第16話 七十五匹 その1
「ーーー新しいママ………お前とも直ぐに仲良くなると……」
パパが突然そう言った。なに? どういうこと? 頭が追いつかない。
「………新しいママ?」
私は何とかそう口にした。
「いや……そうだな。ママは一人だもんな。お前とは……友達みたいなもので………それでいいんじゃないか?」
「………え? ………パパ……結婚するってこと?」
その後、パパがいっぱいなにかを喋っていたが、私の頭の中には届かなかった。作り笑いのパパが目を泳がせながら喋り続ける顔だけを覚えている。それが先週の土曜日の夜だった。気が付くと2階の自分の部屋にいた私は呟き続けていた。ふざけんな、ふさけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな………
ふと机の上に置かれた写真に目がいった。ママ……なんで死んじゃったの……
5年前、私が中学1年生の冬休みに死んだママ。私はママのことを絶対に忘れたりしない。なのにパパは別の女と結婚する。ふざけんな、ふさけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな………
3日後の火曜日の夜のことだ。パパと二人で夕食を食べていた。あの日からパパと口をきいていない。それなのにずっと喋り続けているパパ。私は目を伏せ、ひたすら箸を口に運ぶ。許さない。結婚なんて絶対に許さない。あれからソノ話を口にしなくなったパパ。今もどうでもいい話をしている。
「ーーーー学校はどうだ? そろそろ受験勉強に集中しなきゃ………」
きっと考え直したんだ。うん、そうに決まってる。でも許さない。パパが謝ってくるまで無視するって決めてる。
「………あれ? 今のってテレビじゃないよな? うちのチャイムだよな? ………誰だこんな時間に……宅配かな?」
私に言ってる。きっと私を見ているのだろうが、私は目を伏せたままで食べ続ける。
立ち上がって玄関に行ったパパの声が聞こえた。
「………ええ?! どっ、どうして…………いや、ちょっ、ちょっと待って……まだ娘には……」
いきなり入ってきた女。
「あなたが佑亜ちゃんね。私はリュウカ。流れる夏って書いてリュウカ。28歳だけどあなたの義理の母よ。もう籍を入れちゃったから尾倉流夏が私の名前。あなたは私にとって義理の娘だけど、娘には変わりないから、佑亜って呼ぶから。私のことはママでもお母さんでも、流夏さんでも好きに呼びなさい。それと今から私はこの家に住むからね」
そう言切った割には何も持ってはいない。身ひとつで来たようだ。そんな流夏を呆然と見ていた佑亜。それは父親の稔も同じで、……え?! それは……などと口籠ってはいるが否定をする訳でもなく、それでいて娘の裕亜に対して父親として何かを説明する訳でもなく、ただオロオロしているだけだ。
どうやってアノ女がいる食卓から出て来たのか覚えていない。気付けば自室の机の椅子に座り、呟いていた。ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな……
その日の夜中だった。佑亜は机の前にある椅子に座り、ノートに書きなぐっている。ーーー許さない、死ね、死んでしまえ、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね………
世界史に使っているノート。佑亜は小学生の頃から先生が褒める程にノートをきれいに取る。そのノートの途中からビッシリと「死ね」の文字。それもシャープペンの芯が何度も折れ、ノートの裏にも跡が残るほどに力んで書いた文字が、ノートの余白を無くすがごとく並び続け、それが既に5ページの途中だ。
佑亜は夕食の途中で席を蹴って自室に籠っていたから風呂もまだだったが、そんな事などどうでも良い。頭の中に巣くうアノ女への呪詛を一心不乱にノートに吐き出す作業に憑りつかれている。
「死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね………」
書きながら言葉にも出していた。
「ーーー死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、え………?」
