16話 真の脅威
ヴァーリア監獄では、看守たちが魔法防御の修復と、囚人たちを抑えるのに奔走していた。
奈落の囚人たちは、レトロが選抜した精鋭の戦士たちにより、何とか制圧を完遂する。
たとえ≪壊滅級≫や≪亡国級≫といえど、魔力が無ければただの人。
だが、とある≪終末級≫はわけが違う。
「勇者様が戻られたぞおおお!」
空から舞い降りることも無く、空間を飛び越えることも無く、レトロは正門から現れた。
「勇者様……! 暗黒騎士が……、≪終末級≫が!」
「彼がどうしたのさ?」
「や、奴は、呪詛の鎧を纏っています! この”聖域”で、唯一力を振るうことが……」
「だから?」
「……へ?」
看守はレトロの反応に戸惑う。
だが、同時にレトロも戸惑っていた。
「彼が何かしたの?」
「囚人を何人か殺害しました……」
「ははは、今更何を言ってるのさ。ここは”餌”が集まる場所だろ?」
囚人は何人死んでも問題ない。
レトロは、笑いながらその意思を伝えた。
「は、はぁ……。しかし、奴もまた囚人です」
「大丈夫だよ、彼は逃げない。それに、君たちは襲わない」
そう言って、わらわらと寄ってくる看守を押しのける。
この先に感じる悪寒。暗黒騎士の放つ、呪詛の気へ向かう。
そこには、一人佇む黒き騎士の姿があった。
それは、呪われた鎧。
それは、呪われた兜。
それは、呪われた剣。
その身に貼り付き、永遠に纏わりつく枷であり、力でもある。
この囚人は、己にかけられた呪詛の力を使って、この監獄から抜け出すことも可能であった。
そうしないのは、ある契約を騎士の誇りを以って、守り続けているからだ。
「戻ったか、レトロ」
「久しぶりだね」
「5年ぶりか。まさか、これ程早く再会することになろうとは」
暗黒騎士は、≪終末級≫とは思えぬほど冷静に、人間らしく話す。
この男は、かつて自身を裏切った国を滅ぼし、この世界すら切り裂こうとした≪終末級≫の大罪人。
瘴気を纏い、呪詛を糧とする暗黒騎士。
現代の勇者に敗れ、勇者の騎士となることを望む忠義の者。
その名は、ゴーヴァン・アストレイ。
「いざ、参る――」
ゴーヴァンは、足元に小さな土煙を上げた。
風を切る轟音と共に、剛剣が迫る。
――ドッ。
振り下ろされた剣を、レトロは受けた。
足元は沈み、盛り上がった瓦礫を衝撃波が吹き飛ばす。
「重いね。君の一撃は……!」
暗黒騎士が纏う呪いの装備。
その呪詛が課すのは、常軌を逸した質量。
ゴーヴァンの鎧は、30トンにも及ぶ。
だが、ゴーヴァン本人はその重さを感じていない。
呪詛に込められたのは、肉体的な苦痛ではない。
それを制御できず、意図せず全てを薙ぎ倒す、精神的な苦痛である。
「魔石の魔力だけで、私の一撃を受けるとはな……」
「避けても良かったんだけどね。それじゃあ、君が可哀そうだろ?」
レトロは軽く奥歯を噛み締めてから、剣を弾く。
それ以上、ゴーヴァンが追撃することはなかった。
「唯一竜はどうした? まさか、逃がしたとは言うまい」
「その、まさかだよ」
レトロは、小さく肩をすくめた。
「お前の望んだ、混沌の時代がやってくるのだな」
「はは、勇者の僕が、そんなもの望むわけないだろ?」
ゴーヴァンは溜息の代わりに、黒き瘴気を揺らめかせた。
「これから、どうするつもりだ?」
「もちろん、勇者としての使命を果たす」
今までは、勇者がいたから平和だった。
これからは、勇者が平和を取り戻す。
レトロは、不気味に顔を歪ませて笑った。
「時がきたか」
「あぁ、今こそ契約を履行する時だ」
レトロはその背に太陽を背負い、剣の柄に手をかけた。
「僕の騎士になれ。ゴーヴァン・アストレイ」
「仰せのままに。我が道標よ」
ゴーヴァンは片膝を付き、首を垂れる。
もしも、脱獄した≪終末級≫たちが手を組んでいるのなら、同じように仲間を集めるしかない。
「とはいっても、君をここから出すのは難しい。僕は権力者じゃないからね」
ヴァーリア監獄において、一時的とはいえ釈放が許可されたことはない。
ましてや、≪終末級≫ともなれば、それを制御できる確固たる証明が無ければならない。
「だから、もうしばらく待っていてくれ。近いうちに、必ず君をここから出そう」
「無理はするな。私はいつまでも待っている」
「助かるよ」
二人の様子を見て、周囲の看守たちは、ようやく警戒を解く。
徐々に散っていく看守たちに反して、一人の幼女が駆け寄ってきた。
