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第51話 大休暇時代と、黄金の檻

 G7と経済界が結んだ、あの歴史的な『ダボス合意』。

 それが『新・労働憲章』としてG7各国で批准・施行されてから、地球の自転はちょうど半周した。半年という、人の一生から見ればほんの瞬きのような時間。だが、その半年で、西側世界の文明の風景は、かつて産業革命が数十年かけて成し遂げた以上の、根源的な変貌を遂げていた。

 人類は、新しい時代へと足を踏み入れたのだ。

 歴史家たちは、後にこの時代をこう名付けることになる。

 ――『大休暇時代グレート・レジャー・エラ』と。


 その幕開けは、静かで、そして少しだけ滑稽な混乱と共に訪れた。

 法律が施行された、最初の月曜日。

 ニューヨーク、ロンドン、パリ、ベルリン、そして東京。世界中の金融とビジネスの中心地で、午後二時を告げる鐘が鳴った瞬間。何億というオフィスワーカーたちが、一斉に自らのデスクに表示された『本日の標準労働時間は終了しました』という無機質なメッセージを、信じられないという顔で見つめていた。

「……え、マジで……?」「……本当に帰っていいのか……?」「部長、お先に失礼します……って、部長も帰る準備してるし……」

 人々は、おそるおそる、しかし抑えきれない高揚感を胸に、まだ真昼の太陽が燦々と輝くオフィスビルから、解放された囚人のように街へと溢れ出してきた。

 だが、彼らはすぐに行き場を失った。

 突如として与えられた、あまりにも広大な『自由な時間』。

 その使い方を、誰も知らなかったのだ。

 最初の数週間、街は手持ち無沙汰な人々で溢れかえった。彼らは、意味もなくカフェで時間を潰し、目的もなくショッピングモールを彷徨い、そして結局は、自宅のソファでスマートフォンをいじりながら、空虚な時間を浪費した。

「……なんか、暇すぎて逆に疲れるな……」

 そんな贅沢なぼやきが、社会のあちこちから聞こえてきた。


 だが、人類の適応能力と創造性は、指導者たちの想像を遥かに超えていた。

 その戸惑いの季節が過ぎ去る頃には、人々は、まるで新しい大陸を発見した冒険者たちのように、この『自由な時間』という未知の領域を、次々と開拓し始めたのだ。

 そして、その開拓の軌跡は、社会に熱狂的な『ブーム』の渦を、いくつも巻き起こしていった。


 最初に訪れた変化は、最も身近で、そして最も静かな革命だった。

『家族』という、古くて新しいコミュニティの再生。

 東京郊外の、ありふれた一戸建て住宅。

 午後三時。小学校から帰ってきたばかりの八歳の少年、健太が玄関のドアを開けると、信じられない光景がそこにあった。

「……え、お父さん……?」

 いつもなら深夜まで会社にいて、顔を合わせることすらなかった父親が、リビングでエプロン姿でクッキーを焼いていたのだ。

「おお、健太、おかえり! 見ろよ、今日は父さんがおやつを作ってみたんだ。……ちょっと焦げちまったがな」

 父親は、照れくさそうに笑った。

 その日から、健太の世界は変わった。

 平日の午後、父親と公園でキャッチボールをすることが、当たり前になった。週末には、家族全員でレンタカーを借り、近くの山へキャンプに出かけるようになった。父親が、火の熾し方やテントの張り方を教えてくれた。母親は、そんな二人を、本当に嬉しそうな、泣き出しそうな笑顔で見つめていた。

 健太は、父親という存在を、初めて本当の意味で知った。


 このささやかな、しかし根源的な幸福の再発見は、世界中の何億という家庭で、同時に起きていた。

 代替装備と短時間労働は、人々を過酷な労働から解放しただけでなく、資本主義の発展の中で失われつつあった『家族の時間』を、人々へと取り返してくれたのだ。

 その結果、社会には奇妙で、しかし心温まる経済効果が生まれ始めた。

 スーパーでは、手作りの菓子やパンの材料が飛ぶように売れ、大手家電メーカーは、家族向けの最新鋭の調理家電を次々と発表した。アウトドア用品の市場は、観測史上最大のブームを迎え、都市近郊の寂れたキャンプ場は、数ヶ月先まで予約で埋まるほどの活況を呈した。

 そして何より、少子化に歯止めがかかり始めた。人々は、未来への希望と、子供を育てるための『時間』を手に入れたのだ。


 増えた自由な時間は、人々の心の奥底に眠っていた、創造性の種子をも芽吹かせた。

 第二の革命は、『芸術と文化の、爆発的な大衆化』だった。

 パリ、ルーブル美術館。

 かつては世界中からの観光客でごった返し、ゆっくりと絵画を鑑賞することなど不可能だったその場所は、今、新しい種類の来訪者で満溢れていた。地元の若者たちだ。

 彼らは、学校の授業を終えた後、あるいは四時間の仕事を終えた後、まるでカフェにでも立ち寄るかのような気軽さで、この芸術の殿堂を訪れる。そして、モナ・リザの謎めいた微笑みの前で、あるいはミロのヴィーナスの完璧な肉体の前で、何時間も、ただ静かにその美と向き合っていた。

