プロローグ
俺はクリスという成り上がり商人の息子で、魔力も容姿も平凡。
父に言われアルフレッドの取り巻きとなり、普段は一言も話さない空気のような存在。
家族関係も希薄なもので家にいるのに顔を合わせる事があまりない。
であれば普段同様、黙っていれば私生活は問題ないだろう。
何故このような状況なのかは思い出せないが夢を見ている訳ではないようだ。
しかしよりによって悪役令息の取り巻きか。
本当についてない。
断罪された後はどうなるんだろう。
勿論、犯罪行為に加担する気はない。
無関係だからと許してもらえるか?
それとも今のうちに離れておいた方がいいだろうか。
どうせ俺はモブなんだから居てもいなくても変わらないだろう。
そんな事を考えていると取り巻き二人のトムとジャンに声をかけられた。
それにしてもトムにジャンにクリスって。
モブの中のモブみたいな名前だな。
もうちょっと考えてくれても良かったんじゃないか?
「おい、クリス。いきなりどうしたんだ?」
「いきなりと言われても…。」
「今だって…。普段声をかけても返事すらしないのに。」
(そ、そんなやつだったんだ。)
「今まで無視して悪かったな。」
…!!?
「い、いや、俺達は、親に、言われて…アルフレッド様に付いているだけだし。」
何とも歯切れが悪いな。そう思っていると。
「おい、お前。来い。他の二人は必要ない。コイツに用がある。」
用件だけ言い放つとアルフレッドは目で合図した。
仕方なく着いていく俺の目線の後ろでオロオロとした取り巻き二人が居たが今はその深い意味を理解していなかった。
空き教室に二人で入ると、アルフレッドは防音のような呪文を唱えた。
「お前、本当にクリスなのか?」
え…。
「今まで二人きりになる事は避けていただろう。」
「どういう…。」
「俺と二人きりという意味だ。周りに勘違いされると。」
それはつまり…。
クリスは俺と同じ悩みを抱えていたのか。
この世界が同性愛者はどういう扱いなのか分からないが、クリス普段の態度からきっと良いものではないはずだ。
周りにオープンにしていたのかな。
そうなるとさっきのモブ二人の態度も納得だ。
要するに、自分達が対象かもしれない。と嫌悪しているのだ。
俺にだって選ぶ権利はあるのだけれど。
「申し訳ございません。」
「何故謝る。」
「自分の様な者があなたの側にいて不快な事と存じます。ご安心ください、今後は決して近付きません。」
これを理由にアルフレッドから違和感なく離れられるし、親にも説明がつく。
その後冷遇される事は目に見えているが、断罪に巻き込まれるよりはマシだろうと信じたい。
「別に不快だと思っていない。」
「それよりも。くだらねー。とは何の事だ?」
えっ
「昨日の王子とクレアに対しての事だ。」
「あ、えっと…。」
クレアというのはこの作品のヒロインで聖女だ。
どうしよう。
何と言われても、俺は作品としての感想を言っただけなのだ。
言ってみれば作品上の神の目線であり貴族や王族同士の政治的な理由なんて全くない。
ひっどいストーリーだなぁ。完全にご都合主義じゃん。
…とはとても言えない。
とりあえず、言葉を選びながら答えた。
「俺は、この国の魔法の在り方に疑問を感じていて…。愛の力で魔力が上がるなんて。今まで努力してきた人が報われない。」
「知識や経験よりも優先されるべき事なのでしょうか。彼らが奇跡の力に頼りすぎている気がして。」
「地道に勉学に励むより愛でひっくり返るなんて。」
(じゃあ、俺みたいな人間はどうしたら…)
「だからくだらないと?」
…はい。
「今の言葉は、国家反逆罪にあたる。」
!!!
しまった。愛国心があるとは思えないけどこの男、公になっていないとはいえ仮にも王族だった。
気に入らない奴は理由をつけて簡単に処理できる。
何より血も涙もない悪役なのだ。
文字通り処す事ができる。
背中に冷や汗が流れる。
……。
「お前、やっぱり別人だろ。
そもそも、纏う魔力が今までとは全く違うものだからな。」
ま、纏う?何それ知らないぞ。
「罰を…与えられたりはしないんですか?
牢に入れられるとか。」
「はぁ?する訳ないだろ。俺にそんな権限ないしな。」
「それに、国家反逆罪と言っても公的な発言でもない学生同士の会話で罰を与えるなんて出来る訳がない。
せいぜい厳重注意だろう。」
つまりカマをかけたのだ。
どうしてそんな。
「しかし、お前が何も知らないせいで本当に不敬罪で捕まる事もあるかもしれない。」
「そうなれば俺の監督不行き届きとなる。」
「お前が本当にクリスかどうかは置いておいて。
俺と同じ意見の奴は初めて見た。」
悪戯っぽくニヤリと笑うその顔は年相応のあどけなさがある。
「何かあれば俺がフォローしてやるさ。」
まさか、アルフレッドからこんな言葉が聞けると思っていなかった。
王族というよりは近所の悪ガキをまとめる面倒見の良い兄ちゃんといったところだ。
そこでふと疑問が生まれる。
何で悪役なんて言われてるんだ?