表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/26

16話 真の脅威

 ヴァーリア監獄では、看守たちが魔法防御の修復と、囚人たちを抑えるのに奔走していた。

 奈落の囚人たちは、レトロが選抜した精鋭の戦士たちにより、何とか制圧を完遂する。

 たとえ≪壊滅級≫や≪亡国級≫といえど、魔力が無ければただの人。

 だが、とある≪終末級≫はわけが違う。


「勇者様が戻られたぞおおお!」


 空から舞い降りることも無く、空間を飛び越えることも無く、レトロは正門から現れた。


「勇者様……! 暗黒騎士が……、≪終末級≫が!」

「彼がどうしたのさ?」

「や、奴は、呪詛の鎧を纏っています! この”聖域”で、唯一力を振るうことが……」

「だから?」

「……へ?」


 看守はレトロの反応に戸惑う。

 だが、同時にレトロも戸惑っていた。


「彼が何かしたの?」

「囚人を何人か殺害しました……」

「ははは、今更何を言ってるのさ。ここは”餌”が集まる場所だろ?」


 囚人は何人死んでも問題ない。

 レトロは、笑いながらその意思を伝えた。


「は、はぁ……。しかし、奴もまた囚人です」

「大丈夫だよ、彼は逃げない。それに、君たち()襲わない」


 そう言って、わらわらと寄ってくる看守を押しのける。

 この先に感じる悪寒。暗黒騎士の放つ、呪詛の気へ向かう。

 そこには、一人佇む黒き騎士の姿があった。


 それは、呪われた鎧。

 それは、呪われた兜。

 それは、呪われた剣。


 その身に貼り付き、永遠に纏わりつく枷であり、力でもある。

 この囚人は、己にかけられた呪詛の力を使って、この監獄から抜け出すことも可能であった。

 そうしないのは、ある契約(やくそく)を騎士の誇りを以って、守り続けているからだ。


「戻ったか、レトロ」

「久しぶりだね」

「5年ぶりか。まさか、これ程早く再会することになろうとは」


 暗黒騎士は、≪終末級≫とは思えぬほど冷静に、人間らしく話す。

 この男は、かつて自身を裏切った国を滅ぼし、この世界すら切り裂こうとした≪終末級≫の大罪人。

 瘴気を纏い、呪詛を糧とする暗黒騎士。

 現代の勇者に敗れ、勇者の騎士となることを望む忠義の者。

 その名は、ゴーヴァン・アストレイ。


「いざ、参る――」


 ゴーヴァンは、足元に小さな土煙を上げた。

 風を切る轟音と共に、剛剣が迫る。


 ――ドッ。


 振り下ろされた剣を、レトロは受けた。

 足元は沈み、盛り上がった瓦礫を衝撃波が吹き飛ばす。


「重いね。君の一撃は……!」


 暗黒騎士が纏う呪いの装備。

 その呪詛が課すのは、常軌を逸した質量。

 ゴーヴァンの鎧は、30トンにも及ぶ。

 だが、ゴーヴァン本人はその重さを感じていない。

 呪詛に込められたのは、肉体的な苦痛ではない。

 それを制御できず、意図せず全てを薙ぎ倒す、精神的な苦痛である。


「魔石の魔力だけで、私の一撃を受けるとはな……」

「避けても良かったんだけどね。それじゃあ、君が可哀そうだろ?」


 レトロは軽く奥歯を噛み締めてから、剣を弾く。

 それ以上、ゴーヴァンが追撃することはなかった。


「唯一竜はどうした? まさか、逃がしたとは言うまい」

「その、まさかだよ」


 レトロは、小さく肩をすくめた。


「お前の望んだ、混沌の時代がやってくるのだな」

「はは、勇者の僕が、そんなもの望むわけないだろ?」


 ゴーヴァンは溜息の代わりに、黒き瘴気を揺らめかせた。


「これから、どうするつもりだ?」

「もちろん、勇者としての使命を果たす」


 今までは、勇者がいたから平和だった。

 これからは、勇者が平和を取り戻す。

 レトロは、不気味に顔を歪ませて笑った。


「時がきたか」

「あぁ、今こそ契約を履行する時だ」


 レトロはその背に太陽を背負い、剣の柄に手をかけた。


「僕の騎士になれ。ゴーヴァン・アストレイ」

「仰せのままに。我が道標よ」


 ゴーヴァンは片膝を付き、首を垂れる。

 もしも、脱獄した≪終末級≫たちが手を組んでいるのなら、同じように仲間を集めるしかない。


「とはいっても、君をここから出すのは難しい。僕は権力者じゃないからね」


 ヴァーリア監獄において、一時的とはいえ釈放が許可されたことはない。

 ましてや、≪終末級≫ともなれば、それを制御できる確固たる証明が無ければならない。


