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第6章:断罪


ダンジョンのゲートを抜け、併設された探索者ギルドのフロアへと足を踏み入れる。数日ぶりに吸う、空調管理された清潔な空気が、土と血の匂いに慣れた鼻には妙に新鮮だった。


周囲の探索者たちが、俺の姿を見てギョッとしたり、ヒソヒソと噂話をしたりしているのがわかる。無理もない。今の俺の格好は、ケイブ・リザードの鱗とオーガの皮をツギハギにした手製の鎧に、ドレッド・ウルフの牙を加工したナイフを腰に差した、お世辞にも洗練されているとは言えない、異様な出で立ちなのだから。


以前の俺なら、そんな視線に耐えられず、すぐに俯いていただろう。だが、今の俺は違う。俺は、彼らの視線を真っ直ぐに受け止め、胸を張って歩いた。この装備の一つ一つが、俺が自分の力で地獄を生き抜いた証なのだ。誇りこそすれ、恥じることなど何もなかった。


俺が向かう探索者ギルドは、もはや中世の酒場のような場所ではない。ガラス張りの、近代的な高層ビルの低層階にその機能が集約されている。ダンジョンという未曾有の災害、そして新たな資源に対処するために設立された、半官半民の巨大組織。それが、現代のギルドの正体だ。


中に入ると、そこはまるで市役所と証券取引所を足して割ったような、機能的で、無機質な空間が広がっていた。天井は高く、吹き抜けになっており、壁一面の巨大なデジタルサイネージには、現在のダンジョン内の状況や、高額な素材の取引価格が、株価のようにリアルタイムで表示されている。空気は空調で管理され、コーヒーの香りと、電子機器が発するわずかなオゾンの匂いがした。


「ピピッ」


俺は、入り口のゲートに、自分の探索者ライセンスカードをかざす。認証されたことを示す電子音と共に、ゲートが開いた。


フロアには、俺と同じようにダンジョン帰りの探索者たちが、備え付けのタブレットで戦果を確認したり、カフェスペースで次の攻略の打ち合わせをしたりしている。その光景は、まるでフリーランスのプログラマーやデイトレーダーの集まりのようだった。


俺は、フロアの奥にある、素材の換金カウンターへと向かう。その途中、ガラス張りの個室が並ぶ一角で、俺は、見知った顔を見つけた。


赤城、玲奈、そして岩間。彼らは、神妙な面持ちで、ギルドのカウンセラーらしきスーツ姿の女性と向かい合っていた。おそらく、ダンジョンでの失態と、俺が「行方不明」になったことの事情聴取を受けているのだろう。


