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第4章:最初の創造


死の象徴であったはずの棍棒が、俺の鼻先数センチで止まる。

いや、止まってはいない。俺の思考速度が、世界の時間を置き去りにしているのだ。


万象再構築リサイクル・マスター


覚醒したスキルは、俺の五感を、いや、俺という存在そのものを変質させていた。世界はもはや、俺が知っている物体で構成されたものではない。すべてが淡い光を放つ情報の集合体――まるで、この世のすべてがプログラムのソースコードで記述されているかのように、俺の目には見えていた。


目の前のオーガロードの棍棒。それは、膨大なデータで構成されている。


▼アイテム情報:オーガロードの棍棒

素材マテリアル:呪われた古木、魔物の血脂

付与効果エンチャント:重量増加(中)、物理硬化(小)

概念コンセプト:『殴りつける』という原始的破壊衝動


なんだ、これは……。鑑定スキルでもないのに、万物の構造が手に取るようにわかる。

これが、新スキルの一つ目の能力、【分解・解析】の真価なのか。


かつての俺なら、この圧倒的な死を前に、ただ目をつぶって衝撃を待つことしかできなかっただろう。だが、今の俺は違う。恐怖は確かにある。だが、それ以上に、この世界の情報が、この新しい力が、俺の脳をかつてないほどクリアに、そして冷静にさせていた。


(こいつを、この攻撃そのものを「分解」できないか?)


俺は、振り下ろされる棍棒に向かって、意識を集中させる。スキルを発動しようと試みる。


【警告:対象はスキル所有者に敵対するアクティブな物理現象です。分解・解析には、より高度な干渉権限と膨大なマナが必要です】


脳内に響く無機質な声。どうやら、攻撃そのものを消し去るような芸当は、まだ無理らしい。だが、絶望はなかった。むしろ、可能性の輪郭が見えたことに、口の端が吊り上がるのを感じた。


棍棒が、再び動き出す。世界の時間が、正常な速度に戻っていく。


だが、もう遅い。俺には、コンマ数秒の猶予があれば十分だった。

俺は、死を待つだけの「ゴミ」じゃない。


俺は、世界中の「ガラクタ」を味方につける、唯一無二の探索者だ。



棍棒が振り下ろされる、その刹那。

俺は、床に転がっていた一つの「ゴミ」に意識を向けた。


それは、先ほどの戦闘で、オーガロードの一撃によって砕け散った、岩間の戦斧の破片だった。


▼アイテム情報:砕けた戦斧の破片

┣ 素材:ミスリル銀、黒曜鉄の合金

┣ 付与効果:魔力伝導(中)、斬撃強化(微弱)

┗ 概念:岩間 剛の『守る』という意志の残滓


(岩間さんの……斧……)


あんなに俺を虐げていた男だ。だが、その斧に込められていたのは、パーティーを守るという、タンクとしての純粋な意志だった。皮肉なものだ。


俺は、その破片に向かって【万象再構築】を発動する。


「――分解ブレイクダウン


俺がそう呟くと、戦斧の破片は瞬時に光の粒子となり、俺のスキル内のストックヤードに転送された。同時に、俺の脳内に、その構成情報がカタログのように登録される。


次に、俺はオーガロードが先ほど棍棒で床を砕いた、その瓦礫に目を向けた。


▼アイテム情報:嘆きの迷宮の床石

┣ 素材:高密度花崗岩

┣ 付与効果:魔力汚染(微量)

┗ 概念:『ダンジョンの一部』という存在定義


「これも、分解ブレイクダウン


床石もまた、光の粒子となって俺に吸収される。

これで、二つの素材情報が手に入った。スキルの説明によれば、初期段階では二つの情報しか組み合わせられない、とあったはずだ。


俺は、スキルウィンドウに表示された二つの素材情報を選択する。


【ミスリル銀と黒曜鉄の合金】+【高密度花崗岩】


「――再構築リサイクル!」


頭の中で、二つの素材が組み合わさるイメージを思い描く。すると、スキルウィンドウに「生成可能アイテム」の候補がリストアップされた。


▶︎【即席の投擲弾スラッグショット】(貫通効果:中、物理ダメージ:小)

▶︎【粗末なバックラー】(物理防御:微、耐久値:低)

▶︎【ただの重い石】


(これだ!)


