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第12章:禁忌の創造、スキルオーブ


黄金の光が収まり、嵐の夜に不釣り合いな静寂が、半壊したアトリエを支配した。

俺の腕の中では、雫が浅い呼吸を繰り返している。その顔色は、青を通り越して、土気色にまで沈んでいた。首筋に突き立てられたナイフの傷口を中心に、紫色の痣のような紋様が、血管に沿って、心臓へと向かって広がっているのが見えた。


「……っ!」


俺は、声にならない悲鳴を押し殺し、彼女の体を慎重に抱え上げると、アトリエの奥にある工房へと急いだ。工房の中央には、俺が開発したアイテムの中でも、最高傑作の一つである、ガラス張りのカプセル――【多機能医療ポッド(メディカル・カプセル)】が設置されている。


カプセルの中に雫をそっと横たえ、すぐさま生命維持モードを起動する。カプセル内が、治癒と蘇生を促す、淡い緑色の光で満たされた。


『バイタルサイン、危険水域。対象の魔力循環、ほぼ停止。原因不明の毒素により、神経系及び細胞組織に深刻なダメージを確認。このままでは、生命維持は困難です』


メディカル・カプセルの無機質な合成音声が、絶望的な状況を告げる。


「分かってる……。だから、今から、どうにかするんだ」


俺は、カプセルに接続されたコンソールを操作し、雫の傷口から、毒素を極微量、サンプリングした。解析モニターに、禍々しい紫色の液体が表示される。


「こいつが、雫さんを……」


憎しみを押し殺し、俺は、自らのスキルを発動させた。


「――【万象再構築リサイクル・マスター】、解析モード、起動」


俺の意識が、毒素の根源へと深く潜っていく。その構造、組成、そして、そこに込められた、悪意に満ちた術式を、一つ一つ、解き明かしていく。


【分解:黒鉄の市場の麻痺毒】

┣ 成分A:コカトリスの唾液腺から抽出した神経毒

┣ 成分B:ゴーストの霊体を構成する負のエネルギー

┣ 成分C:リッチーが用いる『細胞壊死』の呪印ルーン

┣ 術式α:対象の魔力循環を強制的に停止させる『魔力封じ』のコード

┗ 術式β:上記の成分と術式を、対象の体内で連鎖的に活性化させる、極めて悪質な『時限式トリガー』


「……なんだ、これは……」


解析結果を読み解いた俺は、愕然とした。これは、単なる麻痺毒などではない。魔術師を、その存在意義の根幹から破壊するために、悪意を持って設計された『対魔術師用・呪詛兵器』とでも言うべき代物だった。

並の解毒ポーションでは、気休めにすらならない。聖職者の使う高位の解呪魔法でさえ、完全に浄化するのは難しいだろう。


「ふざけやがって……」


だが、俺のスキルは、あらゆる理不尽を覆す。

敵の悪意が、緻密で、巧妙であればあるほど、俺の【万象再構築】は、その真価を発揮する。


「お前たちの『最高傑作』は、俺が、それを超える『奇跡』で、塗り潰してやる」


俺は、工房の素材庫を片っ端から開け、必要な素材をコンソールの前に並べていく。


まず、呪詛の本体である『細胞壊死』のルーンを打ち消すために、聖なる力が必要だ。ギルドを通じて、法外な値段で買い取っておいた、【聖教会の総本山で祝福を受けた聖水】。

次に、弱り切った雫の生命力を、強制的に活性化させる、起爆剤。これも、万が一のためにとっておいた秘蔵の素材、【世界樹の若葉】。

そして、最も重要なのが、毒の構造式そのものを、内側から崩壊させるための、カウンターとなる術式だ。


(敵の術式は、複数の要素を『連鎖』させて効果を増幅させている。なら、こっちは、その連鎖の起点となる『魔力封じ』のコードを、逆のベクトルを持つエネルギーでハッキングし、連鎖そのものを、自壊させればいい)


