第8話 6年1組 その4
北海道には多くの炭鉱が、あった。
黒船に乗ってやってきたペリーが、開港と水や食料、それと石炭の供給を求めたのが始まりだ。当時のアメリカの地質学者が調査をし、北海道には豊富な石炭が眠っていることを発見したのだ。
第一次世界大戦による世界恐慌の煽りで日本の炭鉱も大不況となるが、それも徐々に回復し、日中戦争、太平洋戦争に突入後は石炭の生産量が過去最高となった。
石炭が採掘された山には炭住と呼ばれる団地群が建ち、そこの家賃は極めて安く、ほぼ無料の炭住すらあった。水道光熱費は会社が発電所や水道を整備したから無料、石炭も無料支給、そして公衆浴場も無料。更には事故が絶えないから病院も無料。保育園や幼稚園も無料など福利厚生が飛び抜けて良い。そして賃金も高かった。危険手当があったから。
山を中心に大きな市街地が出来、そこには小学校、中学校、高校が出来、5階建ての百貨店、そして映画館が幾つも建った。炭鉱を経営する会社は、炭鉱夫とその家族の保健衛生だけではなく文化的生活向上を目指し、軟式・硬式のそれぞれの野球場、バレーコート、テニスコート、バスケット場、プール、相撲場、弓道場、卓球場、柔剣道場、スキー場など、あらゆる施設を作り、子供用の遊園地や図書館もあった。そして炭鉱会館には宝塚歌劇団や文学座、そして有名歌手を呼ぶなど、娯楽にも徹底的に力を入れた。
そんな山で栄えた市街地ーーー都市は、1950年代に中東やアフリカで相次いで発見された油田により衰退の一途を辿り、1960年から70年代にかけて多くの山が閉山になると同時にゴーストタウンとなった。
今でも炭住や病院の跡は残ってはいるが、誰一人近寄ろうとはしない。
そこは1971年の炭鉱町にある小学校。6年1組の安住サチコには友達がいなかった。
クラスの9割が炭鉱夫を親に持つ子供。だがサチコは違った。父親がいないサチコ。母親は祖母の代からこの町で居酒屋をやっていて、そこで身体も売っていた。母だけではなく祖母もだ。売る相手は炭鉱夫。それ以外に売る相手がいない町。サチコの父親が誰なのかは母ですらよく解らなかった。女たちは噂した。あのガキは誰の子だ? まさかウチの亭主じゃないだろうね。
サチコの母の名はとめ子。とめ子を産んだ祖母も同じで、自分の娘の父親が誰かなど判らなかった。そしてもう子供はいらない、止めなければと、とめ子と名付けた。
そんな一家が嫌われないはずがなく、サチコは幼い頃から友達がいない。
小学校に通う子供が多い町。次から次へと若い働き手が増えていった町だからでもあるが、どの夫婦も盛んに子作りに励み、子供が3人、4人というのが珍しくなかった。そんな中、他の炭鉱が合理化や閉山となり、この町に流れてくる炭鉱夫とその家族が増えていた。それはまるで蝋燭の火が消える間際にいっそう赤赤と燃えるみたいに。
サチコの学年は6組まであったが、それでも足りず、1クラスに60人もの子供を押し込めていた。休み時間や放課後になると遊ぶ場所が足りない。小学校には野球クラブ、柔道クラブ、剣道クラブ、卓球クラブがあり、施設はそれらのクラブが使っているので、それ以外の子の大半は、鬼ごっこ、かくれんぼ、缶蹴り、そしてはないちもんめをして遊んだ。鬼ごっこやかくれんぼは、傍で同じ遊びをしている子供らとゴッチャになってしまい、何が何だから分からなくなるから、はないちもんめをする機会が多い。この遊びは不思議と盛り上がり、密かに思いを寄せる子を選びたい、選ばれたい、という甘酸っぱい思いもあり、それが照れくさい男の子はムスっとするが、実際には男の子にも人気のある遊びだった。
サチコもはないちもんめで遊んだ。どの子の母親も「あのガキと遊ぶんじゃないよ」と言い、そのせいで友達がいないサチコであっても、露骨に仲間外れにはされず、皆と一緒に手を繋ぎ、大きな声で「〇〇ちゃんが欲しい」と歌って遊んだ。だが、サチコちゃんが欲しい、と言われたことは一度もない。
6年生のサチコはセックスを知っていた。母や祖母がしているのを見た事もあるし、セックスをすると子供が出来るのも解っていたし、その時の男の身体がどうなるのかも知っていた。だから町の女が噂するように、自分の父親はよその子のお父さんなのだろうと思っていて、それが友達ができない理由なのだと分かってもいた。それでも良かった。一度も「サチコちゃんが欲しい」と言われなくても、皆と一緒にはないちもんめで遊ぶことが楽しかったし、嬉しかった。
