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13話 対勇者①

 バルバラの背の上で、オルガノはさりげなくユレナの前に座して、風除けとなる。

 そういった挙動から、ユレナは彼が自身にとって特別な存在であることに薄々感づいていた。


「あの、あなたのお名前は?」

「……オルガノだ。覚える必要はない」

「もしかして、わたくしの――」

「儂は、ユレナ嬢の父を知っている」

「え!?」


 オルガノは嘘をついた。

 まるで自身が、ユレナの実父の友人であるかのように振る舞う。

 人を騙し、殺し、利用してきた裏社会の屑が父であるなどとは、到底言えるはずもなかった。

 

「父は、今どこにいるのですか!?」

「分からん。だが、ユレナ嬢を守るように言われている」

「……せめて、父の名前を教えてください」

「それは無理だ。儂にはその資格はない」


 強引な言い訳で口を噤む。

 オルガノは、ただユレナの側で、その身を守れれば満足だった。


「マキオ、ボクを出してくれてありがとうにゃ……。お礼におっきなお墓を立てて上げるにゃ」


 ニャプチは血だらけの牧緒に覆いかぶさり、グスリと鼻水を啜ってから追悼した。

 僅かに動く心臓と、その熱を感じ取りながら、その命を諦めた。


「やはり、マキオ様は……」

「助からんだろうな」


 オルガノは即答する。

 彼は人の死を、腐るほど見てきた。

 しかし、この重症から生き永らえた者を見たことはない。

 

「んにゃ? 何かきてるにゃ!」


 ニャプチの視線の先には、こちらに迫りくる影があった。


「勇者がきたか」


 バルバラが、低く唸った。


 勇者の影は次第に大きくなっていく。

 背に乗る者たちが振り落とされないよう、バルバラは最高速度を出せずにいる。

 距離は確実に縮んでいた。

 だが、バルバラは肌を伝う魔力に痺れた。


「魔女よ! いつまで足手纏いでいるつもりだ!」


 竜の咆哮が、突風を生む。

 針金のように固まった髪が、落ち葉のように脆いドレスが、タバタバと風を叩く。

 瀕死の牧緒に、魔女の背が影を作った。

 身を伏せていなければ、間違いなく振り落とされる風圧。

 だが、魔女は己が二本の足で立っている。


「よもや……、こんな日がくるとはな……」


 途端、魔女の髪は艶めき、淡い金色のそれは日差しを反射する。

 途端、魔女の纏ったボロ布は姿を変え、黒に銀色の刺繍が入ったドレスへと生まれ変わる。

 途端、吹き荒れる風は凪ぎ、長い髪は独りでに束ねられる。


 ”聖域”を越え、魔力が溢れ出す――。


 魔女は、勇者に背を向けて屈んだ。

 そして、牧緒の体をそっと抱き上げる。


「其方が死んでしまっては、約束はどうなる?」


 魔女が優しく囁く。

 すると金色の糸が揺蕩い、牧緒の体を包み込む。

 糸は肉と神経を縫合し、それ自体が血液と変わる。


「……俺は、生きてる、のか?」


 消えかけた意識はハッキリとし、生ける言葉を紡いだ。

 魔女は牧緒から離れ、空を背景に佇む。


「妾の名はリデューシャ・ラナ・ヨルベルク。よろしく、マキオ」


 それは、元来の名とは少し異なる。

 リデューシャは表情を一変させ、ニカッと歯を見せて笑った。


「すっごいにゃぁ! 絶対死んだと思ったにゃ!」

「マキオ様……、良かった!」


 皆、奇跡に圧倒される。


「これが、魔女の……リデューシャの魔法……」


 牧緒の体には、傷跡一つ残っていない。疲れすら吹き飛んでいる。

 死んでさえいなければ、今際の際からでも救い出す。

 魔法を極めた、魔女の本領。

 そしてそれは、勇者へ向けられる。


「ありがとう、本当にありがとう」

「礼は不要だ。妾がいれば、それが当たり前になる」


 リデューシャは手の甲を口元に当てて、ニヤリと笑う。


「頼りっぱなしで悪いが、勇者を退けられそうか?」

「妾は屠るつもりでいたのだがな」

 

 リデューシャは腰に手を当て、自信満々に答える。

 背が高く、大人びた風貌だが、その態度にはどこか幼さも垣間見える。

 

