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18話 思惑

 10日間をウオラ王国で過ごすため、牧緒たちは事前に決めておいたホテルへと向かう。


「マキオ、ボクたち厄介なのに見られてるにゃ」


 ニャプチは、牧緒にピッタリとくっ付いて囁いた。


「あぁ、俺たちの()で立ちは普通じゃないからな。そりゃ目立つだろう」

「そうじゃにゃくって!」


 ニャプチの五感を以って感じた気配の正体は、一般人を装った様々な国や組織の諜報員たち。

 誰にとっても、≪終末級≫の対策は最優先課題。

 自衛のために、脅威を知る必要がある。


「分かってるよ。ま、大丈夫さ」


 牧緒は、全く意に介していなかった。


「このまま監視させよう。俺たちの日常を見せつけて、話の通じる人間だと印象付けたい」

 

 牧緒が魔力の無い無能であることは、まだ知られていないはずだ。

 だから、彼らが監視の枠を超えて、攻撃を仕掛けてくることはないと判断した。

 仮に無能がバレても、魔女や唯一竜の存在は無視できないだろう。

 報復のリスクを考えれば、手を出すのは愚策。

 よって、この状況は牧緒にとって好都合であった。

 日々大人しい姿を見せつけることで、彼らの警戒心を解く好機だ。


「問題は外よりも内だ」


 牧緒の不安は、オルガノに向けられた。


「オルガノは、ユレナのことを最優先に考える。きっと、ユレナを今の環境に置いておきたくないはずだ……。その考えは、俺たちにとって不利に働くかもしれない」


 オルガノは自身を含め、娘に犯罪者を近づけさせたくないと考えている。

 娘を想う故に、オルガノにとって牧緒たちは邪魔者になりかねない。


「うにゃぁ……、ボクは唯一竜と魔女の方が怖いけどにゃ」


 ニャプチの不安はそこにある。

 彼らが脱獄に必要であったのは分かる。

 しかし、脱獄後も共に行動するとは思っていなかった。


「バルバラは問題ない。利害関係がハッキリしてるし、友好的な関係を築けたと思ってる」

「確かに、この間もマキオを鼻の上に乗せて遊んでたぐらいだしにゃ~」


 牧緒は暇さえあればバルバラと積極的に触れ合っていた。

 より絆を深め、少しでも離散の可能性を低くしようとする、牧緒なりの努力であった。


「リデューシャも大丈夫。もっと傲慢で高飛車で、人を寄せ付けない存在だと思ってたけど……。なんかそんな感じじゃなさそうだし」


 根拠はない。

 何故、リデューシャがこうまで素直に同行するのか。

 それは牧緒にも分からない。

 だが、実際の彼女が纏う雰囲気は、人懐っこさすら感じさせる。


「ニャプチは、どうして協力してくれたんだ?」


 脱獄計画のほとんどは粗雑で、運任せの要素も多かった。

 それでも、ニャプチは牧緒を信じて、危険な橋を渡って今も共にいてくれる。

 ニャプチのアッサリとした性格に、牧緒は今まで疑問に思わなかった。


「それはマキオの……」


 その返答は、ごにょごにょと言葉にならない音となった。


「ん、なんて言った? 大丈夫か?」


 いつもハッキリと物を言うニャプチとは思えない。

 牧緒はそんな様子を心配した。


「美味しい物を食べたいからにゃ!」

「はは、相変わらずだな」


 ニャプチは、声を張り上げて誤魔化した。


「着いたぞ」


 そう言って、オルガノが杖の先を地面に叩きつけた。

 眼前のホテルは、外観だけで最高級であり、最上級であることが分かる。

 ホテリエは扉を開けて、牧緒たちを迎え入れる。

 