そんな或る日のことだ、6年1組に転校してきた男の子がいた。北口昇。昇は背が高く、もう幼びた顔つきではなく、日に焼け、二重の目の大きな男の子。休み時間になるとクラスの女子が昇るの席に集まり、次々と色んな質問を浴びせた。サチコの目にも昇はカッコいい男子と映ったが、それは皆も同じだった。そんな昇に乱暴者の鎌田徹がケンカをふっかけたのは、その日の放課後だった。転校早々に女子にモテた昇に嫉妬したのは明らかだったが、その昇に簡単に返り討ちにされた。昇の人気は他のクラスにも及び、「あの鎌田徹が簡単にやられた」と男子からも一目置かれる存在になった。
昇はどのクラブにも入らず、放課後になると皆と一緒に遊んだ。そしてはないちもんめをすると必ず「昇君が欲しい」と真っ先に言われ、じゃんけんで負けると相手チームに行き、そしてまた欲しいと言われ、あっちに行ったりこっちに来たりと大忙しで、男子と女子を代わりばんこに選ぶことにしようよ、と言い出し、そのルールになった。
その日の放課後もはないちもんめをしていた。サチコのチームには井下ひとみがいた。ひとみは女子の中では威張ってるクセに男子には人気がある。顔が可愛いからだ。そんなひとみは自分がモテると知っているからなのか必ず仕切り、異を唱える者はクラスにはいない。
「北口君を選ぶからね。いい? こっちはきっと私が欲しいって言われるから。北口君ってさ~、最初にパーかグー出すんだよね。だからパーを出せば絶対に負けたりしないの、ふふふふ」
そう決めてから皆で手を繋いで、「きーーまった!!」と言っても、相手の方はまだ相談していた。なんだろう? 揉めてるのかな?
相手側も決まったらしく、手を繋いで「きーーまった!!」と言った。相手側から近付いて来る番だ。
「かーーってうれしいはないちもんめ!! サチコちゃんが欲しい!!」
そう言われ一斉に指をさされたサチコ。目を丸くし、ちょっとの間が空き自分が選ばれたと改めて知り、真っ赤になって下を向いた。それは他の子供たちも同様で、皆が驚き、そしてサチコを見た。そんな動揺のせいで、「まけーーてくやしいはないちもんめ、昇君が欲しい」との言葉はバラバラで勢いがない。
前に出たサチコ。初めてだった。後ろを振り向き振り向きチョコチョコと前に出た。目の前には北口昇がじっと自分を見ている。どうしよう、じゃんけんだ。なにを出せば……。サチコは緊張した。5本ある指の先と、指と指の間を数えながら、グー、チョキ、パー、グー、チョキ、パーと呟いた。小指の頭がパーで終わった。そう言えばさっきひとみが「北口君はパーかグーを出す」って言ってた。
「じゃーーんけーーーん……ぽん!」
サチコはパーを出した。北口君もパー。どうしよう、あいこだ。勝たなきゃ、絶対に勝って北口君を連れて戻らなきゃ。きっと北口君はグーだ。だってひとみが言った通りにパーを出したもん。次もパーかグーだけどもうパーは出したからグーだ。
「あーーいこーーっで……しょ!!」
パーを出したサチコだが、北口君はチョキを出していた。サチコは天を仰ぐように上を向いて、すぐに振り返った。チョキ出すなんて聞いてない。どうしよう、きっと怒られる。元いた場所に戻ろうと思った時にギュっと手を掴まれた。見ると北口君だ。……え? ……え? ……え? 戸惑ってる間もなく手を引っ張られ、そして自分も走っていた。
その後のことはあまり覚えていない。ずっと北口君と手を繋いでたから。選ぶ相手を男子と女子の交互にするというルールから、次は北口君は選ばれなかったが、その次に選ばれ、そして何度選ばれても全部勝ったのだ、じゃんけんに。っで勝つたびにサチコの隣に戻って来て手を握った。
サチコの住む家は居酒屋の二階だ。だから町に住んでいて、炭住がある地域とは学校を挟んで反対方向にある。クラスメイトの大半が一緒に楽し気に喋りながら帰って行くのを尻目に、サチコはいつも独りで帰る。今日もそうだった。それでも初めて「サチコちゃんが欲しい」と言われたことで心が弾んでいた。
「おーーーい、待ってーーー!!」
振り返ると誰かが走って来る。あれは北口君だ。きっと知り合いを呼んでいるのだろうと思い、サチコは周りをキョロキョロしたが誰もいない。そして追いついてきた北口君はサチコの隣で止った。………え? 私? 私に用があるの?