何か聞こえた気がする。呟くのを止めた裕亜の手も止まった。耳をすませたが何も聞こえない。立ち上がってドアの近くに寄ったが、やはり何も聞こえない。気のせい? 1階に音が聞こえないようにドアを静かに開け、息を止めて再び耳をすませた。すると微かに聞こえた。………なに? 振り返って部屋の時計に目をやると夜中の1時を回っていた。朝が早いパパはもう寝ている時間。……アノ女だ。ハラでも減ってキッチンを漁ってるのだろう。ふざけんな。この家に住むことだって認めてない。絶対に許さない。なのに勝手にうろついてる。ここは私の家だ。チクショウ、言ってやる、出てけって言ってやる。怒鳴りつけてやる。
「おお……おおおおお………」
え?! パパの声だ。すると、ダメよ、まだダメ、と言った女の声。それは鼻に掛かったような甘えた声。
「うそ…………まさか………そんな………」
その後も男と女の聴くに堪えない嫌らしい声が漏れ聞こえ、それがまるで獣のような呻き声に変わるのにさほど時間は掛からなかった。
信じられない。あれはきっとセックスしてる声だ。ママなら絶対にしない。ママはクリスチャンで清い人だったから性には厳しかった。セックスなんてしなかった。パパだって…………。アノ女だ。全部アノ女がそう仕向けた。汚らしい、まるで娼婦。アノ女、今まで何人の男とセックスしたの? きっと何十人もいるはず。そんな女とどうしてパパが………
佑亜は寝付かれなかった。突然現れた女。その女とパパは既に籍を入れたという。そして今日からこの家に住むと宣言した女。それだけでもハラが立ち、眠ることができるような精神状態ではない。だがそんなこと全てが吹き飛んでしまった。生々しいセックスの声だ。最初は部屋のドアを開けたら聞こえ、慌ててドアを閉め、そのドアの前で立ちすくんでいた佑亜だが、それでも聞こえ、気が付くとその声を追っていて、思わず耳を塞いだ。まだお風呂に入っていなかったが階段を下りる気になれない。明日の朝早くに起きてシャワーを浴びよう。
パジャマに着替える間もまだアノ声が聞こえてる気がした。それが現実なのか、それとも気のせいなのか、ドアを開けて確かめようとは思わない。電気を消してベットに潜り込んだ。暗闇の中、男と女が裸で絡み合う姿が頭に浮かび、何度も寝返りを打ってはその妄想を消すことを繰り返し、窓の外が明るくなった頃に僅かに眠った。だが目が覚めた時には見た夢を明確に覚えていて愕然となった。アノ女が薄ら笑いを浮かべながら見ている前で、誰かと自分がセックスをしている夢だった。有り得ない。私がこんな淫らな夢を見るなんて有り得ない。アノ女のせいだ。アイツがこの家にいるからだ。そう決めつけるとベットから起き上がったが下腹部に違和感を覚えた。……まだだ。去年あたりから朝起きるとこうなってる事が度々ある。おそるおそるパンツの中に手を入れた。今までで一番酷い。そう思った途端、部屋を飛び出し、階段を駆け下り、そして風呂場に直行した。途中でアノ女が、おはよう佑亜、と声を掛けてきたが無視し、そしてパパの顔を見た途端に自分の顔が赤くなったのが分った。
佑亜は着ている全てを脱ぎ捨て、シャワーの温度を目一杯下げ、水を浴びた。季節は初夏だがそれでも飛び上がるほど冷たい水を浴び続けた。そして呟きながら下腹部を叩くといった罰を自分の身体に与えた。………お許しください、汚らわしい夢を見てしまいました。その夢のせいで私の身体が………この身体が! ……あっ………主よお許しください………
学校が終わるとまっすぐに帰って来た。あのアノ女がいる家になど帰りたくなかったが、他に行く当てがない。ママが死んでからは佑亜が帰ってから掃除と夕飯の支度をする習慣がついていた。そのせいもあって他の女子高生のように街に出て遊ぶということをしない佑亜は、家と学校の往復という生活だったが、それに対する不満は感じていなかったが、今となっては行く当てがないのが腹立たしい。それに、もしかするとアノ女はいないかもしれない。それを確かめたく急いで帰ってきた。
「おかえり佑亜」
いた。当たり前のようにいた。外に働きに出ないのだろうか? パートにでも行けばいいのに。そうだ、パパに言おう。来年は私も大学に行く。その為にお金が掛かるんだから、アノ女にも働かせろって。
「どうする? なんか食べる? それともお風呂が先なの?」