「だから、もうしばらく待っていてくれ。近いうちに、必ず君をここから出そう」

「無理はするな。私はいつまでも待っている」

「助かるよ」


 二人の様子を見て、周囲の看守たちは、ようやく警戒を解く。

 徐々に散っていく看守たちに反して、一人の幼女が駆け寄ってきた。

 ふわふわの防寒具を着込み、魔石が幾つも吊り下げられた、大きな杖を揺らす。


「勇者様! 何で戻ってきたんですか!?」

「戻るって言っただろ、ミリー」


 その幼女は勇者の腹心、賢者ミリオン・ハス・フェルミノス。


「状況はどうだ?」


 レトロは、ゴーヴァンの肩を一度だけ叩き、その場を後にする。


「状況は最悪です!」

「そうか。それは良かった」


 ゆっくりと歩きながら、監獄の様子を窺う。

 看守たちは、魔法の鞭を使って器用に瓦礫を除去している。

 魔法防御は未だ復旧していないが、順調な滑り出しだ。


「脱獄囚の情報は集まったか?」

「全然集まってません! えっと……どこいったかなぁ?」


 ミリオンは、キョロキョロと辺りを見回し、お目当ての看守を見つける。

 

「そこの人~! 絶対にこっちへきちゃダメですからねー!」


 そう言って、釣り人のように杖を振る。

 杖の先から光の糸が伸びて、看守に絡みついた。

 すると看守は、勢いよく体を引かれて、ミリオンの元へ引き寄せられた。

 勢いは死なず、そのまま通り過ぎて近くの壁に叩きつけられる。


「手荒な真似はよせ、ミリー」

「はい、真似します!」


 やはり会話は成り立たない。

 しかし、レトロは気にせず看守へ手を差し伸べた。


「すまない。大丈夫かい? 脱獄囚のことを知りたいんだが」

「うっ……くっ、はい……もちろんです」


 看守は、叩きつけられた痛みに耐えながら答えた。


「≪終末級≫の囚人たちは――」

「いや、まずは一般房の囚人について聞かせてもらえるかな?」

「は、はい。一般房から脱獄したのは三名」


 冥王オルガノ。

 獣人ニャプチ。

 そして、ただのマキオ。


 レトロは、唯一竜の背に乗っていた者たちを思い出す。

 かつて闇ギルドを牛耳っていた、冥王オルガノの顔は知っている。

 ニャプチは無名だが、恐ろしく強い獣人が居たことは忘れない。


「マキオ……、その男のことを知りたい」


 看守は、腰に掛けたファイルをパラパラとめくり、情報を確認する。


「その男は、ウオラ王国で国家反逆罪に問われ、懲役400年を求刑されております」

「国家反逆……よくある体裁か」

「はい、そのようです。大方、王族に不敬でも働いたのでしょう」


 ヴァーリア監獄は、世界中から囚人を集めている。

 その目的は二つ。

 一つは、唯一竜の餌を集めること。

 一つは、厄介者の受け皿となることで、国交を良好に保つこと。

 牧緒のように、権力者の嫌がらせで収監されることもある。


 カタカタカタカタカタッ――。

 上下の歯をぶつけたような音がする。


「集~合~!」


 ミリオンが天を仰いで声を上げた。

 途端に、耳と口と目が集まる。

 いや――それでは説明が不足している。

 長い耳たぶを揺らす両耳が、蝶の羽のように対となり、羽ばたく。

 ゆらゆらと風にはためく、ホタテのような貝の内側には、びっしりと人の歯が並んでいる。

 タコの脚の如く神経を揺らす巨大な眼球が、ふわふわと寄ってくる。

 それら全てが、ミリオンの()()召喚獣である。


「ふむふむ、なるほど、なるほど」


 貝の口の囁きを聞きながら、ミリオンは頷いた。


「勇者様、勇者様! 脱獄囚を帝都ヴァルラスタで発見できませんでした!」


 ミリオンが杖を小さく回すように振ると、巨大な眼球に帝都ヴァルラスタが映し出される。


「亡命は不可能。帝都を……帝国を盗るつもりか?」


 脱獄囚に安息はない。

 仮に彼らが一枚岩だとしても、常に身を寄せ合い続けるわけにはいかない。

 ならば、勇者による≪終末級≫の各個撃破が可能となる。


「はぁ、はぁ……たった今、電報が入りました!」

 

 看守が、息を切らしながら割って入った。

 魔力に情報を載せて、遠く離れた土地へ瞬時に情報を伝達する。

 それは、汎用魔法による電報だ。


「脱獄した六名の囚人たちがっ……、セントファム帝国の……ヴァルキア皇帝陛下の手により……、捕縛されたとのことです!」


 それは、考えも及ばなかった結末。

 レトロは目を見開いて驚愕するも、徐々に口角が上がる。

 