「部屋は妾が振り分ける。其方たちはそこでゆっくりしていろ」


 リデューシャは、ホールに設置されたソファーへ視線を向けて言った。


「意外です。雑用のようなことは、全て他に任せるお人だとばかり」

「それは確かに。案外、世話焼きなのかもな」


 本人に聞こえないように、牧緒とユレナは囁き合った。


 暫くすると、複数のホテリエが現れて、各々を個別の部屋に案内する。

 しかしどういうわけか、牧緒とリデューシャだけが同室だ。

 ホテリエの手前、牧緒は敢えて堂々とそれを受け入れる態度を取ってしまった。

 パタリと部屋の扉が閉まるや否や、牧緒の心臓は激しく鼓動し始める。


 牧緒は、異常に広いベッドの上に体をこわばらせながら座った。

 その隣にリデューシャが同じく座り、足を組む。

 ベッドの縁に備え付けられたアロマキャンドルが、気まずい雰囲気に似合わない香りを漂わせる。


「あの……、これはどういう?」

「ん、なにがだ?」


 牧緒が意を決して口を開くも、リデューシャは何が言いたいのか分からないといった態度だ。


「そ、そうだ。気になっていたんだけど、リデューシャはどうやって魔法を発動してるんだ? 魔法陣や魔法具を使ってるようには見えないけど……」


 とにかく空気を変えたい牧緒は、世間話のつもりで問いかける。


「うむ、魔法陣は肌に刻まれていることもあるし、魔法具はそれとは分からないほど小さな物……そうだな、指輪や髪飾りであることも少なくない」

「なるほど。俺が気付いてないだけで、そういうのを使ってたのか」

「本来ならな。だが、妾は違う」


 どう違うのか。

 牧緒はそれを知れると期待して耳を傾けていたが、手番はリデューシャに移っていた。


「次は、妾が聞く番だ」


 リデューシャは、牧緒を押し倒した。

 突然のことに牧緒は「うぇあっ」と間抜けな声を上げて困惑する。


「妾のことを、どこまで知っている?」


 牧緒はその質問の意図が分からない。

 だからこそ駆け引きなど無く、聞かれたままを答える。


「まだ……何も知らない。俺が知ってるのは、本で読んだ魔女の物語だけだ」

「何故、妾に月を贈るなどと、荒唐無稽なことを言った?」


 彼女の声からは、怒りの感情は感じられない。


「手の届く物より、届かない物の方が、君の気を引けると思ったんだ。それに、俺は本気だ。本気で元の世界に戻って、本気で君に月を贈るつもりでいる」


 牧緒自身、めちゃくちゃな提案であることは自覚している。

 しかし、約束を違えるつもりはない。

 リデューシャはそれを聞いた後、しばらく静かに牧緒の目を見つめた。


「恋をしたのは初めてだ……」


 それは、突然の告白。


「欲することはあれど、誰かに何かを捧げようと思ったことは、微塵もなかった……」


 ただ、淡々と言葉にする。


「其方を妾のモノとする。その代わり、この身を其方に捧げよう」

 

