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【ゴミ箱】は神スキルでした~捨てられた俺は、世界中のガラクタを聖剣に変える~  作者: ヲワ・おわり


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第10章:二人の共鳴


俺と雫がパーティー『ヤヌス』を結成したというニュースは、瞬く間にギルド内を駆け巡った。

『銀閃の魔女』と、突如現れた謎のCランク『ゴミ拾いの錬金術師』。その異色の組み合わせは、羨望、嫉妬、そして何よりも大きな好奇心の的となった。


「なあ、本当にあの雫さんがパーティーを?」

「相手は、あのオーガロードをソロで倒したっていう新人だろ? 一体、どんなスキルなんだ……」

「どうせ、雫さんのお情けで入れてもらっただけだろ。すぐに追い出されるに決まってる」


ギルドのカフェスペースで聞こえてくる噂話に、俺は苦笑するしかなかった。まあ、無理もない。


「気にするな。雑音だ」


向かいの席で、顔色一つ変えずにプロテインバーをかじっていた雫が、静かに言った。

「実力で、黙らせればいい。それだけのことだ」


その言葉は、絶対的な自信に満ちていた。この人は、本当に強い。力も、そして心も。


「そうですね。じゃあ、早速、黙らせに行きますか」


俺たちは、ギルドのクエストボードの前に立っていた。Bランク、Aランクのクエストが並ぶ中、俺たちの目に留まったのは、一件の特殊な依頼だった。


▼依頼種別:特殊調査クエスト

▼ランク:Aランク指定

▼内容:Aランクダンジョン『沈黙の森』にて、魔物の異常な凶暴化、及び、生態系の急激な変化が報告されている。原因を調査し、可能であれば、その根源を排除せよ。

▼備考:複数のパーティーが調査に向かったが、いずれも深層への到達前に撤退。原因不明の精神汚染攻撃による被害報告多数。


「『沈黙の森』……そして、精神汚染攻撃……」


雫の目が、鋭く光る。

「……『黒呪の心臓』の可能性があるな」


「ええ。間違いなく」


これは、俺たちにとって、避けては通れないクエストだった。俺たちのパーティー『ヤヌス』の、最初の任務にふさわしい。



Aランクダンジョン『沈黙の森』は、その名の通り、不気味な静寂に包まれた、広大な森だった。木々は、どれもねじ曲がり、黒く変色している。地面には、枯れ葉の代わりに、魔物の骨が散らばっていた。空気は、淀み、腐臭が鼻をつく。


「……ひどい汚染だ。ダンジョンそのものが、悲鳴を上げているようだ」


雫が、顔をしかめて呟く。彼女は、自然の魔力の流れに敏感なのだろう。この場所にいるだけで、気分が悪くなるのかもしれない。


「大丈夫ですか?」


俺が気遣うと、彼女は、こくりと頷いた。

「問題ない。それより、警戒を怠るな。この森の魔物は、普通じゃない」


その言葉を証明するかのように、茂みの中から、異形の魔物が飛び出してきた。

本来は、森の捕食者であるはずの『シャドウ・パンサー』。だが、その体は、半分腐り落ち、爛々と輝く瞳には、理性のかけらも感じられない。ただ、純粋な破壊衝動だけが、その身を突き動かしていた。


「グルアアアアアッ!」


シャドウ・パンサーが、涎を垂らしながら、俺たちに襲いかかってくる。その動きは、俊敏でありながら、どこかぎこちない。まるで、無理やり操られている人形のようだ。


雫が杖を構え、氷の矢を生成しようとした、その瞬間。

「待った。雫さん、殺さないでください」

俺は彼女を制止し、懐から一つのアイテムを取り出し、投げつけた。


【清浄なる水の魔石】+【鎮静効果のある薬草】+【音を吸収する苔】


「――再構築リサイクル!」


▶︎【鎮静の光弾トランキル・フラッシュ


光弾は、シャドウ・パンサーの目の前で炸裂し、穏やかで、清らかな光を放った。その光を浴びたパンサーは、ピタリと動きを止め、その瞳から、狂気の光がすっと消えていく。


「……グルル……?」


正気に戻ったパンサーは、俺たちを恐れるように、後ずさると、一目散に森の奥へと逃げていった。


「……なぜ殺さなかった? 手早く始末した方が、安全だったはずだ」


雫が、訝しげに俺を見る。


「合理的じゃないからです。見てください、あのパンサーがいた場所に」

俺が指さす地面には、黒い瘴気を放つ魔石ではなく、淡い光を放つ、浄化された魔石が一つ、落ちていた。

「呪いで凶暴化した魔物を倒しても、ドロップする素材は呪いで汚染されていて価値が低い。でも、こうして呪いだけを浄化すれば、魔物は戦意を失って逃げていくし、稀にこうして『浄化された素材』が手に入る。戦闘のリスクを減らし、より価値の高い素材を得る。こっちの方が、よほど効率的でしょう?」


