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第18章:最後のゴミ拾い

「雫さん。あんたを神の領域へと連れて行ってやる」


俺の言葉に雫は息を呑んだ。彼女の視線の先、工房のメインモニターには、人間業とは思えないほど複雑で美しく、そして禍々しい術式の設計図が映し出されていた。


それは新しい武器でも防具でもない。

雫という一個人の魂の根源に干渉し、その魔術師としての在り方を根底から書き換えてしまう、禁断の計画だった。


「譲、これは……」


「あんたの魔力回路そのものを俺がリサイクルする」


俺は静かに、だが力強く告げた。


「今のあんたの魔力回路は確かに天才的だ。だがまだ無駄が多い。例えるなら、最高のエンジンを積んでいるのに車体のあちこちからエネルギーが漏れているような状態だ。俺はそのエネルギー漏れを完全に塞ぎ、さらにあんたの魂に新しい概念をインストールする」


それは人の手で行っていい領域を遥かに超えた施術だった。一歩間違えれば雫の魔力は暴走し、その魂ごと消滅しかねない。まさしく神への挑戦だった。


「……面白い」


だが雫は怯まなかった。それどころか、その唇には不敵な笑みさえ浮かんでいた。


「やってくれ、譲。お前の創り出す最高の私をこの目で見てみたい」


彼女の絶対的な信頼。それだけで俺の覚悟は決まった。


俺は雫を工房の中央に設置された特殊なカプセル――【魂の揺りソウル・クレードル】へと導いた。

彼女が静かに目を閉じると、俺はコンソールに向き直り、人生で最も集中力を要するであろう創造を開始した。


【分解:雫の既存の魔力回路】→魔力循環のボトルネックとなっている箇所、エネルギー損失の原因となっている微細な傷を全て特定し、分解する。

【分解:サンクチュアリの地下深くで眠っていた古代の精霊王の魔力循環パターンの化石】→自然の理と完全に調和した、理想的なエネルギー循環の設計図として利用する。

【分解:俺のスキル【万象再構築】の根幹をなす『無から有を生み出す』という概念情報の一部】→これを彼女の魂に新たな可能性として付与する。


「――【万象再構築リサイクル・マスター】!」


俺のスキルが雫の魂と融合する。工房全体が言葉では表現できないほどの神秘的な光に包まれた。

それは一秒にも、あるいは永遠にも感じられる時間だった。


やがて光が収まり、カプセルの扉が静かに開く。


そこに立っていたのは、俺の知っている雫でありながら、全く別の次元の存在だった。

彼女の全身から放たれる魔力のオーラは、以前とは比較にならないほど清らかで、そして強大だった。


彼女がゆっくりと目を開く。その美しい銀色の瞳には、宇宙の星々が宿っているかのような深淵な輝きがあった。


「……これが……今の私……」


雫は自らの掌を見つめた。彼女がそう意識しただけで、その手のひらの上に小さな銀河が生まれた。

星々が渦を巻き、美しい星雲がたなびく。それはまさしく生命の創造だった。


彼女はもはやただの魔術師ではなかった。

自然の理をハッキングし、世界の法則を自らの手で編纂する、神の領域に足を踏み入れた『世界の編纂者』となっていたのだ。


「……ありがとう、譲」


彼女は俺に向かって微笑んだ。その微笑みは聖母のように慈愛に満ちていた。


「最高の気分だ。これならどんな敵だろうと負ける気がしない」


俺たちの準備は整った。



それから数日後。

ギルドの最高意思決定機関である円卓会議が、サンクチュアリで極秘裏に開催された。


集まったのはギルド長をはじめとする各支部のトップと、藤堂さんのようなSランクの探索者たち。

その緊迫した空気の中、俺は静かに報告を始めた。


「『黒鉄の市場』の本拠地の場所を特定しました」


俺の言葉に会議室がどよめく。


「彼らのアジトはこの次元には存在しません。彼らが盗み出した古代のアーティファクトを利用して創り出した異次元の要塞……それが奴らの本拠地、『黒鉄のアイゼン・シュロス』です」


俺はモニターに、あの日廃倉庫で記憶した巨大な魔法陣のデータを映し出した。


「この魔法陣は異次元と我々の世界を繋ぐためのゲートです。そして奴らは今、このゲートをさらに拡張し、『混沌の心臓』の力を利用して我々の世界そのものを飲み込もうとしています」


世界の再構築。その恐るべき計画の全貌が明らかになり、誰もが言葉を失った。


「奴らの計画が実行されれば我々の世界は終わりです。そうなる前に、我々から仕掛けるしかありません」


俺は力強く宣言した。


「こちらからゲートをこじ開け、『黒鉄の城』に直接乗り込みます。そして奴らの首魁を叩く。それが我々に残された唯一の道です」


それはあまりにも無謀で大胆な作戦だった。

だが不思議と反対する者は誰もいなかった。

俺がこの数ヶ月で示してきた数々の奇跡。そして神の領域に至った雫の存在。それが彼らに不可能を可能にできると信じさせていた。


「……分かった」


ギルド長が重々しく頷いた。


「作戦の全権を君たち『ヤヌス』に委ねる。ギルドの総力を挙げて君たちをバックアップしよう」


最終決戦の火蓋は切って落とされた。



作戦決行は三日後。


俺はその三日間、工房に籠り、最後の準備に取り掛かっていた。

それは俺がこの戦いのために設計・開発した決戦兵器。


――異次元突入強襲艦『アルゴノーツ』。


全長約二百メートル。流線型の美しいフォルムを持つ漆黒のふね

それはただの船ではなかった。

俺の【次元旅行者の外套】の空間転移技術を応用し、複数の次元を自由に行き来できる、人類史上初の『次元航行艦』だった。


そのブリッジに、選りすぐりの精鋭たちが集結していた。


神の領域に至った雫。

新しい剣の境地を切り開いた藤堂さん。

覚醒したギルドのトップランカーたち。


誰もが固唾を飲んで俺の言葉を待っていた。


俺は艦長席に深く腰掛けると、静かに告げた。


「目標、『黒鉄のアイゼン・シュロス』」


俺は一度言葉を切り、そして不敵な笑みを浮かべた。


「さあ諸君。歴史上最大で最後のゴミ拾いの時間だ」


俺の号令と共に、『アルゴノーツ』は空間を歪ませ、そして光の中に消えた。


目指すは敵の本拠地。

世界の運命を賭けた最後の戦いが、今始まる。

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