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祓う  作者: シグマ君
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第1話 502号室 その1

「嫌だ! 502号室は絶対に嫌! 大部屋でいい!! 私が大部屋でいいって言ってんのになんで一人部屋に異動させるの! ちょっと放しなさいって………あんたじゃ話になんない! 責任者呼んで!」


 車椅子に乗った初老の女が、その車椅子を押す若い看護婦の手を払い除け、大声を出していた。


 時は2008年8年、和暦でいうと平成20年。

 3月に円が1ドル100円を突破する超円高を記録した。4月には出雲大社が60年に一度の本殿改修を始め、8月には北京で夏のオリンピックが開催され北島康介が平泳ぎ世界記録で金メダルを獲得し、女子ソフトボールでも日本が金を獲った。又、経済は73カ月という戦後最長の景気拡大期であったが、この年の秋に発生するリーマンショックによって激変する。そしてスマートフォンがついに日本に上陸する年になる。




 そこは或る地方都市の私立総合病院の5階。車椅子の女と若い看護婦のやり取りを何人もの入院患者が遠巻きに見ていたが、誰一人近寄ろうとはしない。


「今泉さん、一人部屋を希望したのは今泉さんご自身じゃないですか。今までいた6人部屋には次の人がもう決まってるんですから……」


 騒ぎを聞きつけたのか別の50代と思われる看護婦が車椅子の前で腰を屈め、そう言った。


「そっ、それは………そうだけど………とにかく502号室だけは嫌なの! あの部屋だったら大部屋に戻してって言ってるの!」


 誰かの見舞客だと思われる普通の服を着た女性の声が聞こえた。


「………何があったんですか? 502号室が嫌って……」


 だがその問い掛けに答えようとした一人の入院患者が「あの部屋は先月……」と言いかけた時に、車椅子の前で腰を屈めていた年配の看護婦が振り返った。その目は、余計な事は喋るな、と言っているようで、目が合ってしまったその入院患者は慌てて口を閉じ、そそくさとその場を去って行った。



「お姉さん、どうしたの? …………なにがあったの?」

「………ああああ、和子! いいところに来た、お前も言っておくれよ、今まで居た6人部屋に戻せって」

「ええええ?? だってお姉さん、あんなに言ってたでしょ、一人部屋にしてくれって。それをどうして今更……」

「それはお前…………502号室だって言うから…………あの部屋は絶対にナニかある。お前も知ってるだろ、アタシに霊感あるの」


 それを聞いた和子は嫌な顔を隠さなかった。また始まったというような。

 車椅子の前と後ろにいた二人の看護婦は、車椅子の女が言った「霊感がある」という言葉で一瞬身体を固くしたが、和子の表情を見て肩の力を抜いた。


「お姉さん、看護婦さんを困らせないの。もう………私も一緒にその部屋に泊まるから、それならいいでしょう?」


 それを聞いた若い方の看護婦は、年配の看護婦に確認するように顔を向けた。すると年配の看護婦は、「ああ、そうしてください。私の方から関係者には言っときますので」と言い捨て、振り返りもせずに立ち去った。




 自分には霊感があると言った今泉良子、64歳。長年、町役場で働いていたが縁遠く、一度も結婚をせずに定年退職となった。40代の頃に家を建てた。自分はきっと結婚などしないだろう。今更、男と暮らす面倒さを考えると一人で暮らす気軽さを選び、平屋の家を建てたのだった。見舞に来た妹の和子はそんな姉を尻目に20代前半で結婚し、嘉藤という姓を名乗る60歳で、今では孫の世話に喜びを見い出す、平凡で争いごとを嫌う普通の女だ。


 良子が乗る車椅子を和子が押しながら502号室へと向かう途中、良子が首を捩じって和子に言った。


「ちょっと粗塩買って来て」

「アラジオ?」

「そう粗塩。普通の塩じゃダメ。岩塩でもダメ。国産の粗塩。仏具店に行けばお清めの塩って売ってるから、それでいい………あんた車で来たんでしょ? だったら悪いけど買って来てちょうだい」