アノ女がそう言った。そうだ一番風呂は私が入る。この女が入ったお湯には浸かりたくない。私はこっちを見ている女を無視して風呂場に行き、自分で湯を溜めた。
お風呂から上がった私はそのまま自室に籠った。アノ女は何かを作っていた。臭いからカレーライスだと分り、お腹が鳴ったが絶対に食べない。これからだってアノ女が作ったものは私は食べないって決めた。
「死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね………」
今日もノートに書きなぐりながら呟いている。そのノートは数学のノートだ。学校でも、どの授業でも佑亜は書いていた。だからどのノートにもギッシリと「死ね」の文字が並び、それはチョっと見では黒く塗りつぶしているように見えるくらい細かく、そして隙間がない。そして無意識に呟いていたらしく、前の席のヤツが怪訝そうな顔で振り返ったから自分が呟いていたのだと知り、口をギッチリと閉じることを意識した。今はそんなことを意識する必要もなく、佑亜は、呟くというよりも普通の声で喋っていた、
「ーーーー死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね………」
気が付くと9時になろうとしていた。お腹が減った。今から自分で何かを作る気にならない。だからといってアノ女が作ったカレーライスなんか食べたくない。部屋を出て、足を音を忍ばせ階段を降り、そして黙って家を出て近所のホットモットに行き、カットステーキ重を買った。
家に戻り、玄関ドアを開ける前に思った。鍵を持って出なかった。もしかしたら締め出されてるかも……アノ女ならやりかねない。だがドアはすんなりと開いた。そして玄関にはパパの靴があった。帰ってるんだ。でもきっとアノ女が作ったカレーライスを食べてるはず。無性にハラがたった。あえて音を立てるようにドアを閉め、靴を脱いでいる時に気づいた。声だ。それも昨日と同じような声。まさか、そんなはずない。だってまだ9時をちょっと過ぎたぐらいだし、玄関だって開いてたし、私が出る時にはパパの靴はなかった。だからついさっき帰ってきたはず。お風呂だって……。だがその声は昨日と同じセックスの声だった。
「どっ、どして? 結婚したら毎日するものなの? それもこんな時間から……」
思わず声に出していた。
いや絶対にそんなことはない。だってママはしてなかった。映画やドラマだってそのシーンになったら顔をしかめて、なんていやらしいの。どうしてこんな破廉恥なシーンを放送するの、と言い、私にプラトニックのすばらしさを教えてくれた。
私は階段を駆け上がった。わざとに音をたてながら。そして部屋に入るとCDを掛け、机に向かい、買ってきたカットステーキ重を頬張りながら書いた。死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね………
どれくらいの時間そうしていたのか分からない。今が何時なのかも分からないがきっと真夜中だ。手が痛い。シャープペンを強く握り続けたせいだ。そして同じ姿勢で書いていたから首と背中が痛い。仰け反って首を回すとゴキゴキと音がした。そんな時だ、誰かが部屋に入って来た気配がした。CDをリピートにしていたからドアが開く音には気が付かなかったが、気配で分り、振り返った。
裸の女が立っていた。衣服はおろか下着すら一切身に着けていない裸の女。股間の黒々とした陰りに目がいってしまい、視線を剥がせない。
「ここがそんなに気になるの?」
そういって裸の女は自分の股間に手をやった。
「でっ、出てって!! い……淫乱!! 変態!!」
「ずいぶんと酷い言葉を吐くんだね。それって聖書に載ってたの? それともママに教わった?」
「そっ、そんなの………いいから出て行け!! ここは私の部屋だ!! お前みたいな娼婦が入る部屋じゃない!!」
だが裸の女は出て行かない。口角を上げて薄ら笑いを浮かべている。
