26話 不可思議
「ようこそ、皆さん! 私はポグロと申します」
街を歩く牧緒たちに声を掛けたのは、この町の自称責任者。
「この町では、手に職をつけてもらう決まりとなっております。外ではどんなお仕事を?」
当然、森の中の住民は『惡の特異点』の存在を知らない。
眼前のそれが、≪終末級≫と謳われる魔女などとは、想像することすら不可能だ。
町の決まりに従わないという選択肢もあるが、原住民を敵に回して得はない。
「対象は、全員でしょうか? それとも、俺たちの誰かが何らかの成果を出せればよいのでしょうか?」
既に、魔術師デルバの捜索という仕事がある。
他の仕事で、全員の手を止めわけにはいかない。
(何となく、みんなには仕事を振りづらいんだよなぁ……)
牧緒が指示すれば、リデューシャは喜んで従うだろう。
だが、彼女は常に不気味で不穏な空気を纏っている。
選択を誤れば、好意は翻り、敵意が死を招く。
オルガノとユレナについても、牧緒は不可侵を感じている。
オルガノの最優先はユレナ。
故に、牧緒の指示を無視して、独断行動に及ぶ懸念がある。
ユレナに仕事を振ったとしても、恐らくオルガノの牧緒に対する心象は悪くなるだろう。
キュラハには、積極的に魔術師デルバの捜索を依頼することになる。
(まぁ、俺とニャプチしかいないか)
この弱気な態度の理由は、牧緒自身が無能であることを自覚しているからに他ならない。
『惡の特異点』の盟主として扱われていることも、本人は納得していなかった。
牧緒は、追い詰められればある程度は頭を使えるが、そうでなければ思慮の浅さが目立つ男だ。
誰かを導くなんて、不相応だと思っている。
「最初は皆さんの誰かで構いません。私たちはここで一生を過ごすのですから、ゆっくりとやれることを決めていきましょう」
ポグロは意外と寛容であった。
「ありがとう。俺とこっちの獣人で、狩りができます。もし間に合っているなら、他の仕事でも構いません。ただ、できる限り街の外でやれる仕事を斡旋してもらえないでしょうか」
「そうですねぇ……。では、ご要望通り狩りをお願いします。腕に自信があるからこその申し出でしょう」
ポグロ曰く、森には強力な魔物たちが蔓延っているとのこと。
外からきたのではなく、最初から”迷いの森”に生息していたのだろう。
そのお陰で、期待通りの仕事を受けることに成功した。
牧緒の狙いは、狩りにかこつけて”迷いの森”の構造や特性を把握すること。
そして、同時に”迷いの森”からの脱出方法を模索すること。
「でもその前に、コテージへご案内しましょう。今は皆、自身の家を持っていますから、貸し切り状態ですよ」
新参者には、コテージがあてがわれる。
いずれ町の住民として認められ、独り立ちするまでが、この森の習わしだ。
街中は想像以上に広く、外れにあるコテージまでは随分と歩くことになった。
何棟か並ぶコテージは、それなりに立派な作りをしている。
1棟で、10人は暮らせるであろう大きさだ。
「ここを自由にお使いください。必要なら、別の棟に分かれていただいても構いません」
「分かりました。他に、守るべきルールはありますか?」
「いいえ。秩序を乱さなければ、特に言うことはありません」
外界と隔絶されたコミュニティが維持され続けている秘訣。
それは、思いやりの精神に違いない。
「狩りについても、ノルマなどは設けておりません。最初は、ご自身の食べる分だけ。余裕ができたら、皆にも施しを与えてあげてください」
そう言って、ポグロは手を振りながら去って行った。
「俺たちのことは、何も聞いてこなかったな……」
そこに、不安や疑念は無かった。
感じるのは、ひたすらに誠実な温もり。
「それでは、マキオ様。早速わたくしたちに指示を」
ユレナが日傘を広げ、微笑みながら指示を仰いだ。
牧緒のこめかみに、冷や汗が伝う。
今までは、バルバラの威を借りていたからこそ、堂々とできていたのだと悟る。
眼前に並ぶ、不敵の顔ぶれたちの視線が、牧緒の心臓を刺す。
(命令はしない。その上で、成果を手に入れるには……)
牧緒は暫く考えてから、笑顔を作った。
「オルガノとユレナ、それとリデューシャは自由にしててくれ」
自由を与えれば、好奇心旺盛なユレナはきっと街へ繰り出すだろう。
