29話 遺跡
翌朝――。
牧緒たちは、早速北東の遺跡へと足を運んだ。
迷宮――それは、時代に忘れ去られた人工的な建造物を指すことがほとんど。
簡単に言えば、金目の物が残されているであろう廃墟だ。
本当にただの廃墟に過ぎない物もあれば、侵入者を拒むための罠や魔法が仕掛けられている場所もある。
「へぇ、結構凄い遺跡だねぇ」
キュラハは聳え立つそれを見上げた。
取り囲む大木を遥かに超えて高い。
正面の外観を見た限りでは、奥行きもさぞ広いものと予想される。
「迷宮に入る前に、二人に伝えておきたいことがある」
牧緒は深刻な顔で振り返る。
「魔物が出ても、罠が発動しても、俺は死ぬ」
真剣に、真っ当に、情けない宣言を堂々と。
「分かっている。マキオの後ろは妾に任せろ。先頭は異端審問官の女だ」
「え……アタシ? 別に戦えるタイプじゃないんだけど」
「戦う必要などない。鉱山のカナリアになれば十分だ」
「それ、真っ先に死ぬ役じゃない?」
「なんだ、よく分かっているではないか」
キュラハは、涼しい顔を崩さない。
それでも、その目線は助けを求めるように牧緒を追う。
「いや、俺が先頭だ」
「……何?」
「リデューシャなら、俺が死ぬ前に治してくれるだろ?」
「その通りだが……」
牧緒が考えるフォーメーションは、トライアングル。
自身が先頭を担い、後ろでリデューシャとキュラハが横並びに位置する。
リデューシャは、キュラハの監視と制圧を担当。
加えて、牧緒の負傷を瞬時に治癒する役目を担う。
「リデューシャの負担が大きいけど、よろしく頼む」
「ふ、大したことではないさ」
二人は簡単に意思疎通してから、あっさりと自身の役割を受け入れる。
「ちょっとマキオ君。君、結構無茶なこと言ってるよ」
そこに、キュラハが割って入った。
「治癒魔法って、欠陥だらけの魔法なんだよ。ほとんどの場合、致命傷は回復できないし、酷い痛みも残るんだからさ」
治癒魔法は、肉体の深部にまで魔力を浸透させる魔法。
しかし、異なる魔力は反発し合う。
他者を治癒するのなら、相性の良い魔力でなければならない。
そうでなければ、拒絶反応によって傷はより広がり、酷い疾患をもたらす可能性が高い。
魔力の相性を判断する方法は確立されておらず、運頼みによるところが大きい。
「知ってるよ」
「だったら何で――」
「俺には魔力が無いんだ」
「……全く?」
「あぁ、全く無い。ベイラン王子から聞いてなかったのか」
牧緒には、他者の魔力に反発する魔力が存在しない。
だからこそ、リデューシャは容易に牧緒の致命傷を完治できた。
もちろん、魔女足り得るだけの膨大な魔力量あってのことだが。
「魔力が無い人間なんて見たことないんだけど……。異世界人だからってことかな?」
「まぁ、そうなんじゃないか」
興味なさそうに返答してから、牧緒は遺跡へ歩を進める。
薄暗い通路の奥には、光が見える。
「迷宮の匂いは久しぶりだ」
リデューシャが、指先で壁の苔を撫でて言った。
「冒険者の経験があるのか?」
「逆だ。妾が迷宮を創造し、人間を弄んでいた」
「もしかして……」
「勘違いするな。妾は招いておらん。ノックも無しに足を踏み入れたのは、欲に塗れた屑たちの方だ」
くくく、と不敵に笑いながらリデューシャは語る。
強欲の魔女が、人間の強欲に憤る。
それは、皮肉にしては露骨に露悪的であった。
少し歪んだ牧緒の顔を見て、リデューシャは言い訳を重ねる。
「もちろん、死んだ人間の魂はちゃんと迷宮の外へ誘ったぞ。迷った魂は、魔物に転化しかねぬからな」
それは慈悲か、それとも水槽の藻を取り除く行為に過ぎないのか。
牧緒には判断できなかった。
「んー、雑談できるぐらいには何にもないねぇ」
キュラハの言う通り、何も起きない。
突然壁から槍が突き出たり、床が抜けたり、巨大な岩の玉が転がってくることも無く、三人は無事に光の下へ到達した。
「吹き抜けか」
