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27話 混迷

 ユレナは、自らに課せられた使命を胸に抱く。


(マキオ様の真意を推し量るのです。何故、わたくしたちに役目を与えず、ここに残されたのか……)


 コテージのリビングを見渡す。

 ソファに腰掛けたオルガノは、杖に両手を乗せたまま目を伏せて動かない。

 リデューシャは、一脚しかない安楽椅子の上で、揺れながら本を読んでいる。


(マキオ様はお忙しいのです。そんな中で、組織の結束を高める役目を平行することは難しい。マキオ様は、それをわたくしに託されたのですね……!)


 深読みした結果の勘違い。

 それでも、ユレナはそれが使命であると信じて疑わない。


(わたくしが二人の懐に飛び込んで弱みを握れば、マキオ様の支配はより強固なものとなりますわ)


 まず、最も手ごわいであろう魔女へ近づく。

 丸太の椅子に腰掛けて、気さくに話しかける。

 使命に燃えるユレナには、恐怖は無かった。


「魔女様にも、苦手な魔法があるのですね」

「何の話だ?」


 リデューシャは、邪険に振る舞うことも無く、自然と対話した。

 ユレナの中の魔王が、牧緒に必要であると理解しているからだ。


「えっと、人探しの魔法は使えないのですよね?」

「ふっ、あれは嘘だ」

「え……?」


 答えは意外な物だった。


「魔法の現象から逆算して、その形を特定し、再現した物を幾何(きか)魔法と呼ぶ」

「そう、なんですね……」


 ユレナは、それを知識として知っていた。

 しかし、リデューシャが突然魔法の授業を始めた理由を理解できず、どのように反応するのが正解なのか掴めずにいた。


幾何(きか)魔法【心眼(クレーデレ)】。妾の育ての親の原型魔法だった物だ。完全再現は難しくてな。他者の心までは読めず、千里眼のような効果しか実現できなかった」


 つまり、リデューシャはこの森の全容を目視で把握しているということになる。


「では、魔術師の居場所が分かるのですか?」

「この森にはいない。しかし、それは”迷いの森”の魔法が、妾の探知を阻害しているからかもしれぬ」

 

 要は、何も分からないということ。


「しかし、何故マキオ様に嘘を?」

「【心眼(クレーデレ)】は、妾の過去に根付く魔法だ。マキオには……知られたくない」


 魔女の変遷を遡れば、いずれ奴隷であったことに行着く。

 記録が残っているわけではない。

 リデューシャ本人がそれを語らなければ、知られることはないだろう。

 それでも――。


「マキオに必要なのは、今の妾だ」

「……では、何故わたくしに過去の一片を語られたのですか?」


 リデューシャは、深く溜息をついてから、ユレナの頬に手を当てた。


「其方は美しい」

「そ、そそ、そうでしょうか?」


 その顔が、リンゴのように赤く染まる。


「そして、完璧な器だ」


 そう聞いて、ユレナは動けなくなった。

 冷たく、それでいて艶めかしい視線が背筋を凍らせる。


「妾を知れ。その脳を妾に馴染ませろ。知りたいことがあれば、何でも答えてやる」

「あ、ありがとうございます……。な、何かあれば、すぐに魔女様を頼らせていただきますわ!」


 ユレナは跳び上がる勢いで立ち上がり、素早く三歩下がった。


「あぁ、そうするといい……」


 黒い影が、リデューシャを包み込んだ。

 それは、ユレナの見た幻覚。


 リデューシャは、ユレナという()()を完成させようとしている。

 魔女に負けず劣らない美貌。

 そして、異なる魂を内に宿した実例。

 万が一、自身に死が訪れた時、肉体の代替としてユレナを使えるように。


 かつて、不老に心を病み、死を望んだ。

 そんな魔女が、牧緒という拠り所を見つけたことで、生にしがみ付こうとしている。

 その真意を、ユレナは知る由もない。

 しかし、醜悪な思惑が漂わせる邪悪を感じ取ることはできた。


 ユレナは気を取り直し、今度はオルガノの隣に腰を下ろした。


「少し、街を散策してみようと思います。ご一緒していただけませんか?」

「……見たところ、街の中は安全だ。付き添いは不要だろう」


 オルガノは、ユレナの誘いを蹴った。

 

