表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
祓う  作者: シグマ君
6/15

第6話 6年1組 その2

 それは一ケ月とちょっと前の事だ。始めは映像が見えた。


 あれは何をしているのだろう? 遊び? いったいなんの遊び? 何人もの子供たちが手を繋ぎ、何かを言いながら数歩前に進み、一斉に片足で蹴るような仕草をした。そう、仕草であって、実際に何かを蹴ってはいない。

 その子たちーーー手を繋いだ子供たちはきっとチームだ。そしてそのチームと向かい合って、やっぱり手を繋いだ別の子供たちがいた。別のチームだ。

 片方のチームが前に進むと、別のチームは距離を保つように下がり、そこで前に進んだチームの子供たちが蹴る仕草をするのだ。そして今度は、蹴る仕草をした子供たちのチームが下がり、さっき下がっていたチームが前に進み、やはり一斉に蹴る仕草をした。皆が笑っている。楽しそうだ。

 子供たちの背はまちまちで、顔つきが幼い子もいれば、ちょっと大人びた顔をした子もいて、皆が同い年ではないように思え、更には男の子も女の子もいる。

 二つのチームは、片方が前に進めば、もう片方は下がるを何度か繰り返し、そして急にそれぞれのチームで集まった。顔を突き合わせてる。いったい何をしてる? 相談? 聞こえないのがもどかしい。

 再びそれぞれのチームで手を繋いだ。子供たちの顔は、どの子も輝くほどに笑顔が溢れ、嬉しくてしかたがないようだ。

 一方が前に数歩進んだ、もう一方は下がった。今度は蹴る仕草はしなかった。その代わりなのか前に進んだチームの子供全員が何かを叫んだように見えた。相手チームの一人を指でさしながら。指名をしたのか? なんのため? その指名されたのは女の子だ。顔を赤らめ恥ずかしそうに下を向いたが、嬉しそうだ。今度は前に進むチームと下がるチームが逆になり、前に進んだチームの子供たちが指をさした。やはり全員が叫んだように見える。指名されたのはひときわ背の高い男の子。下を向きはしないが、それでも恥ずかしそうに顔を赤らめた。

 相手チームからそれぞれ指名をされた女の子と男の子が前に進み出た。女の子は自分がいたチームを何度か振り返っている。前に出て向かい合った二人。男の子は両手の指を絡ませ、その絡んだ指の中を覗き込んだ。なにしてる? なにか見えるのか? 女の子は片手の指を数え始めた。どうして数える? 5本じゃないの? 野球のピッチャーのように大きなモーションを取った男の子。口をキっと結んだ女の子。じゃんけんが始まった。


 二人ともがパーを出した。あいこだ。次に男の子はチョキを出し、またパーを出した女の子。


 一瞬、天を仰ぐように上を向いた女の子は自分がいたチームを振り返った。チームの皆が落胆しているようだ。男の子がいたチームは全員が飛び跳ねている。

 じゃんけんで勝った男の子は、負けた女の子の手をいきなり掴むと嬉しそうに走り出した。自分のチームに向かって。手を引っ張れてる女の子も嬉しそうだ。


 女の子はそっちのチームの一員になったらしく、そのチームで手を繋ぎ、数歩前に進むと、チームの皆と一緒に蹴る仕草をした。




 夢から覚めた。あの遊びってナニ? アタシが子供の頃にはあんな遊びはなかった。いや、あったのかもしれない。アタシが知らないだけで……

 二十歳になった権藤彩音は自分が幼い頃にした遊びを思い出そうとしたが、拝み屋の孫だと気味悪がれ、又は、次の導く人だと畏れられた自分には、まともに友達などいなかったことを、今更だが思い出した。みんなあの遊びをやってたんだろうか? 楽しそうだった。羨ましいな。布団の中で夢を思い出していた彩音だが、ただの夢ではないことも解っていた。アタシにあの夢を見せたのは誰? なんのため? そんなことを考えながら立ち上がった。


