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19話 花火

 街の散策を始めると、牧緒の陰鬱とした気持ちは少し晴れた。

 目立つマントはホテルに脱ぎ捨て、できる限り目立たないように努める。

 バルバラには、蝋燭の火程度に小さくなってもらい、胸ポケットから少し顔を出す程度に留めてもらう。


「バルバラの本体は、今どうなってるんだ?」

「睡眠をとっている。二つ以上の意識を同時に活性化することもできるが、疲れるのでな」

「へぇ、便利なんだな。バルバラはどうやって魔法を使ってるんだ?」

「これは原型魔法だ。魔物と呼ばれるものが使う魔法は、大抵がこれだな」


 原型魔法は、魂の器に魔力を注いで行使する魔法。

 魔物は生まれながらにして、その形を理解している。

 故に、当たり前に原型魔法を行使できる。

 これが人間となれば話は別だ。

 優れた知恵を持ち得た弊害か、人間は魂の形を把握できない。

 一握りの、限られた才能を持つ者だけが、魂の形を感じ取れる。


「あぁ、魔法学の授業で習った気がする……」

 

 かすかな記憶を呼び起こしたが、魔法が使えない自分には関係ない、と思考を停止する。

 結局牧緒は、街を見回しながら別のことに考えを巡らすことにした。


「やっぱり帝都とは雰囲気が全然違うなぁ」


 帝都ヴァルラスタでは、職人と思しき者が多く歩いていた。

 しかしこの街では、戦士や魔法使いのような風貌の者たちが多く見受けられる。


「近隣の環境によるのだろうな。恐らく魔物や迷宮(ダンジョン)が多いのだろう」


 バルバラは考察した。

 何の対策もなく、平和は訪れない。

 この街は、彼らのような戦う者たちによって支えられているのだと。


「気まずくて宿には帰りづらいし、今日は徹底的に見て回るか!」


 牧緒は、胸ポケットを軽く叩いてから、陽気に歩を進めた。

 その様子を、何者かが監視する。


「ただの散歩に見えますけど……。魔女や唯一竜の監視に戻った方が良くないですか?」

「馬鹿ね。あの男と、獣人だけが正体不明。何かあるはずよ……!」

「ただの昼行燈だったらどうするんですかぁ~」


 そんな会話を繰り広げるのは、とある国の諜報員たち。

 他にも多くの国の諜報員が、この街に集まっている。

 彼らの仕事は、あくまで監視。


 しかし、そうでない者たちもいた。


 その者たちの狙いは、牧緒である。

 そして今、偶然にも牧緒は一人――にしか見えない状態である。


 牧緒が繁華街を一周した頃、夕日が照らす街角に、突如として次元の裂け目が出現する。

 それは、街の至る所に同時に現れた。

 

「なんだ、これ?」


 それは、転送魔法により作られたゲート。

 リデューシャの使うそれとは、見た目が大きく異なる。

 そのため、牧緒はそれが何なのか理解できなかった。

 牧緒は後ずさるが、複数の男たちに体を掴まれ、無理やりゲートに押し込まれる。


 そして、ゲートは閉じられた――。


 ***


 粗悪な転送魔法は、脳や筋肉にダメージを与える。

 生じる痛みは、意識を失ってしまうほどだった。


 どれ程時間が経ったのか。

 ぼやけた視界に映るのは、偉そうに机に腰かける男と、その配下であろう者たち。

 牧緒は後ろ手に縛られており、体の痛みも相まって身動きが取れない。


「よぉ、お前が脱獄囚のボスなんだってな? あいつの情報が嘘って可能性も考えてたが、こんな簡単に拉致れるんなら、マジで弱いってことだよな」


 ドルーガンが、不敵に笑いながら牧緒を見下す。


(あの男……?)


 牧緒の思考は、ハッキリとしない。

 それでも、ドルーガンの言葉を頭の中で繰り返し、即座に状況を把握しようとする。


「お前に聞きたいことがあるんだ。答えなきゃ殺す。どうやって≪終末級≫を従えてる?」


 ドルーガンは、高圧的に問う。


「弱みを握ってるんだろ? でなきゃ、お前程度の男がボスを張れるわけねーもんなぁ」


 それがドルーガンの考えた、弱者が盟主となれる理由。

 弱みを聞き出し、自らが盟主にとって代わるつもりだ。


「まずは、俺の質問に答えてくれ……。分かったら、返事をしてくれればいい」


 牧緒は項垂れたまま言った。

 少しずつクリアになっていく意識の中で、脱出の算段を立て始める。

 

