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異世界転生エージェント~異世界転職物語。君にはこっちの異世界の方があってますよ~

作者: ありつば

「はぁ、、はぁ、はぁ、、、」


「こっちにはいないぞ!!あっちを探せ~!!」


足が重く、呼吸が乱れる。いつもならこの程度どうってことないことなのに。何度も地面を蹴って走り続けるが、体はまるで深海の中を進んでいるかのように重い。喉が渇き、視界は朧気。足元がふらつき、心臓の鼓動が耳の中で響き渡る。体全体が悲鳴をあげており、もう一歩が踏み出せるか不安になるが、足を止めることはすなわち「死」だ。


~6時間前~


 大理石の床に豪奢なシャンデリアの光が反射し、煌めく光が広間全体を照らしている。天井は高く、細やかな金箔の装飾が施され、歴史を感じさせる華麗なフレスコ画が描かれている。

王様は玉座に座り、緋色のローブを纏いながら威厳に満ちた微笑みを浮かべている。

「我が国の英雄よ、ここへ。」

王様の深い声が響く。勇者は静かに跪き、頭を下げた。

「汝の功績を、我が国と人々は永遠に称えるであろう。魔王を討ち滅ぼし、この地に平和を取り戻した汝こそ、真の英雄である。」

その言葉に、貴族たちが一斉に拍手を送る。賛辞の声が囁かれ、広間が祝福の熱気で満たされた。

王様は侍従から剣を受け取り鞘から抜くとその刀身は美しい銀色の光を放ち、その輝きは聖なる力を宿しているように見えた。

「この剣は、汝の勇気と献身の証だ。そして我が国の平和の象徴でもある。受け取るがよい。」

勇者は静かに顔を上げ、王様の言葉を真摯に受け止めるように頷いた。そして、深々と頭を下げながら、はっきりとした声で答えた。

「このような名誉を賜り、誠に光栄にございます。この命を尽くして、王国と人々を守ることを誓います。」

その謙虚で力強い言葉に、広間全体がさらに大きな歓声に包まれた。貴族たちは杯を掲げ、勇者の名を讃えた。


 祝宴は相変わらず華やかで、楽団の音色と人々の笑い声が玉座の間に響いていた。勇者は豪奢な正装をまとい、貴族や王族からの祝福を受けながら、感謝の言葉を述べ続けていた。彼の周りにはいつしか多くの人々が集まり、共に杯を交わしていた。

 そんな中、ふと人々の間から一人の男が静かに近づいてきた。派手すぎない深緑の礼服に身を包み、落ち着いた物腰と微笑を浮かべた彼は、場の喧騒に馴染むような、だがどこか目立たない雰囲気を漂わせていた。

「勇者様。」

男は軽く頭を下げながら、銀製の杯を差し出した。

「このワインは特別に取り寄せたものです。今日という日にふさわしい一杯かと。どうぞお受け取りください。」

その丁寧な物腰に、勇者は疑う素振りも見せず微笑み返した。

「ありがとうございます。それほどのお心遣いをいただけるとは、光栄です。」

勇者は男から杯を受け取った。杯の中では、深紅のワインが静かに揺れている。その輝きは他のどの飲み物よりも鮮やかで、美しい色をしていた。

「どうぞお楽しみください。英雄であるあなたにこそふさわしい味かと。」

男は一歩下がり、優雅に微笑む。その顔には一切の疑念や不自然さが見受けられず、周囲にいる人々も何の違和感も抱いていなかった。

勇者は杯を軽く掲げ、周囲に集う人々に向けて微笑んだ。

「この平和を、そしてここに集まる皆さまの幸せを祈って。」

その言葉と共に、彼は杯を唇に運んだ。ワインは驚くほど芳醇な香りを放ち、舌にのせた瞬間にその豊かな味わいが広がった。わずかに感じた苦味は、気のせいかと流してしまうほどに些細なものだった。

だが、その裏側で、男はひそかに視線を鋭くした。彼の手は背後でゆっくりと組まれ、その指先がかすかに震えていた。彼の心には、果たしてこれが「成功」なのかという緊張と興奮が入り混じっていた。

ワインを飲み干した勇者は、何事もないように杯を置き、周囲の人々と笑顔を交わしていた。しかし、その喧騒の中で、男はゆっくりと後退し、目立たないように人混みの中へと紛れていく。