俺は迷わず【即席の投擲弾】を選択した。棍棒が俺の頭を砕くよりも、コンマ一秒早く、俺の手の中に、ズシリと重い金属の塊が生成される。


「うおおおおおっ!」


俺は、生まれて初めて、敵意と殺意を持って、その投擲弾を投げつけた。狙うは、オーガロードの巨大な顔面。いや、そのさらに奥、血走った巨大な眼球だ!


投擲弾は、俺の腕力とは思えないほどの速度で射出され、風を切り裂きながらオーガロードの眼球に直撃した。


「グギャアアアアアアアアアアアッ!」


巨体が、天を仰いで絶叫する。眼球を潰されたオーガロードは、顔を両手で覆い、苦痛にのたうち回った。俺の頭上を通り過ぎた棍棒が、背後の壁に叩きつけられ、ダンジョン全体を揺るがすほどの轟音を立てる。


俺は、その隙を見逃さなかった。


「はぁ……はぁ……やった……」


息が上がる。だが、全身が歓喜に打ち震えていた。自分の力で、あの絶望的な状況を覆したのだ。


だが、まだ終わっていない。

オーガロードは片目を潰されただけだ。怒り狂った獣は、より危険な存在と化す。


「もっとだ……もっと『素材』を……!」


俺は、生まれ変わった目で、このボス部屋を見渡した。そこは、ガラクタの山。宝の山だ。


赤城が放った【剛剣・メテオブレイク】の魔力の残滓。

玲奈が放った【ファイアボール】の熱が残る床石。

ホブゴブリンたちの死骸。

そして、壁に叩きつけられて転がっている、岩間の砕けた鎧の破片。


「全部、俺の力になれ!」


俺は、それらすべてを、片っ端から【分解・解析】していく。


【破壊の魔力残滓】をストックしました

【熱を帯びた石】をストックしました

【ホブゴブリンの骨】をストックしました

【ホブゴブリンの魔石】をストックしました

【破損した鋼の鎧片】をストックしました


脳内に、次々と素材がカタログ化されていく。まるで、世界という名の巨大なショッピングサイトで、欲しい素材をカートに放り込んでいるような感覚だ。


「グルオオオオッ!」


片目を潰されたオーガロードが、怒りのままに棍棒を振り回し始めた。めちゃくちゃな攻撃だが、その一撃一撃が凄まじい破壊力を伴っている。まともに食らえば、即死は免れない。


俺は、その暴風のような攻撃を、必死に回避しながら、次の創造のための組み合わせを思考する。


(攻撃手段が欲しい。もっと、確実な……)


俺は、二つの素材を選択した。


【ホブゴブリンの魔石】+【熱を帯びた石】


「――再構築リサイクル!」


▶︎【魔力爆弾マナ・グレネード】(小規模爆発、火炎ダメージ)


俺の手の中に、手のひらサイズの、不気味な熱を帯びた石が生成される。俺はそれを、オーガロードの足元へと転がした。


オーガロードは、足元の小さな石ころなど気にも留めずに棍棒を振り回している。そして、次の瞬間、その巨体が踏み込んだ足元で、魔力爆弾が炸裂した。


ドゴォン!


小規模とはいえ、至近距離での爆発は、オーガロードの巨体をぐらつかせるのに十分だった。バランスを崩し、膝をつくオーガロード。


(今だ!)


最大の好機。この一瞬で、すべてを決める。

俺は、最高の素材の組み合わせを選択した。


【ホブゴブリンの骨】+【破壊の魔力残滓】


「――再構築リサイクル!」


▶︎【呪詛の骨杭カースド・スパイク】(貫通効果:大、呪い:微弱な腐食効果)


俺の手の中に、禍々しい紫色のオーラをまとった、鋭利な骨の杭が生成された。

俺は、それを両手で握りしめ、膝をついたオーガロードの、がら空きになったもう片方の眼球に向かって、全力で突き立てた。


「これが……俺の、始まりの一撃だあああああっ!」


ズブリ、という生々しい感触と共に、骨杭がオーガロードの眼窩の奥深くまで突き刺さる。


「ギ……イイイイイイイイイイイッ!」


オーガロードの断末魔の叫びが、ドーム全体に響き渡った。その巨体が、ゆっくりと、ゆっくりと後ろに倒れていき、やがて地響きを立てて完全に沈黙した。



静寂が、再び訪れた。

俺は、肩で息をしながら、巨獣の死骸の前に立ち尽くしていた。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