「彩音ちゃ……あっ!」



 ふすまを開けて入ってきたのは中学の時の同級生、丹波ユキだ。


「みっ……見たな……」

「入院してた時に尿管入ってたの何度も見たし」

「…………くっ………忘れろ、ちきしょう………ノックしろ、バカ」


 彩音は幼い頃から何も身に着けずに裸で寝る。そして中学生の頃からずっと気にしていたのだが結局は生えずに未だにツルツルだった。


「彩音ちゃん、朝ごはん食べるよ」

「だから、ちゃんはダメ」



 彩音が中学3年生の秋に亡くたった祖母。祖母を教祖のように慕っていた多くの人達は、なんの躊躇いもなく彩音を「次の導く人」として慕った。それもあって、もともと高校に行くつもりが無かった彩音は、毎日のように訪れ、相談事を持ちかける人々に会って話を聞く生活を選んだ。そんな彩音を何故だか大天使カマエルの再来だと信じる丹波ユキは、高校へは行ったものの彩音から離れず、高校を卒業した今では住み込みの家政婦兼秘書のような生活をしている。その丹波ユキ、彩音を尊敬して止まないのだが、集まってくる人と同じように「彩音様」と呼ぶのは、彩音本人が絶対に止めろと言うし、見た目が小っちゃくて真っ白な肌で可愛い彩音のことを「彩音さん」とは呼びにくく、結局は彩音ちゃんなのだ。何度、彩音にダメだと言われてもそこは図太いユキだった。


「ふ~~ん………へんな夢」


 そう応えたのは、テーブルを挟んで彩音の真向いで朝食を食べてる丹波ユキだ。ユキは相変わらず女性らしくない低い声で、そして多くを語らない。そして彩音も無口だ。こんな二人が一緒に暮らして上手くいくのかと思うが、二人ともが細かい事に気を使うのが面倒という性格のためか、不思議と上手くいっていた。そしてユキが続けた。


「ブルーマウンテン、どう?」


 コーヒー好きな二人。それを知って信者のような人が豆を持ってきてくれるから、毎朝、ユキが挽いてコーヒーを淹れる。本人曰く、淹れる腕前はプロ級だそうだ。そしてその豆が今日からブルーマウンテンに変わったらしく、その味を彩音に聞いたのだ。


「うん、おいしい…………ユキは遊んだことあるか?」


 彩音は自分が見た夢の話しを再びした。映像だけの夢のせいもあって、子供たちがどんな動きをしていたかをユキに説明したのだが、相当に端折った説明で普通なら伝わるはずがない、が、ユキには伝わったらしく、もう一度説明してくれと言う訳でもなく、「したことない」と答えた。そして「気になるんだ」と独り言のように続けた。


「ああ…………気になる。…………昔の子供だと思う」

「ふ~ん、服装から?」

「うん」


 二人は1988年、和暦でいうと昭和63年というギリギリ昭和生まれだが、昭和育ちではなく平成育ちで、家庭用テレビゲームが飛躍的に進化し、ドラゴンクエストやファイナルファンタジーのど真ん中世代だ。鬼ごっこや隠れんぼだってやったことが無いのかもしれない。


「隠れんぼはやったことある。鬼ごっこも………でもソレは知らない。かなり昔? 明治とか……」


 鬼ごっこや隠れんぼは知ってるみたいだ。




 その数日後のことだ。

 彩音のもとに滝野真由美という中年女性が現れた。大して用もないのにしょっちゅう顔を出す、いわば、彩音のことを「次の導く人」だと信じて疑わない一人だ。家が農家のため、獲れたトウキビを大量に持ってきていた。


「彩音さま、これ今日の朝に獲れたトウキビだから、生のままでも凄く甘くておいしいの。食べて、食べて!! あれ? ユキちゃんは? いるんでしょ? ユキちゃーーーーーん! おいでーーーー! 一緒にトウキビ食べよーーーーーーーーー!!」


 彩音のことを「彩音さま」とまるで神様のように呼ぶが、若くて見た目が可愛い彩音に対する言葉遣いは、ただの世話好きな近所のオバサンのようだ。


 奥から出て来たユキと三人でトウキビを生のままで食べ始め、オバちゃんは「トウキビってね、お上品に食べるより、猿みたいにバリバリ食べた方が美味しい………」と言いかけるが、彩音もユキもバリバリ食べていて、それを満足げに見ている。そんな中、ユキが言った。