「佑亜、お前の想像通り、今の今までヤってたんだよ。ふふふ、もっと近づいて見てもいいよ、ほら、濡れ光ってるだろ。ところでお前ってブスだね~。父親と母親の悪いとこ全部受け継いじゃって……一重で腫れぼったい目、鼻の穴が見えるくらいに上を向いた鼻。顔の輪郭もエラが張っておでこが狭くて、繋がってるゲジゲジ眉毛。そしてチリッチリの癖っ毛。それだけでも十分にブスなのに、ニキビと吹き出モノが顔にいっぱい。そしてフケ。お前の学校でもカースト制あるんだろ? 一番下のグループなんだろうね。………虐められてるんじゃないの?」
佑亜は言い返せないどころか赤面した。全てが事実でそれを面と向かって指摘され、自分の顔が、耳まで赤く、そして熱くなったのが分った。
娼婦モドキの女、それもついさっきまでセックスをしていた裸の女がアソコを隠すどころか指で開いて見せつけながら、私のコンプレックスをズケズケと、それでいて淡々と言った、パパだってママだって口にしなかった。いつも優しく微笑んで私の全部を受け入れてた。だから学校でのことなんて……
友達は……昔はいた。あれは小学校の頃。仲が良かった友達。だけど5年生になった頃から一人で学校に行き、一人で帰ってくるようになった。女子のグループがハッキリしてきて、仲の良かった子が入ったグループには私は入れなかった。その頃から私は自分の顔が可愛くないと自覚した。中学生になるともっと露骨で、男子までがブスの子をからかい、そして苛めた。顔の可愛い子が集るグループが出来て、そのグループの子には男子も女子も皆がオベッカを使い、クラスの中心になった。私は地味で目立たない、そしてブスが集るグループに気づけば入っていた。誰からも無視され、気が向けば苛められる者の集まりがそのグループ。先生だって同じだった。誰も私たちのグループなんか気にしない。だけどそんなグループの子も、上のグループの子にオベッカを使う。ハラが立った。だから言った。なんであんなヤツらに気を使うの。私たちを虐めて笑ってるんだよ。バカじゃないの、と。それから私は一人だ。高校に入っても同じだというよりもっと酷かった。セックスが絡んできて、男子は絶えず女子を物色するような目で見るが、ブスの子からは慌てて視線を逸らす。まるでばい菌を避けるみたいに。男子にチヤホヤされる顔の可愛い女子はやっぱりクラスの中心グループで、絶えずわざとらしい笑い声をあげているが、誰もがもっと大きな声で笑おうとしてる。私は一人だ。誰も近寄ろうとはしないし、誰も話し掛けてこない。この裸の女が言う通りブスだから。ニキビとフケがいっぱいだから、皆が避ける。
「佑亜、泣いてんの?」
裸の女にそう言われ初めて気づいた。頬を涙が伝ってた。慌てて手で拭うと裸の女が続けた。
「ふ~~ん……ちゃんと悔しがるんだ。もしかしたら自分なんかどうせって諦めてんのかと思ったけど。明日、皮膚科に行くよ。そんで行きつけのサロン予約するから学校休みなさい。そのチリッチリの頭なんとかしなきゃダメ。ストレートパーマがいいのか縮毛矯正がいいのか、髪の毛見せてサロンに任せなさい。ヘヤースタイルもそう。どしてバカみたいに狭いおでこ出してんの? まるで猿。そのおでこ髪で隠しなさい。エラも。それとそのフケ。シャンプーとトリートメント合ってないからフケが出るの。どんだけ高くてもいいからフケがバッチリ止まるヤツ買ってあげる。サロンに売ってるから。顔中のニキビだか吹き出物は皮膚科に行くしかないけど……ちゃんと洗顔してんの? それに今食べてたのってなに? 全部食べちゃったみたいだからよく解らないけど、くちびる油油してる。高校生だから脂ぎったもの食べたいだろうけど、佑亜の体質考えたらダメ。体重なんぼ? 70キロ近くありそう……身長160もないよね? 痩せなさい! ガリガリになれなんて言わないけど、どう見ても太り過ぎ。私を見なさい! 167㎝で体重53キロ。これ以上痩せるつもりないからダイエットなんかしない。でも全部が自分の責任だって知ってるから体型は維持させるの。わかる? 誰のせいでもないの、自分の身体は全部自分のせい」
素っ裸の女は佑亜にどんどん近づいて来て一気にそう言った。椅子に座ったままの佑亜の直ぐ前には裸女の股間があり、さっき指で広げたまんまのソレがあって、佑亜は口をあんぐりと開けて裸女の顔を見たり、ソレを見たりしながら聞いていたが、裸女は更に続けた。
「ーーーーニキビや吹き出物ってホルモンに関係してんの。お前、部活やってないよね。見るからに運動苦手ってタイプ。16や17の男の子は勿論だけど、女の子も同じ。発散しなきゃ色んなもんが溜まり続ける。佑亜って処女だよね? それとも見かけによらずヤリマン?」