勝った。俺が、一人で。Cランクダンジョンのフロアボスに。


「やった……俺が、倒したんだ……!」


震える手で、オーガロードに突き立てた骨杭を抜く。それは、もう紫色のオーラを失い、ただの骨に戻っていた。使い捨ての、即席の武器。だが、俺にとっては、どんな伝説の剣よりも輝いて見えた。


俺は、その場にへたり込んだ。全身の力が抜け、アドレナリンが引いていくのを感じる。疲労困憊のはずなのに、心の奥底から、今まで感じたことのない熱い感情が込み上げてきた。


これが、達成感。これが、勝利の味か。


今まで、ただパーティーの後ろをついていくだけだった。ドロップ品を拾い、罵倒され、搾取されるだけの日々。そんな俺が、自分の頭脳と、自分のスキルで、この絶望を乗り越えたのだ。


俺は、ゆっくりと立ち上がると、オーガロードの死骸に手を触れた。


「お前も、俺の力になれ。――分解ブレイクダウン


巨獣の死骸が、眩い光の粒子となって、俺のスキルに吸収されていく。脳内に、膨大な量の高品質な素材情報が流れ込んできた。


【オーガロードの心臓(魔石)】をストックしました

【オーガロードの強靭な皮】をストックしました

【オーガロードの太い骨】をストックしました

【呪われた古木の棍棒】をストックしました

【暴走した魂の残滓】をストックしました


(すごい……これが、フロアボスの素材……)


その一つ一つが、市場に出せば高値で取引されるであろう、一級品ばかりだ。


俺は、スキルウィンドウを開き、新たな創造を始める。もう、即席の武器も、使い捨ての道具もいらない。今の俺には、最高の素材があるのだから。


【オーガロードの太い骨】+【砕けた戦斧の合金】


「――再構築リサイクル


▶︎【オーガボーン・ダガー】(攻撃力:中、重量、斬撃強化)


俺の手に、ずしりと重い、黒曜石のような刃を持つ、無骨で力強いダガーが生成された。


次に、防具だ。


【オーガロードの強靭な皮】+【破損した鋼の鎧片】


「――再構築リサイクル


▶︎【硬化オーガレザーアーマー】(物理防御:中、衝撃吸収)


薄汚れたシャツを脱ぎ捨て、生成されたばかりの革鎧を身に着ける。体にぴったりとフィットし、確かな防御力と、不思議な高揚感を俺に与えてくれた。


新しいダガーを腰に差し、新しい鎧を身にまとう。

俺は、ダンジョンの冷たい水たまりに映る自分の姿を見た。


そこにいたのは、もう、おどおどと他人の顔色をうかがう、気弱な青年ではなかった。

その目には、確かな自信と、未来への強い意志の光が宿っていた。


「ありがとうよ、ブレイジング・エッジの諸君」


俺は、誰もいない暗闇に向かって、静かに呟いた。


「君たちが捨ててくれたおかげで、俺は強くなれた。君たちがゴミだと思ったもので、俺は最強への道を歩き始める」


復讐はする。必ず。俺からすべてを奪い、ゴミのように捨てていった彼らには、相応の報いを受けてもらう。

だが、今の俺の心を占めているのは、憎しみだけではなかった。


この力で、どこまでいけるのか。このスキルで、何を創り出せるのか。

世界に散らばる無数の「ガラクタ」が、俺を待っている。


俺は、固く閉ざされていたボス部屋の扉に手をかけた。オーガロードの素材で作ったダガーで、固いかんぬきをこじ開ける。


ギシリ、と音を立てて、扉がゆっくりと開いていく。

その隙間から差し込むのは、ダンジョンの薄暗い光。だが、今の俺には、それが希望に満ちた、輝かしい光に見えた。


「さあ、行こうか」


ここからだ。俺の、本当の物語は。


最強の探索者へと至る、ゴミ拾いの旅が、今、始まった。

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