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第17章:共闘


スタンピードの爪痕はあまりにも深かった。

首都圏の三分の一が壊滅的な被害を受け、死者・行方不明者の数は数万人規模にのぼると言われている。


だがそれでも、人々は絶望していなかった。


『ヤヌス』の奇跡、そして覚醒したギルドの英雄たちの獅子奮迅の活躍。そのニュースは瞬く間に世界中を駆け巡り、人々を勇気づける希望の光となっていた。


そして俺、相田譲は、いつしかこう呼ばれるようになっていた。


――『救世主』と。


「……柄じゃないんだけどな」


俺はサンクチュアリの自室で、ニュースサイトに映し出された自分の写真とその大げさな見出しを見ながら苦笑した。


あの日、廃倉庫から帰還した俺たちは、ギルド長に『黒鉄の市場』の真の目的と、彼らが手に入れた『混沌の心臓』の危険性を全て報告した。


事態を重く見たギルドは、全世界の支部と連携し、対『黒鉄の市場』のための特別対策本部を設置。俺と雫はその最高顧問に就任することになった。


俺たちの日常は完全に変わった。


世界中の政府や大企業から技術提供の依頼が殺到し、俺はその対応に追われる日々を送っていた。

俺が創り出す新しい技術――安価で高性能なポーション、災害救助用の特殊ドローン、そして環境浄化システム――は、世界の復興を大きく加速させていった。


俺はもはや一個人の探索者ではなく、世界の未来を左右する重要人物となっていたのだ。


だがそんな華やかな表舞台とは裏腹に、俺の心は晴れなかった。


「……雫さん、大丈夫かな……」


俺の脳裏に浮かぶのは、あの日以来部屋に閉じこもってしまった雫の姿だった。


兄の残酷な真実、そしてその兄の姿をした敵の存在。その事実は彼女の心を深く、深く傷つけていた。


彼女は誰にも会おうとせず、食事もほとんど喉を通らない状態が続いていると聞いていた。

俺は何度も彼女の部屋を訪ねたが、その固く閉ざされた扉が開くことはなかった。


俺は無力だった。

世界を救う力を手に入れても、たった一人隣にいる大切な女性の心を救うことができない。


「……くそっ」


俺は苛立ちを壁に叩きつけた。


その時だった。

コンコン、と俺の部屋のドアをノックする音がした。


「……誰だ?」


俺が不機嫌な声でそう言うと、ドアの向こうから意外な人物の声が聞こえてきた。


「……私だ。藤堂だ」


「藤堂さん……?」


ギルド最強の老剣士。俺が創り出した【未来視】のスキルで、今回のスタンピードでも多大な戦果を挙げた英雄の一人だ。


俺がドアを開けると、そこには静かな佇まいで藤堂さんが立っていた。


「……少し話がある。時間を貰えんか?」


彼の真剣な眼差しに、俺は黙って頷いた。



俺たちはサンクチュアリの中にある静かな日本庭園のベンチに並んで座っていた。


「……雫殿のこと、聞いておる」


藤堂さんは静かに切り出した。


「お主は自分の無力さを嘆いておるようだが……それは違うぞ、若者よ」


彼は諭すように言った。


「お主が彼女のためにできることはもう十分にやった。お主が創り出した数々の奇跡が彼女の命を救い、彼女の居場所を守った。それは紛れもない事実だ」


「でも、俺は……!」


「今の彼女に必要なのは同情でも慰めでもない。彼女が自らの足で再び立ち上がるための『きっかけ』だ」


藤堂さんはそう言うと、懐から一つの古いお守りを取り出した。


「これは儂が若い頃、師から授かったものだ。儂もかつてお主と同じように大きな壁にぶつかり、全てを諦めかけたことがあった」


彼は遠い目をしながら語り始めた。


「その時、師は儂にこう言った。『剣の道は己の弱さと向き合う道なり。逃げるな、立ち向かえ。その先にしか真の強さはない』、と」


藤堂さんはそのお守りを俺の手に握らせた。


「若者よ。お主が今為すべきことは一つ。彼女を信じて待つことだ。そして彼女が再び立ち上がった時、その隣で共に戦う覚悟を示すことだ」


彼の言葉は重く、そして温かかった。

俺の心の中の霧が少しだけ晴れていくような気がした。


「……ありがとうございます、藤堂さん」


俺は深々と頭を下げた。


「俺、少し焦っていたみたいです。雫さんの強さを信じることができていなかった」


「うむ。分かればよい」


藤堂さんは満足げに頷くと、静かに立ち上がった。


「儂はもう行く。……ああ、そうだ。一つ言い忘れておった」


彼は去り際にふと振り返って言った。


「お主の創り出した【未来視】……素晴らしいスキルだ。おかげで儂の剣は新しい境地に達することができた。礼を言う」


そう言って彼は静かに去っていった。


後に残された俺は、手の中のお守りを強く握りしめた。


そうだ。俺は一人じゃない。

俺が創り出した力が多くの仲間を支え、そしてその仲間たちが俺を支えてくれている。


俺は俺がやるべきことをやろう。

雫さんがいつ戻ってきてもいいように、最高の舞台を用意して待っていよう。



その日から俺は再び工房に籠った。

だが以前のような焦りや苛立ちはもうなかった。

俺の心は不思議と穏やかだった。


俺は来るべき『黒鉄の市場』との最終決戦に備え、ギルドの戦力をさらに強化するための準備を進めていた。


そして数週間が過ぎたある日の夜だった。


俺が工房で新しい装備の設計に没頭していると、静かに工房のドアが開いた。


そこに立っていたのは雫だった。


彼女は以前よりも少し痩せたように見えたが、その瞳にはもう迷いの色はなかった。

そこには一本の鋼のように強く、研ぎ澄まされた覚悟の光が宿っていた。


「……譲」


彼女が静かに俺の名前を呼んだ。


「……心配をかけたな」


「……いえ」


俺は静かに首を振った。


「おかえりなさい、雫さん」


俺がそう言うと、彼女の唇にふっと柔らかい笑みが浮かんだ。


「……ただいま、譲」


彼女はゆっくりと俺の元へ歩いてくると、俺の目の前で立ち止まった。


「……私は決めた」


彼女は真剣な目で俺を見据えて言った。


「私はもう過去には囚われない。兄の幻影にも惑わされない」


彼女は自らの胸に手を当てた。


「私の本当の居場所はここだ。お前の隣だ。だから私は戦う。私たちの未来を守るために」


その言葉は何よりも力強かった。


「……譲。私に力を貸してくれ」


彼女は俺に向かって深々と頭を下げた。


「私をもっと強くしてくれ。どんな理不尽も薙ぎ払える、最強の魔術師にしてくれ」


俺はそんな彼女の肩に優しく手を置いた。


「顔を上げてください、雫さん」


俺は最高の笑顔で言った。


「その言葉を待っていました」


俺はコンソールを操作し、一つの設計図をモニターに呼び出した。

それは俺がこの数週間、彼女のことだけを考えて創り上げてきた究極の設計図だった。


「雫さん。あんたを神の領域へと連れて行ってやる」


俺の瞳には愛するパートナーへの絶対的な信頼と、これから始まる最終決戦への静かな闘志が燃え盛っていた。


二人の天才が再び手を取り合ったその時。

世界の運命を賭けた最後の戦いの歯車が、静かに動き出そうとしていた。

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