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祓う  作者: シグマ君
13/16

第13話 4丁目0番地 その5

 風呂場で裸のままで突っ立てる丹波ユキとサチコ。その二人の前には一人だけ裸ではない権藤彩音が何やら考え込んでいた。


「ねぇアヤちゃん、まだ? ………あっ、サチコーー! もう……また引っ張った。あんただって生えてんでしょ!!」

「だってね、ユキちゃんの毛ぇって伸ばしたらビョ~んって長ーーいのに、チリチリに丸まってて………あはははは……ぬいぐるみのクマさんの頭みたいなんだもん………クマのシッポかな」

「しっ、しっぽ? そっ、そんなこと…………変かな?」

「う~うん、変じゃない。なんか可愛い」


 すると彩音が何かを思い出した。


「クマ…………あっ!! さっきゼロ番地って言ってたな。それって多々羅町か? 4丁目の……」

「ああ、そうそう、桂のおっちゃん、多々羅町だって言ってた。それが?」

「ずっと前………アタシの婆ちゃんが生きてる頃、婆ちゃんが言ってた、多々羅町のこと。サチコ! ズブズブの奴、ゼロ番地のアパートから来たって言ってたな?」

「うん」

「アタシらが中3の時だ、そのアパートが出来たの。婆ちゃんの話しだと、その前は幼稚園だったはず」

「幼稚園? へ~そうなんだ。っで、なんでクマから思い出した? ………痛てっ、ああ、もう……だから抜かないでって!! ハゲたらどーーすんの!」



 彩音は婆ちゃんが言ってた内容を思い出しながら語った。


 多々羅町は昔は違った名前じゃった。どんな字を書くかは知らんが、サマンペ町だったと聞いた。アイヌ語じゃ。女のアソコを指す言葉らしい。誰がなんでそったら名を付けたのかは分からんが、そんな町名じゃみっともないじゃろう。っで多々羅町に変わった。羅は梵語の「ラ」じゃろうな。大乗仏教じゃ、俗界には二度と生をうけることのない階級らしい。

 多々羅町にはけっこう大きな川が今も流れておるが、昔々はアキアジがよう上った。禁漁なんてもんも無ぇ時代じゃからバカみたいに獲った。じゃがアキアジを狙うのは人間だけじゃねぇ。ヒグマも秋口になりゃ川に集まってきおる。ヒグマなんてもん動物園やクマ牧場以外で見たこと無ぇだろ。ありゃ~内地に棲む熊とは別物で不死身じゃ。鉄砲で撃っても死なねぇ。それどころか怒って向かってきおる。じゃが普段は気がちっせいから人間を怖がるし、あんなデケーずうたいしてんのにドングリやら山ぶどう食ってんだ。それが秋になりゃ川にきてアキアジを狙うのよ。人間と鉢合わせになちまって、中には食っちまったヤツもいた。人間を。ヤツらにすりゃ~美味ぇんだろ、人間ってやつが。殺してから食うんじゃねぇからな。生きたまんまの人間を内蔵から貪り食う。内臓を食われ始めた人間がどんくれぇで死ねるもんなのかね~。っで一度でも人間を食っちまったヒグマは悪魔みてぇになっちまう。なんでか分からんか? 人間の味を覚えちまったからよ。また食いたくなるのよ。そうなっちまったら人間を怖がらん。食いもんだからな。人間の臭いを探しまわる。あいつらの鼻はスゲーぞ。山の向こうから嗅ぎ分ける。バケモンだ。

