかし、わたくしたちには時間が無いのですよね?」

「俺は、その理由をユレナに話したか?」

「え、えぇっと……」


 キュラハが勇者の妹であること。

 バルバラの身に危険が迫っていること。

 それらを、牧緒はユレナには話していない。

 ただ、急ぐ必要があることだけ口にした。

 

 元々、1ヶ月程は見込んでいた森での生活。

 1週間程度で焦りを見せたその理由を知りもせずに、ユレナは虐殺を良しとした。


「ユレナ嬢の言うことは、何も間違っておらん。貴様は甘すぎるのだ。考えてどうなる? 他に手はない。反転を利用した方法は、実現できぬのだからな」


 オルガノが大きく溜息をついて叱咤した。


「誰がそんなこと言った? 反転も反復も……()()()()()()実践できないって言ったんだ」


 牧緒は振り向きもせず、艶めかしく体に纏わりつく魔女に問い質す。


「リデューシャ、なんで黙ってるんだ?」

「妾はマキオの命令を待っているのだ」

「……魂を操る術があるのに、なんで提案しないのかって聞いてるんだよ」


 遺跡に入った時、リデューシャは確かに言った。

 死んだ人間の魂を迷宮(ダンジョン)の外へ誘ったと。


「うむ、確かに妾にならそれができる」


 リデューシャは、悪びれもせずに認めた。


「反転の条件なら、【魂を伴わない6つの肉体】と【肉体を伴わない6つの魂】で脱出できる」


 牧緒が欲しているのは、魂を抜き取って操る術と、抜け殻の肉体を操る術だ。

 それらが実現できるのなら、道標を決めずに”森林”を進めば森を抜けられる。


「妾自身も魂となる必要があるな。それでは、使える魔法は限られる。妾はその間、肉体を操れぬということだ」


 一瞬、リデューシャの視線が泳いだ。

 ある人物を一瞥してしまい、それを誤魔化そうとしたのだ。

 しかし、牧緒には通用しなかった。


「オルガノ……、抜け殻の肉体を操ることができるんだな?」


 牧緒はリデューシャの視線を追ったわけではない。

 オルガノの視線が、不自然にリデューシャへ向いたのを見逃さなかったのだ。


(魔女め……儂がドルーガン共に何をしたのか知っていたのか……)


 リデューシャの幾何魔法【心眼(クレーデレ)】は、千里眼をもたらす。

 あの日、拉致された牧緒を助けた後、オルガノが何をしていたのか全て把握していた。

 故に、肉体操作の話になって、リデューシャはついオルガノに視線を向けた。

 それに気が付いたオルガノが、目を合わせてしまったのだ。


 追い詰められた時の牧緒は、僅かな機微すら見逃さない。

 あらゆる感情を掬い上げ、隠された真実を露わにする。


「確かに、儂ならできる。死体を動かす魔法でな」

「死体を動かせるのか……。色々やれただろうな」


 牧緒は意味深にオルガノに迫る。

 その声は暗く、まるで挑発するように鋭かった。

 ドルーガンが匂わせていた協力者がオルガノであることに、牧緒は薄々感づいていた。

 それが確信に変わり、オルガノの謀略を想像する。


「儂が何をしようと、貴様の知るところではない」

「あんた、やっぱり悪人だな」

「……何を今更」


 険悪な空気の中、ユレナが控えめに挙手した。


「あのぉ、魂の状態になっても、オルガノ様は魔法を維持できるのでしょうか?」

 

 その疑問は、至極真っ当なものだった。

 あの魔女ですら、魂の状態では制限がかかると言ったのだから。

 

「それは儂にも分からぬ。魂だけの状態になった経験などないからな」


 牧緒が提唱した案を嘲笑うかのように、オルガノはわざとらしく自信なさげに言った。


「関係ない。たとえ魔法が使えなくても、町の人たちに体を”森林”へ放り投げて貰えばいい」

「……無防備な状態を晒す馬鹿がどこにいる」

「恐れる必要なんて無いだろ。町の人たちが俺たちを殺す理由なんて無いんだから」

「だから貴様は甘いと言っているのだ!」


 オルガノは、我慢できずに巨躯を振りかざして怒鳴り散らした。


「町の人間に敵意は無いと思うにゃ」


 恐る恐る、ニャプチが牧緒に同調した。

 その優れた五感なら、他者の敵意を嗅ぎ取ることなど容易い。


「そう……ですよね。あの方たちが、わたくしたちに何かするとは思えませんわ」


 ユレナがそう言うと、オルガノは口ごもった。


「それは、妾たちが大人しく森で生きていれば……という前提だろう」


 不安の種が蒔かれる。


「外に出たくても出られない人間がいたらどうする? 妬み嫉みは、時に命すら奪う暴挙となるぞ」


 リデューシャは、それらしい理由を付けて牧緒に虐殺を良しとさせたい。

 少しでも不安要素が残れば、牧緒は無責任な決断はしないはず。

 

