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第19章:夜明け

光のトンネルを抜けた先は、混沌という言葉が相応しい冒涜的な空間だった。


『アルゴノーツ』のブリッジのメインモニターに映し出されたのは、赤黒い空と緑色に澱んだ大地。そしてその中央に天を突くようにそびえ立つ巨大な城だった。


城は脈動する黒い金属と生物の骨のような白い素材が歪に融合して構築されている。それは生命と無機物が悪魔合体したような、見る者の正気を削り取る狂気の建造物だった。


「あれが……『黒鉄のアイゼン・シュロス』……」


ブリッジにいた誰もが息を呑む。そのあまりにも禍々しい威容に圧倒されていた。


「全乗組員、対衝撃、対精神汚染防御、最大レベル。これより敵性領域に突入する」


俺は冷静に指示を飛ばす。この程度で怖気づいている場合じゃない。


俺たちの接近を察知したのか、城から無数の黒い点がこちらに向かって飛んでくる。


「敵襲!数は……測定不能!?」


オペレーターの悲鳴のような声が響く。


「主砲、発射準備」


俺の命令にオペレーターが応える。


「主砲『神々の鉄槌ミョルニル』、エネルギー充填率120%!いつでも撃てます!」


「――撃て」


俺の短い号令と共に、『アルゴノーツ』の艦首から空間そのものを揺るがすほどの凄まじいエネルギーが放たれた。閃光が異次元空間を白く染め上げる。


神々の鉄槌と名付けられたこの艦の主砲は単なるエネルギー兵器ではない。俺のスキルを応用し、「対象の存在確率を強制的にゼロにする」という因果律に干渉する概念兵器だ。


光が収まった時、あれほど空を埋め尽くしていた敵の群れは一機残らず消滅していた。まるで最初から何も存在しなかったかのように。


俺たちは敵の迎撃網をやすやすと突破し、『黒鉄の城』の目前へと到達した。


「これより、城内への突入作戦を開始する」


俺は艦長席から立ち上がった。


「アルゴノーツはこの場に停泊し、外部からの増援を警戒。私と雫、そして藤堂さんを含む精鋭部隊で城内に突入する」


作戦はシンプルだ。敵の首魁……雫の兄の姿をしたあの男を見つけ出し、叩く。ただそれだけだ。



城の巨大な門の前に俺たちは降り立った。見上げるほどの高さの門は、不気味な文様が刻まれた黒い金属でできており、強力な魔術的結界が張られているのが分かった。


「この結界……並の攻撃では傷一つつけられんぞ」


藤堂さんが眉をひそめる。


「ええ。だから攻撃するんじゃなく……リサイクルするんです」


俺は門にそっと手を触れ、スキルを発動させた。


【分解:結界を構成する術式】→『侵入者を拒絶する』という概念を分解。

【再構築】→『全てのものを歓迎する』という概念に書き換え。


あれほど強固だった結界がシャボン玉のように弾けて消え、巨大な門がギィィィと不気味な音を立てながらゆっくりと内側から開いていく。


「さあ、行きましょう。最後のゴミ拾いの時間です」


俺たちは城の中へと足を踏み入れた。


城内は外観以上に歪な空間だった。床も壁も天井も全てが脈動する肉壁のようで、重力の方向もめちゃくちゃだ。


「城そのものが一つの巨大なダンジョンか」


雫が冷静に分析する。


俺たちはまるで巨大な生物の体内に入り込んだような不快感を感じながら、城の中心部へと進んでいった。


やがて開けた玉座の間にたどり着く。その中央、禍々しい骨で組まれた玉座に、あの男が腰掛けていた。雫の兄、高遠湊の顔を持つ俺たちの宿敵だ。


彼の傍らには台座に乗せられた『混沌の心臓』が、ドクン、ドクンと空間そのものを歪ませるほどの邪悪な脈動を繰り返していた。


「――よく来た、相田譲。そして我が妹、雫よ」


男は静かに立ち上がった。その瞳はガラス玉のように冷たく、感情が読めない。


「貴様……!」


雫が杖を構えるが、男は意に介さない。


「世界の再構築を始めよう。この腐った世界を一度無に還し、我らが『主』の御手によって真に清浄な世界を創造するのだ」


「そんなこと、させるか!」


藤堂さんを筆頭に、精鋭たちが一斉に男に襲いかかる。だが男が軽く手を振るうと、彼らの体は目に見えない壁に阻まれていとも簡単に吹き飛ばされた。