 多々羅町の川っぷちで食われた人間がいた。食ったヒグマは又そこに行きゃ食えると思ったんだろうて、何人も食われた。そこでようやっと熊狩りよ。酷ぇありさまだったと聞いた。鉄砲持った猟師が何人もいて、犬もたくさんいた。それがかたっぱしからヤられた。なんべん撃たれても倒れねぇし逃げもしねぇ。狂っちまったんだ。撃たれても撃たれても襲い掛かってきおるのよ。足だって速ぇからな。とてもじゃねぇけど狙われたら逃げられっこねぇ。大半の人間がやられてからだ、ようやっとヒグマが倒れた。そこで止めれば良かった。それなのに食ったらしい。仕留めたヒグマを多々羅町の川っぷちでバラして食いやがった。そいつも頭が変になったんだ。彩音、お前も覚えておけ。四つ足を食ってる獣は食ったらダメだ。ブタも牛も鳥だって四つ足の獣を食いはしねぇ。だけどな、ヒグマはナニ食ってんだか解んねぇから食ったらダメだ。シカ食ってるヤツもいりゃ~ウシ食ったヤツもいる。ヒグマは山に食うもん無くなりゃ~四つ足だろうと襲って食う。おまけに人食いのヒグマだ。そいつをバラして食ったんだ。ヒグマを介して人間が人間を食っちまったのとおんなじだ。どこの誰とは言わねぇ。っでソイツは狂った。女房子供がいるクセに、女を騙しては犯して殺すを何べんも何べんも繰り返した。他人の女房だろうが幼娘だろうが手当たり次第よ。っでソイツが犯人だってバレて町の衆に焼き殺された。それが今の多々羅町4丁目ゼロ番地あたりだ。女のアソコって意味の町名にぴったりの事件だと噂になった。女が犯されて殺された場所も、ヒグマに人間が食われちまった場所も、そのヒグマを食ったのも全部おんなじ場所よ。そこで焼き殺された。そったら土地で幼稚園やってたらしいから長続きするはずが無ぇ。案の定、引っ越した。手に負えねぇ土地ってもんは、ある。土地に色んなもんが染み付いちまって年月が経ちゃ~どうにも出来ねぇからな。



「………それって、どれくらい昔の話し?」

「婆ちゃんが子供だった時。だから昭和」




 鶴岡幼稚園の園長:鶴岡美佐江は机の前で、受話器を電話機に置いたままの姿勢で呆然と立っていた。そんな……そんなことがあるはずが……違う、きっと勘違いだ。エッチな夢を見て、眠ったまま自分で自分を慰めたに違いない。そうだ、自慰に耽ったんだ。50を過ぎた私だって自慰くらいする。それが若い女であれば、それが幼稚園の先生だとしても女は女だ。別に恥ずかしいことじゃない。誰だってするのに辞めるなんて。でも……典子先生は「犯されたのに自分から……」と言ってた。それに薫子先生は「病みつきになりそうだった」と。そして二人ともがライオン組だったと……いったいどういうこと? 自慰じゃないってこと? そうだ、私が自分で試してみればいい。ライオン組に泊れば…………いや、二人が言ってたことがもし本当なら、私、お化けとセックスしちゃうの?


「冗談じゃない! いくら50を過ぎたからって私は男に不自由してない! 一昨日セックスしたから」


 美佐江は再び住所録を手に取り、どこかに電話を掛けた。


「ーーーーーーーーもしもし、恵美先生? 鶴岡幼稚園の美佐江です。昨日はお泊り会ご苦労さまでした。………もしかしたら寝てた? …………あああ、あははは、ごめんなさいね~~。ところで恵美先生にちょっと聞きたいことがあるの。今いいかな? ……………大丈夫? …………あのね、お泊り会の時に恵美先生はどこで寝たの? あははは、変なこと聞いてごめんね~~、別に大して意味はないんだけど…………え?! ライオン組! そっ、それって一人で? それとも他の先生と一緒だった? …………うんうん、亜紀先生と一緒に寝たんだ………………ええええええ! 典子先生も一緒だった!! ほっ、ほんとに? あっ、ごめんごめん、私ったらナニ興奮して大きな声だしてんだろう。はははははは…………あっ、あのさ~~……寝てる時なんだけど………特段変わったことって…………………え? なに? 日が昇る直前に薄っすらと見えた? 見えたってナニが? ………はい? 金縛りで動けなかった? …………ちょっと恵美先生、泣いてるの? いや、あの、とっ、とにかく泣かないで。うん、大丈夫、私は恵美先生の味方だから落ち着いて。うん……………電気消してるから真っ暗だよね。そこで金縛りになっちゃったんだ。…………うん、かわいそうに…………え? 私? ああ、あるある、何度か金縛りになったことあるよ~~………………えええええ?? 何かがゾロゾロ現れた? ……そっ、それで? ……………真っ暗でなにも見えなかったんだ。それが日が昇る直前に薄っすらと見えた?! …………すっぱだかの典子先生!? はぁああああああああ?? ………………黒い影とセックスしてた………ええええええええええええ?? そっ、それは見間違いじゃ……きっと典子先生は自慰をしてたんじゃ………自慰だって自慰。ああ、最近の若い子はオナニーって言うみだけど恵美先生だってするでしょ、自慰。私だってするから、うん、…………するけどアレは違う? 絶対にセックスだったって? ………それも凄まじく激しいやつ?」