「え~~………いいけど………買ってくるまでお姉さんはどうするの?」

「そこらへんブラブラしてるから。車椅子だってエレベーターに乗れるし。戻って来たら携帯に電話ちょうだい。あっ! それと………アレも買って来て、アレ」

「え? あれ?」

「ほら……シュッシュッってやる………除菌の……」

「………ああああ、ファブリーズのこと?」

「そう、それ」


 そんな物を、と言いかけた和子だが、小さく溜息をつき、そして振り向き振り向きエレベーターに向かって行った。



「先月よね、502号室の患者さん………死んだの」

「しっ! 声が大きい!」


 それは屋上で喋っている2人の看護婦だ。1人はずいぶんと背が高く、そして痩せてはいない。まるでグラビアモデルのような身体をあえて強調させたくて制服を自分で詰めたのか、はち切れんばかりにフィットしている。それに引き換えもう1人の看護婦は、背が低く、身体も小学生と見間違うくらいに平だ。そんな2人の看護婦が慌てて周りを見渡し、そして屋上には誰も居ないのを確かめると再びーーー今度は声を潜めて喋り始めた。


「確か5月に死んだ患者さんも502号室だったはず」

「ええ?! そうだった? 5月って言ったら3カ月前だけど………そもそも病院なんだからさ~」

「病院だからって人がバタバタ死にまくる訳ないじゃん。それに先月のも5月と同じだって聞いた」

「同じって………まさか飛び降り?」

「安奈、聞いてないの? 502号室の窓からだって。3カ月前に死んだのって80過ぎのお婆さんだよ。退院だって近かったのに」

「うそ! マジ? だって病室の窓って………ええええ? 80過ぎの婆さんがよじ登って飛んだってこと? そんなの全然知らない」


 そう言って目を見開き、口を押さえたのはグラビアもどきの安奈だ。背の小さい方がちょっと考えた後に話を続けた。


「病院だからね~……落ちた人いたら速攻で運び込んで蘇生するじゃん。っで死亡を確認した後に警察に連絡でしょ。慌てて駆けつけた警察にしたって、落ちたまんまの事故現場見る訳じゃないし………あれ……ドラマや映画じゃ事故現場封鎖して、現場検証みたいなのやるけど病院は……病院だから」

「ああ、そっか………だから私らみたいな外来のナースは……」

「うん、それに入院患者が病室から飛び降り自殺なんて、院内にだってオープンにしたくないだろうし。それにしてもだよ、僅か数カ月で502号室の患者が2人も飛び降りって……」

「ちょっと~止めてって………呪いとか祟りとか言うつもり?……冗談抜きで止めてよね。私そういうのダメなんだから。話題変えよう………男の話し! この前の合コン、友里恵けっこういい雰囲気だったじゃん。あの後どうなった?」

「へっへっへ………ヤった」

「うわ、やっちゃったんだ………しっかしさ~新婚なのによくやるよね~」

「男なしじゃいられない安奈には言われたくないわ」



 502号室では和子がそこらじゅうにファブリーズをふりまいていた。


「お姉さん、これくらいでいいでしょ? まだ? ………え? なにブツブツ言ってるの? それってお経? ………うそでしょ、数珠持ち歩いてるの?」


 そんな和子の問いかけが聞こえているのか聞こえていないのか、良子はお経を唱えるのを止めようとはしない。そして10数分後にやっとお経がひと段落着いたのか口を開いた。


「あんたどこに寝る? そのソファー?」

「え……ああ、あとで武彦がキャンプで使ってる折り畳み式のマットレスと毛布持て来てくれるから大丈夫。この部屋すごく広いし」

「ふ~ん……武彦って長男だったかい?」

「そう、次男は裕二」


 院内放送がかかった。夕食が配膳されるとのアナウンスだ。


「私もどこかで食べてくるね」


 和子がそう言うと慌てたように良子が言った。


「ダメ! 食べ終わるのここで待ってて!」


 良子はとにかくこの部屋に一人では居たくないらしく、それを理解した和子は、椅子から腰を上げたものの再び座り直し、また溜息をついた。



 良子が夕食を食べ終える頃に和子の長男ーーー武彦が折り畳み式マットレスを転がしながら入ってきた。キャスターが付いた脚があるマットレスだ。


「ああ、叔母さん、お久しぶりです。お加減は………」


 そう言いかけた武彦だが、口を閉じ、そして部屋を見まわし始めた。


「匂う? さっき散々ファブリーズ振りまいたから」


 それでも武彦は口を開かず、そして一つの盛り塩に気づいたようで、その後は四隅に目をやり、4っつの盛り塩を目にしたようだが何も言わない。そんな武彦の様子を叔母の良子はじっと見ていたが、武彦の母親である和子は鼻をヒクつかせ、まだ匂うのかしら、と呟いていた。