佑亜は思わず首を横に振った。なんども。
「だよね、うん、処女だ。でもオナニーくらいヤってんだよね?」
そう聞かれキョトンとしている佑亜。
「なにその顔? ………ええええ?? まさか……生れてこのかた一度もオナったことない?」
佑亜は何度も頷いた。
「ウソでしょ………なんで………」
裸女が絶句してしまった。
佑亜は覚えていた。まだ幼稚園児だった頃にソレがなんだか分からないまま手で股間を弄ると気持ち良くて何度もやっていた。だけど何となくだが恥ずかしい行為だと思っていて隠れてやっていたのだが、ある日ママに見つかった。その時のママは後にも先にも見たことのない凄い形相で佑亜を睨みつけ、けがらわしい!! と怒鳴り、佑亜の手と股間を叩き続け、泣き叫んでも許してくれなかった。
「まぁいいや。でもそれって覚えてないだけだね。女の子は幼い頃に誰だってアソコ弄っちゃうもんだよ。気持ちいいからね。…………あ~~そっか~……ヤってるのママに見つかってこっぴどく叱られたんだ。それがトラウマで今もしてないって訳か。ふ~~ん………人間の身体で全く使ってない部位は、だんだんとおかしくなるもんだよ。それにね~~なにがなんでも男とヤれなんて言わないけど、佑亜の歳で性欲を無理に押さえ込むのは身体に良いはずがない。身体のどっかに無理が現れる。セックスすると女は綺麗になるって聞いたこと無い? 科学的な証明はされてないみたいだけど事実だよ。ヤった後はグッスリ眠れる。オナっても同じ。質の悪い睡眠は美容の敵ってことぐらい分るよね? 運動もしない、セックスもオナニーもしない、そんな女子高生がちゃんと眠れてんの? 佑亜の脂ぎった顔ね~、食事も大事だけどちゃんと眠れるようにしなきゃダメだな。私のオナニーグッツあげてもいいけど、他人の使ったモンなんて嫌だろうから、新しいの買ってあげる。使い方わかんないならヤってあげるから言いなさい」
そう言って裸女は佑亜の部屋から出て行った。それでも佑亜は呆然と椅子に座り続けた。今までの私の全てを否定されたみたいで悔しい。でも何一つ言い返せなかった。セックスがどういう行為なのかは当たり前に知ってる。でもそれは神聖なもの。愛し合っている夫と妻の愛情表現。そしてその行為中に祈りを捧げ、神との繋がりを強め、祝福を求めることができる、とママが教えてくれた。でも………綺麗になりたい。ママはいつも微笑んでる人で美人ってほどじゃないけど全然ブスじゃなかった。なのに私はブスだ。どうして? この顔のせいで虐められて誰からも無視される。アノ女は悔しいけどママよりもずっと美人。そして足が長くて胸も大きくてスタイルがいい。お尻の形も良かった。ママは……ママは背が低くて、お尻が大きくてちょっと太ってた。それってセックスやオナニーに関係するの? オナニーしたらアノ女が言ったみたいにグッスリ眠れて綺麗になれるの? この顔中にあるニキビも消える? フケはアノ女が言った通りだと思う。シャンプーとかが合ってないから。小学5~6年生頃からフケが出るようになったのをクラスの誰かが、確か男子が「うわ~、きったねーー!!」と騒ぎ出したから知った。そして親切な女子が教えてくれた。お母さんに言ってシャンプー変えてもらいな、と。でもママは変えてくれなかった。「このシャンプーが一番いいの。おかしなモノが入っていないから。フケは、あなたの心の中に汚いものがあるから出るの。男との嫌らしい妄想を考えてるからよ」と言ってパンツを脱がされた。私はクラスの誰よりも早くに陰毛が生えていて、ママは私の陰毛を強く引っ張って「子供のクセに嫌らしい」と言った。だからシャンプーはずっと変えていない。嫌らしい妄想だってしないようにしてるのにフケは止まらない。私はどうせブスだし……
佑亜はその日も眠れず、窓の外が明るくなった頃にようやっと眠りに落ちた。そしてアノ女の夢を見た。裸だった。
朝、なかなか目が覚めなかった。二日続けて僅かな時間しか寝ていないからだ。意識が朦朧とする中で、まだ夢を見ていながら瞼が開くというおかしな具合でボンヤリしていた。……ん? なに? 誰? 直ぐ傍に誰かがいる。そしてその人は私の身体を触っていた。え……? どういうこと? なにしてんの?
