32話 危急
聞き出すべきことは、残り二つ。
まずは、魔術師デルバの行方。
「デルバはとっくに死んでいる。そんなことも知らなかったのか?」
ヒュリューカが鼻で笑うのと同時に、牧緒は手の平をリデューシャへ向けた。
魔法が戻り、指を鳴らそうとする仕草を制止する。
「実体が無いと言ってたな。詳しく説明してもらおうか」
「……魂だけの存在と言えば、納得するか?」
「納得できないな。そもそも、”迷いの森”へ入るには肉体が必要だ」
【魂を伴う6つの肉体】――その条件に合致しない。
「肉体はあった。別人の体だ。憑依でもしたのだろうな」
確かに、その方法であれば森への侵入は可能だろう。
しかし、それでも説明できない矛盾が残る。
「”迷いの森”へ、誰かが最後に入ったのは5年前だ。少なくとも、2年前の時点で魔術師は森の外にいた」
「君がこの世界へ召喚された日か」
ヒュリューカは、牧緒が異世界人であることも知っていた。
そう、デルバの証跡が正しければ、ヒュリューカがマキオの存在を知るはずがない。
考えられるのは、森の入口が複数存在し、街の住人が侵入者の全てを把握できていないケース。
または、実体の無い特殊な状態にあるデルバが、森の中と外を繋ぐ連絡手段を保持しているか。
だが、ヒュリューカの口から飛び出したのは、予想外の考察だった。
「君は、本当に2年前にこの世界へきたのか……?」
「話をはぐらかすな」
「そんなつもりは無いさ。私が君の話を聞いたのは、間違いなく5年前だ。だとすれば、君が間違っているということになるだろう」
「……そんなわけ、無い」
いくら慎重に考えて遡ってみても、牧緒が召喚されたのは2年と少し前。
3年のラグは発生し得ない。
「犬ころを連れてくるか?」
「いや、大丈夫だ」
牧緒は、リデューシャの提案を即座に断った。
ニャプチならば、嘘を見抜ける。
それでも、牧緒はそれを拒んだ。
突如として背筋を撫でた恐怖。
この矛盾を解明した時、自身の存在が消えてなくなってしまうのではないかという、謂れも無き不安感。
それを毒と知らずに、体が拒絶するのと同じ。
知ってはならない一線だと、本能が拒絶した。
「5年前、私は初めてデルバと出会った。彼は、この森の魔法陣の完成を急いでいたよ」
ヒュリューカは、具体的に当時の出来事を語り始めた。
食料を調達するため、ヒュリューカは”道”を彷徨っていた。
木の矢に込められた魔力が、気配を貫く魔法を鱗粉のように振り撒く。
熟達した魔法使いでもなければ、誰もヒュリューカの存在を認識できない。
しかし、とある6人にだけは、それが通用しなかった。
「新たに森へ入った6人全員が、デルバだった。魂の分割なのか……それとも複製か」
その方法は、ヒュリューカにすら分からない。
「私は彼を気に入り……いや、彼が私を気に入り、人工的な”聖域”のことを教えてくれた」
その時、異世界人の召喚――つまり、牧緒のこともデルバは話した。
同時に、デルバはヒュリューカに森のことを託す。
「それで、魔術師はどこにいる?」
牧緒は核心を問う。
「デルバは暫くして、自死を選んだ。6人全員だ」
「なっ……でも、魔術師は魂だけの存在なんだろ?」
「そうだ。死んだのは肉体だけと考えて良い。もしかしたら、今もこの森のどこかで魂が彷徨っているのかもしれないな」
いずれにしても、デルバ本人から元の世界へ戻る方法を聞き出すことは困難だろう。
牧緒は、一度頭を切り替える。
聞き出すべきことは、もう一つ残っている。
「どうやったら、ここから脱出できる?」
「はは、はははは! 知るわけないだろう!」
ニャプチの鼻を借りずとも、それが真実であると分かった。
何故なら、その瞳は涙で滲み、口角をピクピクと震わせながら笑っているからだ。
その顔面には、後悔の念が強く滲み出ていた。
「認めよう。私は、魔女が怖くてこの森へ逃げ隠れた。もう出られないと分かっていても……そうするしかなかった」
項垂れるヒュリューカ越しに、牧緒はリデューシャへ問う。