「武彦君、あんた背ぇ高いから入口のところにこれ貼って」

「お姉さん、それナニ?」

「あんたに言ったって分んないだろうからいいの。高い位置に、東か南を向くようにね。あっ! このセロハンテープ使って」


 すると武彦は何も聞かずに、ただ「わかった」とだけ答え、入口の傍の壁に、手渡された絵の描いてある札を貼った。



 着替えを済ませ普段着となった一人の看護婦が病院を出ようとしていた。502号室を嫌がった今泉良子の車椅子を押していた若い方の看護婦だ。制服を着ている時は30を過ぎてるように見えたが、はやりのチビTシャツにローライズのボトムといった、服装よりも露出された腹に目がいってしまう格好は20代なのだろう。


「ーーーーー純!」


 誰かがチビTにローラーズの看護婦の名前を呼んだが、考え事に夢中なのか気が付かないようだ。有沢純。純は思い返していた。502号室のことを。

 502号室を嫌がった今泉良子という入院患者。妹が来てなんとか納まったものの、今泉良子が言った「自分には霊感がある」という言葉が頭から離れない。やっぱり502号室にはナニかあるのだろうか。ここ数カ月で502号室の窓から落ちて死んだ入院患者が二人もいる。それって偶然? いや、偶然だ。だって偶然じゃないのなら何だっていうの? そもそもそんな疑問を表立って口にするナースはいない。だって偶然に決まってるから。でも2人目が落ちた後に若いナース達は噂をした。不気味だ、気味が悪い、お祓いをした方がいいって。それを一喝したのがあのババーだ。あの欲求不満のババー。若い男が入院してきたら露骨に触ってその気にさせて、いいだけ弄んでる。若い男の子ってほんと哀れ。あんな50過ぎのババーに触られても反応しちゃって。夜の屋上でヤってたって噂はきっとマジだ。あのババーならやる。絶対にやってる。あのババーの亭主っていったいどんな亭主? きっと手に負えなくて好き勝手にやらせてんだ。あいつがいるからウチの病院って男の看護師がみんな辞めてくのに。とっとと引き取って欲しい。そんなババーがどうして婦長なの? きっと事務長も手玉に取られてるんだ。むかつく。沢口清美。スケスケのTバックのパンツ穿いて清美って名前が聞いてあきれる。エロ美がお似合いだっちゅーの、チキショウ……


 有沢純の頭の中は婦長の沢口清美に対する悪口で溢れた。元々は502号室のことが気になり、帰る間際に寄ってみたのだ、502号室に。入った瞬間に臭いに面食らった。ナニこの臭いと口に出す前に小皿に載った白い粉に気づき、そして部屋を見渡すと、小皿の上で山を築いてる白い粉が4っつ。もしかしたらコレが盛塩ってヤツ? そう思った途端に言葉が出なくなった。そして502号室には入院患者の今泉良子も、その妹の姿もないのに気づき、部屋を出ようとした時だ。入口の横に貼られてる長方形の紙。見たことの無いナニかが描かれていて、それは不気味過ぎて、純には悪魔にしか見えなかった。それで逃げるように502号室を後にしたのだ。


「純!!」

「ヒッ……!」


 いきなり肩を叩かれ名前を呼ばれた有沢純は飛び上がった。


「ええええええ? ちょっと~~そんなにビックリしないでよ。さっきから呼んでたのに」

「ああああああああ………友里恵か~~心臓止まるかと思った~~………もう…………ええ? 呼んでた? ごめんごめん、ちょっと考え事してたから」


 純を呼び止めたのは友里恵だった。屋上でグラビアもどきの安奈と無駄口を叩いていた小学生のように平らな身体をした新婚の大井友里恵。その友里恵も極端なローライズのジーンズに丈の短いTシャツを着て白いお腹を露出させていて、それなりに小学生には見えない格好だ。

