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第3章:万象再構築


時間が、引き伸ばされる。


オーガロードが振り上げた巨大な棍棒。その先端が、俺の頭上、数メートルの位置で、まるでコマ送りの映像のように、ゆっくりと、しかし確実に、振り下ろされてくる。

風圧が俺の髪を逆立て、死の匂いが肺を満たす。ああ、俺はここで死ぬのだ。


へたり込んだまま動けない俺の脳裏に、これまでの人生が走馬灯のように駆け巡った。


思い出すのは、いつも誰かの落胆した顔だった。


『譲は、昔から何をやってもダメだったからな……』

スキルを授かった日、そう言ってため息をついた父の顔。


『相田は根性がない。お前みたいなのがいると、周りの士気が下がるんだよ』

ブラック企業で、俺の心を徹底的に折った上司の顔。


そして、先ほど俺を見捨てていった、仲間たちの顔。


『じゃあな、歩くゴミ箱。せいぜい、魔物の餌にでもなれよ』

心の底から俺を軽蔑しきった、玲奈の冷たい笑み。


『お前の……せいだ……』

朦朧としながらも、俺に憎悪をぶつけてきた岩間の顔。


『黙って死ね、ゴミが!』

自分の失敗をすべて俺になすりつけ、俺を蹴り飛ばした赤城の顔。


そうだ。俺の人生は、いつだってそうだった。誰かの期待を裏切り、誰かの足手まといになり、誰かのための「ゴミ」として扱われてきた。

俺は、生まれてからずっと、価値のない人間だったんだ。


なんでだ。

なんで、俺だけがこんな目に遭う?


俺だって、夢を見た。探索者になって、人生を一発逆転させるんだと。Sランク探索者のように、誰かを守り、誰かに感謝される、そんな英雄になりたいと、心のどこかで願っていた。

だが、現実はどうだ。俺に与えられたのは、英雄の力じゃない。ただ、ゴミを捨てるだけの力。


【ゴミ箱】


そのスキル名が、脳内で嘲笑うかのように響いた。


そうだ。元凶は、こいつだ。

このスキルがあったから、俺は「歩くゴミ箱」と蔑まれた。このスキルがあったから、赤城たちに利用された。このスキルがあったから、俺は戦うこともできず、ただ搾取されるだけの存在になった。

このスキルが、俺の価値を「ゴミ」だと規定したんだ。


俺の人生をめちゃくちゃにしたのは、赤城たちだけじゃない。いや、彼らですらないのかもしれない。

本当の元凶は、俺の魂に刻まれた、この忌まわしいスキルそのものだ。


「……はは」


乾いた笑いが、喉から漏れた。


「ははは、あはははははははははは!」


恐怖と絶望が限界を超えた時、人間の思考は狂気の領域に足を踏み入れるらしい。俺は、目の前に迫る死を前にして、腹の底から笑い続けていた。涙が溢れて止まらないのに、口は笑みの形に歪んでいる。


オーガロードが、俺の奇行に戸惑ったのか、一瞬だけ動きを止めた。その巨大な顔に、訝しげな表情が浮かんでいるように見えた。


「そうか……そうだよな……」


俺は、笑いながら呟いた。


「いらないんだ……お前さえいなければ、俺は……!」


どうせ死ぬ。それはもう、確定した未来だ。この棍棒が振り下ろされれば、俺の頭蓋はスイカのように砕け散るだろう。

ならば。ならばせめて、この忌まわしい呪いを、俺自身の手で道連れにしてやる。


俺を「ゴミ」にしたこのスキルを、俺が「ゴミ」として捨ててやる。


狂気じみた、しかし、今の俺にとっては唯一の復讐に思える考えが、脳を焼き尽くした。

スキル【ゴミ箱】は、視界内のアイテムを亜空間に「捨てる」ことができる。ならば、自分自身のスキルを、この【ゴミ箱】に捨ててしまえばどうなる?


そんな馬鹿なことができるはずがない。スキルは、探索者の魂そのもの。それを捨てるなど、前代未聞。自殺行為に等しい、禁忌の領域だ。

だが、もうどうでもよかった。


「見てろよ、クソったれの世界……」


俺は、震える手で、自らのステータスウィンドウを空中に呼び出した。

半透明の画面に表示される、俺の情けないステータス。そして、その一番上に鎮座する、呪いのような文字列。


【スキル:ゴミ箱】


俺は、その文字列を、まるで憎い仇の喉元を掴むかのように、強く睨みつけた。


「お前が、俺の人生のゴミだ……」


そして、俺は自らのスキル【ゴミ箱】を、能動的に「捨てる」対象として選択した。


「【ゴミ箱】に、【ゴミ箱】を、捨てる……!」


その狂気を、俺は確かに実行した。



その瞬間、世界から音が消えた。


オーガロードの咆哮も、ダンジョンに滴る水音も、俺自身の心臓の鼓動さえも、すべてがぷつりと途絶える。絶対的な静寂が、空間を支配した。

振り下ろされかけていたオーガロードの棍棒が、ピタリと空中で静止している。


何が起きた?