意識が徐々にハッキリしてきて分かった。アノ女だ。アノ女が私のパンツの中に手を入れて触っているのだ。あまりのことに動けず、そして声も出せない。ウソだ。そんな……これは夢。絶対に夢だ。
「ふ~~ん、やっぱりか」
アノ女は引き抜いた手を見ながらそう言った。
「起きなさい。もう9時だよ。学校には休むって連絡した。ごはん食べて皮膚科行くよ」
だが佑亜は「私の……触ってた……」としか言えなかった。
「佑亜、自分でも気づいてたんだろ? そうなるのって毎晩なのか? …………頭じゃママの言いつけ守らなきゃって思ってても、身体は正直だよ。それも眠ってる時なら余計に反動がくるってもんだ。ほら起きれ! それとハッキり言うからね。お前はこれからもずーーっとブスのまんまで周りから揶揄われたり、無視されたりの人生を送りたいのか? ………違うだろ。なら私が作った物を食え! 弁当もちゃんと作ってあげる。三食ぜんぶ私が作った物だけを食え! いいな! 分かった? ………返事は?」
「………わっ、わかった」
目玉焼きとゴッサリの野菜サラダ、それと随分と少ないご飯とコーヒー。ご飯にコーヒー? って口出そうかと思ったが、それを作った女が私を見ていて、黙って食べた。寝てる間にアソコを触られ、そして何かを調べられてたことが逆らう気を無くさせていた。それに恥ずかしくて顔を上げられない。ママは自分の裸を他人に見せる事を絶対にしない人で、だから銭湯や温泉には行ったことがない。そして娘の私にだって裸は見せなかった。だから私もママ以外の人に裸を見せたことがない。プールの授業だってタオルで身体をグルグル巻いて着替えてたのに。それなのに……
「食べた? ならチャチャっと洗うから着替えといで。直ぐに行くよ」
ツードアの真っ赤な車。佑亜は車の種類には疎いからその車の名前は知らないが、外車だということだけは判った。ハンドルが左だ。
皮膚科までバスか地下鉄で行くのかと思っていたが、アノ女がどこからかこの真っ赤な車を運転してきて玄関前に停まり、「ほら、さっさと乗んなさい!」と窓を開けて私を呼んだのだ。
皮膚科は想像通りに混んでいた。だけど受けつけの人にアノ女がなにやら喋っていて、するとその受付の人は慌ててどこかに行った。っでややもすると「尾倉佑亜さーーん」と呼ばれた。
診察室にはさも当然だと言わんばかりにアノ女も一緒に入り、「先生、この子のニキビだか吹き出物、完全に治して!」と言い、それっきり腕を組んで私の後ろに立っている。診察を終え、塗り薬と飲み薬を出された。
「次はサロン。予約入れてあるから」
連れて行かれたのはすごく大きなホテルの中にあるヘヤーサロン。そして入るなり「お待ちしてました、流夏様」と凄く綺麗な女の人が寄って来た。常連らしいが私は緊張した。こんな華やいだ雰囲気の美容室、いや、サロンだ。私は入ったことがないし、私みたいなブスが来るとこじゃない気がして入口で動けなくなった。そんな私の肩を抱き寄せたアノ女が、私を前に押し出して言った。
「毛質が悪いの。まずそれをなんとかして。ストパー? それとも矯正? まかせるから天使の輪が見えるようにしてちょうだい。っで顔の欠点を隠す髪形にして。それとこの子フケ症なの。フケがバッチリ止まるシャンプー、トリートメント……あとなんだっていいから必要なモノ見つくろって。どれくらいかかる? ちょっと寄るとこあるから私出るけど迎えにくるから」
終わる頃の時間を聞いたアノ女は私を残して出て行った。ちょっと待ってよ、そんなの聞いてない。さっきの皮膚科でだって診察室まで頼みもしないのに付いてきたでしょ。こんなどう見ても私じゃ場違いみたいなところに置いてかないで。そんな私の心の叫びを無視してアノ女は出て行ってしまった。
「う~~ん……癖がキツイわね~~。矯正するけど、いい?」
ストレートパーマも矯正もやったことがない。だから聞かれたって分からない。そんなことよりフケ症の私の頭を綺麗な人が手で触ってるのが凄く恥ずかしい。それからも綺麗な人が私の髪の毛を触りながら色々と話しかけてきた。きっと私自身がどうしたいかを聞いてきたのだと思うけど、何を言ってるのか解らなかったし、緊張でずっと顔が赤くなっていて、脇の下に汗もかいていて、それを知られるのが恥ずかしくて黙って目を伏せていた。
癖っ毛は矯正とやらで信じられないくらい真っすぐになり、髪形はボブという名のお洒落なオカッパになり、おでことエラが隠され、鏡に映る自分が自分でないようなおかしな感じがする。そして私の頭には丸い光の輪があるのに気が付いた。これがアノ女が言った天使の輪なんだろう。
いつ戻て来たのかアノ女も傍に居て、右から左から、そして正面に来ては私の顔を眺めている。
「うん、いいわ。全然いい」
サロンの凄く綺麗な人がお勧めのシャンプーとトリートメントも買った。アノ女はクレジットカードで払っていたけど、あれはブラックカードだ。確か年会費が20万円もするのもあるって、上のグループの奴らが喋ってるのを聞いたから調べたことがある。ママは普通のカードでゴールでもなかった。なんでアノ女がブラックカードなんか持ってるんだろう。
車に乗ると1時前だった。皮膚科が思った以上に早く終わったせいで、全部が随分とはやく済んだ。
「どっかで食べてこうかと思ってたけど………帰って私が作るわ。あっ、それとコレ」
そういった女がバックから取り出したモノを無造作に投げよこした。ナニこれ?