「あのさ~~急で悪いんだけど………今日って俺の誕生日なんだ。来てよ、うちに。母さんに言っちゃってんだ。友達一人つれてくるからって」
「…………え」
北口君が何を言ってるのか分からない。誕生日? 来てよ? 友達?
「サチコちゃん…………あっ、サチコちゃんって呼んでいい? ……いいよね? サチコちゃんの家ってどこ? おばさんに俺が言うから」
言うってナニを? えええ? 私の家? 訳が分からないままのサチコはそれでもいつも通りに家に帰った。北口君がどうして一緒に来たのか理解できないままで。
「ああ、サチコかい、おかえり」
店の準備をしている母親が、手を休める事もなくそう言った。
「あの~~おばさん。僕、同じクラスの北口昇なんですけど………」
「え?! サチコのお友達かい!!」
「はい、先月転校してきたばかりの……」
「そっ、そうかい!! っで遊びに来たのかい!! 汚いとこだけど、さ~さ~上げって! サチコ! なにぼーっと突っ立ってんの! ほら、ジュースの2・3本持って2階に案内してあげなさい。あとからつまむもん持てってやるから」
「いや、おばさん、今日は僕の誕生日だから、サチコちゃんば連れてっていいですか? 母さんんも晩御飯用意して待ってるし………」
「ええええええええええええええええ!! たっ、誕生日って………お誕生会にウチのサチコば呼んでくれるのかい!! いいに決まってるでしょうが!! サチコ! 行ってきなさい! ほら、ジュース……あっ、ビールも持ってきなさい……後は………後は……」
結局、瓶のジュース4本と瓶ビール2本、それとスルメイカ2枚を持たされて北口昇の家に行った。
北口昇は珍しく1人っ子だった。そして父親は炭鉱夫ではあるものの、他の炭鉱夫とは違って、さほど酒好きでもなく、物静かで、サチコにはまるで学校の先生のように見えた。そして母親はとても優しい人で、サチコにとって他所の大人の女の人から優しくされたのは初めてだった。
昇の家には仏壇があり、そこには女の子の写真があった。それを目にしたサチコは思った。自分に似ていると。その写真の女の子は昇の姉らしく、普通の風邪から肺炎になり、数年前に亡くなったという。名は漢字で幸子。
それからのサチコは北口昇の家に遊びに行くことが日課のようになり、オバサンもそれを喜び、いつしかサチコを銭湯にも連れて行くようになった。炭鉱の銭湯は福利厚生の一つだから入浴料は取らないが、炭鉱夫とその家族しか入れない。しかし、女の子が一人紛れ込んだところでそれを咎める者などいない。そしてサチコは映画館にも初めて行った。その映画館も炭鉱会社の所有だから、炭鉱夫の家族はかなり安く入場できる。サチコはこのオバサンが大好きになった。ある日、街中でオバサンがどこかの女と言い争いをしているのを見かけたことがある。
「あんな誰の子かわかんないガキ連れて、あんたどうかしてやしないかい? 小学生だってあの女のガキだからね~、亭主寝取られて泣きみるのがオチだよ」
するとオバサンは凄い啖呵を切った。
「寝ぼけたこと言ってんじゃないよ! そんなに亭主が心配かい! だったら亭主のナニをこよりで縛って毎日確かめたらどうさ。切れてりゃどっかで働て来たってもんだろけど、てめぇでシゴイてたんなら大笑いだ。そっちの方があんたの亭主にはお似合いか? 気の毒ってもんだ。あはははははは」