「二人の間に、何があったんだ?」
「何もない。妾の手中にあった森に、勝手に住みつこうとした愚かなエルフを懲らしめてやっただけだ」
「あれは我々エルフの森だった! それを皆殺しにし、魔物が蔓延る死の森としたのは、許されることではない……!」
「……昔の話だ」
リデューシャは、気まずそうに半分背を向けた。
もちろん、エルフに対してばつの悪さを感じているわけではない。
牧緒との間に、軋轢が生まれないかと気が気でないだけだ。
「お前には悪いが、忘れてやってくれ」
牧緒は、震えるヒュリューカに対して遠慮なく言った。
「許してくれとは言わない。でも、今のリデューシャはそんな奴じゃない。だから、忘れてくれ」
「ふ、ふざけるなよっ……!」
「忘れてくれ」
真っすぐ目を合わせて一切表情をブレさせずに、何度も繰り返し頼み込んだ。
「そうか、何故魔女が君を盟主と呼ぶのか、分かった気がするよ。身の程知らずも極めれば、他者をここまで徹底的に踏みにじることができるんだな」
そんな嫌味は、牧緒にとっては何てことは無い。
仲間達が重罪人であることは理解している。
彼らの罪は、謝罪すれば許される様な次元ではないだろう。
ならばいっそ、『惡の特異点』と言われるに相応し程に、堂々と悪辣に振る舞うしかない。
牧緒は、仲間への接し方を掴めずにいるが、仲間を守るための覚悟は疾うに決まっていた。
「もう戻って良い。できれば、遺跡からは出ないことだ」
そう言って、牧緒は背を向けた。
横になったキュラハを再び抱え込み、街へ戻ろうとする。
「何故だ? 何故、殺さない!?」
「そんなことしないさ。そうだろ? リデューシャ」
「あぁ、弱き者には慈悲を――だろ?」
リデューシャは牧緒の後を追う。
一歩踏み込むにつれて、ボロボロになったドレスは、金色の糸に纏われて元の雅な衣装へ戻っていく。
「弱き……者、だと……」
ヒュリューカは、膝を付いたまま二人の背中を眺めることしかできなかった。
「しっかし、迷宮というより、ただのボス戦って感じだったなぁ」
牧緒は落胆していた。
冒険者というものに、少しだけ憧れていたからだ。
王城に軟禁されている間、本で読んだ冒険者の勇士は凄まじいものだった。
世界を股にかけ、前人未踏に挑む。
その中で、必ず出てくる言葉が”迷宮”だった。
「創ってやろうか?」
「……いや、遠慮しとくよ」
しかし、それはリデューシャの援護ありきの憧れ。
無能の牧緒が、自力で踏破することなどできはしない。
魔女に創らせた迷宮を魔女の力を借りて攻略するなど、滑稽にもほどがある。
「奴の深淵からも生還したのだ。マキオなら、どこからでも抜け出せる」
「いや、リデューシャのお陰だろ?」
「それは妾のセリフだ」
牧緒は、リデューシャが何らかの方法で深淵の魔法を打破したのだと思い込んでいた。
自身は精神世界を彷徨っていただけだと。
「逆に、何で俺が魔法に対抗できると思ってるんだよ」
「愛に決まっているだろう」
「……は?」
リデューシャは、あまりに自然に口にした。
「人の無念は呪詛になる。いくら魔法を研究しても、呪詛の仕組みを詳らかにすることは叶わなかった」
「オルガノにやられたやつか」
ヴァーリア監獄で、ユレナを助けるために使われた契約を思い出す。
「強い感情によって、理を踏み外した現象は呪いだけなのか……。いや、違うはずだ」
くるりと踊るように回ってから、リデューシャは続ける。
「愛だ。それが妾を救い出したのだ」
深淵に飲み込まれる直前、リデューシャは奇跡の布石を打った。
か弱く助けを求めることで、牧緒の情を引き出した。
「あ、愛って……。まぁ、あながち間違いじゃないのか……?」
家族に対する愛情。
牧緒は、深淵の中でそれを再認識した。
「ぐふっ、ふふふ、やはりそうか! ぐふふ」
リデューシャは愛情の矛先を勘違いして、喉から溢れ出る喜びの声を抑えきれなかった。
魔法を重んじる魔女が、何故奇跡に縋ったのか。
