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25話 迷いの森

 牧緒たちは、ホテルの一室に集う。


「出発は、明日の朝だ」


 牧緒の宣言は、リデューシャ以外を驚愕させた。


「それは余りにも性急過ぎるのではないでしょうか?」

「ユレナの言いたいことは分かる。でも、俺たちはゆっくりしていられない」


 ”迷いの森”への侵入は、ヴァルキア皇帝に秘匿したまま行う。

 使者としての役目は、体裁に過ぎない。

 だとしても、ウオラ王国に留まれるのは1ヶ月が限界だろう。


「でも、わたくしたちは森について何も知りません。時間をかけて調査するべきです」

「600年、誰も出られなかった森だろ? 今更、外から知れる情報なんてないさ」

「しかし……」

「マキオのことが信じられないのか?」


 リデューシャが、ユレナを理不尽に一喝した。


「そんな……。わたくしはただ……せっかく新調した衣装が台無しになるのが耐えられないのです!」

「へ?」


 牧緒は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。


「だって、そうでしょう! こんな服で、森に入れるはずもありません!」

「待て待て……、ユレナは何を言ってるんだ?」

「ハイヒールでは、ぬかるんだ土の上は歩けません……。こんなスカートでは、小枝が引っ掛かり放題です……」


 まともな衣装を纏ってから、2週間弱。

 ユレナはもっと長い間、優雅な風貌を靡かせていたかったのだ。


「オ、オルガノぉお」

「な、何故、儂に縋る!」


 牧緒は、彼女の父に責任を押し付けるように嘆いた。


「ボクは全然平気だけどにゃぁ」

「ニャプちゃんは、何故かいつも泥だらけですもんね!」

「そうだったかにゃ?」


 王都で過ごした数日間。

 ニャプチは常に汚れていた。

 水たまりでも見つけようものなら、即座に跳んで踏みつけるような真似をするからだ。


「案ずるな。妾がどうとでもしてやろう」

「魔女様が……?」

「妾は、自然を操る魔法に強い適性がある。木々は避け、土は委縮して固まるだろう」


 リデューシャはニヤリと笑ってから、牧緒に視線を向けた。


「コテージも、ベッドも、浴室だって用意してやる」

「まぁ! 流石魔女様! うふふ、これでわたくしたちは、威厳を失わずに”迷いの森”を攻略できますね!」


 令嬢だった故か、ユレナは泥臭く活動するのが許せないようだ。


「本当に出られるんだろうな?」


 オルガノは、静かに核心を突いた。


「あぁ、出るさ。俺は、バルバラを独りにはしない」


 勝算の無い感情論。

 しかし、オルガノはそれを否定しない。


(森を出られぬのなら、それでいい。魔女がいれば、最低限の暮らしは保証される。むしろ、ユレナにとって最も安全な場所かもしれぬな)


 勇者の魔の手から完全に逃れたいのなら、”迷いの森”へ逃げればいい。

 二度と出られない場所へ、勇者が命を懸けて追ってくるはずも無いのだから。


「俺たちが”迷いの森”へ入ることは、誰にも知られちゃダメだ」


 警戒するのは、諜報員たちのこと。

 迷いの森からは出られない、というのが一般的な共通認識。

 そして、勇者は複数の≪終末級≫と戦うことを避けている。

 バルバラが独り残されたと知られれば、その身に危険が及ぶだろう。


「それも案ずる必要はない。妾たちを監視する者は、全員追い払ってある」

「……そうか」


 牧緒は、目も合わせずに答えた。

 あの夜、微睡(まどろみ)の中で聞いた雷轟は、牧緒の中に疑念の種を蒔いていた。


 全ての諜報員が瀕死の状態に陥ったことは、この中ではニャプチしか知らない。


(息をするように嘘つくにゃぁ……)