彼の唇には、わずかに皮肉な笑みが浮かんでいた。

「これで英雄もただの人間だ。」

彼は心の中でそう呟き、深緑の礼服の影に消えていった。


勇者は祝宴の疲れに身を委ね、深い眠りに落ちていた。厚いカーテンが窓を覆い、外からの月光はわずかしか届かない。部屋は静かで、聞こえるのはかすかな風の音と、彼自身の規則的な呼吸だけだった。

しかし、何か不穏な気配が彼の意識を揺さぶった。まるで胸の奥に重たい石が置かれたような違和感に、勇者はふと目を覚ました。ぼんやりとした視界をこすり、重いまぶたを開けると、すぐに何かが違うことに気づいた。鼻をつく鉄の臭い――血の匂いが、部屋中に漂っていたのだ。

「……なんだ……?」

勇者は混乱しながら身を起こし、隣のベッドを見る。そして、その瞬間、凍りついた。

そこには、血まみれの姫が倒れていたのだ。彼女の純白のドレスは、真紅の血に染まり、その胸には深々と一振りの剣が突き刺さっていた。勇者が祝宴で王から贈られたあの剣――それが彼女の胸に突き立っている。

「姫……!?」

勇者は声を震わせながら叫び、姫の肩を揺さぶった。だが、その反応はなく、彼女の顔は驚愕と苦しみに歪んだまま、冷たく硬直していた。

手が震える。心臓が激しく鼓動し、頭の中で思考がぐるぐると巡る。

「なぜ……どうしてここに姫が……それに、この剣は……!」

剣を見つめると、間違いなくそれが王から授かったものであることを示していた。だが、彼には全く身に覚えがない。勇者の手は、気づけば血まみれになっていた。彼は自分の手のひらを見つめる。――これは、姫の血なのか?それとも、自分が……?

「……これは、誰が……?」

勇者の呟きはかすかに震え、胸を押しつぶすような疑念が彼を支配した。自分が眠っている間に何が起きたのか――なぜ剣が彼女に向けられたのか――全てが謎に包まれている。

その時、部屋の扉の向こうで遠く足音が響き、近づいてくる気配がした。重たい心音に追い打ちをかけるように、扉の向こうで何者かの声が聞こえる。

「勇者様、無礼ながらお目覚めか?」

その声を聞いた瞬間、勇者は全てを悟った。誰かが仕組んだ罠だと――そして、それを否定する余裕も時間もないことを。部屋の扉はいつ開かれてもおかしくない状況だ。姫の冷たい体と、自らの血まみれの手。その全てが、彼を「犯人」に仕立て上げる証拠として残されていた。


――逃げなければ。


勇者は瞬時に決断した。この場に留まれば疑いを晴らすどころか、全てが終わってしまう。彼は視線を窓に向けた。重厚なガラスが夜の暗闇を遮っているが、外へと続く唯一の道だ。勇者は深く息を吸い、決意を固めた。そして、部屋の片隅に置かれていた椅子を掴むと、一気に窓へと振り下ろした。


「ガシャァンッ!」


鋭い音を立ててガラスが砕け散り、冷たい夜風が部屋に流れ込む。その瞬間、扉の向こうから驚いたような叫び声が聞こえた。

「何だ!? 今の音は!」

勇者は振り返ることなく、割れた窓枠に手をかけ、素早く身を乗り出した。高い窓の下には王宮の庭が広がっている。落ちれば相当な衝撃があるだろうが、ここで捕まるわけにはいかない。

「くっ……!」

覚悟を決めた勇者は、そのまま窓枠を蹴って飛び降りた。夜の冷たい空気が彼の体を包み、重力に引かれるままに地面へと落ちていく。

衝撃は予想以上に強かったが、何とか足を踏みしめ、転がりながら勢いを殺した。足首に鈍い痛みが走りいつもより重い体に違和感を覚えたが、それを気にする暇はない。立ち上がった勇者は庭の茂みの中へと身を隠し、そのまま静かに影のように動き始めた。

王宮の庭は広く、巡回する衛兵の気配がある。彼らがすぐに窓から逃げたことに気づけば、この庭も危険になる。遠くから灯りを持った衛兵たちが、次第に集まり始める声が聞こえた。

「窓が割られているぞ!」

「犯人を探せ!敷地の外には絶対に出すな!」

「こっちにはいないぞ!!あっちを探せ~!!」

王宮から抜け出し、裏手の森の茂みの中で見つけた小さな影に身を潜め、勇者は体を丸めた。息を整えながら、今起きた出来事を振り返る。なぜこんなことになったのか、誰が仕組んだのか――その答えはわからないままだったが、確かなのは、自分が追われる身になったという事実だけだった。

