17話 慈悲
ケルガ監獄に投獄され、1週間が経った。
手続きを終え、正式にヴァルキア皇帝の使者となった面々は、短い刑期を終える。
その後、皇帝の支援によって離宮をあてがわれ、必要な物資の調達を始めた。
まずは皇帝御用達の仕立て屋を呼び出し、相応しい衣装をデザインする。
「ふふふ、これからは忙しくなりますね……!」
ユレナはその役割を率先して引き受け、仕立て屋と綿密な打ち合わせを重ねた。
次に、帝国に武器を卸している商人も招致し、使える魔法具を仕入れる。
「ボクはそういうの苦手だからいらにゃーい」
「妾も必要ない」
「俺には無用の長物だな。魔力無いし」
それを必要としていたのは、オルガノとユレナだけだった。
それから数日後。
牧緒たちは、ユレナの独断と偏見によりコーディネートされた衣装を身に着ける。
各々着替えを済ませ、離宮の広間に集まった。
「いかがですか? わたくしの衣装は」
ユレナが上機嫌に日傘を開く。
それは、彼女が特注した魔法具でもあった。
身に着けたドレスは、背中がパックリと開いている。
モコモコとしたスカートの背中側には、スリットが入っていた。
「……少々、露出が多くないだろうか」
オルガノはおずおずと意見した。
「これは機能美です。魔王が顕現する度、ドレスが破れてしまっては不便ですので」
確かに、これなら翼が生えても問題ない。
太い尾が生えても、スカートが引きちぎれることも無いだろう。
「オルガノ様は、気に入ってくださいましたか?」
「うむ……悪くない」
オルガノは、重厚なゴシックスーツを照れ臭そうに撫でる。
先端に黒い宝石が輝く魔法具の杖は、巨漢の彼の手には小さすぎるように見えた。
「尻尾が楽で気に入ったにゃ~」
ニャプチの服は、機能性重視。
無理なく尾を出す穴が開いている。
厚めの革を防具とした、戦士調の風貌だ。
「なかなか良い履き心地だ」
リデューシャはハイヒールを脱ぎ捨て、ショートブーツに履き替えた。
彼女は魔法で衣装を生成できる。
故に、ユレナの厳選した衣装を全て拒絶し、気に入ったデザインの靴だけを見繕った。
「私には何もないのか?」
小さすぎる庭で、体を窄めたバルバラがこぼす。
開け放たれた大窓から、片目だけを覗かせている。
「へぇ、こういうのに興味あるんだ。人間の姿になれたりしないのか?」
牧緒が、燃える眼光に問う。
「無理だな。変身魔法は使えない」
残念ながら、バルバラに衣装を着せる機会はなさそうだ。
「うんうん、思った通り、とても似合っていますよ!」
ユレナが手を叩いて牧緒を誉めた。
「そうかなぁ……。似合ってない気がするけどなぁ……」
牧緒の衣装は、暗い紫色を基調とした、艶のある高価な紳士服。
更に、ファー付きのマントまで羽織らされている。
「動きやすくはあるんだけどさ。なんか俺にしては気取りすぎというか……、かっこつけすぎというか……」
元の世界では、年中デザイン性皆無の古着か、安いジャージを身に着けていた。
今の自身の姿は、違和感の塊でしかない。
「何を仰るのですか! マキオ様がわたくしたちの盟主なのですから。それぐらい立派なお召し物でなければ、拍が付きません!」
ユレナは早口で捲し立てた。
「盟主って……」
それを偽ることは、今後重要になるだろう。
しかし、実際に仲間から呼ばれると、首が自然と傾いてしまう。
「ま、これなら失礼はないだろう……。皇帝陛下と話してくるよ」
慌ただしく身なりを整えたのは、離宮に立ち寄ったヴァルキア皇帝と話すため。
牧緒は荘厳な廊下を抜けて、談話室の扉を開ける。
「ご苦労。調子はどうだ?」
「おかげさまで、順調です」
窓際に立つヴァルキア皇帝が、背を向けたまま本題に入る。
「何故、私がわざわざ出向いたか分かるか?」
「はい、ご事情は拝察しております」
「ほう……」
「一刻も早く、皇帝陛下の使者としての役目を果たす……そのご下命でしょうか」
「その通りだ」
世界中の人間が憂慮している。
本当にヴァルキア皇帝は、≪終末級≫の囚人たちを掌握できたのかと。
だからこそ、1日でも早く牧緒たちを使者として遣わし、力を世間に知らしめたい。
それが、ヴァルキア皇帝の考えだった。