それは、意図された構造ではない。
長い年月をかけて成長した樹木が、遺跡の壁を貫いて、天井を崩壊させたのだ。
石畳の隙間から覗く雑草が、差し込む光に色を加えている。
「ボロボロだけど、結構新しいね。築400年ってところかな」
「それって”新しい”って言っていいのか?」
キュラハの見解を牧緒が斬る。
「比較したら、ってことさ。街のモニュメントの方がもっと古かったからね」
「そうなのか……。手入れが行き届いてたから、そんな風に見えなかったな」
異端審問官は、歴史の探求者でもある。
素材や加工技法、劣化具合などから大体の物の年代を推察することができる。
「そんなことはどうでもよいだろう」
リデューシャがつんけんと言い放つ。
「そうだな。効率は悪いけど、このまま三人で固まって散策しよう。人が生活してそうな痕跡や、他の出口を探してくれ」
その瞬間、四方八方から風を切る音が届く。
鏃から矢羽根まで、全て木で作られた矢が牧緒たちへ向かってくる。
リデューシャは、一度だけ瞬きした。
完全自動に設定した風の魔法が、全ての矢を弾く。
しかし、木製の矢はクルクルと回りながら、まるで波に乗るように体勢を整えて風を走った。
「ほう、これは面白い。矢の一本一本が、魔法具として機能しているのか」
鏃に刻まれた特殊な彫。
その形は、様々な魔法を成す。
「自動追尾に……破壊不能の魔法か! くくく、心臓を抉るまで永久に追ってくる矢とはな」
脅威性を淡々と分析しながらも、余裕を見せる。
「まぁ、妾ならどうとでも――」
「不退転の憐れみよ。全霊を賭す者へ休息を与え給え」
遮って、キュラハが呪文を唱えた。
すると周囲を回っていた矢は動きを止め、ポツポツと落下した。
「アタシもちょっとぐらい役に立っとかないとね」
「ふん、余計なことを」
パチパチと、手を叩く音が聞こえる。
見上げると、崩れた遺跡の上階に中性的な見た目のエルフが立っていた。
ローブの隙間から白い両手を覗かせ、リデューシャと同じ金色の髪が輝く。
「やるじゃないか」
エルフが口を開くのと同時に、リデューシャが指を鳴らす。
しかし、魔法は発動しない。
「……簡易的な”聖域”か」
リデューシャの口元が下がる。
「強欲の魔女にしては、あまりに不用心だ。自ら私のテリトリーに足を踏み入れるとはね」
突然、耳元で声が響く。
いつの間にか、エルフは牧緒たちの懐に入っていた。
それは、まるで瞬間移動。
「お前は誰だ!?」
牧緒の叫びに、エルフは躊躇することなく答える。
「私は、灰の森のヒュリューカ。君は……凄いな。全く魔力が無いなんて」
その目は、牧緒の弱点をあっさりと見抜く。
「そうか、君がマキオか。デルバの言っていた通りだ」
ヒュリューカの口から、魔術師の名が語られた。
「げっ、マジでデルバがこの森にいるの!?」
うっかり声を上げたキュラハを、牧緒は睨みつける。
「俺たちを騙してたのか」
「う、えぇっと、ま、そゆことになるねぇ……」
もはや、言い訳もない。
「残念だが、本人はもういない。彼には、実体がないからね」
「どういうことだ?」
「それは自分で確かめることだ」
ヒュリューカは、ゆっくり牧緒たちの周りを回り、リデューシャの前に立つ。
「久しぶりだね。リデューシャ」
「妾が怖くて、こんな場所に逃げ隠れていたのか? 意気地が無いな」
「魔法が使えないのに、随分と威勢が良いじゃないか」
明らかに、リデューシャに対して特別な敵意を向けている。
「俺たちを攻撃する意図はなんだ? ここがお前の家だからか?」
牧緒は、ヘイトを分散するつもりで質問を投げかける。
「そう思ってもらって構わない。魔女と異端審問官が突然土足で入ってきたんだ。笑顔で迎えることなどできはしない」
「街に魔物を寄こしたのも、お前の仕業か?」
「気付かれていたか。そうだ、私だ。この森に、本当に強欲の魔女が現れたのか確認したかったんだ」