「くっ、ふふ……、それで彼らは今、帝都の監獄に収監されているのか?」


 レトロは必死に笑いを堪えながら聞いた。


「はい、とのことです」


 そう聞いて、沸き上がる感情を抑えきれなかった。

 尽く手玉に取られたことが、滑稽で仕方ない。


「ふ、ふふ、ふはははは! やってくれたな、マキオ!」


 実に単純な発想。

 彼らはもう、脱獄囚ではない。

 再び囚人へと戻ったのだ。

 だから追う必要も無ければ、殺す必要も無い。


 しかし、”聖地”以外では、檻は意味を成さない。

 だが、捕らえられたという事実は残る。


「僕たちは、もう手出しできない」


 彼らを攻撃する行為は、ヴァルキア皇帝を侮辱することに他ならない。

 ヴァルキア皇帝には≪終末級≫を御する能力は無い、と宣言するも同じなのだから。

 既に一国の皇帝ではなく、世界を救った英雄であるのだから。


「≪終末級≫が、嘘でも敗北を認めるなんて……あり得ない」


 だからこそ、レトロは牧緒の策に思い至ることすらできなかった。


「彼らは仲間なんてものじゃない……、組織だ!」


 つまり、従える者がいる。

 レトロの疑念は、確信に変わった。

 牧緒こそが脱獄の首謀者であり、≪終末級≫を従えるだけの求心力を持つ者であると。

 

「マキオ……。彼こそが、真の脅威だ!」


 ***


 場所は帝都のはずれにある、ケルガ監獄――。

 収監されている囚人たちは、窃盗や詐欺、ちょっとした暴力沙汰で捕まった小悪党ばかりである。

 しかし、それが世の中の当たり前。

 強力な魔法を使う者は極刑となるか、またはヴァーリア送りになるかの二択だ。

 

 監獄の中央。

 囚人たちの休憩所の、小さな丸机を囲んで、牧緒たちは現状と今後について話していた。


「何故、一度捕まる必要があった? 使者という役割を演じるのであれば、拘束される筋合いはないだろう」


 リデューシャが不満を漏らす。

 牧緒の交渉は成功し、名誉と力を与える代わりに、皇帝直属の使者となることを約束させていた。


「取引って言っても、裏取引だからな。色々処理が済むまでの少しの間は、ここにいないと」


 牧緒が宥めた。

 打ち倒した悪党をすぐに使者とする無茶は、流石の皇帝にも通せない。

 まずは監獄に捕らえ、内部の者を説得してから、考えを認めさせなければならない。


「だが、儂らはもはや自由だ。良い寝床と良い食事を用意させることもできる。ちと肌寒いがな」


 意外にも、オルガノは現状に満足しているかのような口ぶりだ。


「わたくしも不満はありません。ここは日当たりも良いですしね」


 ユレナが、監獄に差す光を見上げながら笑顔を浮かべた。

 それは、バルバラの体が破壊してできた穴から差し込む光。

 捕まったという体である以上、監獄の外にいるわけにはいかない。

 バルバラは破壊を最小限に抑えるため、慎重に体をねじ入れた。

 だが、翼と尾は無情にも監獄の半分を崩壊させてしまう。


「不満はある。窮屈だ」


 バルバラはムスッとして言った。

 感情に反応して無意識に揺れた尾に、何人かの囚人たちが吹き飛ばされる。

 監獄には穴が開き、看守たちもたじたじだというのに、誰一人逃げ出す囚人はいなかった。

 それは牧緒の願いで、リデューシャが監獄の周囲に結界を張っているからだ。

 逃げ出そうと外に出れば、途端に太い荊に巻かれて拘束される。

 何人かの囚人がそうなってからは、皆大人しい。


「で、美味しい物はどこにあるにゃ?」


 ニャプチが、足で首筋を掻きながら言った。


「そのことなんだけど……、まずはみんなの目的を整理しておこう」


 牧緒はパン、と手を叩いた。


「まず、バルバラは元の世界へ戻ること」

「あぁ、私は異世界からきたらしいからな」


 バルバラは目を細めて唸った。


「次に、リデューシャは……」

「妾は、マキオが約束を果たしてくれればそれでいい」

「あぁ、月を贈るってやつか」

「それまでは、其方と共にいよう」


 大きく足を組みなおしてから、リデューシャは微笑んだ。


「ユレナは……」

「わたくしは、父を探します。でも、悪名もこれ以上ない程に轟いているでしょうし……、暫くはマキオ様とご一緒するのが最善でしょう」

「儂はユレナ嬢を守る使命がある」

「ということは、オルガノも俺たちと一緒ってことだな」

「……不本意だが、そうなるな」


 牧緒は、不器用なオルガノの真意を受け止めた。


「さて、俺の目的だけど――」

「にゃ!? ボクには聞かないのかにゃ!?」

「大丈夫だって。近いうちに美味いものを腹いっぱい食わせてやる。約束するよ」

「だったらいいにゃぁ」


 ニャプチの頭をワシワシと撫でた後、牧緒は続きを話す。


「俺の目的は、元の世界へ戻ることだ」


 バルバラ以外、異世界の存在を信じているかどうかは分からない。

 しかし、誰も口を挟むことはなかった。


「みんなには悪いけど、俺にとってはこの世界も監獄と変わらない……」


 弟妹の顔と、アンリアの顔が浮かぶ。

 そして、ビシャブ王の声が頭の中でこだました。


「俺は――この世界からも脱獄する!」


 それが、鉢木(はちのき) 牧緒(まきお)の全てであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