「よかった、期待してるよ!」


 殺し合いは望んでいないが、ただ見ていることしかできない牧緒は全てを託した。

 リデューシャは目を瞑り、静かに息を吸って唱える。


「逆巻け、魔力よ。掛かれ、自然よ――」


 指揮者のように両手を構える。

 空には黒雲がかかり、ゴロゴロと雷が唸る。

 僅かに降り始めた雨粒が、牧緒の頬に当たった。


「まずは大地から」


 リデューシャが両手を振り上げると、遥か下方の杉林がざわめく。

 そして幾本もの樹木が絡まり合い、雲を突き抜けるほどの大樹となって勇者に迫る。


「す、凄い……」


 それは牧緒の知っている魔法の法則を無視していた。

 魔力は形を成さなければ、魔法に成らない。

 魔力を象るには、魔法具や魔法陣が必要になる。

 しかし、それらは何もない。

 ただ、リデューシャは指で空を撫でるばかり――。


「これが魔女の魔法か」


 レトロは口角を上げ、天馬を操り大樹を躱す。

 直後、大樹から伸びた枝が、蛇のように絡みつこうとする。

 それは、一瞬にして斬り刻まれた。


 勇者レトロの剣技は歴代最速。

 更に、魔剣ロンドは弧を描いて、その刀身を変化させる。

 鞭のようにしなり、伸び縮みする剣。

 ただそれだけの能力であっても、疾風の剣速があれば必然の両断を実現する。


「さぁ、行こう!」


 レトロは天馬の名綱を引いた。

 次の魔法が放たれる前に、加速して一気に距離を詰める。


 その一手に対して、リデューシャは片手を突き出した。

 すると雨粒が集約し、鏡の様な巨大な水の壁が成形される。

 レトロは構わずそれを突き抜けようとする。

 しかし、それはレトロと天馬の体に絡みつく。

 雨水とは思えない粘性を持ち併せたそれは、レトロの動きを一瞬だけ止めた。

 その一瞬の隙があれば、魔女は即座に次の魔法を放てる。


霹靂(へきれき)――」


 そう唱えて指を鳴らすと、青い稲妻がレトロを貫く。

 粘性を持つ水は、稲妻を伝導して継続的にレトロを刺し続ける。

 電流により筋肉は収縮し、体の自由は奪われる――はずだった。


「痺れるねぇ」


 膨大な魔力によって強化された肉体は、それを物ともしなかった。

 対して、天馬の皮膚は焼き切れ、肉の表面に泡が噴き出る。

 

「ほう、それなりにやるようだな」


 リデューシャの表情からは余裕が見て取れる。

 それを見たレトロは、天馬を足蹴にして真っすぐ跳んだ。


澹澹(たんたん)燦燦(さんさん)――」


 リデューシャは、指先を曲げて腕を振りながら、再び呪文を唱える。

 多くの雨粒が集まり、それは空を走るレトロの周囲を旋回しながら飛び回った。

 それと同時に、突然に炎がレトロを包み込む。


水火(すいか)――」


 爆音と爆風。

 大地が揺れ、雲が裂ける。山脈すら吹き飛ばす程の威力。

 一連の魔法が引き起こしたのは、水蒸気爆発と同等の事象。

 衝撃波は、リデューシャの空間を包み込む魔法防御により、牧緒たちに伝わることはなかった。

 しかし、轟く音までは防げない。

 牧緒の視界はわずかに揺れ、しばらく耳鳴りが続いて何も聞き取れない。

 それはリデューシャとバルバラを除いて、他の者も同じだった。

 ニャプチに至っては、ひっくり返って目を回している。


「さて、どうなるか」


 リデューシャが呟いたその瞬間、目に見えない風の斬撃が、彼女の右半身を切り裂いた。

 切り離された半身は吹き飛び、血液と一緒に内臓が流れ落ちる。


「かっはっは……、勇者は、硬いな……」


 リデューシャは、レトロが無事であったことに吐血しながら感心する。

 水蒸気の煙幕の奥に見えた姿は、無傷どころか身に纏う衣服に穴すら開いていない。


「リ、リデューシャ……!」


 牧緒は一瞬動揺した。

 どう見ても致命傷。

 しかし、それは既に経験した危機。


「案ずるな。妾を殺すのに、二の撃を必要としている時点で、それまでの男だ……」


 そう言うと、リデューシャの体から(いばら)が生えてくる。

 それは彼女の失った部分を補い、ミチミチと音を立てて瞬時に元の肉体へと変化した。

 (いばら)の花は、水飴のように伸びてドレスを形作る。

 牧緒の時とは異なる、別の治癒魔法。

 呪文による魔法の強化すら必要なく、リデューシャはごく当たり前のように復活した。


 レトロは剣を振り、再び風の斬撃を放つ。

 対してリデューシャは、手の平を口元に添えて「ふっ」と息を吹いた。

 それは突風となり、風の斬撃を飲み込んで相殺する。


「色々と手はあるが……。そうだな、もう少し派手なやり方でいくとしよう」

 

 リデューシャは腰に手を当てて、牧緒の顔色を窺うように次の一手を選ぶ。

 