「オナニーグッツ買ってきたから」
「…………そっ、そんなの……私……」
言葉が出なかった。まさか本当に買って来るなんて……いったいどこで買ってきたの? それも女一人で買ってきたの?
「使い方わかんない? 私がやってるとこ見せるかい?」
「わっ、私………そんなの……」
「なに? そんなのそんなのって……いいからやんなさい。やんないなら佑亜が寝てる間に私が手でヤるよ。マジで。そっちの方がいいならそう言いなさい。ヤってあげるから。………見る? やってもらう? どっち?」
「…………どっちって………」
「あのさ~~、お前が私のことどう思ってるかぐらいは分ってる。だけどね、お前は私の娘になっちゃったの。それ分る? 私はお前の母親だってこと。義理だろうが母なの。嫌おうが憎もうがそういった関係だってこと。妙に歳が近いけどね。っで私はこういう性格だから諦めな。お前がセックスやオナニーやってたって全然恥ずかしくないし、普通ヤるだろって思ってて、聖母マリアみたいな生活の方が絶対ヤバイって分るの。お前さ~寝てる間に身体が反応してるよ、あれは……」
「やめてええええええええええええ!! ………それ以上言わないで…………お願いだから。……ヤるから、自分でやる」
「あっ、そう。ふ~ん……ちょっと残念かも。ところで佑亜は私のこと何て呼ぶの? ママ? おかあさん? それとも流夏さん?」
「ええ? …………流夏……さん」
「わかった。それでいいよ」
夕食も食卓で流夏と一緒に食べた。サラダが山盛りの夕食。
「ーーーサロンで聞いたと思うけど、今日は頭洗ったらダメだからね。それでもサロンで頭洗ったから今はフケ出てないよ。今までこの家で使ってたシャンプーやらは全部捨てたからね。ところでさ~、今までどんなふうに洗顔してた?」
「………どんなふうって………普通に石鹸で……」
「石鹸って………手ぇ洗ってるアレ?」
佑亜は頷いた。この家では母親が生きている頃から、父も母も、そして娘の佑亜も、洗面台に置いてある石鹸で顔や手を洗っていた。
「だろうと思った。………普通は友達なんかと情報交換すんだけどな~~………あのね~、ニキビって菌の増殖や炎症を抑えなかったらダメ。皮膚科でも言われてたでしょ。聞いてなかった?」
皮膚科の診察室で先生がいろいろ言っていたが、後ろにいる流夏のことが気になり、ほとんど聞いていなかった。
「それとさ、菌を洗い流そうとゴシゴシ顔洗ったらダメなんだからね! 乾燥させ過ぎてもダメ。………ほら説明書読んで使いなさい。何日か使ってみて合わないようなら直ぐに言いなさいよ」
「…………病院でくれた塗り薬は?」
「はぁあああああ? お前、何にも聞いてなかった? 洗顔した後に塗るの!! その洗顔料にしたって塗り薬と合わなかったら困るから調剤薬局で買った!! 調剤薬局の人の話し聞いてなかった? 洗顔もしないで汚いまんまに薬塗ったくるつもりだった?? お前の顔のことなんだよ! …………言っとくけど洗顔は朝と晩だからね。っで晩は風呂に入って頭や身体洗った最後に洗うこと。塗り薬はその後。分かった?」
「………うん」
夕食を食べ終え、お風呂に入って身体を洗い、立ち上がってシャワーで泡を流していると流夏が入って来た。それも裸で。
「………えっ?! なっ…………」
慌ててしゃがみ込んで股を閉じて身体を丸めた。
「ナニ恥ずかしがってんの。私はお前の母なんだよ。ほら見せなさい!!」
強引に仰向けにされて見られた。
「今更だけど、大事なとこの洗い方ちゃんと教わった? …………私のを見て真似しなさい。ほらそこに座ってコッチを向きなさい! それとも私に洗って欲しい?」
ソコの洗い方を見せられた後に自分でもやらされた。それも叱られながら。そして洗顔方法も教わったが、こんなに泡立てるの? とビックリした。
自室のベットで仰向けに寝転がっていた。CDを掛け、そして手鏡で自分の顔を見ていた。
髪がツヤッツヤだ。前髪を手で撫でながらおでこが隠れるようにすると、以前の私とはまるで別人の顔がそこにあった。上半身を起こすと髪でエラが隠れ、もっと別人だ。心なしかニキビも減ったような気がする。前髪を持ち上げるとそうではないのが分った。口周りとおでこに多いのだ、ニキビが。時計を見ると10時になろうとしている。いつもは夜中の1時過ぎにベットに入る。だから全然眠くないが、流夏が8時間は寝なさいと言ったからパジャマは着た。どうしよう……足元には流夏が買ってきたヘンな物が転がっている。一応、取り出して電池を入れた。そしてスイッチを入れた途端に驚いて投げ出したままだ。本当にコレでぐっすり眠れるようになるんだろうか? ママは眠剤を飲んでいた。私もママに似たのか、いつの間にか眠りにつくのに時間がかかるようになっていて、12時前に寝ることなどない。
いきなりドアが開けられた。流夏だ。
「……ええ? なっ、なんで裸?」
またヤってたのか、と思ったが、パパは今日から出張でいない。だったらなんで? まさか男を連れ込んだ?