俺の姿を、まだ彼らは認識していない。俺は、彼らに一瞥をくれると、そのまま足を止めずに、目的の場所へと向かった。



俺が向かったのは、有人カウンターではない。フロアの隅に設置された、銀行のATMのような形状の、『自動素材鑑定換金機』だ。


俺は、タッチパネルを操作し、自作のリュックから、この数日間で収集した素材を、鑑定トレイの上に置いていく。


まずは、ドレッド・ウルフの毛皮と牙。ケイブ・リザードの鱗と溶解液の袋。その他、道中で倒したゴブリンやスライムの魔石。


『――鑑定中。しばらくお待ちください』


機械的な音声と共に、トレイが青い光でスキャンされる。数秒後、モニターに鑑定結果が表示された。


【ドレッド・ウルフの毛皮(上質)x 5 = 250,000円】

【ドレッド・ウルフの牙(良質)x 10 = 150,000円】

【ケイブ・リザードの鱗(並)x 20 = 50,000円】

……etc


モニターに表示された金額が、みるみるうちに加算されていく。それだけでも、周囲で他の換金機を使っていた探索者たちが、驚いたようにこちらを見ていた。


「まあ、これは、ただの『ゴミ』ですが」


俺は、誰に言うでもなくそう呟くと、事前にスキルのストックからリュックに移しておいた、本命の獲物を取り出した。


ドン、と。鑑定トレイに、重々しい音を立てて置かれたのは、赤ん坊の頭ほどもある、禍々しい紫色の光を放つ巨大な魔石。


オーガロードの心臓だ。


その瞬間、換金機が、今までとは明らかに違う、甲高いアラート音を鳴らした。


『警告。高エネルギー反応を検知。A級素材の可能性があります。詳細鑑定に移行します』


その音声は、フロア全体に響き渡った。壁の巨大なサイネージの一つが、瞬時に切り替わり、俺の換金機の映像を映し出す。


【速報:A級未確認素材、第3鑑定機にて検出】


そのテロップと共に、オーガロードの心臓がアップで映し出された。ギルドの喧騒が、嘘のように静まり返る。フロアにいたすべての探索者、すべての職員の視線が、俺の一点に集中した。


「なっ……!?」

「おい、なんだよあれ……あの魔石の大きさ……」

「A級って……Cランクパーティーが束になっても敵わない相手だぞ……」


ガラス張りの個室の中にいた赤城たちが、そのサイネージを見て、血相を変えて飛び出してきた。


「ば、馬鹿な……! お前が、一人で、オーガロードを……?」


赤城が、信じられないというように叫ぶ。彼のプライドが、目の前の現実を必死に拒絶していた。


「ありえない! 武でも苦戦したのよ!? あんたみたいな外れスキル持ちが、一人で倒せるわけないじゃない! そ、そうよ! きっと、私たちがボスを追い詰めた後、死にかけのところを横取りしたに違いないわ! この、ハイエナ野郎!」


玲奈が、ヒステリックに叫び、俺を指差した。その言葉に、赤城もはっとしたように顔を上げる。


「そうだ! その通りだ、玲奈! こいつは、俺たちが命懸けで削ったボスを、横からかすめ取ったんだ! その素材は、俺たちのものだ! おい、そこのお前! その換金を今すぐ中止しろ!」


赤城が、換金機のパネルをめちゃくちゃに叩き始める。だが、無機質な機械は、彼の命令など聞かない。


『詳細鑑定、完了。素材名:オーガロードの心臓。等級:A+。ユニーク素材と認定。買い取り価格、1,200,000円』


『所有権の認証を開始します。探索ログと照合中……』


赤城の醜い主張は、冷徹なシステム音声によって、無慈悲に上書きされた。


そして、巨大サイネージに、決定的な情報が表示される。


画面が二分割され、左側に、赤城たちのパーティー情報が表示された。


▼パーティー名:ブレイジング・エッジ

┣ 最終ダンジョン:C-03 嘆きの迷宮

┣ 潜伏時間:74時間12分

┗ 離脱時刻:7/23 16:34(JST)

※備考:メンバー1名(相田譲)のロストを報告


そして、右側に、俺の鑑定機の情報が表示される。


▼提出者:相田 譲

┣ 提出素材:オーガロードの心臓

┗ 素材の活動停止時刻(推定):7/20 13:22(JST)


ギルド内が、再び静まり返る。誰もが、その二つの情報の、致命的な矛盾に気づいた。


『警告:探索ログと素材情報に、時間の乖離を確認。所有権の認証に失敗しました』


換金機が、冷たく、そして最終的な結論を告げる。


『パーティー「ブレイジング・エッジ」による、素材所有権の主張を棄却します。同時に、探索者規約第7条「虚偽報告」の疑いにより、当該パーティーのライセンスを一時凍結。速やかに、査問委員会へ出頭してください』


その無慈悲なシステム音声は、彼らの死刑宣告に等しかった。



「う、そだ……そんな……」


玲奈が、その場にへたり込む。彼女の顔からは、血の気が完全に引いていた。


「なんで……なんで、活動停止時刻なんて……」


岩間が、絶望したように呟く。そう、現代のギルドシステムは、魔石に残された魔力の減衰率から、その魔物がいつ活動を停止したのかを、分単位で特定できるのだ。それは、素材の横取りや、所有権争いを防ぐために導入された、絶対的なシステムだった。