「召喚獣――来たれ、グリフォン」


 黒いドレスのスカートの端から、くちばしの先が覗く。

 そのまま、獅子の半身を持つ巨大な鷲が現れた。

 一匹ではない。

 次々とスカートの中からそれは空を羽ばたいていく。

 亜空間より襲来する支配されし魔物、グリフォンが空を埋め尽くす。


「A級冒険者が束になって、ようやく勝てる魔物か。千はいるかな?」


 当然のように空中を足場にするレトロは、グリフォンの強さを分析した。


「この程度で倒せると思われてるんだね……心外だなぁ」


 レトロは左手の指輪をかざし、呪文を唱える。


「抱擁の受難――針」


 強い光が、視界に広がる全てを包み込む。

 光は、つららのように先を鋭く拡散し、千のグリフォンたちを串刺しにした。

 貫いた光は太くなり、グリフォンの内側から破裂する。


 ――これは、光の速度で実現した現実。

 だが、リデューシャはそれが届くよりも早く行動した。

 彼女は、魔法具や魔法陣といった型を要さず、自在に魔力を操作することができる。

 それは他人の魔力……それも、既に魔法と成った物も対象となる。

 水が光を屈折するイメージ――それを脳に定着させ、魔力操作の補助とした。

 光の針はねじ曲がり、寸前で牧緒たちには到達しなかった。


「はは、相反魔法も無しに防げるのか」


 レトロは目を見開いて驚愕した。

 この魔法を真正面から防ぐ方法は、相反魔法しかないと考えていたからだ。

 光の魔法の相反は闇。

 だが、広範囲の闇の魔法は、使用者本人の視界を遮ることとなる。

 その隙をついて、再び距離を詰めるのがレトロの思惑であった。

 リデューシャはそれを見越して、敢えて難易度の高い方法で防御したのだ。


 レトロは先の光の魔法で、グリフォンが全滅したと思い込んでいる。

 故に生まれる隙。


 死して尚、肉塊となったグリフォンには魔力が通っている。

 落ち葉のように、左右に振れながらゆっくりと落下する翼が逆立った。


凝聚(ぎょうしゅう)せよ」

 

 リデューシャが唱えると、グリフォンの死骸は引っ張られるようにレトロへ向かって集約した。

 重い肉と鋭い骨が、レトロを押しつぶそうとする。


「っ……! これは……」


 レトロは初めて、焦りの色を見せた。

 それを達成したのは、細胞を結合し、新たな生命へと生まれ変わらせる魔法。

 勇者ごと包み込み、意識無き醜悪な生命が誕生しようとしていた。


「どうだ、マキオ。なかなかに壮観であっただろう?」


 リデューシャは、呆然とする牧緒に笑顔を向けた。

 まるで、牧緒に楽しんで貰うためだけに戦っているかのような口ぶりだ。


「あ、あぁ、凄かったよ。勇者は死んだのか?」

「うむ、凝聚(ぎょうしゅう)は止まらない。斬ろうが焼こうが、抜け出すことは――」


 レトロは、唱える。


「召喚獣――グーラ・スライム」


 肉に包まれたレトロの右手に、黒い玉が出現する。

 瞬く間に内側から巨大化してグリフォンの細胞を全て包み込んだ。

 それは、体内に無限の質量を飲み込み圧縮する、ブラックホールの如き魔物(スライム)


 僅かな静寂の後、レトロはその黒い玉から平然と抜け出した。

 次の瞬間には、グーラ・スライムは体を縮小し、包み込んだグリフォンの細胞ごと亜空間に消える。


「流石に危なかったよ」


 レトロは空を踏み抜きながら、冷や汗を拭った。


「全く、厄介な奴だ。妾の可愛いグリフォンを全て犠牲にしたというのに」


 深く溜息をついてから、リデューシャは顎に手を当てた。


「んー、見栄えは無いが……さっさと終わらせた方がよいか」


 エンターテイメントの如く振る舞っていたリデューシャは、途端に冷静になった。

 そして、手の平を叩いて唱える。


「落ちろ」


 ただ一言。

 誰も従うはずのない、単純な命令。


「あれ?」


 レトロは、階段を踏み外したようにガクンと体を沈ませる。

 そのまま、重力に従って落下した。


「……ど、どゆこと?」


 呆気ない決着に、牧緒は声を漏らした。


「妾は魔力を操れる。奴の空中遊歩の魔法が解除されるように、少しだけ魔力の形を捻じ曲げたのだ」


 まさに無敵。

 自らは身軽に魔法を実現し、相手は魔法を奪われる。

 魔法の戦闘において、魔女の右に出る者はいない。


 ただし、一つだけ欠点がある。

 

 魔女が操れる魔力は、体外に放出された物だけということ。

 つまり、内に湧く魔力は対象外。

 勇者の肉体を強化する高濃度の魔力は、未だ牧緒たちを脅かす――。

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