夜空を見上げると、月が薄い雲に隠れている。勇者はその光を心の支えにしながら、次にどう動くべきか、静かに思案を始めた。


 ふと茂みがカサリと揺れた。反射的に身構えたが、そこから現れたのは武装した追っ手ではなく、20代前半くらいの男だった。

男はゆっくりと近づき、優しい眼差しで勇者を見つめる。

「……君......勇者?」

穏やかな声だった。月明かりに照らされた男は、質素な旅装を纏い、森の中にいるにはなんとも不釣り合いで不思議な感じで敵意は感じられなかった。だが、勇者はすぐに警戒心を解かなかった。

「……誰だ?」

勇者が低い声で問いかけると、男は少し困ったように笑った。

「僕は異世界エージェント。ちょっと通報があってさ、勇者を探してたんだ。早速見つかって良かったよ。」

「……異世界?エージェント?」

優しい声色だった。

(俺が異世界転生者だと気づいているのか?)

訳のわからないことを言う相手を信じられる状況ではないが、勇者の心はまだ揺れていた。信じていい相手なのか、それとも――。

男は一歩前に進み、そっと手を差し出す。

「安心して欲しい。僕は敵じゃない。……よかったら君の話を聞かせてくれないか?」

勇者は、彼の手を取るべきかどうか、迷っていた。

「……俺には、相手が嘘をついているかどうかを見抜くスキルがある」

男は少し驚いたように目を見開いたが、すぐに口元に微笑を浮かべた。

「へえ、それはすごいな」

「ただし――そのスキルを使用するのにはお前の許可が必要だ」

勇者は真っ直ぐに男を見据えながら言った。

「俺は今、誰を信じればいいのか分からない。だから……俺にスキルを使わせてくれ」

一瞬の沈黙。森の静寂の中で、夜風が木の葉を揺らす音が響く。

男は微笑を消し、少し考えるように目を伏せた。そして、ゆっくりと勇者を見上げると――

「……いいよ。」

穏やかな声とともに、男は両手を広げた。

勇者はその言葉にうなずき、静かにスキルを発動した。

――《真偽の眼》

その瞬間、彼の瞳が淡い金色に輝き、虹彩にうっすらと魔法陣のような紋様が浮かび上がる。男はその変化を見て、ふっと口角を上げた。

「へぇ……なるほど、それが勇者さんのスキルか」

「……質問に答えてもらうぞ」

男は肩をすくめ、穏やかに微笑んだ。

「どうぞ。なんでも。好きなだけ。聞いてください。」

まずは、基本的なことから。

「……お前は王宮の人間か?」

「いいえ」

→[判定: 真]

「お前は俺を助けようとしているのか?」

男は目を細め、しばし沈黙した。そして、ゆっくりと口を開く。

「まぁ、状況次第ではといったところかな。」

→[判定: 真]

「俺のことを昔から知っているのか?」

「知っている。」

→[判定: 偽]

「おい!嘘をつくな」

「おお、本当に分かるんですね!」

男は感心したように手を打った。

「すごっ、これ。じゃあ次は――僕は魔王の手先だ!」

→[判定: 偽]

「……お前、遊んでるだろ」

勇者がうんざりしたようにため息をつくと、男は肩をすくめて笑った。

「ごめんごめん、つい試したくなって。でも、これで本当に見抜けるってわかったし、勇者さんのスキルが本物だってことも確認できた」

「じゃあ本題だ。お前はさっき通報があってと言っていたが、俺のことを誰に聞いてここへ来た?それに異世界エージェントって何だ?」

「異世界エージェントってゆーのは、勇者さんみたいな"異世界から来た人間"を助ける組織の名称。そして通報者は神。」

勇者の眉がピクリと動く。

(やはり、俺が異世界転生者だと気づいている。只者ではないな。)

「神?……異世界から来た人間を助ける?」

「そう。僕は"神の使い"ってやつだ。異世界転移、転生してきた人間が困ったら、それとなく助けるのが仕事ってわけ」

→[判定: 真]

勇者は思わず息をのんだ。男の言葉は、完全に真実だった。

「……ふざけてないな?」

「スキルで確認できたできたのでは?」

男はニッと笑いながら言う。その言葉もまた――

→[判定: 真]