 純と友里恵は同い年の26歳で仲が良いのだが、友里恵は外来担当のナース、そして純は入院階が担当ということもあり、帰宅時間が一緒になるのは珍しい。


「これから約束でもある?」

「え? ないけど」

「ならビール飲みに行こう」

「いいけど、友里恵はいいの? 新婚だし」

「旦那にはメールするから大丈夫」



 季節は8月の頭で真夏だ。今日も最高気温は30℃を越したようだが、病院勤務の二人の仕事場は涼しい環境なのだが、夜の7時近くになっても外気は生温いというより暑く、二人は歩いているだけで酷い汗だ。

 雑居ビルの屋上に設置された屋外のビアガーデンに来た二人。一杯目の中ジョッキなど「お疲れ~」の言葉で乾杯した後に5分も経たずに空になった。


「暑いね~、今日何度になったんだろう?」


 そんな当たり障りのない会話が続いたが「そういえばさ~、純にちょっと聞きたいことあるんだよね」と切り出したのは友里恵だ。2杯目のジョッキも空になって、友里恵が3杯目を2つ持ってきてからだ。酔って純の口が軽くなるのを待っていたのだろう。


「ん? 聞きたいこと? いいよ~ん、聞いて、聞いて」

「先月502号室の入院患者死んでるよね? その2~3カ月前にも502号室の入院患者死んでるよね?」

「ぇ…………う~~ん……どうだったろう? 病院だから……」

「ちょっと~、私にまでそうやって誤魔化すの?」


 そう言われ観念したのか、それともアルコールのせいで気が緩んだのか、純は「絶対に誰にも言わないでよ! 約束だからね!」と前置きしてから顔を寄せ、聞かれてもいないことまで喋り始めた。


「うん、二人とも502号室の窓から落ちて死んだ。3カ月前に落ちたのは80過ぎのお婆さん、っで先月落ちたのは50代でまだ若いんだけど、大腿骨骨折で、どう考えたって一人で窓によじ登るなんてムリ。それにさ~松葉杖なしじゃ歩けないのに、松葉杖はベットの横に立てかけてあって…………」

「げ………それってマジ? …………ねぇ、3カ月前にお婆さんが落ちてから直ぐにその50代の人が502号室に入ったの?」

「う~うん、しばらく空いてて、大腿骨骨折の人が502号室に入ったのは先月。っで2~3日だったと思う」

「ぇ……? 2~3日って………落ちたのが入院してから2~3日ってこと?」

「うん、そう」


 友里恵は「なにそれ……」と言った切り黙ってしまい、喋った純も改めて思い返したせいか続く言葉を発しない。

 3杯目のビールが1/4ほど残っているのに気づいた友里恵がそれを飲み干し、ようやっと沈黙を破った。


「お婆さんが落ちてから直ぐじゃなかったんだ、次の人が502号室に入ったの」

「ぇ? あ~~………うちの病院って個室メッチャ高いらしいよ。いくらなのかまでは知らないけど、よっぽどのお金持ちか、医療保険何本も入ってる人じゃなかったらムリだって聞いた。部屋だって凄く広くて3人掛けのソファーやバカでかいテレビも付いてる。だから大部屋が埋まってたら、個室が空いてても普通の人は入れないみたい」

「ふ~ん、そうなんだ………外来やってたらそんな話し全然聞こえてこないから知らなかった。個室って各階3っつだっけ?」

「うん、各階とも1号室から3号室が個室。数は少ないんだけどさ~お金持ちがひっきりなしに入院してくるはずもないから半分も埋まってない。それなのに空けたまんまって勿体ないよね。ウチらナースにしたら楽でいいけどさ」

「そっか………502号室も空いてんだ」

「いや埋まった………今日」

「え…………」


 純の言い方にナニかあると気づいた友里恵は、自分からこの話を聞きたがったクセに、別の話題に変えようと考えた。

 もともと好奇心が旺盛でお喋りが好きな友里恵は、自他ともに認める情報通だ。本人は自覚はないが新たな話のネタに絶えず飢えていて、仕入れた話は決して自分の胸の中に収めておくことをしない。盛る事を忘れずに。そんな性格の友里恵のはずが、この話は打ち切りにしなければ……