「……なるほどな。お前は、敵の、そのさらに奥にある価値まで見抜くのか」


雫は、呆れたように、しかし、どこか楽しそうに笑った。

「普通の探索者は、そんな発想はしない。目先の脅威を排除することしか考えないからな。……だが、合理的だ。気に入った」


彼女に認められたのが、なんだか、くすぐったくて、俺は、照れ隠しに頭をかいた。


「それに、道中も、何かの役に立つかもしれませんからね」

俺はそう言って、呪いに汚染されていない清らかな泉の水を水筒に汲み、苔むした岩に生えていた『聖なる属性』を微かに宿す古木の枝を拾い集めた。雫は「またゴミ拾いか」と呆れた顔をしたが、止めはしなかった。


俺たちは、その後も、遭遇する魔物を殺さずに「浄化」しながら、森の奥へと進んでいった。雫の圧倒的な魔法で敵の動きを止め、俺が、その隙に、浄化アイテムを叩き込む。その連携は、回数を重ねるごとに、洗練されていった。


「譲、右から三体!」

「了解! 雫さん、足止めを!」


もはや、言葉を交わす必要すらなかった。互いの視線、呼吸、魔力の流れで、次に何をすべきかが、手に取るようにわかる。この感覚は、最高に気持ちが良かった。


そして、俺たちは、ついに、この森の汚染源と思わしき場所にたどり着いた。



森の最深部。そこは、開けた広場になっており、その中央には、一本の巨大な、枯れた大樹がそびえ立っていた。そして、その根元に、それはあった。


脈動する、黒い心臓。大きさは、人間の頭ほどもあるだろうか。ドクン、ドクン、と、不気味な鼓動を繰り返すたびに、周囲の空間に、黒い呪いのオーラが撒き散らされていく。


「……間違いない。『黒呪の心臓』だ」


雫の声が、緊張に震える。


そして、そのアーティファクトを守るかのように、一体の魔物が、その前に立ちはだかっていた。


かつて、この森の主だったであろう、巨大な熊の魔物『エンシェント・グリズリー』。だが、その姿は見る影もなかった。呪いで黒く染まった体毛、背中から突き出した禍々しい骨の棘、そして、何より、その虚ろな瞳には、かつての王者の威厳など微塵も感じられなかった。


「……あぁ」


隣に立つ雫から、絞り出すような声が漏れた。彼女の瞳は、グリズリーの奥で脈打つ『黒呪の心臓』に釘付けになっている。


「思い出した……。報告書で読んだ、兄の最後のパーティーが遭遇した魔物……。特徴が、一致する……」


その声は、怒りと絶望、そして長年抱え続けた悲しみの色を帯びて、震えていた。

兄を死に追いやった呪いのアーティファクト。そのアーティファクトに、今度は森の主が取り込まれている。悪夢のような光景が、彼女の冷静さを奪っていく。


「グオオオオオオオオッ!」


呪われたグリズリーが、俺たちという侵入者に気づき、咆哮を上げた。呪詛を撒き散らすその声は、物理的な衝撃となって空気を震わせる。


「貴様がッ……! 貴様が、兄さんをッ!!」


激情に駆られた雫が、杖を構えた。彼女から放たれる魔力が、怒りの奔流となって渦を巻く。まずい、このままでは彼女が冷静さを失う!


「雫さん、待ってくれ! 下手に攻撃するのは危険だ! あのグリズリーは完全に呪いに支配されている。攻撃のエネルギーは、そのまま心臓に吸収されて、さらに活性化するだけだ!」


俺の制止の声に、雫はハッと我に返る。だが、その顔は苦悶に歪んでいた。


「……わかっている! そんなことは、わかっている! だが、どうすればいい!? 兄の仇が、目の前にいるのに……! この手で、何もできないというのか……!」


唇を噛みしめる彼女の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。

そうだ、彼女はずっと一人で戦ってきたのだ。兄の仇である『黒呪の心臓』を追い、その情報を集め、いつか破壊することだけを目標に。だが、その仇は、あらゆる攻撃を無効化する最悪の呪物。希望の見えない戦いに、彼女はたった一人で挑み続けてきた。


