10話 悪役令嬢
「今日で何日になる……?」
「さぁな」
バルバラは素っ気なく返した。
太陽の光すら届かない奈落の底で、牧緒は焦っていた。
「あれからずっと、魔女に話しかけてるけど、全然返事をしてくれない」
牧緒は大の字になって、愚痴をこぼした。
「俺の異世界話、面白くないかな?」
「私は存外楽しめているぞ」
「そうだよな!? 嘘じゃないからこそのリアリティなんですよ!」
ここ数日、牧緒はバルバラに日本語を教えていた。
それに伴い、現代日本における技術や娯楽の話は尽きない。
「いや、なかなかに嘘くさいがな。特に、ジェット機とやらは信じ難い」
魔力を使わずに、数百トンの鉄の塊が空を飛ぶ。
牧緒は、ただ事実だけを列挙し、それを理論的かつ論理的に説明できずにいた。
「せめてスマホがあればなぁ」
顎に手を当て、諦めたように溜息をつく。
「それより、いいのか? 時間が無いんだろう?」
「……あぁ、そうだな!」
牧緒は頬を叩いて気合を入れる。
「もう1回行ってくる!」
牧緒はツルハシを持って、上を見上げた。
ユレナの房を探し出すため、既に37回の登攀を終えた。
それだけチャレンジして、辿り着けた房は四つだけ。
ほとんどは、途中で足を滑らせ落下した。
「さぁ、乗れ」
言われるがまま、牧緒はバルバラの頭の上によじ登る。
そして、バルバラは鎖の許す限り、上体を起こして首を伸ばした。
「っよいしょ!」
岩壁の突起に、ツルハシを引っかける。
「ありがとう! 落ちたらまたキャッチしてくれ!」
牧緒が落ちる度、バルバラは翼でそれを受け止めていた。
そのサポートが無ければ、これ程堂々と危険は冒せない。
「さて、まだ確認してない房は……」
慎重に壁を登り、鎖を掴む。
両手を広げなければならない程太い鎖だ。
その先に、吊るされた房がある。
たった一つの扉の前には、短い橋。
その上に立って、小さな小窓から中を覗き込む。
中は暗く、何も見えない。
牧緒は扉を3回ノックした。
「返事なし……」
中が空なのか、それとも死んでいるのか。
もしくは魔女と同じでぶっきらぼうなのか。
直接名前を聞いて回れば早いのだが、危険が伴う。
声を掛けた相手がユレナでなければ、牧緒という不審人物を看守に報告してしまうかもしれないからだ。
底と違って、各房には看守がやってくる。
バルバラの餌はリーパー。
そして魔女は、何故か食事を必要としていない。
しかし、他の者たちは違う。
1日1回、食事を提供しに看守が降りてくる。
せめてノックの反応で、相手の声は聞いておきたい。
ユレナ本人であるか確認するのは、その後だ。
「さて、次はあそこに行ってみるか」
牧緒は鎖を伝い、壁を経由して、別の監房へ辿り着く。
そして、同じようにノックした。
「――はい」
小さく、女性の声がする。
牧緒は更に何度もノックした。
「お食事はもう、頂きました」
透き通る凛とした声。
それでいて、弱弱しく震えている。
牧緒は賭けた。
「君はユレナ・フォス・マルジルクで間違いないか?」
「えぇ、そうですが」
ビンゴ。
遂に問題の中心に至る。
「俺は牧緒。まずは落ち着いて聞いて欲しい」
一呼吸おいてから、本題に入る。
「君を脱獄させたい人がいる。俺はその協力者だ」
敢えて、オルガノの名は伏せた。
話を聞いた限りでは、ユレナはオルガノが父であることを知らない。
「フフ、悪役令嬢のこのわたくしを?」
「悪役……?」
「えぇ、そうですとも。わたくしは他人には酷く当たるばかりでしたから。そんなわたくしを助けたいだなんて、にわかには信じられません」
ユレナは、悪びれもせず高い声で言い切った。
真っ暗な独房の中で、何日も過ごせる精神力――彼女もまた、普通ではなかった。
「君は何でこんな所に?」
脱獄の絶対条件は、ユレナが戦力となるほど強いこと。
しかし、焦りは禁物。
