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21話 魔女の私刑

 牧緒たちはホテルのレストランを貸し切り、テーブルを囲んで向かい合う。


「今回、俺がやらかしたことで、街の全員の目に入る場所で、バルバラが魔法を使うことになった」


 手を組んで、牧緒は深刻そうに話す。

 バルバラが放った炎は、空中で爆散して花火となっただけ。

 何かを攻撃する意図もなければ、実際の被害もない。

 だが、その光景を目の当たりにした者たちは、それを知る由もない。

 ヴァルキア皇帝が手綱を握っていると世間に思わせている以上、勝手な行動は慎む必要がある。

 今回の”花火”についても、皇帝の攻撃指示と捉えられてしまいかねない。

 下手をすれば、重大な国際問題に発展する。

 

「でも、バルバラが機転を利かせてくれたおかげで、何とか事なきを得た……はずだ」


 バルバラは、牧緒の居場所を特定した後、小さな複数の火の玉を真上に噴き上げた。

 それは、適度な規模の花火となり街を彩る。

 僅かな時間とはいえ、街中に次元の裂け目が現れた件と相まって、何かの催しだと思い込んだ人々も多い。


「幸い、現時点でヴァルキア皇帝からの通達はない」


 汎用魔法を用いれば、国を隔てていても、即座に連絡が可能である。

 恐らく、牧緒たちを監視する諜報員たちの中には、ヴァルキア皇帝が遣わした者もいるだろう。

 そういった者が接触してこないということは、ここウオラ王国で起きた出来事は、問題視されていないと考えられる。

 他の国、他の組織の諜報員たちがどのように判断するかは分からない。

 しかし、実害がない以上、何かを咎めることもできないはずだ。


「本当に助かった、ありがとう! ということで、お詫びと感謝を兼ねて、最高級のフルーツパフェをどうぞ……」


 すると、給仕たちがテーブルの上に人数分の巨大なパフェを運ぶ。

 輝くフルーツたちは、甘い生クリームを彩り、冷たいアイスクリームは高く積み上がっている。

 パフェを初めて見るのか、ニャプチは不思議そうな顔をして、スプーンも使わずに器を持ち上げ大口を開けて頬張る。

 対してユレナは、ゆっくりと上品にパフェを掬いとる。

 最初は平然としていたが、数か月ぶりのスイーツは徐々にユレナを狂わせた。

 口元に付いたチョコソースすら気にせず、スプーンを往復させる。

 オルガノは自身のパフェを、静かにユレナの方へスライドさせた。


「どうされたんですか? おいしいですよ」


 ユレナにそう言われても、オルガノは気恥ずかしそうに喉を鳴らすばかりだった。


「ほら、食べさせてやろう」


 そう言って、リデューシャがスプーンを牧緒の口元へ運ぶ。


「い、いや、これはみんなへのお礼だから! 俺は大丈夫!」


 牧緒は、頬を赤く染めて、あわあわと手の平を振る。


「おい、私にどうしろというのだ……」


 小さな火の塊となって参加したバルバラは、目の前でパフェに盛られたアイスクリームが溶けていく様を見守る他なかった――。



 その夜。

 牧緒は覚悟して自室のベッドへ横になった。

 それは、リデューシャに対して不甲斐ない態度を取り続けた侘びと、助けてもらったことへの感謝のつもりである。

 リデューシャが何をしてきても、受け入れるつもりでいた。

 そもそも牧緒は、女性と恋愛的な関わりを持ったことが無い。

 牧緒には、家族が全てだった。だからこそ、青春を謳歌する時間など無かった。

 リデューシャに気圧されてしまうのは、そんな初心(うぶ)さが原因であって、決して彼女を嫌っているわけではない。

 むしろ、白百合の様な美貌と、子供の様な無邪気さを垣間見せる愛らしさは、既に牧緒の心を鷲掴みにしていると言っても過言ではない。


 だが、リデューシャが部屋に戻ってくることはなかった。


 その頃、リデューシャは街の時計塔の頂で、夜空を堪能していた。

 電気技術が発展していなくとも、魔石の普及により街は明るく、未だ賑わっている区域もある。