勇者は無言で視線を落とした。信じられない話だが、スキルの結果がすべてを物語っている。

男はそんな勇者の様子を見て、軽く頭を掻いた。

「まあ、突然こんなこと言われても信じがたいだろうけど。」

「…………」

「こういう時のために僕がいる。勇者さんが今後どうしていきたいのか相談にのるし、力を貸すよ。」

勇者は男の言葉を噛みしめながら、ゆっくりと拳を握る。

「さっきの返答の件だが、状況次第で助けると言ったが、どんな状況なら助けるんだ?」

男はちょっと困った顔をしながら

「うーん。どこまで伝えたらいいのかわかんないけど、異世界転生者って割とチートな力持ってる人が多くて、異世界の人とか星とか破壊していったら、神としてもエネルギーの供給量が減っちゃうから困るんだよねー。だからそうゆう状況にならないように助けるって言うことかな。」

「……もし俺が、この世界を捨てて元の世界に帰りたいと言ったら?」

男はしばらく黙っていたが、やがて優しい笑みを浮かべた。

「元の世界は厳しいかな......でもそれが望みなら、違う異世界に送ることはできるよ。それも僕の役目だから。」

→[判定: 真]

勇者は大きく息を吐き、男をじっと見つめた。

この男は、信用できるかもしれない。少なくとも、今のところは――。

勇者はスキルを解除し、金色の輝きが消えていくのを感じながら、静かに息を吐いた。

(こいつは敵ではない。少なくとも、今は……)

だが、完全に信用できるかどうかは、まだ分からない。

男はそんな勇者の様子を見て、クスッと笑った。

「どうだった? 僕のこと、少しは信じられた?」

勇者は迷った末に、一言だけ答えた。

「……まだ判断は保留だ」

それを聞いて、男はますます面白そうに微笑んだ。

男は勇者の様子をじっと見つめると、ふっと笑って肩をすくめた。

「……まあ、いろいろ考えるのは明日にしましょう。今の勇者さんじゃ、まともな判断もできないでしょ?」

勇者は少し反論しようとしたが、体に残る毒の影響と、逃亡の疲労が重なって頭がぼんやりとしているのを自覚していた。

「じゃあ僕もスキル使うね。」

――《転移ワープ

勇者は咄嗟に身構える。だが、男は軽く顎をしゃくった。

「大丈夫。ただの"近道"さ」

勇者が言葉を飲み込む間に、渦はゆっくりと広がり、大人二人がくぐれるほどの大きさになる。中心部は深い蒼色に染まり、そこにはどこか別の世界が映し出されているように見えた。

「さ、行きましょう。」

男はためらいもなく、その渦の中へと足を踏み入れる。体が吸い込まれるように揺らぎ、一瞬にして姿を消した。

勇者はごくりと喉を鳴らし、目の前で不規則にうねる転移の渦を見つめる。

(本当に、大丈夫なのか……?)

だが、今さら選択肢はない。

勇者は意を決し、渦の中へ飛び込んだ。

瞬間、視界が一気に歪む。体がふわりと浮かび、方向感覚がなくなる。不思議な光の帯が四方を駆け抜け、時間そのものが曖昧になったような感覚。

しかし、それもほんの一瞬のことだった。

次の瞬間――勇者の足がしっかりとした地面を踏む。

目の前には、森の奥にひっそりと建つ、小さな小屋があった。

「ようこそ。今夜の勇者さんの宿です。」

男が軽く笑いながら、扉を押し開く。

勇者はまだ揺れる感覚の残る体を支えながら、深く息を吐いた。

「……転移って、こんな感じなのか」

男は軽く肩をすくめた後、勇者を中へ促した。

「まあ。今日は寝てください。起きたらまた話しましょう。」

勇者は静かに頷き、小屋の中へと足を踏み入れた。


 勇者が目を覚ましたのは、すでに昼を過ぎた頃だった。

(……俺の仲間たちはどうなった? 両親は?)