もし、ユレナが戦力外であったとしても、会話の中に光明が見つかるかもしれない。
「わたくしは……社交の場で王子殿下に婚約を破棄されてしまい、少し頭にきて魔法を……」
「それが王子への殺人未遂に問われたのか」
「えぇ」
「それだけで死刑なんて、世知辛いな」
牧緒は同情を寄せて、ユレナの心を掴もうとする。
「王城をほぼ全壊させてしまった、わたくしが悪いのですけどね」
「全……壊? もしかして……お強い方ですか?」
城を全壊させて殺人”未遂”で済んでいることにも驚きだが、牧緒はそれよりもユレナの力に興味があった。
「フフ、そんな。わたくしなんて、ただの淑女にすぎませんわ」
「”淑女”って、自分に使うっけ?」
話をひらりと躱すユレナに、牧緒はまんまと引っかかる。
それを自覚しつつも、遠回りを選択した。
「何で婚約を破棄されたんだ?」
「わたくしは悪役令嬢ですから。想像はつくでしょう?」
「以前から犯罪に手を染めてたとか?」
「いいえ、流石にそこまでは」
矢継ぎ早に問いかけるも、ユレナは全てに即答した。
「王族が一方的に婚約を破棄するなんて、簡単なこととは思えないな」
きっとそこには、様々な思惑や策略があったはずだ。
ただの自由恋愛とはわけが違う。
ユレナは少し悩んだあと、秘密を話す。
「実は、わたくしの中には魔王の魂が同居しているのです」
「それはまた……とんでもない話だな」
牧緒は少しだけ息を荒らげた。
「魔王の魂が目を覚ますと、わたくしは意識を失ってしまうんです」
魔王とは、かつて人類に宣戦布告した魔界の王。
3代前の勇者と相打ち、互いに命を落としたはずだった。
「最初は五つの頃です。自宅の屋敷を半壊させて、裏庭に底の見えない大穴を開けてしまったことがありました」
王城の破壊も含めて、顕現した魔王が行ったことなのだろう。
これはもはや、悪役令嬢だからという問題ではない。
この事実が明るみに出たのなら、婚約など破棄されてしかるべきだ。
しかし、それでは事の前後関係が矛盾する。
「婚約を破棄されてから、魔王が顕現したんだよな? 結局、婚約破棄の理由はなんなんだ?」
ユレナは、明らかに婚約破棄の理由をはぐらかしている。
むしろ、隠したいのは内に眠る魔王という存在のはずだ。
だが、ユレナはそれを言い訳にした。
「言いましたよね? 幼い頃にも魔王は顕現しています。そのことが知られてしまったのでしょう」
ユレナにそう言われても、牧緒は納得できなかった。
彼女は公然の場で婚約破棄を言い渡されている。
実質的な魔王を相手に、普通は刺激するようなまねはしない。
もっと穏便に事を運ぶはずだ。
ユレナは嘘をついている。
真実の中に、気付かれないように少しの嘘を混ぜている。
「魔王が目覚めたのは、人生で2回だけ?」
「はい、そうです」
「どうやったら魔王は顕現する?」
「分かりません」
ユレナが隠したいのは婚約破棄の真相。
ならば魔王について嘘はないと、牧緒は考えた。
もし、魔王を意図的に顕現させることができれば、それは十分な戦力になる。
「1回目の状況は? 魔王が顕現する条件を知りたい」
「その時は、屋敷の使用人とままごとをしておりました」
それは婚約破棄の状況とは随分と異なる。
「わたくしが女王で、使用人が隣国の使者という設定で。フフ、わたくしが最高のおもてなしをする、という遊びを楽しんでいました」
かつての無垢な自分を思い出して、ユレナは少し笑った。
「おままごとと、婚約破棄か。うん、全く分からん」
牧緒は頭を抱え、うずくまる。
簡単な条件であれば、魔王は人生で何度も顕現したはずだ。
たった2回。子供の遊びと、人生最低の瞬間。
共通点などあろうはずもない。
牧緒は行き詰り、気分が悪くなる。
魔女は語り掛けてもほとんど返事が無く、手応えが無い。
魔女を仲間にできなければ、それこそユレナの死刑執行による足止めが必要になる。