「おい、立場が分かってねーのか? 質問してるのは俺だ」


 ドルーガンは、眉間にしわを寄せて苛立つ。

 彼は牧緒の質問が、自身に向けられたものだと思い込んだ。

 実際に牧緒の問いに答えたのは、胸ポケットの中に納まった、小さな火であった。

 それは、微かに痛みを伴うほどの熱を発することで、返答とした。


「ここはどこだ?」


 そう言うと、熱は冷めて痛みは消える。


「俺のことを弱いと言ったな……。俺には勝てないと思うか?」


 再び熱による痛みを感じる。

 静かに熱を操るバルバラは、牧緒がどこにいるのか不明であり、牧緒を助けられるほどの力を出せないことを伝えた。


「お前、まさか自分が死なねーと思ってるのか? お前が奴らの弱みを吐かなくてもな、吐いたと思わせられればそれでいいんだよ」


 そう言って、ドルーガンは牧緒に近づき、思い切り腹部を蹴り飛ばす。

 魔力で強化された肉体による攻撃。

 それは簡単に牧緒の肋骨の一部を粉砕した。

 痛みに耐えられず、悶えながら体を伏せる。


「その首を持っていけば、交渉材料になるだろうなぁ。だが、最善はお前が喋ってくれることなんだぜ? そうすりゃ、生きてここを出られるかもしれねぇ」


 安い脅し文句が繰り出される。

 

「残念だが、お仲間は来ねーぞ。クソ高けぇ転送の魔法具を、何千個も用意して同時に展開した。魔力の痕跡を追えないようになぁ」


 複数の転送魔法が交差し、次元と魔力が複雑に干渉する。

 魔力の痕跡を辿るのは、ドレスを一本の糸に戻す程難しい。


(バルバラの火は反応した……俺の声は聞こえてる……)


 ドルーガンたちは、バルバラの存在に気が付いていない。

 バルバラは外界との通信手段。

 必要な情報を提供すれば、現在位置を特定させることができる。


 ここは室内。窓はない。床と壁はごつごつとした岩肌。

 複数の机と椅子。その上には酒と思しき樽ジョッキが複数。

 男たちは皆、防寒具を着込んでいる。

 暖炉は八つ。全て稼働中。

 壁には落書き。文字は読めないが、ハディルン大陸で使われているものだ。

 床にピッタリと耳をつけると、かすかに空洞音。


 牧緒は、この世界の地理をそれなりに頭に叩き込んである。

 元の世界に戻る手がかりを見つけるためには、世界を巡る必要があると考えていた。

 ならば地理は欠かせない情報の一つ。


(ここは鉱山の可能性が高い。このレベルの寒さ対策は……高地だからというだけじゃない、恐らく寒冷地)


 砕けた骨が肉に刺さる。

 その痛みが、逆に牧緒の頭を冴えさせた。


(ハディルーン大陸の北部、鉱業が盛んな場所……いや、廃鉱となった場所か?)


 出で立ちや行動から、ドルーガンたちが鉱夫であるとは思えない。

 ここは荒くれ者の隠れ家に再利用された廃鉱だろう。


「オクヤーン、リヘイロウ、クロウヘルタルム……」


 牧緒は突然、考え得る地名を口にし始める。


「はっ! 占い師の手口だな。俺の反応を見て、ここがどこか当てようってか? 当ててどうする? 何ができる?」

 

 ドルーガンは、牧緒の行動の意図を読み違えた。

 その情報が、外部に漏れているとは思いもしていない。


「……ダヤ、サンデラ、オース」

「いい加減にしろよ」


 ドルーガンは、構わずに続ける牧緒の胸ぐらを掴み、体を持ち上げる。

 大きく振りかぶった拳が、牧緒の顔面に叩きつけられた。

 それは頬骨と眼窩底を砕き、眼球を破裂させる程の威力。

 そのまま体は吹き飛び、壁に叩きつけられる。


「がああ……あああ……!」


 牧緒は痛みに叫び、喉を潰す。

 歯が欠けるほど食いしばり、痛みを一瞬麻痺させて言葉をひねり出した。


「順に……、飛ばしてくれ。花火だ……。デカい奴を、頼む……」


 それは反撃の狼煙であった――。


 ***


 ウオラ王国の尖塔にて、バルバラは目を覚ました。

 バルバラは、現代の地理をほとんど把握していない。

 しかし、古い地名であれば知る物も多い。

 牧緒が口にした地名のほとんどは、数百年も名の変わらない土地であった。


 バルバラは聞いた国、あるいは都市、あるいは街、あるいは山の名を復唱する。

 

「オクヤーン――」


 眼前に円形の炎が生成される。

 バルバラがフッと息を吹くと、それは目にも留まらぬ速さで彼方へ飛んでいった。


「リヘイロウ――」


 再び復唱し、同じように炎の玉を吐き出す。

 バルバラの原型魔法により生成された炎は、バルバラの望む形に姿を変え、望む方へと飛んで行く。

 後はこれを繰り返すだけ――。


 遠く、海を隔てた大陸の、ある村の住民は山の上空で花火が広がるのを見た。

 流れ星のように、空を駆けた光が破裂する。

 それは一帯に轟音を響かせながら、一度だけ咲いた。


 その日、いくつもの場所でその現象は確認された。

 人々にとっては、それはただの花火。

 だが、牧緒にとっては一縷の望み――。


 ***


 凍えた部屋に、牧緒の苦しそうな声が反響する。


「さっきから訳の分からねぇことばかり言いやがって。花火が見たいなら見せてやろうか?」


 そう言いながら、ドルーガンは左目を見開く。

 その眼球には魔法陣が刻まれていた。

 