 最初は口ごもっていた恵美先生だったが、いったん喋り出すと、自分が見たものがよっぽど強烈だったせいか止まらなくなった。それを電話口で相槌を入れながら聞いている美佐江は、あまりにも生々しい話に、そして酒が入っているせいもあって立っていられなくなった。電話機を持って長椅子にドカリと腰を落とし、そして聞き続けた、1時間以上も。


 ようやっと恵美先生との電話を切る事ができた美佐江は、ガックリと肩を落とし項垂れた。そしてそのまま長椅子に足を伸ばし、横になってしまった。意味が分からない。でも電話口の恵美先生の声は必死だった。とても嘘や冗談を言ってる風じゃない。それにさっき退職願を持って来た典子先生本人の言い分とも合致する。この幼稚園……建物にナニかあるの? 


「そう言えば………」


 美佐江はあることを思い出した。この幼稚園を建てるのに随分と年月を要したことを。確か3年も掛かったはずだ。不動産会社の社長をやった今では解る。あり得ないと。息子の芳太郎も同じ事を言っていた。どうして手間取ったんだろう? なにか理由があるはずだ。そうだ、建築を請け負った社長に聞いてみよう。きっとなにか知ってるはず。建てた業者は寅松建設。夫が生きてる時も、私が不動産会社の社長をやってた時も、そして息子の代となった今でも寅松建設はメインに使っている。電話番号は覚えていた。美佐江は再び電話機を手元に引き寄せダイヤルを回すと直ぐに出た。


「あ~寅松建設さん、鶴岡です。鶴岡不動産の…………そうです美佐江です。ええ、ええ、こちらこそお世話になってます。社長はいます?………………ああ、寅松社長、私………美佐江よ。いつも息子の芳太郎がお世話になって………フフフ………ところでね、ちょっと古い話を思い出して欲しいの。…………ええ、ええ………詳しく聞きたいから忙しいとこ悪いんだけど、こっちに来てちょうだい……………違う違う、不動産の方じゃなく幼稚園に来て。………………ええ? 忙しくて行かれない? ちょっと~~なにそれ。………まぁいいわ、だったら何時なら来れる? 明日? それとも明後日? ………はぁあああああ? 今月は無理?! ほぉぉぉ……そんなこと言うんだ、私に。ふ~ん……そうなんだ……だったら奥さんに電話掛けようかね~~、一昨日、旦那さんと散々やりまくった美佐江ですって。私は構わないよ…………ええ? 違う? 何が違うのさ。ハッキリ言いなさい! 別れたいって言うなら別れてやろうじゃないの。いっぺんでいいからヤらせてくれって頼んで来たのはドコのどいつさ? あれはウチの亭主がまだ生きてた時だよな。私を見るだんびに膨らまして、アハハハハハ…………なに? ええ?…………幼稚園には行きたくない?? グチャグチャグチャグチャなに訳の分からないこと言ってんの!! もういい!! 今から私がそっちに行く!! 逃げんなよ! もし居なかったら、その足であんたの嫁んとこ行くからな!」