「パパはいないからね、オナってた。………お前も………その顔はまだ使ってないみたいだね」
「るっ、……流夏……さん………裸で入ってくるのは………それにノックくらい………」
「音楽掛けてんだから聞こえないでしょ」
そういってズカズカ近づいてきた。
「佑亜、パパもそうだけど、お前だって洗礼なんか受けてないだろ。去年、修学旅行だって行ったんだろ? 京都の神社仏閣どうしたの? 入らんかった? お前がどんな神様崇拝しようが勝手だけど、その神様はお前に、ブスのまんまで虐められ続けなさいって言ったのか? マリア様ってブスか? 綺麗な顔してんじゃないの? それにこれだけはハッキリ言える。処女懐妊なんてものは後々の世の奴らが勝手に都合がいいようにデッチ上げた作り話。ヤったから妊娠したんだよ。お前の母である私はね~、お前がブスだって構わない。だけどソレをネタに揶揄われたり苛められたりするのだけは我慢ならない。お前が整形したいって言うならいくらでもお金出してあげる。でもその前に自分でやれること全部やんなさい。なんもやんないで全部他人任せていうのは、私は嫌いなの。荒れた肌を治すには食事と睡眠。騙されたと思ってオナリなさい。ぐっすり寝眠れるから。初めてで怖いんなら私がヤってあげる。ほら脱ぎなさい。………なに? 脱がして欲しいの? そういう展開が好きなの?」
お風呂でアソコの洗い方を指導されたせいで流夏の顔をまともに見れない。そんなことなど全く気にしてないのか流夏はいっぱい喋っていた。……なに? そういう展開?? 流夏の手が佑亜のパジャマに掛かり、脱がされそうになって分かった。
「だっ、だめええええ!! ……いっ、いい!! 自分でやる………」
「そうかい? なら見てようか?」
「ええ?? ………ダ……ダメ!! あっち行って!」
ようやっと流夏が部屋から出て行った、と思ったら戻って来て、初めてだからパジャマ超しに当てなさい、と真顔で言ってから階段を下りて行った。
翌朝、食卓で朝食を食べていると、真向いに座った流夏が、何も言わずにさっきからじっと私の顔を見てる。なに? 見ないで。あっちに行って。でも流夏の顔を見れない。視線に気づかないフリをして目を伏せたまま食べ続けた。だけど顔が熱い。きっと真っ赤になってる。
学校から帰ってきた私。歯を食いしばって帰ってきた。こんなこと今日が初めてじゃない。慣れてる。慣れてる。慣れてる……それなのに、言われたことが頭の中で繰り返される。
ーーーーはぁあああああ?? なにそれぇぇ??
ーーーーブスのくせに色気づいちゃったぁぁ?? こわいんですけどぉぉ
ーーーーウリでもやるつもりぃぃ?? きもいオヤジなら買ってくれるかもぉぉ
ーーーー髪形変えてもその顔じゃ~ね~
ーーーーデブがなにやったってデブなんだよぉぉ、だってブタじゃん
ーーーーブツブツだらけの顔なんだから~無理したらダメなだよぉぉ
私は一人だ。誰もかばってはくれない。上のグループの奴らが笑うと、皆もわざとらしい声で、もっと大きな声で笑う。私を指さしながら。そんな奴らを無視して椅子に座ると、まるめた紙を投げられた。次々とぶつけられるナニか。私の周りはゴミだらけ。私はブスでブタ。ブスでブタ、ブスでブタ………
「お帰り、佑亜」
その声はキッチンの方から聞こえた。私は靴を脱ぎ散らかしその声の方へと走った。ドアを開けるとエプロンをした流夏が振り返った。その姿は滲んで見えた。私は身体を震わせ声を殺して泣いていた。流夏はそんな私の頭を抱きかかえてくれた。
「…………私の娘を………私の大事な娘を………」