昇は学校でもサチコによく話し掛けてきて、サチコは舞い上がるほどに嬉しかった。生れて初めての友達。もしかしたら死んだ姉の面影を自分に求めてるのかもしれない。でもそれでも良かった。昇が好きだった。だがそんなサチコにとっての幸せな時間は長くは続かない。この山でも合理化が始まったのだ。掘る石炭の量を減らして山を存続させる。行くも地獄、残るも地獄と呼ばれる合理化。会社の提案は、独身者、年寄り、そして新参者にはこの山から去ってもらうというもので、九州の山、それと青函トンネル工事が再就職先として提示された。北口昇一家は九州を選び、サチコの前からいなくなった。
友達が一人もいない日常に戻ったサチコ。だがそれは以前と同じようで、違った。反動がきたのだ。北口昇と仲が良かったサチコのことが気に入らなかった乱暴者の鎌田徹、それと意地の悪い井下ひとみ。その二人が皆に命令したのだ。サチコと遊ぶな、と。以前なら露骨に仲間外れではなかった。サチコちゃんが欲しいと言われることはなかったが、それでもはないちもんめに入れてくれた。鬼ごっこだって誰もサチコを追いかけてはくれなかったが一緒にやった。それが北口昇がいなくなってからは、入れてくれなくなった。どの子も母親から、あそこのガキとは遊ぶんじゃないよ、と言われていたこももあって。
皆が楽し気に遊んでいるのを遠くから眺めるサチコは、いつか、前みたいに入れてくれると思い、家に帰る事もせず、ただずっと眺めていた。聞こえてくる唄に合わせ、自分も口ずさみながらーーーかってうれしいはないちもんめ、まけーてくやしいはないちもんめ…………
そんな或る日のこと、「私の言う事きくんなら入れてあげる。学校が終わったらオバケ古洞に来て」と、井下ひとみにに呼び出された。
古洞とは採掘跡にできた空洞のことで、ひとみが言ったオバケ古洞とは、落盤事故が何度も起き、強度が弱いからとそれ以上の採掘を中止にした坑道で、入口にはバリケードが敷かれ立入禁止となっているが、子供たちの間ではオバケが出ると噂され、山の子供の殆どは絶対に入らない。
オバケ古洞に行くと、バリケード前には井下ひとみと鎌田徹が待っていた。
「前みたいに入れてくれるんだよね? なにすればいいの?」
「最初は肝試しだ。今からオバケ古洞に入るからな」
「でもここは入ったらダメだって………」
「お前、怖いのか!」
そう強がる徹の顔も引きつっている。
「臆病な子とは遊ばないから」
そう言ったひとみはバリケードを乗り越え、入って行った。
「お、おい、待てって………ひとみ、ちょっと待ってくれって」
慌てた徹もバリケードを乗り越え、それにサチコもついて行った。
最初っからオバケ古洞に入るつもりだったひとみは、手に懐中電灯を持っているが、徹は何も持っていない。そもそも入るつもりじゃなかったようだ。
前を歩くのは懐中電灯を持ったひとみ。それに続く徹は、足元が暗いせいか何度も躓き、そして言った。
「もうここら辺でいいんじゃないか。暗いし………」
「そうね」
立ち止まって振り返ったひとみは懐中電灯の光をサチコに当てた。
「私のいうこと利くって言ったよね。なら脱いで」
「……え」
「あそこを徹に見せて!! どうせ北口昇には見せたんでしょ。ヘッペだってしたんでしょ。あんたの母親がいっつもやってるみたいにさ!! ほら脱ぎなさいって!」
「………見せたら………一緒に遊んでくれるの?」
「いうこと利くって約束したんだからね!! 早く脱げって!!」
スカートを穿いていたサチコは、ノロノロとパンツを脱いだ。
「スカート!! 捲って見せなさいって!!」
そんなひとみとサチコのやり取りを、口を挟めずに見ていた徹の目の前でスカートを捲り上げたサチコ。
「すっ、すげーーー母ちゃんと同じだ………」
「徹、あんたヘッペしたいんだろ。しちゃいな」
「いっ、いいのか?」
「サチコ、徹とヘッペしたら仲間に入れてあげる」
「や、やだ……」
「もうあそこ見せたんだからな。へっぺしろ!!」