「そんな事態が起きないために、責任者に統括してもらう」

「責任者?」

「ポグロが良いだろう。きっと、彼は”迷いの森”の脱出方法を知ってる一人だ」


 ポグロが遺跡の探索に期待したのは、脱出の手掛かりではなく、生活を豊かにするための資源だった。

 それは、”迷いの森”から出られないことを知っていたからだと、牧緒は結論付けた。

 6人を残した全員の殺害。

 あのポグロが、それを良しとするはずも無いのだから。


「恩を売るんだ。町の住民を殺さない代わりに、協力しろと。リデューシャの強さは知ってるはずだからな」


 リデューシャが退治した魔物たち。

 あれは悲惨な最後だった。

 町の人間を総動員しても、勝ち目はないと理解しているはずだ。


「……そうか。マキオは不確実な方法を選ぶのか」


 リデューシャは、少し拗ねたように唇を尖らせる。


 これで、森の住民を虐殺する必要はなくなった。

 リデューシャが6人から魂を抜き、”森林”の向こうへ誘う。

 オルガノが抜け殻の肉体を操作して”森林”の向こうへ歩かせる。

 もし、それが叶わなければ、ポグロを含めた町の住民に体を”森林”へ投げ入れてもらう。

 これで反復の条件ではなく、反転の条件を満たすことができる。


 喜ぶべきこの状況で、リデューシャは冷ややかな視線を牧緒に向けていた。

 背を向けている牧緒は、それに気付かない。

 リデューシャは肩に絡めた両手を、ゆっくりとその首に沿わせる。


 魔女は失望していた。

 牧緒は光。それは分かっている。

 だからこそ、魔女という悪を照らして影を落とすと信じていた。

 自らは手を下さずとも、仲間のために他者を虐殺し蹂躙するだけの残虐性を、牧緒も持っていると信じていた。

 そうであっての盟主。

 そうでなければ、悪逆を行く者たちを束ねる立場には不相応。

 そうでなければ、リデューシャは牧緒に必要とされていると実感できない。

 必要とされないのなら、いっそ殺すしかない。


「はぁ……」


 牧緒の大きな溜息に、リデューシャの手が止まる。


「魂と肉体の操作が可能なら、最初からそう言えばいいんだ」


 牧緒の呆れたような言葉は、リデューシャとオルガノだけに向けられたものではない。


「俺には何の力もない。だから、みんなが俺のことを盟主と呼んでも、それを気取るつもりなんてなかった。俺はみんなが、最善の選択肢を選んで進んでいると……そう思ってたからだ」


 僅かに震えた声から、皆それぞれが違う感情を汲み取る。


「でも、違ったんだな。そもそも選択肢すらなかったんだ。何も考えずに、ただ目の前にぶら下がる餌に食らいついているだけじゃないか」


 だが、その根底にある感情は、間違いなく怒り。


「俺にとって、最優先は仲間だ。選択肢が虐殺だけなら、俺も迷わずそれを選ぶ。でも、選択肢は他にもあった。みんな、それを見ようともしなかった」


 声は次第に大きく、強くなっていく。


「今、ハッキリと分かった。お前たちは力不足だ……。俺が導く。俺に従え。俺を信じろ……!」


 牧緒は、自身が盟主として彼らを制御しなければ、生き残れないと悟る。


「二度と……! 俺を操ろうとするな!」


 誰もが虐殺という選択を当たり前のものと受け入れた。

 誰もが虐殺という選択を牧緒に課そうとした。

 牧緒は、それが許せなかった。


 ユレナは恐怖した。

 牧緒の怒りが伝わったからではない。

 自身の残虐さに気付かされたからだ。


 オルガノは感嘆した。

 牧緒の尊大な態度が、いつもの外面だけの物ではないと分かったからだ。


 ニャプチは安堵した。

 森の住民の安否など関係ない。

 牧緒に付いてきて良かったと確信できたからだ。


 キュラハは落胆した。

 自身の命を犠牲にしたとしても、『惡の特異点』が世界に解放されることを阻止できないからだ。

 

「ふ、ふふふふふ。そうでなくてはな。妾はマキオに従おう」


 リデューシャは、そっと牧緒の首筋から手を引いた。

 結局のところ、彼女が求めた盟主たる資格はそこにあったのだ。

 必要とされるのではなく、必要とすればいい。

 それが、リデューシャの新しい選択だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