いくつかの意味の無い問答を繰り返し、牧緒は判断した。
会話は成立する。
ヒュリューカは、直ちに自分たちを殲滅するつもりはない。
互いの目的を明確にし、歩み寄ることができる。
それは、全て誤りだった。
「さて、これから君たちを殺すわけだが――」
「待て! 俺たちは森を荒らしにきたわけじゃない! 魔術師を……デルバを探しにきただけだ!」
「そ、そそ! アタシたちってば、ホント人畜無害だし!」
慌てる牧緒とキュラハを無視して、ヒュリューカは続ける。
「最後に感謝を述べておこうと思っている。魔女を連れてきてくれてありがとう。お陰で、リベンジを果たせそうだ」
リデューシャとの因縁。
それが何かは、皆目見当もつかない。
「安心してくれ。君たちには、まだ使い道が残っている。あくまで飼い殺すだけだ」
ヒュリューカの背後から、黒い影が伸びる。
「すまない、マキオ。妾にはどうすることもできそうにない」
何故か不敵な笑みを浮かべたまま、リデューシャは弱音を吐いた。
「深淵の海に沈め」
黒い影が、ゆっくりと迫る。
「マキオ。もう一度、妾を助けてくれ」
リデューシャは、牧緒に手を伸ばす。
しかし、その姿は影に覆われて消えた。
「リデューシャ!」
牧緒の声は、音の無い空間に吸い込まれる。
真っ黒な景色の中で、牧緒は自身の手の平に視線を落とす。
「ハッキリ見える……。暗いわけじゃない。まるで周りが黒く塗りつぶされたみたいだ」
しかし、リデューシャが「助けてくれ」と言ったからには、必ず抜け出す方法がある。
牧緒は、そう信じて疑わない。
「息苦しいわけでもないし、攻撃されてる感じはしないな」
時間がどれほど残されているのかは分からないが、切っ先が喉元に突きつけられているわけではない。
刹那の判断は不要。冷静沈着に事を見極めることができる。
まずは、腰を下ろして地面を触ってみる。
ガラスを撫でているかのように凹凸が無い。
「ここは別の空間か?」
少なくとも、元居た遺跡とは思えない。
「ひたすら歩いてみるか」
そう言って顔を上げると、少し離れた場所に白い扉が見えた。
さっきまでは存在しなかった物だ。
「……こういうのって、スタート地点から動かないのが、実は正解ってオチだったりするんだよなぁ」
いつか弟と見た映画の結末を思い出す。
「ま、行くんだけどな」
それでも、足を止めるわけにはいかない。
行動しなければ、ヴァーリア監獄からも脱獄はできなかった。
牧緒は白い扉に近づいて、ドアノブを握った。
捻ると、ガチャリと音がして隙間ができる。
鍵は掛かっていない。
その先には、確実に罠が待っている。
警戒はできても、対策は不可能。
その先に広がる風景は――。
「……邪魔なんだけど」
目の前には、妹の美織がいた。
「へ? あ、ごめん」
牧緒は、身を引いて扉を閉めた。
そこは、芳香剤の匂いが漂う狭い空間。
「トイレ……。俺、何してたんだっけ?」
もう一度、扉を開ける。
そこは、見慣れた風景。
両親の残した家だ。
「兄ちゃんどいて! 漏れる漏れる!」
弟の翔太が脇をすり抜ける。
牧緒は、それを確認してから扉を閉めた。
「兄ちゃーん、ドッキリ番組始まるよぉ」
居間では、弟の和樹がテレビの前に座っている。
「今日って、いつだっけ?」
「……今は2679年10月10日、俺は未来人間だ!」
「何言ってんだ?」
「兄ちゃんこそ何言ってんの?」
壁に掛かったカレンダーに目をやった。
そこには、2025年12月11日とある。
「俺、美織のこと迎えに行ったっけ?」
美織が修学旅行から帰ってくるのが10日。
だが、牧緒にはその記憶が無い。
「うわっ、やばっ。すっぽかしたのに、そんなこと言ってたら怒られるぅ」
「すっぽかした……のか」
牧緒は頭を掻きながら、テレビの前に腰を下ろした。
「今度アイスでも買って帰ればいいかなぁ」
牧緒は、美織のご機嫌を取るための方法を考える。