ふわふわの防寒具を着込み、魔石が幾つも吊り下げられた、大きな杖を揺らす。
「勇者様! 何で戻ってきたんですか!?」
「戻るって言っただろ、ミリー」
その幼女は勇者の腹心、賢者ミリオン・ハス・フェルミノス。
「状況はどうだ?」
レトロは、ゴーヴァンの肩を一度だけ叩き、その場を後にする。
「状況は最悪です!」
「そうか。それは良かった」
ゆっくりと歩きながら、監獄の様子を窺う。
看守たちは、魔法の鞭を使って器用に瓦礫を除去している。
魔法防御は未だ復旧していないが、順調な滑り出しだ。
「脱獄囚の情報は集まったか?」
「全然集まってません! えっと……どこいったかなぁ?」
ミリオンは、キョロキョロと辺りを見回し、お目当ての看守を見つける。
「そこの人~! 絶対にこっちへきちゃダメですからねー!」
そう言って、釣り人のように杖を振る。
杖の先から光の糸が伸びて、看守に絡みついた。
すると看守は、勢いよく体を引かれて、ミリオンの元へ引き寄せられた。
勢いは死なず、そのまま通り過ぎて近くの壁に叩きつけられる。
「手荒な真似はよせ、ミリー」
「はい、真似します!」
やはり会話は成り立たない。
しかし、レトロは気にせず看守へ手を差し伸べた。
「すまない。大丈夫かい? 脱獄囚のことを知りたいんだが」
「うっ……くっ、はい……もちろんです」
看守は、叩きつけられた痛みに耐えながら答えた。
「≪終末級≫の囚人たちは――」
「いや、まずは一般房の囚人について聞かせてもらえるかな?」
「は、はい。一般房から脱獄したのは三名」
冥王オルガノ。
獣人ニャプチ。
そして、ただのマキオ。
レトロは、唯一竜の背に乗っていた者たちを思い出す。
かつて闇ギルドを牛耳っていた、冥王オルガノの顔は知っている。
ニャプチは無名だが、恐ろしく強い獣人が居たことは忘れない。
「マキオ……、その男のことを知りたい」
看守は、腰に掛けたファイルをパラパラとめくり、情報を確認する。
「その男は、ウオラ王国で国家反逆罪に問われ、懲役400年を求刑されております」
「国家反逆……よくある体裁か」
「はい、そのようです。大方、王族に不敬でも働いたのでしょう」
ヴァーリア監獄は、世界中から囚人を集めている。
その目的は二つ。
一つは、唯一竜の餌を集めること。
一つは、厄介者の受け皿となることで、国交を良好に保つこと。
牧緒のように、権力者の嫌がらせで収監されることもある。
カタカタカタカタカタッ――。
上下の歯をぶつけたような音がする。
「集~合~!」
ミリオンが天を仰いで声を上げた。
途端に、耳と口と目が集まる。
いや――それでは説明が不足している。
長い耳たぶを揺らす両耳が、蝶の羽のように対となり、羽ばたく。
ゆらゆらと風にはためく、ホタテのような貝の内側には、びっしりと人の歯が並んでいる。
タコの脚の如く神経を揺らす巨大な眼球が、ふわふわと寄ってくる。
それら全てが、ミリオンの創作召喚獣である。
「ふむふむ、なるほど、なるほど」
貝の口の囁きを聞きながら、ミリオンは頷いた。
「勇者様、勇者様! 脱獄囚を帝都ヴァルラスタで発見できませんでした!」
ミリオンが杖を小さく回すように振ると、巨大な眼球に帝都ヴァルラスタが映し出される。
「亡命は不可能。帝都を……帝国を盗るつもりか?」
脱獄囚に安息はない。
仮に彼らが一枚岩だとしても、常に身を寄せ合い続けるわけにはいかない。
ならば、勇者による≪終末級≫の各個撃破が可能となる。
「はぁ、はぁ……たった今、電報が入りました!」
看守が、息を切らしながら割って入った。
魔力に情報を載せて、遠く離れた土地へ瞬時に情報を伝達する。
それは、汎用魔法による電報だ。
「脱獄した六名の囚人たちがっ……、セントファム帝国の……ヴァルキア皇帝陛下の手により……、捕縛されたとのことです!」
それは、考えも及ばなかった結末。
レトロは目を見開いて驚愕するも、徐々に口角が上がる。
「くっ、ふふ……、それで彼らは今、帝都の監獄に収監されているのか?」
レトロは必死に笑いを堪えながら聞いた。
「はい、とのことです」
そう聞いて、沸き上がる感情を抑えきれなかった。
尽く手玉に取られたことが、滑稽で仕方ない。
「ふ、ふふ、ふはははは! やってくれたな、マキオ!」
実に単純な発想。
彼らはもう、脱獄囚ではない。
再び囚人へと戻ったのだ。
だから追う必要も無ければ、殺す必要も無い。
しかし、”聖地”以外では、檻は意味を成さない。