そうなれば、オルガノも同行するか、陰からそれを見守るはずだ。
必然的に町の住民たちと関わりができて、情報を収集しやすくなる。
「なんだ、妾を頼ってはくれないのか?」
「リデューシャは特別だからな。俺の切り札には、英気を養ってもらいたいし」
「ふふ、マキオがそう言うなら仕方あるまい」
傍から見れば、それはただのおべっか。
「何でにゃ? リデューシャが魔法で魔術師を探すのが、一番早いにゃ」
ニャプチが真っ向から反対した。
「残念ながら、妾には人探しの魔法は使えぬのだ」
(め、めちゃくちゃ嘘にゃ……。よーく嗅いだら、マキオも嘘ついてるにゃ。にゃにこれ……)
何も言えずに、ニャプチは眉を八の字にする。
「キュラハは俺に付いてこい。ニャプチも一緒に行こう。俺たちは、早速狩りの名目で森を探索してくるよ」
「行ってらっしゃいませ、マキオ様~」
三人は、ユレナに見送られながらコテージを後にした。
「よし、キュラハは単独で魔術師を探せ」
「えぇ!? 一緒に探そうよ!」
「俺たちには、他にもやることがある。何か手掛かりを見つけてこい」
「……ちぇっ。つれないなぁ、マキオ君は」
キュラハは、仕方なく反対方向へ歩き始めた。
十歩進む度に、チラチラと振り返るので、なかなか遠ざからない。
「何でキュラハを連れてきたのにゃ?」
「俺がいない所で、リデューシャと一緒にできないだろ」
「にゃはは、確かに殺されてもおかしくないにゃ」
「それで、リデューシャは嘘をついてたか?」
「にゃにゃ!?」
牧緒は、ニャプチの鼻が不自然に上下していたことに気が付いていた。
「……たぶんリデューシャは、魔術師を見つける方法を知ってるにゃ」
「やっぱりそうか」
「マキオは、何で嘘なんてついたにゃ?」
英気を養ってほしいなど、嘘も嘘。
ただ、魔女に余計なことをしてほしくない一心だった。
「俺は、リデューシャが何を考えてるのか分からない」
「まだ言ってるのにゃ? すっごく好かれてるのにゃ」
「分かってる。ただ……、きっとその感情は、俺が思ってるより複雑だ」
ウオラ王国の王都。
そこで過ごしたホテルの部屋に、リデューシャが戻ってくることはなかった。
別の部屋を取り直したのか、それとも全く別の場所で過ごしていたのか、それすら分からない。
必要な時に、ひょっこり顔を見せるだけだった。
「行動には意味がある。俺は、その意味を理解しないといけない」
「気にしすぎじゃないかにゃぁ」
「ユレナが俺を盟主にしたがるのも、それが理由だ」
たとえ序列無き関係であったとしても、指導者がいなければ組織は瓦解してしまう。
誰かが奔放を抑制しなければ、≪終末級≫は世界の善悪すら撹拌する。
「リデューシャは、俺を値踏みしてるのかもしれないな」
(たぶん、頼って欲しいだけだと思うんだけどにゃぁ……)
しかし、牧緒の鈍感もあながち間違いではなかった。
魔女は、牧緒の造り上げる世界を見たがっている。
もし、それがくだらないガラクタだったとしたら――。
「見せてやろうぜ。俺たちの実力を」
牧緒は、”迷いの森”の謎に挑む。
森について、ポグロから簡単な説明は受けている。
大木が伐採されて根が抜かれ、土が踏み均された場所は”道”。
そうでない場所は”森林”。
”道”は迷わずに進めるが、”森林”の向こうへは進むことができない。
”道”は日々、町の住民たちが少しずつ広げていっているとのこと。
進めない、というのはどういうことか。
ポグロに詳細を訪ねても「上手く説明できない」の一点張りであった。
ならば実際に何が起こるのか、自身の体で検証するしかない。
「しかし、随分と適当な道だな」
「そうかにゃ? 凹凸も無いし、しっかりした作りにゃ」
牧緒とニャプチは、ゆっくりと道を進む。
「いや、そう言うことじゃなくてさ……ほら、この分かれ道、すぐそこで合流してるだろ? で、こっちは10メートルも行けば行き止まりだ」
それはまるで迷路のような作り。
合理性は無く、意味も無い。
「”迷いの森”ってだけあって、もしかしたら木が独りでに移動したり、道が勝手に増えたり消えたりするのかもな……」
突拍子もないが、全てを疑ってかかり想像することが肝要だ。
「あ、ハグボッグにゃ!」