理由は単純。牧緒が奇跡を起こす男だと信じているからだ。
「……あのさ、そろそろ降ろしてくれない?」
言い辛そうに、キュラハが呟いた。
「あ? あぁ、起きたのか」
牧緒はゆっくりと、抱えたキュラハを降ろす。
「マキオの腕の中は、夢心地だったか? ぐふふふ」
「なんか、いつにも増して怖いんだけど……」
上機嫌なリデューシャは、高く膝を上げながら満面の笑みを浮かべていた。
「それで、キュラハは勇者の妹なのか?」
「……はい?」
突然の質問に、キュラハは目を丸くした。
「キュラハ・ウォーハートなんだろ? 勇者と同じ姓だ」
「言ったっけ?」
「いや、精神世界で聞いたんだ」
ウォーハート姓は珍しい。
嫌でも勇者レトロとの関係を想像してしまう。
確証は無かったが、牧緒は敢えて断言した。
「ま、待て、マキオ! 深淵の中の記憶があるのか!?」
「え、あぁ。バッチリ憶えてるよ」
意外にも、取り乱したのはリデューシャの方だった。
「わ、妾はどうだった……?」
「どうって言われてもなぁ。今と見た目は全く変わってなかったよ」
「そ、そうかそうか」
リデューシャは、自身の過去が知られることを恐れていた。
しかし、ひとまず奴隷だった過去に繋がるようなものは見られていないと安堵する。
「いやぁ、まさかこんなバレ方しちゃうなんてねぇ」
”デルバが森にいる”という嘘の向こうに隠されたもの。
それは、勇者の血縁という真実。
「俺たちを”迷いの森”へ連れてくるよう、勇者に頼まれたのか?」
「ご名答! アタシは最初から勇者と繋がってたのさ。ま、うっかりデルバのことも口走っちゃったし、今更か」
キュラハは、開き直って空を仰ぐ。
「急ごう、リデューシャ。”迷いの森”を出るぞ」
「早いな。温泉でも掘り当てようと思っていたのだが」
「時間が無い。きっと勇者の狙いは、バルバラだ」
ヴァルキア皇帝の後ろ盾は、恐らくもう役に立たない。
あるいは、そうなる手段を勇者が行使している最中か。
準備が整っていなければ、妹を犠牲にして牧緒たちを”迷いの森”に隔離するはずがない。
牧緒の歩幅は広く、足場の悪い”道”を息を切らしながら進む。
街の住民たちの中を突っ切って、コテージへ戻った。
「マキオ様! 長旅でしたね。魔術師は見つかりましたか?」
コテージの前で、真っ先にユレナが迎える。
「いや、魔術師はもういない。それよりも、早くここから抜け出すぞ。ニャプチはどこだ?」
森の検証に、ニャプチは必須。
しかし、見回しても見当たらない。
「ニャプちゃんは湖です。もう、1週間毎日通っちゃうほど気に入ったみたいですわ」
「……1週間?」
意味不明な言葉を聞いて、牧緒の頭は一瞬真っ白になる。
少しふらついてから、ユレナの肩に手を置いて迫る。
「俺たちが遺跡に向かってから、1週間経ってるのか?」
「え、えぇ。そうなりますが」
迷宮探索は、長ければ1ヶ月程かかることも珍しくない。
リデューシャが付いていたこともあり、ユレナは特に心配していなかった。
「2、3時間程度だと思ってたよ……」
深淵に飲み込まれるということは、眠りにつくのも同じ。
レム睡眠時は夢を見るが、深く眠りにつけば、時間はあっという間に過ぎ去って行く。
「急ぐ必要がある。みんなでニャプチの所へ行くぞ。ユレナ、オルガノを連れてきてくれ」
「分かりました!」
ユレナは、小走りでコテージの中へ戻った。
「600年誰も出られない森から、思い立ってすぐに出られると思ってるの?」
馬鹿にしたように、キュラハが吐き出す。
「だから、みんなの知恵を借りるんだ」
「あはは! 流石のマキオ君もお手上げかぁ。あの脱獄劇は、マグレだったってわけだ」
「キュラハは勘違いしてるようだから言うけど……、俺を煽っても怒るのはリデューシャだけだからな?」
先ほどまで上機嫌だったリデューシャが、瞼を細めて、冷たい視線を送っている。
対して、牧緒自身は堪えていない。
「そ、そうみたいだねぇ」
キュラハは、首をすくめて後ずさった。