 電話を叩き切った美佐江は直ぐにタクシー会社に電話を掛け、10分ほどで現れたタクシーに乗り込んで行った。





 大国家にリンカーンリムジンで乗り付けた田所波一郎と桂義男のおっちゃんコンビ。迎え入れた大国はその二人を見るなり、唸り、すぐさま祝詞を唱え始めた。


「あなた方二人はいったい何処でこんなことに………」

「そっ、そんなに酷いことになってますか?」

「う~ん………ちょと見た事が無いくらいに瘴気に当てられた跡が身体全体に………それと乗って来た車にも」

「瘴気……ですか………彩音様はズブズブの奴だとか………しかし何処でと言われても私にはよく分かりませんが、ユキちゃんが……ああ、丹波ユキのことですが、あの娘が突然、直ぐにここから離れて、と叫んだ場所があって、恐らくはそこだと。……ああ、そうそう、サチコもその時に何かに酷く驚いたような表情をして、そして直ぐに渚と入れ替わり……あれってどこだった? 桂さん、覚えてるか?」

「はい、多々羅町の4丁目ゼロ番地です。そこのアパート前で車を停めた際に………ユキちゃんが言うには、ナニかが車の中に入ってきた……と」


 それを聞いた大国が息を飲んだ。


「まさか………そんなことが…………あの土地は昭和の時代に、ある人が何重にも呪いを掛けた。アパートだと?」

「のっ、のろい? ………土地に呪いって………それはどういう意味で?」


 すると大国はしばらく目を閉じ、そして大きく息を吐いた。


「なんと説明して良いか………様々な不幸な偶然が重なり、結果として更なる不幸を呼び込むことになった土地というものがあります。負の連鎖とでもいうのでしょうが、マイナスのエネルギーは或る程度の大きさに膨れ上がると、まるで意思を持ったようになり呼び込むのです。更なるマイナスを。………大地は吸い込みますから。人はいつしかそんな土地のことを、呪われた土地と呼びます。そんな様々な不幸を吸い込み、飲み込んだ土地を浄化させることなど出来ません。ですので新たに呪いを掛けたのです。おかしくなってしまった土地が悪さをしないよう、呪いでもって封じた。毒をもって毒を制すという諺を実践したということです」

「そんな気味の悪い土地が………この管内……多々羅町に。でっ、でも大国の旦那、封じたんですよね? それが何でまた?」

「ええ、信じられません。あの土地に掛かっている呪いは何重にもなっていて、仮に一つの呪いが破られたとしても次の呪いで封じる仕組みになっていたと聞きます。しかし、丹波ユキさんとサチコが、魑魅魍魎を見たのであれば………幾重もの呪いの隙間から出てきたモノが……いる」



 そして大国は、自分が知ってるあの土地のイワクを語った。



 多々羅町、昔は違った名前だった。その別の名前だった頃、あの町には今でも大きな川が流れているが、その少し離れた所には山がある。今でもヒグマが棲む山。そして当時のあの川には秋になると産卵のためのアキアジが上がった。今となってはもう見かけることなど無い風景が当時はあり、大勢の人が秋になるとあの川でアキアジを獲った。

 河川用地の所有者は国だったり北海道、又は市町村だが、その用地に隣接された土地を或る人物が買った。昔の大地主の子孫で、今でも管内では有名な大規模農家の鶴岡家だ。そうとうな面積での畑作、そして何百頭もの乳牛を育てていて、知る人ぞ知る豪農が鶴岡家だ。

 鶴岡家の長男は真面目で実直な男だったが、次男が腐ってた。まともに働きもせず町のチンピラとつるんでは警察の厄介になるを繰り返し、それでも鶴岡家の人間だ、嫁を貰って分家となった。働き者の嫁を尻目に相変わらずの自堕落な生活だったのが、アキアジに目を付けた。そして本家に金を出させ、多々羅町に流れる川の河川用地と隣接する土地を買った。アキアジを獲りにくる人達がその土地を通らなければ川に行けないから通行料として結構な金を取ったのだ。確かに私有地だから当たり前といえば当たり前だ。本家に金を出させて買った土地に掘っ立て小屋を建て、秋になると毎日その掘っ立て小屋に籠り、せっせと通行料を稼いでいた。