「そう仰らず。そろそろお互いを知る必要もあるでしょう?」


 ユレナにとって、オルガノは実の父と繋がる唯一の人物。

 だからといって、彼に縋るつもりは無かった。

 むしろ、警戒していると言ってもいい。


「仕方ない。少しぐらいなら付き合ってやってもいい」

「ふふ、なんだかんだ言いつつも、わたくしの側にいてくれるのですね」


 ユレナは、人を見る目がある。

 自身の都合の良いように動く人物を見抜くことに長けていた。

 その上、不利益だと判断した人物を容赦なく切り捨てる冷淡さも併せ持っている。

 そして、この場合の不利益とは、『惡の特異点』に対する悪意のことだ。

 ユレナはこの組織を、牧緒という存在を、無くてはならない物と位置付けた。

 彼女は、オルガノを見極めようとしている――。


 ***


 オルガノは、ユレナの笑顔を眺めていた。

 街に繰り出したユレナは、あっという間に子供たちに囲まれた。

 外からきた、若い女性が珍しいのだろう。

 ユレナは、疎むことなく子供たちと戯れた。


「オルガノ様も一緒にどうですか?」


 大縄跳びの中で、細かく息を吐きながらオルガノを誘った。

 厳格な雰囲気を纏い、齢50を越えているであろう大男が、首を縦に振るはずもない。

 しかし、オルガノは少し悩んだ後に一歩前進した。


「あっ! お姉ちゃん引っかかった!」


 その時、ユレナの足が縄にかかり、子供たちが笑いながら騒ぎ始める。

 流れは断ち切られ、オルガノが大繩跳びに参加する光景は拝めなかった。


「ふぅ、疲れちゃいました」


 ユレナはそう言って、オルガノの元へ駆け寄る。

 彼女はオルガノの態度から、その目的を明らかにしようと試みる。

 オルガノは、ユレナが願えば子供の遊びにすら参加しようとすることが分かった。


「マキオ様とは、どのような間柄なのですか?」

「深い仲ではない。脱獄計画の一端を担っただけだ」

 

 息を整えるためにゆっくりと歩きながら問うも、大した答えは返ってこない。


(マキオ様もオルガノ様も、お父様に頼まれて、わたくしを脱獄させたはず……)


 監獄で、牧緒は嘘をついた。『君を脱獄させたい人がいる。俺はその協力者だ』と。

 そしてオルガノも嘘をついた。『儂は、ユレナ嬢の父を知っている』、『ユレナ嬢を守るように言われている』と。

 ユレナは、それらを真実だと仮定して思考していた。

 しかし――。


(わたくしを脱獄させたかったのは、本当にお父様なのでしょうか?)


 オルガノが自らの素性を隠すせいで、事は複雑化の一途を辿る。


(わたくしはマルジルク家の汚点。地位を利用する目的ではないはず。なら、わたくしを脱獄させる理由は、わたくしの中の魔王しかないですわ)


 しかし、初めて会話した時の牧緒は、ユレナの内に眠る魔王の存在を知らない様子であった。

 オルガノが魔王の存在を隠して、牧緒にユレナの脱獄を提案したとして、牧緒はどのような理由でそれを飲んだのか。


(マキオ様は、オルガノ様に弱みを握られていた? それは今も……?)


 それは、間違いではない。

 制御装置への道を握られていたことと、呪詛をかけられたことは事実だ。

 しかし、呪詛は脱獄が成功した時点で、役割を終えて効果を失っている。

 もはや、牧緒が恐れる弱みなど無い。


(ということは、元から魔王の力を利用しようと考えていたのは、マキオ様ではなく……オルガノ様)


 その推理は、どんどん真実から遠のいてしまう。

 そして、ユレナは思い返す。

 牧緒を拉致した不届き者は、何故あのような暴挙に出たのか。

 ≪終末級≫の脅威を抑えたいにしても、報復を避けるためには話し合いの道しかないはずだ。

 牧緒を瀕死に追いやるなど、以ての外だ。

 つまり、報復はないと考えた。

 ≪終末級≫を取り込めると判断したとすれば、それは何故か。

 誰かにそう()()()()()()()のか。


(もしかすると、オルガノ様は……)


 ユレナの考えはまとまった。

 もはや、実の父との繋がりがあることすら疑わしい。

 推理した内容の真偽にかかわらず、自身が『惡の特異点』を支えなければと決意した。

 まずは、不穏分子を排除する必要がある。

 組織の輪を乱さずに、オルガノを消す方法を考えなければならない。


(わたくしが……わたくしがやらないと……!)