「無駄だ。この城は『混沌の心臓』と一体化している。ここでは私の意思が世界の法則となる」


男の体から絶望的なまでに濃密な魔力が溢れ出す。玉座の間そのものが、彼の意思を反映した異界へと変貌していく。


「雫、奴の相手を頼む!俺は心臓をどうにかする!」


「分かっている!」


雫が前に出る。彼女の瞳には宇宙の星々が宿っていた。


「お前の顔をした何者かよ。お前が兄でないのなら、もはやお前に用はない」


雫が杖を掲げると、彼女の周囲の空間が神々しいまでの静寂と秩序を取り戻していく。男が作り出した混沌の世界が、彼女の『世界の編纂者』としての力によって中和されていくのだ。


「ほう、面白い力を手に入れたな、雫!だが無駄だ!」


男と雫。混沌と秩序。二つの相反する力が激突し、玉座の間が凄まじいエネルギーの嵐に包まれる。


俺はその隙に、全ての元凶である『混沌の心臓』へと向かった。


「させるかッ!」


男が俺に気づき、混沌のエネルギーでできた無数の触手を伸ばす。


「お前の相手は儂らだ!」


藤堂さんたちがその触手を切り裂き、俺への道を開いてくれた。


俺はついに『混沌の心臓』の前にたどり着く。ドクンと脈打つたびに、脳を直接揺さぶるような不快な波動が伝わってくる。


これを破壊するだけではダメだ。この邪悪なエネルギーそのものをどうにかしなければ。


俺は覚悟を決めた。


「――これが俺の、最後のゴミ拾いだ」


俺は脈動する『混沌の心臓』にそっと手を触れた。


そして俺の持つ全ての力をスキルに注ぎ込む。


「――【万象再構築リサイクル・マスター】!」


俺の意識が混沌の根源へと深く、深く潜っていく。


【分解:混沌の心臓】→『混沌』『破壊』『無』という、世界を終わらせるための概念を分解。

【分解:黒鉄の城】→城を満たす『憎悪』『絶望』『狂気』という、負の感情エネルギーを分解。

【分解:男が操る邪悪な魔力】→その力の根源を分解。


そして分解した全ての負の概念を、俺の中で反転させる。


『混沌』は『秩序』へ。

『破壊』は『創造』へ。

『無』は『存在』へ。

『憎悪』と『絶望』と『狂気』は―――『希望』へ。


「――再構築リサイクル!」


俺が魂の底から叫んだ瞬間、禍々しい『混沌の心臓』から温かく、そして神々しい黄金の光が溢れ出した。


「なっ!?馬鹿な、混沌の力が……!?」


雫と拮抗していた男の力が急速に失われていく。彼を構成していた邪悪な魔力が光に変換されていくのだ。


城全体が光に包まれ、ガラガラと崩壊していく。だがそれは破壊の光景ではなかった。黒い城壁は光の粒子となり天へと昇っていく。まるで呪いが解かれ、魂が解放されていくようだった。


やがて光が収まった時。

そこにはもう城はなかった。ただ、どこまでも続く穏やかで青い空が広がっているだけだった。


男は全ての力を失い、その場に静かに膝をついていた。その瞳には初めて、人間らしい穏やかな光が宿っていた。


「……ああ……そうか……。俺は……ずっと……」


彼は雫に向かって微笑んだ。それは紛れもなく、彼女の記憶の中にいる優しい兄の笑顔だった。


「……雫……強くなったな……」


それが彼の最後の言葉だった。

彼の体は足元からゆっくりと光の粒子となって風に溶けていく。


「……兄さん……」


雫の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。だがその顔は悲しみだけではなく、長年の呪縛から解放されたような安らかな表情をしていた。


俺の手の中には、バスケットボールほどの大きさの、暖かく生命力に満ち溢れた黄金の宝玉が残されていた。

混沌の心臓と城の全ての負のエネルギーを再構築して生まれた、新しい世界の種子。


【創生の宝玉ジェネシス・オーブ】。


俺はそれを見つめ、そして仲間たちを見渡した。

誰もが傷つき疲れ果てていたが、その顔には達成感が満ち溢れていた。


俺は宝玉をそっと胸に抱いた。


「さあ、帰りましょうか。俺たちの家に」


俺の言葉に、仲間たちは力強く頷いた。


世界の運命を賭けた最後のゴミ拾いは、こうして幕を閉じた。

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