 だが通行料を払ってその土地を通っていた人がヒグマに襲われ、食われた。それも何度も。次男は激怒した。俺の土地にクマが出ると役場にねじ込み熊狩りをやらせた。だが猟師の大半が返り討ちに合うという悲惨な結果だった。それでも人食いヒグマは仕留められたのだが、次男はその仕留めたヒグマをそこで食った。焼きもせず生でだ。それを見た人は、なにかに憑りつかれたように貪り食っていた、と言ったそうだ。人々はその土地と次男を忌み嫌った。何人もの人がヒグマに食われた場所。そして誰も食ったりしないヒグマをアイツが食っていた場所だ。アイツは呪われてる、と。

 そんな最中に太平洋戦争が始まった。もともと日中戦争が長引いていたが、景気は悪くなかったのが一変した。贅沢は禁止だとのお国からのお達しがあったのせいもあるが、食い物全てが配給制になり、商店は何かを売りたくとも仕入れができない事態となったのだ。日が経つにつれ人々の生活は貧しくなり、物々交換で足りない食料を調達するようになった。農家には毎日のように着物を持った人が訪れた。これで野菜と交換してくれと。分家の次男のところにも来た。その殆どが女だ。次男は言った、明日の〇〇時頃に多々羅町の川っぷちにある掘っ立て小屋に来い。そこに分けてあげられる芋やらカボチャが置いあるから、と。ご丁寧に手書きの地図まで渡した。そして掘っ立て小屋に来た女は、全員が犯され、殺され、川に流された。

 その内に噂が立った。アイツの所に行った女は誰一人帰ってこない。町の何人かの男が次男の後を付けた。そして見た。掘っ立て小屋から飛び出して来た裸の女を。その女を捻じ伏せ、覆いかぶさった裸の次男も。それは狂ったように何度も何度も女を犯し続ける次男の姿で、その最中に女の首を絞め、動かなくなった女の頭を石で叩き潰しながら犯していたという。まともな人間のすることじゃない。屍姦だ。

 町の男達は罠を仕掛けけた。ある女を次男の所に行かせたのだ。そして次の日に掘っ立て小屋で待つ次男を掘っ立て小屋もろとも焼いて殺した。

 次男の女房と二人の子供は首を吊って死んだ。次男が焼き殺された土地にあった柳の木にぶら下がったのだ。

 戦争中も、戦争が終わってからもアノ土地に近寄る者がいなくなった。次男が焼き殺されたのは周知の秘密だ。大勢が知っていながらそれを口にする者がいない。焼けた死体はバラして川に流したから行方不明ということになっている。それなのに嫁と二人の子供が首を吊った。それもアノ土地でだ。誰もが畏れた。祟られるのを。

 皆が目を背け知らぬ存ぜぬを貫いた。だがそんな重大な秘密に耐えられる訳がない。誰かと相談できればまだ違ったのだろうが、それも出来ないとなると己の胸に仕舞い込み続けることになる。或る男がそれに耐えきれずに狂った。毎晩のように殺した次男が夢枕に立ったというのだ。そして首を吊った。まだアノ土地で。その話を聞いた男も狂い、同じ事をやった。そうなると次男殺しに関わった者全員がそれ以上黙っていることなど無理だ。誰ともなく毎晩集まり、互いの顔を見ては「俺だけじゃない」という安堵にもならない安堵を覚えるを繰り返す日々だったという。そして誰かが言った。ちゃんと供養しなければ、と。

 町内で寺を構える住職が呼ばれたが、その住職は例の土地に入るなり腰を抜かし逃げ帰った。それでも放っておくことは出来ないと本山に縋った。まもなく本山から派遣された高齢の僧が来た。その僧は、腰を抜かしたり逃げ帰ったりはしなかったが、唸ったまま立ち尽くしていたという。そしてしばらく後にこう言った。「拙僧の手には負えぬ。ただ、外道の術であれば………」と。