「それについて、ご提案がございます」
「提案だと?」
「我々は、ウオラ王国に用があります。ビシャブ王との謁見を取り持っていただきたい」
「そうか、貴殿は……ふっ、勇者として育てられた者が、今や真逆の存在とはな」
頻繁に他国の社交場に顔を出していたヴァルキア皇帝は、いつか見た牧緒の顔を思い出した。
「目的はなんだ?」
「……もちろん、外交です」
「ふんっ、いいだろう。この私の名において、必ず実現させよう」
「感謝します」
「表向きは、南方交易路の拡張についての協議とする」
ヴァルキア皇帝は、牧緒の目的が外交などではないと察していた。
その上で、≪終末級≫を送り出すことを決意する。
「上手くやれ。貴殿も、立場を失うわけにはいかんだろう」
こうして、牧緒たちはウオラ王国へと向かうことになった。
***
5日後、予定通り謁見は行われた。
牧緒は仲間と共に、ビシャブ王の前に立つ。
「お久しぶりです、陛下。地獄から、戻ってまいりました」
「あの出来損ないが……、ここまでになるとはな」
ビシャブ王は、相変わらず身の程を越えた言葉を吐く。
「意外と強気なんですね。もう少し怯えてくれると思ってましたよ」
牧緒は、想像と違うビシャブ王の態度に感服した。
腐っても国を背負う者。肝は据わっている。
「目的はなんだ? 復讐か? だが、貴様の立場では難しかろう」
「それはどうでしょうか」
途端、城内がミシミシと音を立てて揺れた。
天井に僅かな亀裂が走る。
「な、なんだっ!?」
「唯一竜が舞い降りたのです」
バルバラが、城の尖塔を腹で押し壊し、胸壁に爪を立てる。
望む城下町の民衆は、広がる翼に目を奪われた。
「俺は……いつでもこの国を滅ぼせる」
「い、いいのか!? 帝国の後ろ盾を失うんだぞ!」
「構わないさ。アンリアの無念を晴らせるならな」
「ア、アンリア……?」
牧緒は柔らかい表情を一変させ、睨みつける。
内から湧き出る殺意を、隠すことなく吐き出した。
「た、たかが使用人一人のために、復讐を……?」
「たかが……?」
命を軽んじた発言に、唇を強く噛み締める。
顎を伝う血を、リデューシャの指が掬った。
「殺すか?」
「……いや、ダメだ」
リデューシャの提案によって、牧緒は冷静になった。
目的達成のためには、ビシャブ王に死んでもらっては困る。
「責任を果たしてもらうぞ。まずは、元の世界へ帰る方法を教えて貰おうか」
「……知らん。私は何も知らん」
その態度は、死を覚悟しているようにも見えた。
そんなビシャブ王を、ある男が宥める。
「陛下、落ち着いて。私が彼らと話しましょう」
それはこの国の王子、ベイラン・ラムダ。
「まずは、かつてあなたを戦場に送ったことを謝罪したい」
ベイラン王子は、深く頭を下げた。
「そして、欲深い父に代わり、私が責任を果たしましょう」
ビシャブ王は、自国から勇者を誕生させようとした。
それは欲に違いないが、国を想ってのことでもある。
事実、現役の勇者レトロの生まれたオルニケア王国は、今や世界を牽引する大国となっている。
「元の世界に戻る方法を、知ってるのか?」
「いいえ。恐縮ながら、それを知る者は城におりません」
ベイランは、当時の状況を語り始める。
「召喚の魔法を行使したのは、確かに我が父です。しかし、魔法陣を用意したのは、デルバと名乗る魔術師でした」
事の顛末はこうだ。
ある日、デルバと名乗る、流浪の魔術師が現れた。
異世界の人間は強大な力を持ち、勇者に匹敵する。
そんな言葉でビシャブ王を絆し、召喚の儀を執り行う。
デルバは、召喚の儀には大量の金を消費すると主張して、それを用意させた。
もしかすると、デルバはその一部を着服していたのかもしれない。
何故ならば、デルバは召喚の魔法陣だけを残して、忽然と姿を消してしまったからだ。
「魔法陣は特殊な仕様だったようです。マキオ様を召喚した後、消失してしまいました。魔法陣を書き写した魔導書も用意しておりましたが、そちらは跡形もなく、独りでに燃えたと聞いています」
ベイラン王子は、床に座り込んで項垂れる父の姿を、時折睨みつけながら状況を説明した。
そんな彼に近づき、ニャプチが鼻をひくひくさせる。
「うーん、嘘じゃなさそうにゃ」