 牧緒は理解が追い付かない。

 頭の中を整理する間もなく、リデューシャが顔をそっと近づける。

 この状況を受け入れるのではなく、打開する必要があると考えるも、言葉も出ず、体も動かない。


 その時、アロマキャンドルの火が、人の顔程の大きさに燃え上がり、オレンジ色の光を照らす。

 その炎には、ハロウィンのかぼちゃの如く、くり貫かれたかの様な目と口が付いていた。


「マキオ、これでは監獄の中と同じだ。私に街を見せろ。人を見せろ。暇が過ぎる……」


 そこから発せられた声は、間違いなくバルバラのものだった。

 ここで、牧緒はようやく正気を取り戻す。

 できる限り素早く、できる限り優しく、リデューシャの体を押しのけて、ベッドの上に転がした。


「なんだこれ? どうやってるんだ?」

(ともしび)の意識を乗っ取っただけだ」

「乗っ取るも何も、そもそも蝋燭の火に意識はないと思うんだけど……」


 牧緒の疑問を無視して、炎は跳ねる。

 そして、アロマキャンドルから牧緒の肩に飛び移った。


「どわっ! あ、熱くない……」


 ほんのりと熱を感じるが、害はない。


「おい、唯一竜。今は其方の出る幕では――」

「確かに、バルバラにだけ不便をかけるのも良くないな! 早速街を散策しよう! ということで、悪いなリデューシャ。また今度ゆっくり話そう!」


 リデューシャの言葉を遮って、やたらと声を張り上げて捲し立てる。

 そのまま返事も待たず、振り返らずに牧緒は部屋を飛び出た。


「……ふっ、まあよい。マキオの言う通り、手の届かぬ者の方が――血が滾る」


 独りの部屋に、その思いだけが残される。

 一方、牧緒はバタバタと音を立てながら、ホテルの廊下を早歩きで進む。


「暗い顔して、どうしたにゃ?」

「うわっああ!」


 突然、ニャプチが現れた。

 コウモリのように天井にぶら下がり、牧緒を驚かせる。


「何やってるんだ……?」

「屋根裏部屋に、丁度良さそうなデッドスペースがあってにゃ~」


 それは獣の本能か。

 豪華な部屋を用意されているにもかかわらず、人気(ひとけ)の無い狭い空間を探して、ホテルを徘徊しているようだ。


「そんなことより、相談なんだけど……」

「うにゃ。ボクが何でも聞いてあげるにゃ」

「リデューシャに好かれてるみたいでさ……。お、俺は、どうすればいいと思う?」

「は?」


 ニャプチの顔は、一瞬にして歪んだ。


「今更? ずっとアピールしてたじゃん。何百年も閉じ込められてたところを助けられたんだからさ、その人を好きになったっておかしくないでしょ。きっと魔女には、マキオのことが王子様みたいに見えてるんじゃない? 鈍感なのも良いけど、子供みたいに狼狽えられたら、すっごく冷めるんだけど」


 ニャプチは、冷ややかに言い切った。


「お前、語尾が……」

「にゃは、うっかりにゃ☆」


 ニャプチは逆さまのまま、猫手をこつんと額に当てて、スルスルと屋根裏へ戻っていった。


「キャラ付けだったのか……ニャプチ」


 牧緒はショックで暫く動けなかった。


「事情はよく分からんが、好都合ではないか。今なら魔女を傀儡にできるということだろう?」


 真ん丸とした炎が、肩の上で言葉を話す。

 事実、リデューシャが協力的であるのは、牧緒の存在があるからだ。

 惚れた弱みにつけ込めば、今後も魔女を利用できるだろう。


「一歩間違えたら、とんでもないことになりそうだ……」


 牧緒は、トボトボとホテルを後にした――。

 

 ***


 オルガノは、一人ホテルを出て街を歩く。

 看板もない建物の扉を躊躇なく開け、中へ足を踏み入れた。

 続く部屋、続く廊下、続く階段。

 その全てに、物騒な武器を携帯した男たちが待ち構えている。

 その男たちはオルガノの姿を見て、一瞬険しい表情を浮かべるが、手を出すこともなく素通りさせた。


 ギシギシと階段を軋ませながら、迷いなくオルガノは進む。

 そして、差し掛かった部屋で立ち止まった。


「よく俺たちの潜伏場所が分かったな。冥王オルガノ」


 質素な部屋には似合わない、豪華なアンティークの椅子。

 そこに腰かけた男が、不躾に声をかけた。

 男の名は、ドルーガン・ギルダンテ。


「殺気すら消しきれぬ三下共の居場所など、目を瞑ってでも見つけられる」


 オルガノは強く出る。


「はっ! そんな俺たちも今や、あんた不在の『烏鷺の怪党』の二次団体だ。まさか、まだ自分がこの組織で力を持っているなんて思ってないよな?」


 それはかつて、オルガノが組織した闇ギルド。

 その他多くの闇ギルドを吸収し、世界でも類を見ない巨大組織となった。

 オルガノが投獄された後、組織は別の誰かに引き継がれ、今も存続している。


「儂の……いや、≪終末級≫の動向を監視しているのだろう? 儂はもはや、烏鷺の怪党を越える組織の一員だ。だが、それは儂にとってリスクでしかない」


 オルガノは、ドルーガンの挑発には乗らず、自身の目的を話し始める。


「≪終末級≫を従える者には、力が無い。魔法はおろか、魔力すら生み出せぬ男だ」


 オルガノは、牧緒の罪をひけらかす。


「あ? 何が言いたい?」


 ドルーガンは、その言葉の真意を掴めないでいる。


「そんな男に、≪終末級≫の者たちが従う理由はなんだ? 残念ながら、儂には分からん。だが、貴様らがその気になれば、いくらでも知る方法はあるだろうな」


 オルガノは、察しろと言わんばかりにその先を濁す。

 ドルーガンが顎に手を当てて考えている間、別れも告げずにオルガノはその場を立ち去った。


「魔力が無いなら、洗脳系の魔法はありえない。そうか……ふ、ふははは! なら、考えられるのは一つ……!」


 ドルーガンは突然立ち上がり、部下たちに告げた。


「手に入れられるぞ、≪終末級≫の力を……!」

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