昨夜、王宮を逃げ出したことで全てが混乱に包まれただろう。王は自分を裏切り者として追うだろうし、貴族たちは真相も知らずに好き勝手に騒ぎ立てているはずだ。

だが、それよりも心配なのは、かつて共に戦った仲間たち――そして、自分を支えてくれた家族だった。

「……俺の両親、無事だろうか」

かすれた声で呟くと、ふいに扉の前で気配が動いた。

「目…......覚めました?」

男が扉を軽く押し開きながら、優しい眼差しで笑う。

「よく眠れてましたね。」

「……そりゃ、疲れてたからな」

勇者は布団を押しのけ、体を起こした。昨日よりは楽になったものの、まだ全身が少し重い。毒の影響は完全に抜けきっていないようだ。

「ご飯作ってますよ。食べます?」

男は壁に寄りかかりながら尋ねる。

「……仲間と、両親の様子を見に行きたい」

勇者は迷いなくそう答えた。

「俺が逃げたことで、連中がどうなったかも分からない。もし巻き込まれていたら……」

「なるほど。」

男は腕を組んで少し考え込むと、軽く顎をしゃくった。

「わかったよ。勇者さんが行くなら、案内しますよ。ただし、慎重にお願いします。体調も万全ではないだろうし。」

「もちろんだ」

勇者は強く頷き、ゆっくりと立ち上がった。

まずは、確かめなければならない。

自分が戦ってきたもの、失ったもの――そして、まだ守れるものを。

男は軽く息を吐くと、勇者を見つめながら言った。

「じゃあ、さっそく行きますか!スキル使いますね!」

「あぁ。いつでも」

勇者が力強く頷くのを確認すると、男は手をかざし、空間をねじるようにゆっくりと回す。

――《転移ワープ

男が先に渦の中へと飛び込み、勇者も深呼吸してから踏み込んだ。

――次の瞬間、景色が一変する。

冷たい風が頬を撫で、遠くから鳥の鳴き声が聞こえた。勇者が足元を見下ろすと、そこは岩肌の広がる山の頂上だった。目の前には王都の町並みが一望できる。

「……で、俺はここで何をすればいいんだ?」

勇者は隣に立つ男を見上げた。

男は特に説明することもなく、悠然と景色を眺めていたが、勇者の視線を感じたのか、肩をすくめながら振り返る。

「勇者さんが仲間や両親の様子を気にしてたから......安全な場所から見た方がいいでしょ?」

「だが……俺には遠くを見渡すスキルなんてない」

勇者は歯がゆそうに言う。

男はそんな勇者の反応を見て、面白そうに笑った。

「スキル貸してあげますよ。《千里眼》」

「……貸す?《千里眼》?」

勇者は眉をひそめる。スキルを"貸す"なんて聞いたことがなかった。

男はポケットからスマホのような物を取り出し、勇者に見せびらかしてくる。

「この魔道具があればスキルの貸し借りか可能ってわけ。ただし、無料でってわけにはいかない。」

「……対価は?」

「勇者さんのスキル何でもいいから貸してくれればそれでいいんだけど、、そうだ!《真偽の眼》を貸してくれない?」

勇者は思わず息を呑んだ。

「……俺の《真偽の眼》?」

「何でもいいんだけど。せっかくなら面白そうなスキルがいいし。」

男は楽しそうに口角を上げる。

勇者は一瞬迷ったが、今はそれどころじゃない。それに殺そうと思えばいつでも殺せたはす。

「……分かった、貸す」

「ありがとう。じゃあ――」

男がスマホを操作し始め、カメラで勇者をカシャッツと撮る。

「準備完了。これでもう使えるはずだよ。《千里眼》のスキルは右目に魔力を込めると倍率があがったり、建物を透過して先を見ることができるよ。」

淡い光が二人を包み、勇者の中に新たな感覚が芽生えた。

勇者は深呼吸し、意識を集中させた。

――《千里眼》

その瞬間、勇者の視界がぐんと伸び、王都の様子が鮮明に映し出された――。

瞳が淡く発光し、視界がすっと伸びる。まるで鳥になったかのように、遠くの町の様子が鮮明に映し出された。

まずは王城。厳重に警備され、兵士たちが慌ただしく動き回っているのが見える。

「……やはり、俺を追ってるな」

次に仲間たちの様子を探る。

城下町の広場――そこには数人の兵士に囲まれ、縄で縛られた人影があった。

「……!」

勇者は息を呑む。

捕まっているのは、かつて共に戦った仲間たちだった。彼らは無理やり引き立てられ、広場の中央に膝をつかされていた。周囲には野次馬が集まり、兵士たちは仲間たちを縛り上げ、まるで見せしめのように晒していた。

「……っ!」

勇者は歯を食いしばる。

次に、視界を家へと向けた。

そこには、両親の住む家があった――だが、その前には兵士が数人立ち、扉の前で何かを話している。

(まさか……)

不安が胸をよぎる。勇者はさらに視界を凝らし、家の中を覗き込む。

両親が椅子に座らされ、厳しい表情をした役人が何かを問い詰めている様子だった。

母の顔には不安が滲み、父は沈黙したまま睨みつけていた。

(……俺を匿ったと疑われているのか……?)