「滝野のオバちゃんって何年生れ?」

「ん? 昭和35年だけど………マユミって名前が多くてさ~クラスに何人もいるの。流行ったんだろうね~~………マユミ、マスミ、アケミ、ヒトミだらけで、もう何が何だか………あははははははは」

「だよね。明治な訳ないか」

「は? 明治? あのね~ユキちゃん。私らの親の世代だって昭和だから。明治ったら私らのジジババだって。その明治生まれがどうしたのさ?」


 そこでユキが説明をした。子供たちが何人かで手を繋いで、向かい合ってする遊びのことを。


「ああああああ、それって、はないちもんめだ。子供の頃やったやった。懐かしいな~~………私なんかさ、可愛くてモテたから、真っ先に真由美ちゃんが欲しい、って言われてね~……ひっひっひっひ」

「………モテたんだ………っでモテない子は?」

「え? ………モテないって言うか………ちょっとミッタクなしだったり、汚らしい子は………最後まで欲しいって言われないから………」

「ふ~~ん、凄い遊びだね」


 そこで気を取り直すように滝野真由美が歌い始めた。


「かって嬉しい、はないちもんめ、まけーて悔しい、はないちもんめ……」


 すると彩音が続けた。


「となりのおばさんちょっと来ておくれ 鬼がいるから行かれない お釜かぶってちょっと来ておくれ お釜が底ぬけ行かれない 布団かぶってちょっと来ておくれ 布団破れて行かれない びんぼびんぼびんぼ びんぼじゃないよ あの子が欲しい あの子じゃわからん その子が欲しい その子じゃわからん 相談しよう そうしよう きーまった」


 それを聞いたユキが驚き「思い出したの?」と聞くが、彩音は「いや………きっと違う。思い出したんじゃない……」と言った。だがもっと驚いた顔をしたのは滝野真由美だ。


「えええ? 彩音さまが今歌ったのって………ずいぶん長いね。メロディーはそうだけど………」

「オバちゃんが知ってるのってどんなの?」

「え? ………うん……確かね~…………たんす長持ち あの子が欲しい たんす長持ち あの子じゃわからん この子が欲しい この子じゃわからん 相談しましょう そうしましょう もぉ~んめ………だったはず。………うん、絶対そうだ。最後に、もぉ~んめ、って言うの。うん。鬼がいる? え? 次なんだっけ? お釜? 布団? それに貧乏貧乏貧乏って……なんか凄い歌だけど……彩音さまはどこで聞いたの?」

「今、急に頭に響いて来た」


 その彩音の言葉を聞いた滝野真由美は、座り直し、姿勢を正した。


「それって………意味がある。絶対に意味があります!!」


 そう言って、目を見開き、口を真一文字にする滝野のオバちゃんに、ユキは「オバちゃん、たんす長持ちってどういう意味?」と訊ねたが、オバちゃんは首を捻り、「タンスは………長持ちした方が……いいよね」と言うだけで、歌詞としての意味は知らないらしい。




 三人が意識を失い搬送された次の日、職員室の電話が鳴り止まない。


「はい、もしもし楓南小学校……え? 島田さん? ……6年1組の島田毅君の………はいはい……熱がある? ああ、そうですか、はい、分かりました。担任に伝えます。お大事に……」

「ーーーー6年1組の有田琴絵さんですね、分かりました……担任に伝えますーーー」

「ーーーー栗田涼介君ですか? えっと……クラスは? え? 6年1組ですか……」


 6年1組の生徒の親からひっきりなしに電話が掛かってきていた。どの電話も、子供の体調が悪く今日は休ませる、というものだ。そして気を失った一人である霧間紅緒の母親からの電話に6年1組の担任 京島勝也は掛かりっきりだ。もうかれこれ30分にもなるが、母親のテンションは一向に衰えず、怒鳴り続けていて、その声は周りの先生達にまる聞こえだ。どうやら紅緒は異常がなく退院したらしいが体調が優れずに休むというが、その体調を崩した原因が学校にあり、学校は娘になにをしたんだと責め続けているのだ。その苦情に汗だくで対応している京島の机には次々とメモが置かれていった。他の先生方が受けた、休む子供の名前が書かれたメモ。そして京島の後ろには苦虫を噛み続けたような顔の教頭が腕組みをして待っている。京島の電話が終わるのを。