 ニャプチの耳は、悲鳴を聞き分けた。

 ニャプチの鼻は、肉の焦げた臭いを嗅ぎ分けた。

 諜報員たちの鋭い視線が消えたことを、その肌が感じ取っていた。


「じゃあ、変な小細工は必要ないな。念のため、ベイランの遣いには俺たちがホテルの中に居続けているように振る舞ってもらおう」


 最難関迷宮(ダンジョン)、”迷いの森”へ挑むための準備は整った。


 ***


 翌朝――。

 リデューシャの転送魔法で、牧緒たちは直接王城内部に移動した。

 ベイランにも、”迷いの森”への侵入を内密に進める旨を説明する。

 連絡手段のため、ホテル前で待機させられている遣いは、そのままローテーションで現状を維持するよう指示。

 それにより、ホテル内に牧緒たちがいるのだと周囲に思わせる。


「ふぇあああ……早いねぇ。昨日の今日だよ?」


 眠たそうにしながらも、身なりは準備万端のキュラハと合流する。

 昨日と違い、靴底の分厚いブーツに履き替えて、オーバーオール風の服を身に着けている。

 牧緒は森へ入るに相応しいその姿を見て、うんうんと納得したように頷く。

 逆にキュラハは、牧緒たちの姿を目を細めて睨みつけ、何度も眼鏡を上げ直した。


「ま、いっか……。『惡の特異点』with異端審問官の迷宮(ダンジョン)攻略と行きますか」

「惡の……なんだって?」

「知らないの? 自分たちが、なんて呼ばれてるか」

「『惡の特異点』、いいですね! マキオ様を象徴するような、威厳のある呼称です!」

「ユレナは何でも誉めてくれるよな……」


 騒ぐ一同を横目に、リデューシャが唱える。

 

開龕(かいがん)――」


 キュラハ以外、見慣れた黒い壁が現れる。


「やっぱりすごいね。普通、転送魔法って向かう場所によって専用の魔法陣が必要になるのにさ。どこにでも行けちゃうって革命じゃない?」

「ふんっ、さっさと行くぞ」


 キュラハの誉め言葉を無視して、リデューシャは足早に壁の向こうへ行ってしまう。

 それに他の面々も続く。


「バルバラ、なるべくすぐ戻ってくる。でも、土産は期待しないでくれ」

「あぁ、気長に待っているぞ」


 牧緒は火の玉となって佇むバルバラに、改めて出立を告げた。


 壁を抜けた先は、巨大なアーチの下。

 幅が広く、天井が高い。

 トンネルのようにも見えるが、距離は百メートルにも満たないほど短い。

 美しく、荘厳な文様が壁中にびっしりと施されている。

 差し込む朝日が、それをより一層神秘的な空間へと彩った。


 背後に広がるのは、一面の草原。

 前方のトンネルの先は、暗き森。


「このトンネルから入る必要があるのか?」

「いや、そこの魔法陣の上に乗るだけさ。条件を満たした6人でね」


 キュラハが杖で指した先は、トンネルの中腹。

 そこには、人が6人乗っても有り余るほどの、低い円形の台がある。

 台には、大きな魔法陣が刻まれていた。

 

「【魂を伴う6つの肉体――これが、道を抜ける条件なり】……キュラハさんが言っていた通りですね」


 ユレナが、魔法陣の前にある石板を読み上げた。

 目の前に広がる森林は、何の変哲もないただの森。

 条件を満たして初めて、”迷いの森”は現れる。

 