サチコを逃がさないようにと坑道の入り口側に回り込んだ徹。その徹がズボンを脱ぎ始めたのを見たサチコは、こいつら本気だ、と奥に向かって逃げた。それをひとみが追い、徹も慌てて追ったその時だった、地面が揺れた。地震だ。震度にしたら1か2程度だろうが、落盤事故が幾度も起きたこの古洞は脆く、再び崩れた。それは石炭と石炭が擦れることを意味し、火花が飛び、それが炭塵に引火し爆発を引き起こした。坑道の奥までは行っていなかった3人だが爆風に襲われ吹き飛ばされ、倒れたところに一酸化炭素が覆った。
目が覚めたサチコ。そこは見た事のない場所だった。机と椅子が沢山あって、向こうの壁には黒板があるから、きっと学校の教室だ。自分と同じような年頃の子供が何人もいる。そしてその中心にいる3人の女の子が何かをやっていた。ーーーこっくりさん、こっくりさん、どうぞおいでくださいーーーー
その時からサチコはここにいる。
突然現れた真っ黒な着物を着た女の子。真っ白な肌に真っすぐで真っ黒な髪の毛をしていて凄く可愛い。私が猿を使ったことをどういう訳だか解っている。あの猿はきっと死んだ猿だ。猿のくせにヒトになりたがってたから捕まえた。そして弥生という女に憑りつかせた。バカみたいで猿がお似合いだと思ったから。どうして私がそんなことが出来るのかは分からない。でも出来る。もしかしたら私も死んだ? 死んだらどうなるのだろう? オバケ? 私はオバケなの? 黒い着物の女の子が睨んでる。怒って猿を消した。誰だろう? 聞いてみよう……
「何年生?」
そう聞かれた権藤彩音。
「くっ………チビで悪かったな。…………お前………もとの女の子はどうした?」
もとの女の子? きっと城島渚のことだ。
「苛められるのが怖くて眠ってる。起きたくないって」
「………いるのか? そこに」
「うん、いる」
そう答えると頭に手を乗せられた。あったかいな。優しい手。この感じは覚えてる。北口昇君のオバサンの手と同じだ。銭湯で身体を洗ってくれて、頭も洗ってくれた。また会いたいな。
「まずいな……同居しちゃってる」
携帯を取り出した彩音はどこかに電話を掛けた。
「大国のおじさん? アタシ……彩音。今直ぐ来れる? ………うん、直ぐ。………楓南小学校6年1組。…………わけ? 女の子に変なのが同居しちゃって、アタシの分野じゃない」
電話を終えた彩音に、担任の京島勝也がおそるおそる近づき声を掛けた。
「…………アヤネって言いましたよね? もしかしたらK町の………権藤家の……」
京島もこの管内出身らしく権藤家のことは知っているらしい。
「うん、権藤彩音だ。それよりお前が担任か?」
「えっ、ええ………6年1組の担任は僕ですが……」
「お前、メクラか? こいつが使ってる机、なんだこれ!」
「机? ……………あっ、あああああああああああああああ!!」
その机は渚の机だが、カッターで悪口を掘られ続け、何が書いてあるのかさえ読めない。そして京島はそれに今初めて気が付いた。
「煽ったのは猿に犯されそうになったあのガキだ。でもやったのは大勢だ。そいつら全員呪い殺そうか? アタシはかまわないぞ。どうせ来たついでだ」
「そっ、そんな………………ぼっ、ぼくが絶対に対処します!!」
「ふ~ん………大国のおじさんが来るから、お前みたいなマヌケに任せたりはしないか……」
一週間が過ぎた。
目が覚めた彩音。あれからはないちもんめの夢を見ることはない。今日もよく眠れた。立ち上がって伸びをしていると襖が開けられた。
「アヤネ姉ちゃん、おは………やっぱり生えてない。ねぇ、本当は何年生?」
「おっ、おまえ………今はどっちだ?」
「サチコ。昨日は渚。毎日かわりばんこにするって決めたの」