「ーーーーーはい、はい………いえ、ですから何度も言ってるように僕も原因が……………ええ、ええ……そうです、僕が6年1組の担任です…………そんな……責任を回避するつもりは………はい………はい………ええ、それはおっしゃる通りで………はい……はい………学校内で起きてますので…………はい、原因が分かり次第、連絡します………」


 何度も何度も同じ台詞を繰り返し、ようやっと紅緒の母親からの電話を切ることが出来た。立ち上がって喋っていた京島は片手を机につき、ガックリと項垂れた。


「京島先生、どういうことか説明してください。昨日の騒ぎも6年1組、そして今朝は6年1組の親御さんからの電話の嵐。先生のクラスで休む子はいったい何人なんすか? 6年1組では集団風邪でも流行ってるのですか?」

「……そんなウチのクラスだけが集団風邪だなんて………」


 そこで授業の開始を案内するチャイムが鳴った。


「みなさん、急いでクラスに行ってください! ………まったく……6年1組のせいで先生方が遅刻です。京島先生も6年1組に向かって!! まさかクラスの全員が休みじゃないでしょうから……あっ、そうだ、養護の竹本先生も一緒に行ってください。6年1組に」


 養護教員ーーー俗に言う保健室の先生である竹本玲は、まだ25歳と若く、初めての学校がこの楓南小学校であり、そして看護師経験もない、社会人となって3年程度の独身女性だ。


「でも、保健室が……」

「いいから6年1組に行って!!」


 6年1組の入り口の戸に手を掛けた京島勝也。職員室の自分の机に置かれた山のようなメモを今着てるジャケットのポケットに押し込んできた。どうせ出席を取れば判るし、後でそのメモとつき合わせれば良い。だが教頭が言ったように全員が休んでたら………まさかそんなの有り得ないだろ。でもメモはごっさりある。

 今年で38歳になる京島は教員歴が15年を超え、担任を持ったのは数えきれないし、最高学年である6年生を持ったのも初めてじゃない。だがあの霧間紅緒のような、まだ小学生のクセに妙に大人びて、そしてヒステリーな生徒は初めてだった。アレは母親とソックリな女。切れたら手に負えない。精神疾患でも持ってるんじゃないのか。

 養護の竹本玲も別の意味で紅緒を恐れていた。毎年この学校では4年生になると性教育に関する指導を養護教師が行う。新卒だった竹島玲は口ごもりながらも何とか熟したが、当時4年生だった霧間紅緒が授業後に保健室にやってきて、先生は何歳の時に生えたの? といきなり聞かれた。その時の玲は、どうだったかな~忘れちゃった、と無理に余裕を見せて言ったのだが、そんなゴマカシは許してもらえず、中学1年生のときだったと言わされ、そして、生える前からオナニーはしてたのか、ヤリ過ぎると余計に成長するのか、と矢継ぎ早に責められ、余計に成長するという意味が分からず唖然としていると、どんな生え方をしてるのか見せろ、と迫られた。流石に見せる事など出来るはずがなく、母親に見せてもらないさい、と言うと、ふざけんな! と怒鳴り、机を蹴って出て行ってしまった。それ以降、玲は霧間紅緒が怖かった。あの子は私がいつからしてて、今も頻繁にしてる事まで言わされた。ちくしょう、なんであんなクソガキに喋っちゃったんだ。嫌だ、アイツは絶対に嫌だ。顔も見たくない。保健室に来る子が珍しくない今の小学生の中で、紅緒は保健室には今までも、それからも一度も来ない子で、バカみたいに健康なんだろ、とホッとしていた玲だが、5年生や6年生の性教育ではエイズについてを教えなければならず、それでいてセックスや避妊などの性感染症予防方法について触れるのはご法度だ。男性経験が無い玲にとっては好都合なのだが、アイツなら聞きに来る。先生はセックスしてるのか、初体験はいつ、など当たり前に聞いてくるはず。玲は霧間紅緒がいるクラスでの性教育という指導をするのが恐ろしかった。その授業の日程が組まれ、その日が近づいてくると眠れなくなり、ほとんどノイローゼのような状態でその日を迎え、アイツがなにかを言ってきたら速攻で辞める。退職だ、退職、と決めていたが、恐れていたような出来事は起きずに過ぎた。だが、それでもアイツは恐ろしかった。ナニを言ってくるか分らないし、脅されるんじゃないだろうか? バラされたくなかたら生え方を見せろとか何とか。なんで25歳の私が11や12のガキに脅されなきゃならないの。ふざけやがって………