脳内で、何百、何千というパターンの再構築シミュレーションが、高速で実行される。そして、ついに、ただ一つの、完璧な答えにたどり着いた。


「――【万象再構築リサイクル・マスター】!」


俺は、解析した毒の構造情報、聖水、世界樹の若葉、そして、俺自身の魔力を、全て、スキルに投入した。


【再構築:解析した毒の構造情報(カウンターロジックとして利用)】

【再構築:聖教会の祝福を受けた聖水(呪詛の無効化)】

【再構築:世界樹の若葉(生命力の強制活性化)】

【再構築:俺の魔力(術式の触媒及び制御)】


▶︎【万呪を解く神癒の血清ゴッド・ヒール・セラム

┣ 種別:万能解毒・蘇生霊薬

┣ 効果:あらゆる毒、呪い、状態異常を、その根源となる術式ごと分解・無効化する。同時に、対象の生命力を最大値まで回復させ、魔力循環を正常化する。

┗ 解説:『黒鉄の市場』の呪毒の構造を逆利用し、聖なる力と生命力の塊を組み合わせて創り出された、奇跡の霊薬。もはや、これは、錬金術の領域を超えた、神の御業である。


俺の手の中に、黄金色に輝く、一本のアンプルが出現した。

俺は、すぐさまそれをメディカル・カプセルの自動投与装置にセットする。


「頼む……間に合ってくれ……!」


祈るような思いで、注入ボタンを押した。黄金の血清が、雫の体内に、ゆっくりと注入されていく。

すると、奇跡が、起こった。


雫の首筋から広がっていた、禍々しい紫色の紋様が、まるで、光に溶ける闇のように、みるみるうちに消えていく。土気色だった彼女の顔に、温かい血の気が戻り、浅く、途切れがちだった呼吸が、穏やかで、深いものへと変わっていく。


『バイタルサイン、正常値へ回復。魔力循環、正常化を確認。対象の意識レベル、浮上します』


システム音声が、奇跡の訪れを告げた。

俺は、その場に、へなへなと、座り込んだ。全身から、一気に力が抜けていく。安堵と、極度の集中から解放された疲労で、指一本、動かせそうになかった。


プシュー、という音と共に、カプセルの扉が開く。

ゆっくりと、雫が、その身を起こした。まだ、少し気怠そうではあるが、その美しい銀色の瞳には、いつもの、力強い光が戻っていた。


「……ゆずる……?」


彼女が、掠れた声で、俺の名前を呼ぶ。


「雫さん……! よかった……本当に……」


俺は、安堵のあまり、言葉を続けることができなかった。ただ、彼女が無事であった、その事実だけで、胸がいっぱいだった。


雫は、自分の体を見下ろし、そして、半壊したアトリエの惨状を見て、何が起こったのかを、正確に理解したようだった。

彼女は、カプセルから静かに降り立つと、ふらつく足で、俺の元へと歩み寄ってきた。

そして、俺の目の前で、立ち止まると、


「……ありがとう、譲。また、お前に、救われたな」


そう言って、彼女は、俺の頭を、優しく、撫でた。

その手は、少し、震えていた。彼女もまた、恐怖と、そして、安堵の中にいるのだと、分かった。

俺は、その温かい感触に、こらえていたものが、一気に、込み上げてくるのを感じた。


「……悔しい……」


俺の口から、絞り出すような声が漏れた。


「俺は……あんたが、目の前で倒れていくのを、見てることしか、できなかった……! 結局、最後の最後で、あんたを、危険な目に遭わせた……! こんなんじゃ、ダメだ……! もっと、力が、必要だ……!」