「ん? なんか変な文字だな……」


 それは、牧緒の知る文字ではなかった。

 点字に近いそれは、どの国にも見られない文字。


「これはエルフ語ですから、ご存じなくても仕方がありません」


 エルフ語は、唯一竜を発祥としない独自の言語。

 エルフは自分たち以外の文明と強い関わりを持たず、共通の神や認識も持たない。

 故に、他種族とは隔絶された世界で独特の文化と言葉を持つ。


「……【これが、道を抜ける()()()()なり】とも訳せるな」


 リデューシャが、別の翻訳を口にする。


「あー魔女っち、自分が訳したかったのに先越されて悔しかったんだ~?」

「ま、魔女っち……」


 キュラハは鬼の首を取ったように、不躾に煽った。


「わ、妾が手を出さぬからと調子に乗りよって……」


 歯を噛み締めたまま、リデューシャは眉間にしわを寄せてプルプルと目の下を震わせた。

 牧緒の手前でなければ、凄惨な光景が広がっていたことであろう。


「これは、【条件】であってるよ。だってこれ自体が答えなんだから。【手掛かり】だと、まるで謎を解く必要があるみたいでしょ?」


 キュラハの言う通り、謎を解く要素は何もない。

 出た者は皆無。しかし、入った者は数知れず。

 侵入の方法は、既に周知の事実。

 そしてその方法は、ハッキリと石板に書かれている。


「ささ、速く行こう。魂を伴うってゆーのは、生きた人間が6人いればいいだけってことさ」


 キュラハは、魔女から放たれる殺気を気にも留めずに催促した。


「あのぉ、今更で恐縮なのですが、わたくしはどうなるのでしょうか?」

「大丈夫だろ。条件は魂の数じゃない。あくまで、肉体の数だ」

「そうですよね、よかったです。それじゃあ、なんでこんな回りくどい言い方なんでしょう」

「どういうことだ?」

「だって、【生者が6人】と記せばよいではないですか」

「……確かに」


 森へ入るのに、魔王の魂は問題にならない。

 しかし、ユレナの疑問は牧緒を思考の海へ突き落した。


「そんなのいいから! ほら、考え込んでないで、速く速く!」


 キュラハが、強引に牧緒の腕を引く。

 全員が魔法陣の上に立つと、まばゆい光に包まれた。


 視界が戻った時、眼前に現れたのは金属のモニュメント。

 そして、それを取り囲むように存在するのは――なんと街だった。

 巨木をくり貫いて利用した建造物もあれば、木とレンガ造りの家もある。

 人が行き交い、露店もある。


「ここが……”迷いの森”?」


 牧緒だけでなく、ここにいる全員が困惑を隠しきれない。

 誰一人として、森の外に出たものはいない。

 しかし、彼らは外と同じような日常を構築し、平和に過ごしていた。


「へー、なんか拍子抜け」


 キュラハが口を開けて街を見回す。

 これなら、魔術師デルバが生存している可能性も高いだろう。

 生活の基盤が整っているとなれば、何かから逃げ出したい者にとって、ここはうってつけの場所だ。

 魔術師デルバの誤算は、牧緒のような無謀な行動力の化身を敵に回したことだろう。


「珍しいなぁ! 新しい人がやってくるのは5年ぶりだよ!」


 大量のフルーツを乗せた荷車を引く男が、牧緒たちに声をかけた。

 恰幅の良い体つきと、鋭い目つき。

 腕に刻まれた多くの傷は、彼がただの商売人や農夫でないことを物語っている。

 元々は、この森を攻略せんとやってきた、冒険者であったに違いない。


「5年か……。随分幼い子供もいるようだけど」


 牧緒は周囲を見回し、木の枝を持って走り回る子供や、母親に抱えられた赤ん坊の姿を見る。


「そりゃ、森の中で生まれる奴らもいるさ。『外からきた人は』って意味だ」


 男はそれが当たり前かのように言う。

 外の人間には、森の中に町があるなどとは想像しようもない。

 長く森の中で暮らしてきた男の感覚は、牧緒たちには理解できないものになっていた。

 それは、他の住民たちも同じだろう。


 そんな者たちが、牧緒たちの存在に気が付いて寄ってくる。


「あらまぁ、こんな若いお嬢さんが……」

「そんな恰好でこの森に? 冒険者じゃないのかい?」

「いやいや、この獣人の子と眼鏡の子はシッカリした格好をしてるよ」


 森の住民に揉まれながら、牧緒はあることに気が付く。


(5年ぶり? じゃあ、いつ魔術師はこの森にやってきたんだ?)


 少なくとも、牧緒がこの世界に召喚された2年前には、魔術師デルバは森の外にいた。

 同じく街のど真ん中に転送されたのであれば、住民の目に留まる。

 見える範囲にも物見台があり、弓を持った兵が周囲を監視している。

 恐らくは、原住の魔物を警戒するためだろう。

 夜間に森へ入った場合は、彼らに気付かれる。

 5年間、誰も森へ入っていないという認識になるはずがない。

 森へ入る方法や、転送場所が複数存在する可能性を除いて――。


「キュラハ。魔術師が身を隠しそうな場所は?」

「人目の付かない場所であることは間違いないね。つまり、街の外さ」


 キュラハは、無難な回答で濁した。


「とりあえず、活動基盤を整えよう」

「そそ、せっかく街もあって人もいるんだからさ。気長に行こうよ」


 飄々とした態度を崩さないキュラハは、無邪気な子供のように跳びはねた。

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