「ぐっ……あっ……!」


 突然、牧緒の体は炎に包まれ、その身を焼く。

 喉が焼かれてしまわないように、必死に叫びを抑えた。


「悪りぃ、これじゃあ花火じゃなくて火葬だな」


 ドルーガンが左目を閉じると、炎が一瞬にして掻き消える。

 それは、視界に入れた物を燃やす魔法。


「はっはっは! そろそろ死んじまいそうだなぁ? 吐くもの吐いちまった方がいいんじゃねーか?」


 先の炎で、牧緒の手を縛ったロープは焼き切れた。

 しかし、動くたびに赤く焼けただれた皮膚が痛みを脳に伝える。

 その場から逃げ去るどころか、立ち上がることすらできない。

 それでも牧緒は口を開く。


「お前の言う通り……俺は、弱い……。だが……お前は、俺の……仲間を、舐めすぎだ……」


 そのか細い声を、ドルーガンはほとんど聞き取れなかった。

 ついに≪終末級≫の弱みを吐いたのだと思い、ドルーガンは耳を澄ます。

 牧緒を必要以上に痛めつけ、尊厳を蹂躙しながら嗤った彼の行いは、十分な時間を与えた。


 ――振動を感じるほどの轟音が鳴り響く。


「聞こえた……かなり、近い……」


 牧緒はそう呟いた。

 順にバルバラが放った花火の音は、牧緒の大まかな位置を特定することに成功した。

 そうなれば、リデューシャが転送魔法でやってくる。

 そうなれば、ニャプチが音と匂いで詳細な位置を特定する。


「おい、何だ今のは? ちょっと見てこい」


 ドルーガンは部下に指示を出し、その不気味な音の正体を考える。


「花火……いや、まさかな」


 脳裏によぎった可能性を否定する。

 しかし、その時は容赦なく訪れた。


 壁や天井、部屋中にヒビが走る。

 ガラガラと音を立て、それらは砕けて空へと舞い上がっていく。


 牧緒が考察した通り、ここは鉱山の一角。

 山中の地下に作られた、鉱夫たちの集いの場。

 それを改修した、ドルーガンたちのアジト。

 今はもう、山は削れ、地上は割れ、本来見えるはずの無い青空が広がっている。


「おいおいおいおい、何だこれは……!?」


 ドルーガンは動揺を隠しきれない。

 彼の知る魔法では、起こりえない現実が目の前で繰り広げられていた。


 逆光に照らされたリデューシャが、空に浮かんでいる。

 指を軽く振り、いとも容易く地形を変えた。


「お前のボスは全て吐いた! 俺に協力するのなら、悪い様にはしない!」


 ドル―ガンは、リデューシャを見上げて大声で叫ぶ。

 何も聞き出せていない以上、ブラフをかける他なかった。

 しかし、そんなことが聞き入れられるはずもない。

 何故なら、ドルーガンが握れる弱みなど、最初から無いのだから。


(へき)……」


 リデューシャは呪文の詠唱を中断した。

 痛々しい傷を負いながらも、牧緒が立ち上がったのを目にしたからだ。

 この状況でそうまでする理由は、たった一つ。

 リデューシャは、それを察して矛を収めた。


「はは、そうだ、降りてこい! 話そうじゃない……か……あ?」


 ドルーガンは、再び思い違いをした。

 魔女が攻撃してこない理由は、ブラフが通ったからだと。

 そんな、偽りの希望にすがる彼の目に、ゆっくりとこちらに向かってくる牧緒が映った。


「大したもんだ、まだ立てるとはな。だが、こうなった以上、お前は殺しておかないとな」


 口封じのために息の根を止めようと、左目を開く。

 魔力をより注げば、魔力で強化されていない牧緒の肉体は、一瞬にして灰になるだろう。


 だが、そうはならなかった。


「な、なんで見えない!?」


 これは、リデューシャの仕業。

 魔法で光を屈折させ、左目に牧緒が映らないようにした。

 見ることで対象を定めて発動する。その魔法の指向は定まらない。


「俺は……こいつに……勝てる、か……?」


 それは、バルバラに向けた問い。

 右の拳が痛みを伴うほど熱く、燃える。

 牧緒の位置を特定できたからこそ、バルバラは正確に魔力を注ぐことができた。


「答え、は……イエス、だそうだ……!」


 牧緒は、倒れてしまいそうになるほど、体を前に傾けて走る。

 魔力の無い、満身創痍の男。その認識が、ドルーガンの反応を遅らせる。

 牧緒はそのまま、全力でドルーガンの腹に拳を叩きつけた。

 それは彼の皮膚を焼き、肉を焼き、巻き起こった熱風は、屈強な体躯を吹き飛ばして暖炉の一つを破壊した。


「はぁ、はぁ……俺は……生きて……帰るん、だ……」


 牧緒は力なくその場に倒れ込んだ。

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