「分かるのか?」
「漲る魔力で、感度ビンビンにゃ!」
”聖域”を抜けたことで、ニャプチは魔力によって五感を強化できるようになった。
それは、生物の発汗や息遣いなどによる、微細なフェロモンの多寡を嗅ぎ分け、嘘すら見ぬく。
加えて、心音の変化すら聞き分ける聴力を以って、その判断を確信に変える。
「犬ころよ、こっちへこい」
「うにゃぁん」
リデューシャが手招きすると、操られたようにニャプチは吸い寄せられていく。
顎の下をくりくりと撫でられて、ふにゃりと鳴いた。
魔女は、動物には少し優しい。
「真実の天秤も無しに嘘を見抜けるとは……」
ベイラン王子は、額に玉のような汗を浮かべる。
駆け引きでもするつもりだったのか、嘘が通用しないと分かったことで焦っている。
「事情は分かった。そうだな……、十日やろう。それまでに魔術師を連れてこい」
牧緒は、無茶な命令を下したつもりだった。
「ほう。十日も与えてやるとは、気が長いな」
リデューシャが眉を上げて、意外そうに言う。
「わたくしだったら、明日の朝までに何とかさせようと、急かしてしまうところ……。やはりマキオ様は、ご寛大でいらっしゃいます」
続けて、ユレナが妙な持ち上げ方をした。
悪役を演じすぎて、感性がおかしくなってしまったのかもしれない。
そんな無茶苦茶な娘の様子を、オルガノは少し悲しそうに見つめていた。
「……ゴホンっ、とにかく十日だ。俺たちはそれまで、城下町に滞在する。魔術師を見つけたらすぐに知らせろ」
牧緒は少し照れながらも、仮初の威厳を失わないように、ほんの少し声を張った。
「畏まりました、マキオ様」
ベイラン王子は、再び深く頭を下げた。
「そうだ、唯一竜はここに置いて行く。旨い肉を用意してやってくれ。大量にな」
「待て。私は肉よりも果実の方が好物だ。熟したやつを用意させろ。特に葡萄が良い」
城の外から、低く響く声でバルバラが割り込んだ。
「……だそうだ。よろしく頼んだぞ」
バルバラを城に残すのは牽制のため。
爆弾を常に相手の懐に置き、いつでも起爆させられることを意識させる。
裏切りや駆け引きは許さない、という意思表示。
「開龕――」
リデューシャが唱えると、影が集まって立体となり、黒い壁が生成された。
牧緒たちは、その黒い壁へ吸い込まれるように入っていく。
するとその壁は、ドロドロと溶け出して、再びただの影に戻って散った。
その場に牧緒たちの姿はない。
「……これが、勇者を求めた代償なのか」
気力を無くしたビシャブ王が、ぼそりと呟く。
「口を慎んでください。今はマキオ様に尽力することが我々の使命です」
ベイラン王子は、即座に言い返す。
唯一竜に聞かれれば、国が滅ぼされかねない。
しかし、当のバルバラは鼻息を立てながら、角で翼の付け根を掻くのに忙しかった。
***
街を見下ろせる、人気の無い広場に、突如として黒い壁が立つ。
その中から、牧緒たちは姿を現した。
「何故、殺さなかった?」
街の風を浴びるや否や、リデューシャが問う。
「外交の名目だからな。誰も傷つけるわけにはいかないのさ」
「いや、違うな」
まるで心を見透かしたかのように、否定した。
「殺意を抑え込む理由はなんだ?」
一瞬、牧緒の脳裏にアンリアの顔が浮かぶ。
「罰を受けるべきなのは……、きっと俺だからだ」
牧緒は地平を眺めながら、静かに言った。
「その気持ちは、妾にも分かる。だが、自責の念などもう忘れた。千年も生きると、どうでもよくなる」
「じゃあ、千年後に復讐するさ」
からかうように笑って、牧緒は背を向ける。
しかし、僅かに振り返って続けた。
「リデューシャ、一つだけ約束してくれないか?」
「ん、何だ?」
「たった一つのルールだ。無闇に人を殺さないこと。それだけだ」
牧緒は即座に頭を横に振り、捕捉する。
「もちろん、自分の命を危険にさらしてまで、手を抜く必要はない。だから俺たちのルールは――」
他者を見下してきたであろう、強者に刺さる言葉を考える。
「弱き者には慈悲を、だ」
一方的に言って、牧緒は人気のある方へ歩き始めた。
「甘いな、マキオ。慈悲の価値もない屑が……、この世には溢れているのだぞ」
リデューシャは晴天に向かって、一人呟いた。