 町の者はその僧に頼み込んだ。「坊様は、外道というものを使える人を知っているのか? お願いだ、その人に頼んでくれ。金ならいくらでも払う」と。

 僧侶は言った、「過去に破門した男がいる。外道になり果てもう僧とは呼べぬが………あやつには貸しがある」と。



 話し終えた大国は大きな溜息をついてから、「まさかアノ土地にアパートを建てるなど………住む人に障る」と言った。


「大国の旦那、知らんかったんで?」

「ああ、今あなた方から聞くまで知らなかった……」

「でもあのアパートが建ったのは……4~5年前だったはず………その前は、昭和の終わり頃ですが幼稚園が……」

「なっ、なに!」

「ええ、でもその幼稚園は始まってから6~7年で移転してます」

「当然だ! あんな土地で幼稚園など……いったい誰が始めた?」

「さっきの大国の旦那の話しで思い出したんですが、鶴岡幼稚園ですよ、ええ、鶴岡。川っぷちで通行料とってヒグマを食って女を犯した鶴岡」

「なっ…………まさか………あの一家は途絶えてる」

「それは分家の方ですよね。本家の鶴岡は長男が農家継いでますが、本家には次男がいて、その次男が不動産業やってまして、けっこう手広くやってますよ。あれ? 死んじまったかな? その次男の嫁が幼稚園の経営者兼園長……」

「次男か…………因果は………やはり巡るものなのか」




 寅松建設の社長室。おかしな愛想笑いを浮かべる寅松社長の頬を引っ叩いた鶴岡美佐江。


「いつでも別れてやるからな。そん時は嫁に全部ばらすだけじゃなく、あんたんとことの取引は全部中止だ!」

「いっ、いや……俺は美佐江以ちゃんと別れたいなんて………そんなの一言も……」

「黙れ!! いいから私が聞くことに答えろ!! 正直に言えよ」

「はっ、はい……」

「ウチの幼稚園建てた時のことだ。なんであんなに掛かった? 確か3年も掛かったよな? サボってたのか?」

「ちっ、違う! ………美佐江ちゃん、あんた聞いてないのか?」

「聞いてないって、なにを?」


 それから寅松社長が語った内容は驚くべきものだった。


 地鎮祭の時からおかしかった。神主の手配がつかなかったのだ。どの神主も場所を聞いた途端に断り、そこで遠方の、それも怪しげな神主を騙すように連れてきて地鎮祭を執り行ったのだが、そいつは次の日に死んだ。それも地鎮祭をやった土地にあった柳の木で首を吊ったのだ。

 そしてその柳の木を伐採するのが大変だった。依頼した伐採業者が3人の作業員を入れたのだが、チェーンソーを持った奴が1人に襲い掛かり、殺し、その死体を犯した。男が男をだ。残った1人が逃げ、通報を受けた警官が駆け付けると、まだ犯していたという。逮捕された男は拘留中に壁に頭を打ちつけ死んだ。

 伐採を後回しにして掘削工事を実施しようとしたが、今度は現場に入れたショベルカーが暴走し、堤防を乗り越え川に突っ込み、運転手は溺死した。意味が分からない事故だった。ショベルカーの不具合で暴走したのなら、運転手はどうして逃げなかった。ましてや川に沈んでいくショベルカーにしがみ付かなければ、運転手までもが沈むなんてことは有り得ない。