だが、オルガノの呪詛のせいで、それはできない。
確実に、魔王を顕現させなければならない。
できなければ、全てが無駄になる。
「ん……? 悪役令嬢?」
牧緒はボツリと呟いた。
それは確かな違和感。そして突破口であった。
「君は、何で自分のことを“悪役”令嬢だって言ったんだ?」
普通、そんな言い方はしない。
悪徳、極悪……そんなところだろう。
「……そんな風に言っていましたか? きっとただの言い間違いです」
ユレナはあっけらかんと答える。
「もしかして、演技……か?」
牧緒は、その真意に気が付いた。
「婚約破棄は、君が仕組んだんだ。でも、何でだ……?」
「ちょっと、勝手に話を進めないでもらえるかしら」
「そもそも、何で君はそんなに余裕なんだ? 数日後には、死刑になるんだぞ」
「……実感が無いだけです。魔王のことは想定外でした。随分長い間、表には出てきていませんでしたから……」
「やっぱり、婚約破棄のことは想定内だったわけだ」
ユレナは、あっけなく誘導されて唇を噛んだ。
「おままごとも、婚約破棄も、どちらも演技ってところが共通点か」
しかし、それは魔王顕現のトリガーに成り得ない。
何故ならユレナは、常に”悪役”を演じてきたのだから。
「君は、自分の悪評を広げたかった。婚約破棄は、その一環に過ぎないんだろう」
「……何故そのように思うのですか?」
ユレナは逆に質問する。
牧緒が繰り出す、突飛な推理を崩すために。
「世界のどこかにいる、実の父親に気付いてもらうため……とか?」
きっと、ユレナは知っている。
名前も顔も知らないが、実の父が別にいることだけは。
「あなた……、まさか」
「あぁ、俺は君の父親に言われて、ここにきた」
本当は牧緒自身が脱獄するための過程でしかないが、嘘ではない。
「まぁ、良い噂より、悪い噂の方が何倍も早く広がるもんな」
「それだけではありません。父は、裏社会の人間だと知りました。だから……」
遂にユレナは白状した。
「父は今、どこに?」
「ここを出れば分かるさ」
そのためにも、魔王顕現の方法を見つけ出さなければ。
「婚約破棄の企てに、協力者はいたのか?」
おままごとの時は、一緒に演技をしていた使用人がいた。
「えぇ、王子殿下にあてがった、他の女性が」
「王子に浮気させたってことか……」
王子は、婚約者であるユレナ以外の女性に心を奪われた。
その女性が、ユレナが用意した駒とも知らず。
「うーん、演技と協力者、か」
新たな共通点が見つかった。
しかし、それだけでは答えには至れない。
「協力者の女性は一体誰なんだ?」
「庶民の方です。わたくしが街で見繕いました。最初は酷く警戒されていましたけれど」
「それで、王子好みの女性に仕立てたわけだ」
「フフ、そうですね」
牧緒は発想を転換させるために、その女性に立場を重ねてみる。
「俺だったら、警戒してる相手には素性を明かさななな」
「確かに、わたくしも彼女の全てを知っているわけではありません」
婚約破棄の場面を想像する。
煌びやかなパーティー会場で、王子は言い放つ――『婚約を破棄する』と。
そして、その理由を捲し立てる。
悪役令嬢ユレナが、如何に非道で醜悪か。
最後に、王子は真に愛した女性を紹介する。
「いやぁ、まさかな」
牧緒の中に、魔王顕現の条件が一つだけ浮かび上がる。
半信半疑ではあったが、それはこの場で、直ぐにでも検証できる方法だった。
「俺の名前は分かるよな?」
「マキオ様……ですよね? 先ほど名乗っておられましたので」
「じゃあ、もう一度自己紹介させてくれ。俺の名前は――」
その言葉の続きは、ユレナの魂を翻した。
***
「――っは! わたくし、今……」
ユレナは一瞬意識が飛んだように感じた。
そして、疲労がどっと訪れる。
「役者は揃った。一緒にここを出よう!」
そうして牧緒は、脱獄の計画をユレナに共有する。