「先生! 竹本先生! 何やってんですか、入りますよ」


 そう京島に声を掛けられた竹本玲。6年1組に行くのが嫌で、気付くと、教室の戸を開けようとしている京島から随分と離れていた。小走りで行くと、玲の心の準備が整っていないのに戸を開けた竹島。


「…………え………まじかよ」


 恐る恐るといった具合に玲が6年1組を覗くと、誰もいなかった。ただ一人を除いて。その一人は保健室に来たことの無い女子だったせいで、玲は名前を知らないが見た事のある女子。「まさか他の子は全員が休み?」と玲が聞くと、慌ててポケットからメモを取り出した京島が、出席簿にチェックを入れながら調べ始めた。


「二人だけだ………休みの連絡がないのは。後は全員が親から連絡がきてる」

「その二人って誰と誰なんですか?」

「え………うん………神崎弥生、それと雨野さくら」

「その二人って………昨日搬送された………意識を失った二人じゃ」

「ああ、そうだった」


 京島はただ一人出席していた女子に目をやり、「具合はなんともない? 大丈夫なのか?」と訊ねると、その女子は頷いた。


「あの………あの子の名前は?」

「え? ………ああ、竹本先生は知らないか。城島渚です。運動も男子に引けを取らないくらいいに出来て、勉強もどの科目のテストも1番か2番」


 その城島渚は既に1時間目の授業である国語の教科書やノートを机の上に出し、椅子に座って先生が来るのを待っていたらしい。担任の京島は気が動転しているせいで気づいてはいないようだが、霧間紅緒が居ないと分かった玲は落ち着きを取り戻し、そして気が付いた。あの子、おかしい、と。

 クラスメイトが誰一来ない教室で、どうして平然と座っていられる。普通なら職員室に来るんじゃないの。どうして自分以外誰も来ないのか? もしかしたら今日は自分のクラスだけ休み? とか、先生に色々と聞きたくなって、じっと座ってることなど出来ないはずだ。それがどうして………もしかしたら知ってた? 他の子がみんな休むのをこの子は知ってたの? どうやって?


「他の子が……」


 そう言いかけた玲だったが、京島の言葉に遮られた。


「渚、昨日なにがあったか教えてくれないか? 渚もあのとき教室にいたよな? 紅緒と弥生とさくらの3人が倒れた時」


 渚は、京島と玲が教室に入って来た時から微笑みを浮かべていた。そしてその表情でーーー微笑みながら京島の問いに答えた。


「こっくりさん」

「え…………」


 こっくりさんって、あのこっくりさんか? 昭和45年生れの京島は、こっくりさんをやったことがあった。京島が小学生になった昭和50年代では、それほどブームではなかったものの、それでも不思議な遊びとして当時の子供は皆が知り、一度はやったことがあった。中学生になって以降は、女子の数人が放課後の教室でやっていたのを知ってはいるが、男子の殆どは小学生の時に卒業した遊びだ。


「こっくりさんは………いつからだろう? ほとんどの学校で禁止になったのって……」


 そう言ったのは玲だ。昭和58年生れの竹本玲も、こっくりさんをやったことがあった。小・中学校の頃は怖くて決してやろうとはしなかったが、高校2年生の時の放課後の教室で、仲の良かった女子4人でこっくりさんを何度かやった。そして玲は思った。この占いは面白半分でやってはダメだ、と。