 そんな事故が立て続けに起きたのだ。男の死体を犯した伐採業者の作業員は孫もいる60代の爺さんだ。誰もが思った「これは事故なのか?」と。

 工事は一旦中止となった。寅松社長は言った、


「この土地にはなにかある。こんなとこに幼稚園作るのは止めた方がいい。鶴岡社長、あんたなら他にも土地あるんだろ?」


 だが鶴岡社長は頑なだった。計画通りここに幼稚園を建てると。

 そこで寅松社長は鶴岡社長の了解を得て、拝み屋を頼んだ。現れた拝み屋は「これは………」と絶句したまま、無言で帰って行った。

 それから1年以上もの間、寅松社長は様々なツテを頼りながら、あの土地を何とができる人を探しつ続けた。



「ーーーーそれが工事が長引いた理由だ」

「そっ、そんな…………本当の話しなの?」

「ウソ言ってどうすんだよ。そんなことより何で聞いてないんだ? あんたがたって夫婦だったんだろ?」

「………あの頃のあの人は………ものを喋んなくなってた…………それより、それでどうなったのさ? 見つかったんでしょ、何とかできる人が」

「ああ、ようやっと見つけた」


 それは鶴岡社長と付き合いのあった国会議員絡みだ。政治家という者は不思議と占い師とか、今でいうスピチュアルな人達と関係を持ちたがる。その議員から紹介された男は、異様な眼をして独特のオーラを纏った、いかにも、という感じの年齢不詳の男だった。そしてソイツを例の土地に連れて行くと、不敵な笑みを浮かべながら言った。


「クックック……やっぱりな。これは俺じゃなければ無理だ。どんな偉い坊さんだろうが手に負えない。やってやるよ。その代わり……クックック……報酬は高いぜ」


 そう言ったソイツは指を1本立てた。寅松社長は100万だと思ったが、隣にいた鶴岡社長が「1千万だな。わかった」と言うのを聞いて、ギョッとした。

 それからソイツは一ケ月に渡ってその土地で何かをやっていたらしいが、秘術だと言って誰の同席も認めなかった。肝心の鶴岡社長はその間何も言わなかったが、寅松はアイツがうさん臭くてしかたがなかった。1千万だぞ、1千万………インチキだったらどうすんだよ、いや、明らかにインチキだ。どう贔屓目に見てもアイツの風貌はインチキ野郎のそれだ。

 だが一ケ月後、おそるおそる工事を再開したが、不思議なくらい工事は順調に進んだ。そして暫く経った頃だ。現場を見ていた寅松社長の隣に、いつ来たのかアイツが居た。


「うわっ!! …………あ、あ~………あんたか……脅かさないでくれ……」

「クックック………順調だろ? クックック」

「………ああ、驚くくらいに順調だ。なぁ、教えてくれないか。あんた言ったよな。誰の手にも負えない、できるのは自分だけだと。それも、この土地を見て言った。どうしてなんだ? なんで自分だけが出来ると分ったんだ?」

「そうなだ………鶴岡も約束以上に報酬をはずんでくれたし………あんたには教えてやるよ。鶴岡は長くは生きられないだろうしな」


 寅松がギョッとしてソイツを見ると、ソイツも寅松を見ていた。思わず目を逸らしてしまった寅松にソイツは笑いながら言った。


「この土地には信じられないくらいの血と肉、それと怨み、更には生への執着、それに性の渇きが渦巻き、しみ込んでる。おまけに獣を食らったヤツまでここで焼かれ、そいつに食われた獣の凄まじい怨みまでが混ざる土地だ。こんな土地、そうそうあるもんじゃない。放っておいたらもっと広がる。だから呪いを掛けて封じたヤツがいる。そいつは見て直ぐに誰だか分かった。俺のオヤジだ。だからその呪いを壊さぬよう改良した。ついでに一つ付け加えてやった。かごめかごめって知ってるか?」