 彼女が『惡の特異点』にこだわる理由は一つ。

 それは、()()令嬢の延長線。

 世界に名を轟かせれば、いずれどこかにいる実の父の目に触れるだろうと考えている。


 牧緒は異世界を目指しているが、ユレナはそれを何としてでも阻止するつもりだ。

 彼が世界を征服すれば、逃げ続ける必要はない。

 彼が世界を征服すれば、実の父を探すことも容易い。

 彼が世界を征服すれば、もう上辺だけの悪役を演じる必要はない。


「まあ、美味しそうな果物。どれも見たことはないけれど、良い匂いがしますね」

「そうだろう、お嬢ちゃん! この森限定だ! 一番オススメはレルゲの実だよ!」

「ふふ、オルガノ様、買って帰りましょう」


 ユレナは腹の内を見せず、オルガノに笑顔で接し続けた。


「うむ……これで足りるか?」

「金なんて要らねぇよ! ここじゃあ、なんの役にも立たねぇからな!」


 オルガノが差し出した銀貨を、店主は笑いながら突き返した。

 閉じられたコミュニティーで必要になるのは、金ではなく信頼と働きだけだった。


「……後で儂が持ち帰ろう。ユレナ嬢は先に戻りなさい。儂は少し寄りたいところがある」


 貸し与えられた籠に果物を詰め込んだ後、オルガノが促す。

 今後の方針を確立させ、これ以上探りを入れる必要がはないと判断したユレナは、それに素直に従った。


 オルガノは、端のベンチに腰掛ける。

 ギシリと鈍い音がした。

 潰してしまわないように、少し力を入れて腰を浮かす。


「冥王オルガノが果物を抱えている姿が見られるなんてね。で、アタシに聞きたいことがあるんでしょ?」


 隣のベンチには、魔術師の探索に駆り出されたはずのキュラハがいた。


「あぁ、貴様の目的を確認したくてな。この森に、魔術師はいないのだろう?」


 オルガノが核心を突く。

 彼女が異端審問官であることから、その真の目的について、何となく察しは付いていた。


「やっぱ気付かれるかぁ」

「どうやって獣人に悟られず、嘘をついた」

「嘘なんてついてないからだよ」

「何……?」


 天記の書には、魔術師デルバが”迷いの森”に入ったと、偶然に記された。

 それは真実。

 にもかかわらず、この森に魔術師デルバはいない。


「この森に君たちを誘ったのは、デルバ本人だよ」

「……どうやった?」

「デルバはね、”嘘の魔法”を生み出したんだ」


 それは、世界にすら真実を誤認させる魔法。


「デルバの嘘は、天記の書に真実として記されてしまった。偶然すら必然に変えてね」

「それを貴様は利用したというわけか」

「そそ。アタシの目的は『惡の特異点』を隔離すること」

「魔女がいるのだぞ。失敗するとは思わなかったのか?」

「絶対効果魔法――この森に掛けられた魔法は、魔女すらも破れないよ」


 それは、確定効果魔法とも呼ばれる。

 一度発動すれば、いかなる方法であってもその効果を無効化することのできない魔法。

 一般的な魔法は暫定効果魔法と呼ばれ、威力を弱めたり、相殺したりなど、対策を講じることができる。

 

「では、デルバの目的はなんだ?」

「さぁね。でも、狙いはマキオ君だと思うよ」

「……またあの小僧か」

「アナタにとっても、ここは望んだ場所でしょ? もう追われることは無いんだから」

「そうかもしれんな……。だが、あの小僧はなかなか曲者だ」


 勇者の猛攻。ドルーガンの奇襲。そのいずれも牧緒は生き延びた。

 オルガノは、牧緒のことを信用はしていないが認め始めている。

 

「だからこそ、その嘘の向こうに隠された物だけは守り通せ」


 キュラハがアッサリと真実を話したのは、他に隠していることがあるからに違いないと、オルガノは考えた。


「アナタ、どっちの味方?」

「どちらでも無い。儂が守るべき者はただ一人だ……」


 オルガノは試行錯誤している。

 出会うはずの無かった娘と共になった以上、互いが最も幸せに生きられるよう、もがいている。

 どのピースを、どこにはめれば良いか判断するために。

 あえて場を乱し、ピースの下に隠れた別のピースを見つけ出すために。


 それぞれの思惑は、蜘蛛の巣のように絡み合い、混迷を極める。

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