そして、赤城は。


「ああ……ああああ……」


彼は、ただ、サイネージに映し出された、自分たちの罪状を証明する冷徹なデータを見上げ、わなわなと震えるだけだった。もはや、言い訳も、責任転嫁も、何も通用しない。システムが、彼らを「犯罪者」だと、ギルド中の人間に証明してしまったのだ。


周囲の探索者たちの視線が、痛いほどに突き刺さる。それは、もはや単なる疑惑の目ではない。裏切り者を見る、軽蔑と侮蔑に満ちた目だった。


やがて、ギルドの警備員が、静かに、しかし有無を言わせぬ威圧感で彼らを包囲する。彼らは、なすすべもなく、警備員に連行されていった。その姿は、あまりにも惨めで、哀れだった。


俺は、その一部始終を、ただ静かに見つめていた。胸の中にあった黒い感情が、すっと消えていくのを感じた。直接手を下すよりも、よほど痛快な結末だったかもしれない。


その様子を見ていたギルド職員が、譲から事情を聴きながら換金機を操作してくれた。すると、


『所有権の再認証を実行します。提出者:相田 譲。ソロでのフロアボス討伐を確認。規約に基づき、所有権を正式に認証します』


換金機が、再び音声を発する。


『換金を継続します。オーガロードの皮、骨、棍棒……その他、雑多素材を含め、買い取り合計金額は――』


そこで、一度、音が止まる。そして、フロア中の誰もが固唾を飲んで見守る中、最終的な金額が、高らかに告げられた。


『――1,780,000円となります。ご利用、ありがとうございました』


その数字がサイネージに表示された瞬間、ギルドは、爆発したような歓声とどよめきに包まれた。



俺は、自分の端末に表示された、見たこともない桁数の預金残高を、ただ、呆然と眺めていた。


「――相田譲さん、ですな」


ふと、隣から声をかけられた。見ると、そこには、ギルドの上級職員らしき、人の良さそうな笑顔を浮かべた壮年の男性が立っていた。


「素晴らしい。実に見事な成果です。まさか、ソロで、しかもCランクダンジョンのボスを……。あなたの討伐記録は、ギルドの歴史においても、特筆すべき快挙となるでしょう」


彼は、俺に深々と頭を下げた。


「つきましては、あなたの探索者ランクを、暫定的にC級へと特例昇格させたい。いや、B級でも良いくらいだ。今後の活動について、ぜひ、我々と相談させていただけませんか? あなたのような才能を、ギルドは全力でバックアップします」


その言葉は、かつての俺が、喉から手が出るほど欲しかったものだった。


俺は、職員に一礼すると、静かに答えた。

「ありがとうございます。ですが、少しだけ、一人で考えさせてください」


俺は、金貨の詰まった革袋ではなく、一枚のカードになったライセンスと、膨大なデータが転送されたスマートフォンをポケットにしまい、ギルドの出口へと向かった。


俺の周りからは、もう、侮蔑や憐れみの視線は感じなかった。

代わりに、羨望、驚愕、そして、畏敬の念が入り混じった、熱い視線が突き刺さる。


「おい、見たかよ……あいつが、オーガロードを……」

「ソロであの稼ぎ……とんでもない新人が現れたもんだ……」

「あのツギハギの装備、全部自作なのか……? まるで、錬金術師じゃねえか……」


『ゴミ拾いの錬金術師』


誰かがそう呟いた言葉が、やがて、俺の新たな二つ名となっていくことを、この時の俺はまだ知らなかった。


ギルドの自動ドアを開け、再び、太陽の光の下に出る。


手にした大金。周囲からの羨望の眼差し。そして、何よりも、自分の力で未来を切り開いたという、揺るぎない自信。


(俺は、もう、何も譲らない)


俺は、空を見上げた。どこまでも青く、澄み渡った空が、そこにはあった。


相田譲の、新しい人生が、今、本当に始まったのだ。

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