「……すごい……。今まで、教科書でしか見たことなかったけど。……本物は、全然違う……。魂が震えるって、こういうことなんだ……」

 一人の美大生が、ドラクロワの『民衆を導く自由の女神』の圧倒的な迫力の前で、涙を流していた。


 その芸術への渇望は、鑑賞するだけでは終わらなかった。

 人々は、自ら『創造する』喜びにも目覚め始めたのだ。

 世界中の都市で、「大人の学び直し」が、空前のブームとなった。

 かつては富裕層の高齢者のためのものだと思われていたカルチャースクールには、今や、あらゆる世代、あらゆる階層の人々が殺到していた。

 定年退職した元・銀行員が、初めてサックスを手に取り、ジャズの即興演奏の魅力にのめり込む。

 子育てを終えた主婦が、油絵教室に通い始め、その秘められた才能を開花させ、地元の小さな個展で絶賛を浴びる。

 代替装備で肉体を強化した若きトラック運転手が、その有り余る体力でプロ顔負けのブレイクダンスを披露し、動画サイトで一躍スターとなる。


 街は、アマチュアの芸術家たちが生み出す、自由で混沌としたエネルギーで満ち溢れていた。

 週末の公園では、クラシックの弦楽四重奏と、ヘビーメタルのデスメタルバンドが、奇妙なハーモニーを奏でながら隣同士でライブを行い、人々はそれをビール片手に楽しんでいる。

 街の建物の壁は、バンクシーに影響を受けた若者たちの、政治的で、しかしユーモアに満ちたグラフィティ・アートで彩られた。

 社会全体が、まるでルネサンス期のフィレンツェのように、クリエイティブな熱気に浮かされていた。


 そして、その有り余る時間は、当然のように『娯楽』という名の巨大な海へと、その大部分が流れ込んでいった。

 第三の革命は、『遊びの再定義』だった。

 かつて人々が求めた娯楽は、仕事で疲れた心身を癒すための、受動的なものが中心だった。テレビを見る、映画を見る、音楽を聴く。

 だが、疲労という概念がなくなり、時間が無限にあるかのように感じられるようになった新しい人類は、より能動的で、より刺激的な『体験』を求め始めた。


 その最大の受け皿となったのが、「ゲーム」だった。

 だが、それはもはや、かつての平面的なディスプレイの中で行われる、ちっぽけな遊びではなかった。

 技術革新は、爆発的に増大した余暇市場という燃料を得て、凄まじい速度で進化した。

 主流となったのは、人間の五感の全てをハッキングし、現実と寸分違わぬ、あるいはそれ以上にリアルな仮想空間へと、魂ごとダイブさせる超没入型のVRMMORPG(仮想現実大規模多人数同時参加型オンラインロールプレイングゲーム)。

 人々は、その第二の現実セカンドライフの中で、ファンタジー世界の剣士となり、あるいは銀河を駆ける宇宙船のパイロットとなり、あるいは自分だけの理想の街を創造する神となった。