「なに? かごめって………子供の遊びのか?」

「ああ、そうだ。だがな、あの歌詞は呪詛だ………クックック」


 気味が悪くなった寅松は聞き返す事をしなかった。


 寅松建設の社長室にある応接セット。そこに座って寅松の話を聞いていた鶴岡美佐江は、血の気の無い、青白い顔で呆然と動きを止めていた。


「ーーーーおい、おいって! 美佐江ちゃん! ………大丈夫か? おい、しっかりしろ!」

「そいつ…………そいつの名前……聞いたんだろうね?」

「ああ、聞いた。忘れもしねぇ。北海道じゃ聞いた事ない名前だ。ナギリ……名前の名に、切手の切、って書いて名切」



 次の日、そうとう早い時間に幼稚園に行った美佐江は、出勤して来る先生達を門の前で出迎えた。


「おはよう!! 恵美先生!!」


 よかった~~恵美先生が来た。昨日の電話では泣いたりして酷く興奮してたから、もう来ないかと思った。


「ちょっと恵美先生、こっちに来て」

「はい………あの~~……電話の件でしたら私……」

「いいの、そんなことは。後で全部の先生にも言うけど、真っ先に恵美先生に教えるね。………幼稚園ね~引っ越すから。うん、移転っていうのかな~………新築建てちゃう。めちゃくちゃに急いで」


 恵美先生の顔がパっと輝いた。やっぱり彼女もこの建物がおかしいと思っていたらしく、移転すると聞いてとても嬉しそうだ。そして退職したいとは言い出さなかった。

 その日は朝から曇っていたが、午前中には降り始めた。美佐江は辞めた典子先生の代わりにゾウ組の担任だ。とにかく早く代わりの先生を見つけなきゃ。新しい幼稚園の件は芳太郎にきつく言った。すぐに建てなさい。他の仕事を全部放り投げてでも、と。

 自由時間に美佐江はライオン組に行った。恵美先生のことが気掛かりでもあったが、ライオン組を自分の目で確かめたかったのだ。




 ーーーーかーごめかごめ、かーーごのなーかのと~り~わ、いーーついーーつで~や~るーーーー




 ライオン組の何人かの子供たちが、かごめかごめで遊んでいるのを目にした美佐江は思わずギョッとした。そして一人の女の子を呼び止め、聞いた。


「ねぇ、もうストーブは仕舞っちゃったから、鬼ごっこやボール遊びしてもいいんだよ」


 そうすると女の子が言った。


「うん、でもね~~、おじさんが言ったの。かごめかごめをやりなさいって」

「え? ………おじさん? それって誰?」

「あそこにいるおじさん。…………あれ? いなくなっちゃった」




 リバーサイドの202号室の栄前田椿。あの日から10日が経ったが一度も金縛りなんかになっていない。あれっていったい何だったんだろう? そしてこのアパートに住む誰かからメールや電話が掛かってくることもなかった。よく分からないけど変な人はどこにでもいる。それが偶然このアパートに固まっただけだ。だけど……触られた。あのいっつもパンツ見せてる尾野苺にいきなり股間を触られた。冗談じゃない。私はストレートなんだから、女に大事なとこを触られたくない。それも触ったというより掴まれた。なんなのアノ女。椿は苺を避けるように早い時間にアパートを出て、駅で時間を潰してからJRに乗って大学に行く、という生活リズムに変えた。そのかいがあって、あれから尾野苺は勿論だが、このアパートの住人の誰とも顔を合わせずに済んでいた。

 そして今日も夕食後にベランダに出て、川からの涼しい風を浴びながらボーーっと川の音を聞き、そしてベットに入った。


 次の日の朝だ。椿は飛び起き、そして自分の股間に手を当てた。


「え……………」


 それ以上の言葉が出ない。椿は裸だった。いつもパジャマを着て寝る椿だが、そのパジャマはおろか下着すらつけていない。見ると、ベットの横に全部が脱ぎ捨ててある。


 うそだ………そんな………あれは夢じゃなかった。私の身体……今も……


 目覚まし代わりに利用している枕元の携帯が鳴った。飛び上がるほど驚いた椿は携帯を掴んでいた。まただ、また苺からのメールだ。いったいどういうこと? あれが夢じゃないなら、昨日も金縛りにあった。動けない私を………それになんで金縛りにあうとメールが来るの? 全部知ってるってこと?

 椿は携帯を開きメールを読んだ。



 ーーー今日の夜7時に椿ちゃんの部屋に集まるから

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