「は? ハグボッグ?」
それは耳が大きく、二本の角を有する猪のような魔物。
ニャプチは、四足歩行で食料を追って走った。
「おい、ニャプチ! 森林の中には入るな!」
声をかけるも、時すでに遅し。
そのまま逃げるハグボッグを追って、森林の向こうへ行ってしまった。
「おーい! ニャプチ―!」
大声で呼ぶも、返事はない。
慌てふためいていると、目の前からすごい勢いでハグボッグが戻ってくる。
横に避ければいいものを、混乱した牧緒は振り返って逃げるように走った。
が、今度は目の前に、ニャプチが尋常ではない速度で現れる。
「うわああ!」
牧緒は咄嗟にその場でしゃがみ込んだ。その頭上で、ニャプチとハグボッグが正面衝突する音が響く。
「……大丈夫か?」
「大丈夫にゃ! 食料もゲットにゃ!」
ニャプチは痛がる様子も見せず、プギギと鳴くハグボッグの足を掴んで持ち上げていた。
「待て、なんで逆の方向からニャプチが出てくるんだ?」
「うにゃ~、なんか走ってたら見失っちゃって、気付いたら目の前にマキオとハグボッグが現れたにゃ」
森が方向感覚を狂わせることは容易に想像できる。
だが、これは説明がつかない。
ニャプチは俊足ではあるが、森を一周してきたにしては早すぎる。
超人的な嗅覚と聴覚を以ってして、目の前のハグボッグ一匹を見失うというのもおかしな話だ。
牧緒とニャプチは、捕えたハグボッグの両足を縛って大人しくさせる。
「とりあえず、食料は手に入れたな。残りの時間は、この森の謎を解くことに使おう」
縛り上げたハグボッグの腹に、ドカリを腰を下ろして考える。
「この森へは転送魔法で入った。ということは……」
この森は外界とは地続きではない、隔絶された別の空間ではないかと、牧緒は考えた。
そう思っているのは、この森の住民も同じだろう。
森の外に出ることを目的としているのなら、人工的に作り出した道はただ真っすぐに続くはずだ。
だが、実際には道はうねり、意味のない軌道を描いている。
この道は外に出るためのものではなく、行動範囲を広げて生活基盤をより盤石なものとするための物だろう。
だとすれば、物理的な方法でここから脱出することはできない。
何かの法則を見付け出し、それを打破する必要がある。
先ほどの不可解な現象も、法則の一端かもしれない。
無暗に森林の向こうへ進むことはできない。
ならば――。
「よし、地面を掘ってみよう」
そう言って、牧緒は腕まくりをする。
「フッフッフッ……マキオ、ボクを誰だと思ってるにゃ!」
ニャプチは目を輝かせて、牧緒の手など必要ないと言わんばかりに胸を張った。
そして、何者も傷つけそうになかった爪は、瞬時に鋭く伸び、黒く硬くなる。
「にゃにゃにゃにゃにゃああああ!」
硬い地面をまるで砂場のように難なく掘り、あっという間にその体は見えなくなった。
土は勢いよく穴から噴出し続ける。
だが暫くすると、それは止まった。
牧緒は心配して、そっと穴を覗こうとする。
その時、わっ、とニャプチの顔が飛び出てきた。
「にゃあああああ! にゃ⁉ 外に出たにゃ! 地面の下に、逆さまな世界が広がってるにゃ!」
「……何を言ってるんだ?」
「あれ、マキオ? にゃにゃ?」
「まさかとは思うが、真下に掘ってたつもりが、いつの間にか真上に向かってた……なんて言うつもりじゃないだろうな?」
「うにゃ~、言いたくにゃいけど、そうなるにゃ……」
ほぼ一人分の幅しかない穴を掘っている最中に、上下を見失うことなんてあるはずがない。
これは、間違いなく”迷いの森”の特性。
この空間に施された、魔法の効果。
「ニャプチ、試しに全力で真上に跳んでみてくれないか?」
「にゃ? 分かった……にゃっ!」
そう言って、土煙が上がるほどの脚力でジャンプする。
牧緒はそれを目で追うが、いずれ太陽の光が姿を覆う。
「にゃああああ!」
案の定、ニャプチは頭から落下して地面に激突した。
重力に従って落ちたわけじゃない。
跳び上がった勢いのまま、地面にめがけて跳んできたのだ。
「どうだった?」
「うにゃ……、気が付いたら地面が目の前に現れたにゃ……」
「なるほど」
この程度では、ニャプチに怪我は無いと判断した牧緒は、心配もせずに考えを巡らせ続けた。