次の瞬間、俺の指先が触れていたスキルウィンドウが、凄まじい光を放った。

それは、ただの光ではなかった。純白の光が、まるで液晶画面がバグを起こしたかのように激しく明滅し、虹色のノイズが走る。俺の視界に映るすべてのものが、デジタル信号のように分解されていく。


【警告:システムルートへの不正な干渉を検知】

【警告:自己参照によるパラドックスが発生】

【警告:スキル領域の強制初期化を実行します】


脳内に、機械的で、それでいてどこか焦っているような無機質な声が直接響き渡る。

スキルウィンドウに表示されていた【ゴミ箱】の文字列が、ガガガ、と音を立てて文字化けしていく。


【■■■■■■■■■■■■■■■■】


そして、文字化けしたスキル名が、まるでブラックホールのように、自らのウィンドウを内側へと飲み込み始めた。

空間が、歪む。俺の体が、魂が、根源から揺さぶられるような、凄まじい感覚。


「ぐ……あああああああああああああっ!」


声にならない叫びが、魂から迸る。

全身の細胞が一度分解され、再構築されていくような激痛と快感が、同時に俺を襲った。


そして、ブラックホールがすべての情報を飲み込みきった中心点から、今度は、静かで、それでいて荘厳な、黄金の光が溢れ出した。

それは、まるで宇宙開闢のビッグバンのような光景だった。絶望の闇を払拭する、神々しい夜明けの光。光の粒子の一つ一つに、世界のあらゆる法則や情報が刻まれているかのような、圧倒的な情報量が俺の中に流れ込んでくる。


俺は、見た。世界の「ことわり」を。

すべての物質が、すべての魔法が、すべての概念が、無数の情報によって構成されている様を。そして、それらが複雑に絡み合い、この世界を形作っているという真実を。


やがて、光の奔流が収束し、俺の目の前に、新たなスキルウィンドウが静かに再構築された。

そこに刻まれていたのは、見慣れた【ゴミ箱】の文字ではなかった。



【スキル:万象再構築リサイクル・マスター



その黄金に輝く文字が、俺の脳裏に、魂に、深く、深く刻み込まれる。


「これ、は……?」


俺は混乱しながらも、新しいスキルの説明を、まるで啓示を受け取るかのように読み込んだ。


万象再構築リサイクル・マスター

* 能力1:分解・解析

* 【ゴミ箱】に捨てたアイテムやスキルを、「素材」「魔法効果」「概念」といった構成情報にまで分解・解析し、ストックする。

* 能力2:再構築リサイクル

* 解析した構成情報をパズルのように組み合わせ、全く新しいアイテムやスキルを創り出す。


「分解……解析……再構築……?」


呆然と呟く俺の目の前で、止まっていた世界の時間が、再びゆっくりと動き出す。

空中で静止していたオーガロードの棍棒が、再び俺に向かって振り下ろされる。


だが、今の俺には、もうそれは単なる「死」の象徴には見えなかった。


(……なんだ、あれは)


進化したスキルを通して見る世界は、以前とは全く違って見えた。

オーガロードの巨体も、その棍棒も、ダンジョンの壁も床も、すべてが淡い光を放つ無数の情報――マテリアルデータ、エンチャントデータ、コンセプトデータ――の集合体として、俺の目には映っていた。


これは、ただの「捨てる」スキルではない。

捨てられたモノを、ガラクタを、ゴミを、全く新しいモノに生まれ変わらせる能力。


俺のスキルは、死んだんじゃない。進化したんだ。

俺を虐げ続けた、忌まわしい【ゴミ箱】は、俺自身の狂気的な行動によって、唯一無二の神スキルへと生まれ変わったのだ。


絶望の淵で、俺は奇跡を掴んだ。

いや、俺自身が、奇跡を創り出した。


棍棒が、俺の鼻先数センチまで迫る。


だが、俺はもう、震えてはいなかった。

俺の口元には、先ほどまでの狂気の笑みとは違う、確かな自信に裏打ちされた、不敵な笑みが浮かんでいた。


「――面白い。試してみるか、最初の『ゴミ拾い』を」


俺は、振り下ろされる棍棒を、そしてその先にいるオーガロードを、新たな世界の最初の「素材」として、静かに見据えた。

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