「どうだったかな~~? 高2の時にやったのは覚えてるけど、あの時すでに禁止になってたんだったかな~」

「高校は違うんじゃないか。禁止になったのが何時からだったかは忘れたけど、小・中学校だったはずだ。おかしくなった子が何人もいたり、気を失った………………おい、渚! 本当なのか? こっくりさんをやってたのって、まさか……紅緒と弥生とさくら………なのか?」

「そう。あの三人だけが毎日やってた」

「どうして? 昨日はどうして誰も言わなかった!!」

「紅緒が、こっくりさんのことは絶対に誰にも言うなって」

「クッソ~~………またアイツか」


 竹本玲はこの件にこれ以上関わりたくないと心底思った。こっくりさんなんてヤッてはいけない遊びだと、玲の本能みたいなものがそう言っていた。それに、今回の件もあの紅緒が主犯だ。アイツならクラスメイトを脅すくらいお手のもんだろう。アイツがいる6年1組はきっと他にも色々あるはずだ。他の子にとって紅緒と同じクラスになったのは災難だろうが、私は嫌だ。6年1組が崩壊しようが私には関係ない。廊下で紅緒とすれ違ったことが何度かあるが、下半身がザワっとする何かを覚えた。あんな子……いや、あんな女だ。あんな女に係ったらろくなことにならない。それに、今あそこにいる子はなんなの? 城島渚っていったっけ? 絶対におかしい。独りでポツンと教室で待ってたなんて気味が悪いくらいおかしい。それにこっくりさんの事を、それも紅緒に誰にも言うなと命令されてたことまで薄ら笑いを浮かべながら………。担任の京島先生ってバカ? 鈍いにもほどがある。あの子のことを勉強が出来るとかスポーツも男子に負けないとか、お前のお気に入りなのか? ロリコンか? そうだ、こいつはきっとロリコン野郎だ。……触った? もっと酷い事までやった? だからあのガキは京島を見て嬉しそうにニタニタしてんだ。



 職員室に戻った京島先生と竹本先生。それと唯一登校してきた城島渚も職員室に連れてこられた。


「ええ? こっくりさんをやっていた? それで気を失った? その気を失った三人が、こっくりさん…………なら他の子は? みんな休んでるのですよね?」


 それは説明を聞いた教頭だった。その教頭に答えたのは渚だ。「みんな怖がってた。きっとだから休んだ」と。それはやはり薄ら笑いを浮かべながら答えたのだが、その様子に気づいているのは竹本玲だけなのだが、その玲は、ロリコン野郎なんかにどーーして懐いてんだ、と歯ぎしりをしている。


 6年1組は学級閉鎖となり、唯一登校してきた城島渚の家に連絡を入れた後、渚は家に帰された。そして担任の京島先生は、クラス全員の家庭を直ちに訪問するよう教頭から命じられ、学校を後にした。

 そして全ての家庭を回り終えたのは夜の9時を過ぎた頃だった。

 だが念のためにと、次の日も6年1組の学級閉鎖は続き、その日も京島先生は、全ての家庭を回り、子供の様子を確認した。それが三日間続き、そして土日となり、翌週には子供たちも落ち着きを取り戻し、その週の木曜からの閉鎖解除となった。

 家庭訪問を何度も何度も繰り返した京島勝也は疲れ果てたものの、霧間紅緒を含む3人の女子がこっくりさんをやり、集団ヒステリー症状を起こしたその三人が意識を失った。それを見ていたクラスの全員が怖くて学校にいけなくなった、との説明をどの親も納得してくれてホッとした。それは説明をした京島の方が驚くくらいな納得のしかたで、要は、「あああ、霧間のガキがやったのなら分かる。あそこの母親は狂人だから娘もどうせ似たようなもんだろう」というくらいに紅緒の母親が有名人だったからだ。それは紅緒と一緒にこっくりさんをやっていた神崎弥生の家も、雨野さくらの家も同様だった。それには流石にスゲー嫌われ方だと京島は驚いたが、なんと言ってもその霧間の母親が大変だった。

 京島勝也はこの母親の性格が紅緒に似たのだと思っていたので、母親同様に紅緒のことも嫌っていた。それが言葉に出た。


「紅緒さんが最初にやり始めたようですよ、こっくりさんを。そしてよくある事のようなんですが、集団ヒステリー症状と言うらしいのですが、その……10円玉を霊が動かしてると思い込んで、意識が飛んでしまった。っで誰にも言うなと紅緒さんがクラスメイトに命じてたらしく………」