 頭の隅で警報が鳴っていた。それ以上は聞くなという警報。オカルト話など今までに何度も聞いて、そして何度も尾ひれ葉ひれを付けて喋った。だけどこの話はヤバイ、かかわるな、と頭の中で警報が鳴る。

 右手で掴んだままの中ジョッキが空だ。すでに3杯も飲んでいた。それなのにまるで酔わない。頭が冴えていく。そして妙に寒い。胃に流し込まれた大量のビールのせい? 違う。自分の額から汗が流れてるのに気づいた。きっとまだ外気温は30℃に近いのだろう。暑いのに寒い。聞かなければ良かった。大腿骨骨折の患者が松葉杖も使わずに歩き、そして窓によじ登った? ウソだ。あり得ない。それにこの程度の怖い話など、どの病院にだってあるただの怪談話だ。なのに、もうそれ以上聞いてはダメだと警報が鳴る。

 違う、きっと純が盛ってるんだ。それなのに真に受けて、今日の私は疲れてるんだ。だが純は唇を震わせ今にも泣きだしそうだった。やめて、そんな顔しないで。今聞いた内容も忘れてしまいたい。話題を変えよう。男の話がいい。そうだ、私は新婚なんだから旦那とのセックスを教えてやろう。純はスケベなくせに奥手だから彼氏はいない。新婚夫婦の生々しい話を聞かせて眠れなくしてやる。え? なに? なにを書いてるの?


「こんな絵だった」


 純はいつのまに取り出したのか手帳に絵を描いていた。その絵は思い出しながら描いたせいで決して正確ではないものの、手足があって顔には目、鼻、口があり、更には動物ではなく人間のようだと解るが、頭の天辺に2本の角のような物があるナニかだった。それを友里恵に見せる純は、悪魔みたい、と呟いている。


「これ………魔除けのお札……だと思う」


 そう言ってしまった友里恵は、「ねぇ聞いて、この前ウチの旦那とさ~」と続けたが、純は聞こえなかったのか「盛塩もあった!! 502号室の四隅に。そのオバサン、自分には霊感があるって言ってた」と焦点の合わないような目をして喋っている。


「ちょっと、ちょっと待って純………隣の……501号室や503号室はどうなの? 空いてるの?」


 友里恵は隣の一人部屋にも誰かが入院していて欲しいと心底思った。隣の部屋に人がいたところで502号室の出来事に理由が付く訳ではないのは解っていたが、とにかく隣の一人部屋にも人がいて、そして誰一人、おかしな出来事に遭遇していないのなら、502号室の件は病気を苦にした単なる自殺だと、理屈が通ろうが通るまいが、そう結論付けると決めた。


「え? 503号室は今月になって直ぐに若い子が入ったけど意識がなくて……原因不明で………」

「はい? 入院してか意識が無くなったの??」

「ちっ、違うって……意識不明で入院したの」

「生きてんだよね! っで501は?」

「もうずっと入院してる…………半年になるかな~………70代のお婆さんなんだけど、とにかく調子が悪いって言ってずっと入院してる」

「ほらね!! 半年も無事じゃん! 502号室だって同じ! えっ……でも3カ月超えたら国からの医療報酬が減額されるから……」

「健康保険使ってないらしい。物凄いお金持ち」

「ほ~~ら!! 要は気に入ってるから退院しないんでしょ。ねぇ純、遅くなる前に帰ろう。ここは誘った私が奢るから」




 次の日の朝。いつも目覚まし時計など使わずに5時半には起きる和子が珍しく6時過ぎに目を覚ました。一瞬、ここがどこだか分からなかった。


「ああ、お姉さんの病室に泊まったんだった」


 そう呟いた和子。隣のベットでまだ眠っている姉の良子に目をやった。姉は子供の頃から朝が苦手だったのを思い出した。年を取ると目が覚めるのが早くなるというが相変わらずみたいだ。それにしても妙に寝苦しかった。おかしな夢を見たせいだ。どんな夢だったのかは覚えていないが、誰かが夢の中で言っていた。「そんなもの無駄だ」と笑いながら。

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