そして今、その元凶を前にして、完全に手詰まりの状態に陥っている。


「……俺に、考えがある」


俺は、静かに言った。

「雫さん。あんたの、最大の魔法で、あのグリズリーの動きを、完全に止めてくれ。時間は、十秒でいい。いや、五秒でもいい。その間に、俺が、あの心臓を、どうにかする」


「……正気か? あの心臓には、あらゆる攻撃が効かないんだぞ?」


「攻撃するんじゃない。『リサイクル』するんだ」


俺は、不敵に笑った。

「あの最悪の呪物を、最高の祝福に変えてやる」


俺の、常識外れな提案に、雫は、一瞬、呆気にとられたような顔をしたが、やがて、彼女の瞳に、強い信頼の光が宿った。


「……お前の言う通りだ。私たちは、ヤヌス。ガラクタを、奇跡に変える、二人で一つの存在だ」


彼女は、俺の言葉を信じてくれた。それだけで、俺の心に、無限の勇気が湧いてくる。


「……わかった。五秒、稼いでやる。だが、もし失敗したら、お前のことは、置いて逃げるからな」


「上等だ」


雫は、深く息を吸い込むと、その身に宿る魔力を、爆発的に高めていく。


「――【絶対凍土コキュートス】!」


無詠唱で放たれた、彼女の最大級の拘束魔法。広場全体が、一瞬で、絶対零度の氷の世界へと変わる。呪われたグリズリーの巨体が、その場に、完全に凍りついた。


「今だ、譲!」


俺は、その声と同時に、地面を蹴った。凍てついた大地を滑るように、一直線に、『黒呪の心臓』へと向かう。


ドクン、ドクン、と脈動する心臓が、目の前にある。その禍々しいオーラが、俺の肌を焼く。


だが、俺は、怯まなかった。

俺は、その心臓に、そっと、手を触れた。


(『黒呪の心臓』のエンジンは『生命力強制吸収』の術式…。これを逆転させるには、強力なカウンターが必要だ。雫さんの氷の魔力は、ただ凍らせるだけじゃない。不純物を排除する『浄化』の性質を持っている。これを触媒にする!)


俺は、凍りついたグリズリーの体表から、雫の魔力によって生まれた【絶対凍土の氷片】を数枚剥ぎ取り、スキルに放り込む。


(次に、吸収した負の魔力を、正のエネルギーに変換するフィルターが必要だ。この道中で拾った『聖なる古木の枝』の『生命循環』の性質と、泉の『清浄な水』を組み合わせれば、簡易的な変換装置コンバーターを創れるはずだ!)


脳内で、設計図が組み上がっていく。術式のベクトルを反転させ、エネルギー変換の回路を組み込む…! これならいける!


「――【万象再構築リサイクル・マスター】!」


俺が、魂の底から叫んだ、その瞬間。

黒い心臓から放たれていた禍々しいオーラが、一瞬で、温かく、そして、神々しい、黄金の光へと変わった。


【分解:黒呪の心臓】→「生命力強制吸収の術式」「高密度な負の魔力」

【分解:絶対凍土の氷片】→「高純度の水属性魔力」「不純物排出の浄化作用」

【分解:聖なる古木の枝】→「微弱な浄化属性」「生命循環を促す性質」

【再構築:上記の素材を組み合わせ、術式を反転・再設計】


▶︎【生命循環を促す賢者の心臓アルケミスト・ハート

┣ 種別:自律型・環境浄化アーティファクト

┣ 効果:内包する負の魔力を燃料とし、周囲の環境に対して継続的に生命エネルギーを供給する。汚染された土地を浄化し、生態系の正常な状態に修復する。

┗ 解説:『黒呪の心臓』の生命力吸収術式を、浄化の魔力によって反転させ、聖なる属性を持つ素材でエネルギー変換回路を組み込んだ、錬金術の粋。呪いの発生源が、自ら呪いを浄化する祝福の源へと再構築されたもの。


俺の手の中で、最悪の呪物が、最高の祝福へと生まれ変わったのだ。


その黄金の光が、広場全体に広がっていく。光に触れた、呪われたグリズリーの体が、黒い呪縛から解放され、元の、森の王としての、誇り高い姿を取り戻していく。


「グオ……?」


正気に戻ったグリズリーは、俺と、俺の手の中にある心臓を、静かに見つめていた。そして、やがて、深々と、俺に向かって、頭を下げた。それは、感謝と、敬意の証だった。


グリズリーは、一度だけ、俺たちのことを見ると、静かに、森の奥へと去っていった。


後に残されたのは、呪いが浄化され、元の、美しい緑を取り戻し始めた森と、呆然と立ち尽くす、俺と雫だけだった。


「……お前は、本当に、何者なんだ」


雫が、震える声で呟く。その顔は、驚愕と、賞賛と、そして、ほんの少しの、安堵の色に染まっていた。

「魔法の理を、根底から覆している。あれは、奇跡じゃない。緻密な計算と、深い知識に裏打ちされた、最高の『発明』だ」


「言ったでしょう? 俺は、ゴミ拾いが得意なんですよ」


俺は、彼女に向かって、最高の笑顔で、そう言った。


こうして、俺たちの最初の任務は、誰もが予想しなかった形で、幕を閉じた。


だが、これは、始まりに過ぎない。

『黒呪の心臓』は、なぜ、存在したのか。誰が、それを盗み出したのか。そして、古文書に隠された、謎の記述の意味とは。


俺たちの前には、まだ、多くの謎が残されている。


だが、今の俺たちには、どんな困難も乗り越えられるという、確信があった。


なぜなら、俺たちは、二人で一つの、最強のパーティーなのだから。

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