王都のどこを見ても、兵士たちは慌ただしく動いており、完全に非常事態の様相を呈していた。勇者が追われていることを知った市民たちは、不安そうに噂を交わしている。

勇者は、拳を握りしめた。

仲間も、両親も捕まっている――。

「どんな状況ですか?」

男の声に振り向くと、腕を組んで勇者を見ていた。

(……下手なことは言えない)

勇者は視線を落とし、一度深く息を吸う。そして、あえて力の抜けた声で答えた。

「……もう、どうしようもないな。王都はひどい状態だ。街中衛兵があふれている。」

自分でも情けないほど弱々しい声だった。だが、今はそれでいい。

勇者の瞳は、決意に燃えていた。

男はしばらく勇者の顔を見つめていたが、やがて「そうなんですね。」と呟き、軽く肩をすくめた。

「じゃあ、一旦小屋に帰って今後の行動について相談しましょう。スキル使いますね。ちなみに何か今思いついてますか?」

勇者は王都の観察を続けながら

「あぁ。よろしく頼む。とりあえずどっか辺境にでも逃げて暮らすかな?それか、違う異世界に案内してもらうのもいいなー。どっかいい異世界はあ....…クッッ」

突然、胸から激痛がし、ゆっくり自分の右胸を見てみると剣が突き出ていた。

ゆっくり振り返ると男が剣を持って俺の背中から心臓を貫いていた。

(どうして....目の色が....)

「嘘はだめだよー。勇者さん復讐する気満々なんだもん。このまま野放しにしたら星がめちゃくちゃになりそうだから。ごめんね。復讐に駆りたてられる勇者は必要ないですから。」


勇者の体は、力を失うように崩れ落ちた。

(……ああ、終わるのか)

視界がぐらりと揺れ、意識が薄れていく。その中で、まるで走馬灯のように、今までの出来事が頭を駆け巡った。

――旅立ちの日。

幼い頃から憧れていた勇者として、王の前で剣を授かり、仲間と共に魔王討伐の旅に出た。希望に満ちていた日々。

――魔王討伐の瞬間。

すべてを懸けた一撃が魔王を貫き、ようやく世界に平和が訪れると思った。だが、その後に待っていたのは、思い描いた未来とは違った。

――裏切り。

王宮で祝福を受けるはずだったのに、毒を盛られ、姫が殺され、反逆者として追われた。信じていた世界が、一瞬で崩れ去った。命を狙われ、逃げ惑い、ようやく見つけたかもしれない味方――そう思った男すらも、敵だった。

(……こんなの、あんまりだろ。理不尽すぎんだろ。)

勇者の目尻から、薄く涙がこぼれた。

視界が暗くなっていく。


男は水晶玉を指で軽く弾きながら、飄々とした口調で報告した。

「もしもし、僕だ。勇者は終わったよ」

水晶の中で淡い光が揺れ、すぐに神の落ち着いた声が響く。

「そうか。これでこの星は守られたな」

「そういうことになるね」

男は崩れ落ちた勇者を見下ろしながら、軽く肩をすくめた。

「これで平和が戻るってわけだ。でもさ、毎回思うんだけど……異世界の勇者ってのは、人が良いってゆーか、お人好しってゆーか。本当に厄介なもんだね。もう少し危機感持てばいいのに。」

神は少し間を置いてから、深いため息のような声を漏らした。

「……実はな、すでに次の異世界からクレームが来ておる。」

「へぇ、もうかよ」

男は苦笑しながら、水晶を弄ぶ。

「で、次はどこ? 僕が行くの?」

「ああ、すぐに戻って次の任務に就いてくれ」

神の声には微塵の迷いもなかった。まるで、これがただの事務処理であるかのように。

男はわずかに目を細め、静かに勇者を見下ろした。

「……ったく、終わったと思ったらもう次か。まあ、仕方ないね。勇者も素直に辺境か違う異世界行けばいいのに。」

水晶をひと振りし、男の足元に小さな転移の渦が開く。

「じゃあ、行ってくるね」

男は軽く笑い、転移の渦の中へと消えていった。

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