 そこまで聞いて紅緒のママがブチ切れた。「あんたも先生の話を一緒に聞きなさい!」と呼ばれ、居間の入口で立っていた紅緒に向かって突然怒鳴り始めたのだ。


「なっ、なにーーーーー!! 命じた?! えっらそうにテメーが命令したってか!! 何様だてめぇーわ!!」


 怒るのはソコ? とも思った京島だが、テーブルを挟んだ真向えに座ってた紅緒のママが、年の割に随分と短いスカートを穿いてると目のやり場に困っていたのだが、ママはテーブルに片足を乗せ、短いスカートが腰まで捲れ上がるのを気にする素振りも見せずに怒鳴り上げたのだ。その途端に居間から逃げ、階段を駆け上がって行った紅緒。


「待てぇぇ!! くそガキ!! ぶっ殺してやる!」

「ちょっ、ちょっとお母さん、落ち着いて!!」


 紅緒を追いかけようとするママにしがみ付いた京島のせいで、つんのめるように倒れたママはスカートが脱げ、下半身パンツ1枚で、それも半ケツで追いかけて行った。

 その騒ぎを聞きつけたのか、ようやっと現れたパパが、「先生! あんたはもういい! 帰れ! あとは俺がなんとかするから!」と言い、京島は霧間宅を後にしたのだが、他の生徒宅には何度も行ったが、霧間宅にはもう行かなかった。父親が、あんたはもういい、って言ったんだから、と。



 木曜日、全員が登校した6年1組。子供は立ち直りが早いというか、担任の京島が何度も家庭訪問をしたのが功を制したのだろう。先生がそう言ってるのだから大丈夫だ。幽霊なんかじゃない。それに紅緒が誰にも喋るなと言ってたことまで先生は知っていた。

 教室に京島先生が現れるまでちょっと時間があった。あの日のことや、それまで何度もやっていたこっくりさんの話をする子は一人もいない。それはまだ気にしてるという事だろう。

 霧間紅緒の傍には誰もいない。誰も話し掛けない。どの子の親もハッキリ言ったのだろう。紅緒には近づくんじゃない、と。

 自分の席に座り、ずっと下を向いていた紅緒が、なにを思ったのが顔を上げ、そして立ち上がった。


「お前が動かしてたの分かってんだからな、弥生!! お前なんか私の前でオナニーやったくせに、バッカじゃないの! クソ女! 変態女!」


 騒めいていたクラスが静まり返った。その静寂を破ったのは金村一平。


「おい弥生、俺にも見せろや! 今やって見せろって!!」


 そして何人かのお調子者が弥生を取り囲み、はやし立てた。すると、ひょい、と机の上に飛び乗った弥生。カエルのような恰好で。

 誰もが意表を突かれ、そして驚いた。「……飛んだ」と。だがスカートを穿いていた弥生。そのスカートの奥を何人かの男子が覗き込み始め、その中の一人 一平が「おおおお! やるってよ!」と騒いだ。その一平の頭を、ガシッ と鷲掴みにした弥生。そしてそのまま放り投げた、一平を。

 隣の机を越え、その隣まで放り投げられた一平。幾つもの机と椅子が薙ぎ倒され、それに巻き込まれた数人の子供も、おかしな姿勢で倒され、そして一瞬の間が空いてから悲鳴が上がった。




 小学校の廊下を歩いている権藤彩音には聞こえていた。


 勝ってうれしい はないちもんめ


 負けてくやしい はないちもんめ


 となりのおばさんちょっと来ておくれ


 鬼がいるから行かれない


 お釜かぶってちょっと来ておくれ


 お釜が底ぬけ行かれない


 布団かぶってちょっと来ておくれ


 布団破れて行かれない


 びんぼびんぼびんぼ


 びんぼじゃないよ


 あの子が欲しい


 あの子じゃわからん


 その子が欲しい


 その子じゃわからん


 相談しよう


 そうしよう


 きーまった



 誰が欲しい?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