だが、捕らえられたという事実は残る。
「僕たちは、もう手出しできない」
彼らを攻撃する行為は、ヴァルキア皇帝を侮辱することに他ならない。
ヴァルキア皇帝には≪終末級≫を御する能力は無い、と宣言するも同じなのだから。
既に一国の皇帝ではなく、世界を救った英雄であるのだから。
「≪終末級≫が、嘘でも敗北を認めるなんて……あり得ない」
だからこそ、レトロは牧緒の策に思い至ることすらできなかった。
「彼らは仲間なんてものじゃない……、組織だ!」
つまり、従える者がいる。
レトロの疑念は、確信に変わった。
牧緒こそが脱獄の首謀者であり、≪終末級≫を従えるだけの求心力を持つ者であると。
「マキオ……。彼こそが、真の脅威だ!」
***
場所は帝都のはずれにある、ケルガ監獄――。
収監されている囚人たちは、窃盗や詐欺、ちょっとした暴力沙汰で捕まった小悪党ばかりである。
しかし、それが世の中の当たり前。
強力な魔法を使う者は極刑となるか、またはヴァーリア送りになるかの二択だ。
監獄の中央。
囚人たちの休憩所の、小さな丸机を囲んで、牧緒たちは現状と今後について話していた。
「何故、一度捕まる必要があった? 使者という役割を演じるのであれば、拘束される筋合いはないだろう」
リデューシャが不満を漏らす。
牧緒の交渉は成功し、名誉と力を与える代わりに、皇帝直属の使者となることを約束させていた。
「取引って言っても、裏取引だからな。色々処理が済むまでの少しの間は、ここにいないと」
牧緒が宥めた。
打ち倒した悪党をすぐに使者とする無茶は、流石の皇帝にも通せない。
まずは監獄に捕らえ、内部の者を説得してから、考えを認めさせなければならない。
「だが、儂らはもはや自由だ。良い寝床と良い食事を用意させることもできる。ちと肌寒いがな」
意外にも、オルガノは現状に満足しているかのような口ぶりだ。
「わたくしも不満はありません。ここは日当たりも良いですしね」
ユレナが、監獄に差す光を見上げながら笑顔を浮かべた。
それは、バルバラの体が破壊してできた穴から差し込む光。
捕まったという体である以上、監獄の外にいるわけにはいかない。
バルバラは破壊を最小限に抑えるため、慎重に体をねじ入れた。
だが、翼と尾は無情にも監獄の半分を崩壊させてしまう。
「不満はある。窮屈だ」
バルバラはムスッとして言った。
感情に反応して無意識に揺れた尾に、何人かの囚人たちが吹き飛ばされる。
監獄には穴が開き、看守たちもたじたじだというのに、誰一人逃げ出す囚人はいなかった。
それは牧緒の願いで、リデューシャが監獄の周囲に結界を張っているからだ。
逃げ出そうと外に出れば、途端に太い荊に巻かれて拘束される。
何人かの囚人がそうなってからは、皆大人しい。
「で、美味しい物はどこにあるにゃ?」
ニャプチが、足で首筋を掻きながら言った。
「そのことなんだけど……、まずはみんなの目的を整理しておこう」
牧緒はパン、と手を叩いた。
「まず、バルバラは元の世界へ戻ること」
「あぁ、私は異世界からきたらしいからな」
バルバラは目を細めて唸った。
「次に、リデューシャは……」
「妾は、マキオが約束を果たしてくれればそれでいい」
「あぁ、月を贈るってやつか」
「それまでは、其方と共にいよう」
大きく足を組みなおしてから、リデューシャは微笑んだ。
「ユレナは……」
「わたくしは、父を探します。でも、悪名もこれ以上ない程に轟いているでしょうし……、暫くはマキオ様とご一緒するのが最善でしょう」
「儂はユレナ嬢を守る使命がある」
「ということは、オルガノも俺たちと一緒ってことだな」
「……不本意だが、そうなるな」
牧緒は、不器用なオルガノの真意を受け止めた。
「さて、俺の目的だけど――」
「にゃ!? ボクには聞かないのかにゃ!?」
「大丈夫だって。近いうちに美味いものを腹いっぱい食わせてやる。約束するよ」
「だったらいいにゃぁ」
ニャプチの頭をワシワシと撫でた後、牧緒は続きを話す。
「俺の目的は、元の世界へ戻ることだ」
バルバラ以外、異世界の存在を信じているかどうかは分からない。
しかし、誰も口を挟むことはなかった。
「みんなには悪いけど、俺にとってはこの世界も監獄と変わらない……」
弟妹の顔と、アンリアの顔が浮かぶ。
そして、ビシャブ王の声が頭の中でこだました。
「俺は――この世界からも脱獄する!」
それが、鉢木 牧緒の全てであった。