 その仮想空間は、もはや単なるゲームではなかった。

 それは、現実世界とは異なるルールと経済圏を持つ、もう一つの巨大な社会そのものだった。


 そして、その一方で。

 デジタルへの反動のように、極めてフィジカルで、アナログな娯楽もまた、復権を果たした。

 フィットネスクラブやスポーツ施設の会員数は、史上最高を記録した。人々は、代替装備で強化された自らの肉体の限界を試すかのように、汗を流す喜びに目覚めたのだ。

 週末のスタジアムは、地元のサッカークラブや野球チームを応援する、熱狂的なファンで埋め尽くされた。

 人々は、気づき始めたのだ。

 本当の喜びとは、画面の向こう側にあるのではなく、生身の人間同士が触れ合い、共に笑い、共に叫ぶ、そのリアルな繋がりの中にこそあるのだと。


 これらの社会の変貌は、世界経済の構造そのものを、根底から塗り替えた。

 かつて世界のGDPを牽引してきた製造業や金融業は、その主役の座を明け渡した。

 代わりに、新たな基幹産業として、巨大な恐竜のようにのし上がってきたのが、『余暇産業』だった。

 旅行、エンターテイメント、教育、スポーツ、そしてVR。

 これらの産業は、人類の有り余る時間と金を吸収し、爆発的な成長を遂げた。

 経済の中心は、モノの生産と消費を繰り返す『生産経済』から、人々の体験と感動を価値とする『体験経済』へと、完全にシフトしたのだ。

 ウォール街では、かつてのGAFAに代わり、『L.I.V.E.』と呼ばれる新しい巨大IT企業群が、市場を席巻していた。

 Leisureレジャー、Immersion(没入)、Virtuality(仮想)、Education(教育)。

 その頭文字を持つ企業こそが、この大休暇時代の新たな覇者だった。


 G7政府も、この巨大な潮流を、ただ指をくわえて見ているだけではなかった。

 彼らは、積極的にこの『余暇産業』を、国家の新たな成長戦略として支援し始めた。

 フランス政府は、国内の全ての美術館と博物館への入場を、国民に限り無料化する『文化パスポート制度』を導入した。

 ドイツ政府は、アマチュアの芸術家や音楽家を支援するための、巨大な国家基金を設立した。

 そして日本では、大蔵大臣の主導のもと、『国民スポーツ振興宝くじ』が発行され、その収益で全国のスポーツ施設が、次々とリニューアルされていった。

 世界は、豊かだった。

 人々は、幸福だった。

 それは、誰もが夢見た、争いのない文化的なユートピアの到来のように見えた。


 だが、そのあまりにも華やかで、あまりにも美しい文化の爛熟と経済の好景気の、その裏側で。

 新たな時代の静かな、しかし深刻な病巣が、ゆっくりと、しかし確実にその根を広げ始めていた。

 社会の、新たなる分断。

『ダボス合意』が生み出した、二つの階級。


 一方は、週休三日、一日四時間という『標準労働モデル』を選び、最低限の収入と膨大な自由時間を享受する、大多数の『余暇階級』。

 彼らは、確かに幸福だった。芸術を愛し、家族と過ごし、その人生を謳歌している。だが、彼らはもはやこの社会を動かす歯車ではなかった。彼らは、ただ与えられたパンとサーカスを享受する、穏やかで無気力な観客に過ぎなかった。社会の重要な意思決定のプロセスからは、完全に切り離されていた。


 そしてもう一方は。

 自らの意志でプレミアム・ワーク制度を選び、その自由な時間のほとんどを犠牲にする代わりに、莫大な富と社会的な影響力をその手に収める、ほんの一握りの『労働貴族』。

 彼らこそが、この新しい社会を、その水面下で動かす見えざるエリート層だった。

 彼らは、眠らない。

 彼らは、休まない。

 彼らは、常に思考し、常に働き続け、そしてこの世界の富と権力を、その手中に収めていく。

 この二つの階級の間には、もはや経済的な格差だけではない、価値観とライフスタイルの、決して埋めることのできない、深く、そして冷たい断絶が生まれていた。

 余暇階級は、労働貴族を、人生の本当の楽しみを知らない哀れな金の亡者だと、心のどこかで見下していた。

 そして労働貴族は、余暇階級を、自らの労働によって生み出された富に寄生する、無能で怠惰な家畜だと、心の底から侮蔑していた。

 彼らが住む地区は、自然と分かれ始めた。

 彼らの子供たちが通う学校も、そして彼らが結ばれる結婚相手もまた、同じ階級の中で完結するようになっていった。

 それは、法の下では平等な、しかし魂のレベルでは完全に隔離された、新しい時代の見えないカースト制度の始まりだった。


 そして、その全てを。

 月面の観測ステーションから、相馬巧とイヴは、静かに、そして複雑な思いで見つめていた。

 イヴの、どこまでも冷静な声が、最新のデータを報告する。

『マスター。……G7諸国におけるGDH(国民総幸福度)の平均値は、観測史上最高の数値を記録し、現在も上昇を続けております。……娯楽関連産業の経済規模は、この半年で予測値を遥かに超える800%の成長を遂げました。……計画は、表面的には大成功と言えるでしょう』

「……ああ」と、巧は頷いた。

「……表面的にはな」

『はい』と、イヴは続けた。

『その一方で。……社会階層間における『価値観乖離指数』もまた、危険なレベルで上昇を続けております。……このまま放置すれば、三十年後、この二つの階級は、生物学的には同じ種でありながら、文化的には完全に異なる別の種族へと、分岐する可能性すらあります』

 そのあまりにも恐ろしい未来予測。

 巧は、スクリーンに映し出される地上で繰り広げられる華やかな祭りの光景を見つめながら、ぽつりと呟いた。


「……俺は、人類に自由を与えたつもりだった。……過酷な労働という、軛からの自由をな」

「……だが、与えられた自由の中で、彼らは自ら望んで新しい檻を作り始めているように見える。……『働く自由』と『働かない自由』。……その自由な選択が、結果として彼らを分断する最も強固な壁になっていやがる」


 彼は、天を仰いだ。

 そして、かつて彼自身も答えを見つけられなかった、あの根源的な問いを、再び口にした。

「……なあ、イヴ。……本当の『幸福』って、一体何なんだろうな……?」


 その神の代理人ですら、答えを知らない問い。

 人類は、一つの課題を乗り越え、そしてまた、新たな、そして、より深く、より哲学的な課題の迷宮へと、その足を踏み入れたのだ。

 その迷宮の出口に、一体何が待っているのか。

 その答えを知る者は、まだ誰もいなかった。

 ただ、時計の針だけが、全ての生命に平等に与えられたはずの『時間』が、もはや決して平等なものではなくなった、新しい時代の到来を、静かに、そして無慈悲に刻み続けていた。

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