雫を守るための、絶対的な力が。どんな理不尽も、問答無用で、叩き潰せるほどの、圧倒的な力が。


俺の、魂からの叫びを聞いて、雫は、俺の頭を撫でていた手を止め、静かに、俺の隣に、座った。


「……譲。お前は、十分に、強い。お前がいなければ、私は、今頃、死んでいた。それは、紛れもない事実だ」


彼女は、諭すように、そう言った。


「だが……お前の言う通り、これでは、足りない。奴らは、また来る。そして、次も、同じ手が通用するとは、限らない」


雫の瞳が、復讐の炎で、鋭く光る。


「奴ら、『黒鉄の市場』は、私の兄の情報を、何か、知っているはずだ。そして、お前のスキルを、狙っている。私たちは、もう、逃げることはできない」


そうだ。逃げるという選択肢は、もう、ない。

やるか、やられるか。それだけだ。


「……俺に、考えがあるんです」


俺は、顔を上げ、決意を込めた目で、雫を見つめた。


「アイテムを創るだけじゃ、足りない。装備を強化するだけでも、足りない。もっと、根源的な部分で、俺たちの力を、引き上げる必要がある」


俺は、一度、言葉を切り、そして、告げた。


「――スキルを、『創造』するんです」


その言葉を聞いた雫の目が、わずかに、見開かれた。

スキルオーブの創造。それは、この世界の理を、神の領域を、侵す、最大の禁忌。


「……正気か? そんなことをすれば、世界そのものを、敵に回すことになるかもしれないんだぞ?」


「世界が敵になるなら、世界ごと、リサイクルしてやりますよ」


俺は、不敵に笑った。


「俺は、もう、何も、失いたくない。雫さんが、俺の隣で、安心して、笑っていられる。そんな、当たり前の日常を、守るためなら、俺は、どんな禁忌だって、犯してやる」


俺の、覚悟を聞いて、雫は、しばらく、黙り込んでいた。彼女は、俺の瞳の奥にある、揺るぎない決意を、じっと、見つめていた。

やがて、彼女は、ふっと、息を漏らすと、諦めたように、しかし、どこか、嬉しそうに、微笑んだ。


「……本当に、お前は、どうしようもない、馬鹿だな」


彼女は、そっと、立ち上がると、俺に向かって、手を差し伸べた。


「だが、その馬鹿さ加減が、私の心を、何度も、救ってくれた」


その手は、もう、震えてはいなかった。


「わかった。手伝ってやる。お前が、その力で、道を踏み外すというのなら、その時は、私が、この手で、お前を止める。だが、お前が、私たちの未来のために、その道を進むというのなら――」


彼女は、力強く、言い切った。


「――私は、お前の隣で、最強の剣として、全ての敵を、薙ぎ払ってやる」


俺は、その手を、強く、握り返した。

俺たちは、もう、一人じゃない。二人で一つの、最強のパートナーだ。



翌日。俺たちは、ギルド長に、極秘回線で、今回の襲撃事件の全てを報告した。

『黒鉄の市場』という組織名、リーダー格の男が雫の兄と瓜二つであったこと、そして、彼らが、俺のスキルを狙っていること。


報告を聞いたギルド長は、絶句していたが、すぐに、事の重大さを理解し、ギルドの総力を挙げて、『黒鉄の市場』の調査と、俺たち『ヤヌス』の保護を約束してくれた。

アトリエの修復も、ギルドの息がかかった、最高の技術者たちが、秘密裏に行ってくれることになった。


表向きには、大規模なガス爆発事故として処理されるらしい。


全ての手配を終えた、その日の午後。

俺は、真新しい防犯システムが設置された、静かな工房で、一人、解析モニターの前に座っていた。


モニターには、ギルドの市場で、資料として買い占めておいた、最も安価なスキルオーブ――【ゴブリンのスキルオーブ「投石」】の、内部構造が表示されている。


それは、ファンタジーのような奇跡の産物などではなかった。

運動エネルギーのベクトル計算、対象物の質量と慣性の算出、魔力と物理法則の変換アルゴリズム……。無数の、緻密で、複雑な『数式』と『プログラム』が、美しい幾何学模様を描いて、そこに、存在していた。


「……なるほどな。スキルってのは、要するに、世界っていうOSに干渉するための、超高度な『アプリ』みたいなもんか」


だとしたら、話は早い。


「アプリが作れるなら、当然、それより高性能なアプリを、自作することだって、可能なはずだ」


俺は、不敵な笑みを浮かべると、スキルを使った。

それは、【万象再構築】の、カスタムモード。分解した構成情報を、パズルのように、自由に組み合わせ、全く新しいものを創造するための、俺だけの、設計画面だ。


「さて、始めようか」


俺は、キーボードに、指を置いた。


「神様の領域とやらを、少しだけ、ハッキングさせてもらうぜ」


俺の瞳には、冷徹な研究者の光と、復讐者の、燃え盛る炎が、静かに、宿っていた。

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