「ふむ、やはり多いな。気持ちの悪いウジ虫が数百……堪え難い」


 その目には見えている。最初から見えていた。

 街に蔓延る諜報員の数と容姿、その実力まで全て捉えていた。

 牧緒を付け狙う者の存在も、その者が良からぬことを企んでいたことも、全て。


 リデューシャは、敢えて牧緒が攫われるのを見逃した。

 ドルーガンたちが施した付け焼刃の小細工など関係ない。

 どんな複雑怪奇な魔力の痕跡であっても、リデューシャに掛かれば、容易く解くことができる。

 牧緒がどこに連れ去られ、どんな状況に陥っているかも、把握していた。

 それでも自ら動かなかったのは、危機に陥った牧緒が、助けを求めると考えたからだ。

 ただ一言、魔女の名が叫ばれれば、リデューシャは満たされる。

 そのはずだった。


 実際に牧緒が助けを求めたのはバルバラであり、囚われた場所を特定する方法も、バルバラに拠るところであった。

 リデューシャにとって、それは耐えがたい現実。

 牧緒の弱さに寄り添うことで、その心を掴む算段であったのに。


 雲に隠れた月が露わになった時、殺気を放つ魔女の姿を見た者がいた。

 夜風に当たるつもりで、窓を開いて空を見上げたその者は、背筋を凍らせて慄く。


「あ……あぁ……に、逃げるわよ……。速くっ!」

「急にどうしたんですか?」


 これは、ある諜報員たちの末路。

 荷物もまとめず、立ち去ろうとする彼らを襲ったのは、青い閃光。


霹靂(へきれき)――」


 その呪文が、彼らの耳に届くことはない。

 しかし、放たれた稲妻は脳天を貫いた。

 リデューシャは空を踏み、まるで階段があるかのように軽快に下る。

 とある建物の窓に差し掛かると、身を丸めてふわりとその中に着地した。


「あ……がっ……」


 部屋の中には、煙を上げて倒れる諜報員たちの姿。

 眼球は溶け、喉は焼け、ピンと背筋を伸ばしたまま体は硬直している。


「こんなことをするつもりはなかったんだがな……。やはり、害虫は駆除しておくべきと思い直した」


 リデューシャはゆっくりと話し始める。

 ドルーガンの行いの報復は、結果的に牧緒を監視する、全ての諜報員に向けられることとなった。


「我らが盟主様の主義は『弱き者には慈悲を』。だから、命までは奪うまい」


 無表情だったリデューシャの顔は少しずつ歪み、口が裂けんばかりに口角が上がる。


「光を失い、音を失い、匂いを失い、声を失い、動きを失って尚、生きていたいと思うかどうかは……、其方たち次第だ」


 諜報員は、聴力を既に失っている。

 だが、魔女の声だけは頭に響いた。


 並みの魔法は、損傷を完全に回復させられない。

 本人の治癒能力を数百倍に向上させる魔法では、失った物までは取り戻せない。

 別の物で補う魔法では、拒絶反応を起こすこともあれば、副作用を伴うこともある。

 何のリスクもなく、致命傷ですら瞬時に治す魔法は、才ある者にしか行使できない。

 しかし、それほどの才を持つものに限って、それを世の苦しむ者たちに施さないものだ。

 きっと稲妻に打たれた者たちも、元の姿で元の生活に戻れないことを理解していることだろう。


 リデューシャは窓枠に腰かけて、右腕を掲げて指を鳴らした。

 途端、数百の稲妻が街を刺す。

 稲光と共に響いた雷轟が、人々の動きを止めた。


 その日、この街に潜んでいた全ての国、全ての組織、全ての種族の諜報員たちは、生きる術と生きる気力を失った。


 リデューシャは月明りに照らされて、歪み切った顔を両手で抑える。


「ふふ、ふふふふふ……、妾が誰かのために何かを成したいと思う日が……、もう一度くるなんて……」


 独り言を呟きながら、不気味に笑い続ける。


「あぁ、マキオ……千年を経て、妾はもう一度生まれた……。次の千年で、其方は何を魅せてくれる? ふふふ、ははははは!」


 それは、愛故の狂気。

 それは、誰にも制御できない。

 赤く光る月は、愛が必ずしも美しいものではないことを物語っていた。

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