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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

思い出の中の君が教えてくれたこと

作者: 亜月小豆

 果てしなく長い街道を歩いている。


 辺りはすっかり暗くなった。

 カラカラという車いすの音、周りの木々が風に吹かれて奏でる涼しげな音色。僕らの耳にはこの二つの音しか入らない。

 もう、かれこれ三日間はこの道を歩いているだろうか。もう少しで街に着く、それなのにまだ着きたくないと思ってしまっている。

 なぜなら、僕はこれから君と死にに行こうとしているはずなのに、そうするのが怖いからだ。


「そろそろご飯の準備をしようか」

「…………」


 木で作った車いすに座り、手を膝に置く無気力な君の手を握りながら言う。だが、返事はない。返ってくるとも思っていない。

 なぜ君がこんな目に合わないといけないんだ……僕はそう悲しみを嘆いた。


 君――アシュリーが言葉を話さなくなり、体も動かせない寝たきりの状態になってから半年が経った。

 ありとあらゆる方法を試してきたが、何の効果もなかった。最初は優秀な僧侶のいる教会で見てもらい、次に様々な治癒魔術も使った。アシュリーのためならどんな労力も厭わないし、犠牲にしてきたはずなのになぜ元気な姿を見せてくれないんだ?

 そうして、僕は疲れ果てた末に二人で死ぬことを決めた。アシュリーが生まれ育った街で。


 辺りに落ちている枯木を拾い集め、手をかざし集中する。


「ふっ――」


 空気をそこに集める感覚で力を込めると、小さな炎が出始め、焚火を作り出した。赤色のきれいな炎と温かさが僕らを包む。

 背負っていたカバンの中から串に刺さった干し肉とを取り出し、焚火で炙る。


「もう少しでできるからね」


 アシュリーに向かって話しているのだが、伝わらないとわかっているのだから独り言と何ら変わりない。


「塩も振ったら――」


 その瞬間、何かの気配を感じた。


「ガルゥー」


 茂みが揺れて音を立てるのと同時にそれは姿を現した。体の全容を確認し、それがオオカミの魔物であると僕は理解した。

 すぐさま腰を下ろしている横、立てかけた剣を手に取る。

 こちらに向かってくるオオカミに対して振り上げた剣を力いっぱい振り下ろす。その一撃はオオカミへ絶命の斬撃として襲う。


「キャウンッ」

「はぁー」


 さっきの凶暴な威嚇の声とは違うまるで犬のような声を上げて、オオカミはぐったりとその場に倒れた。だが、それと同時に昔の思い出が蘇る。アシュリーの使う魔法は美しかったと。

 それこそこんな魔物苦しますこともなく、息の根を止めることも容易かっただろう。それに対して僕はどうだろう、オオカミが苦しむ鳴き声が街道に響き渡っていた。

 アシュリーはとても優しいから魔物だとしても苦しませたくない、それを強くなりたい理由の一つにした。


「さて食べようか」

「…………」


 アシュリーには細かく切ってあげて口に入れてあげる。不思議なもので食べる飲むなどの生きる上で必要なことはできる。ただ、自分の意思を持つことができないだけだ。


 ゆっくり食事をし、寝る準備をする。

 車いすに座っている君にブランケットをかけて、自分は寝袋を用意し横になる。


「おやすみ」


 そして毎晩、アシュリーが次の日の朝に昔のような笑顔を見せてくれることを願って、声を掛けて眠りにつく。




 ――アシュリーと話がしたい。


 街が見えてきた時にただ思った切実な願いだ。

 僕の精神も擦り切れる寸前に感じていた。


 これまでの旅は、どこか遠くへ行ってしまったアシュリーを探していたのかもしれないなと思った。


「愛していた」


 ため息交じりに出た言葉に苦笑する。好きを貫きここまで突っ走って来たが、ここらが潮時かもしれない、諦めることも大きな選択の一つだ。

 アシュリーが好きだからこそどこかで区切りをつけなければと思った。

 このままずるずると過ごしてしまい、怠惰な時をただ過ごす日々になりかねないからだ。


 でもきっと、アシュリーはそんなことは望まないだろう。「私のことは放っておいていい」なんて言い出しそうだ。


 考えながら歩いてる間に僕らは街の入り口に着いた。

 大きな石造りの門は開いており、自由に出入りできるようになっている。


「ここがアシュリーの故郷……」


 何年も一緒に過ごしてきたが、アシュリーの故郷に来るのは初めてだ。

 だけど、最初で最後になるな。この街の裏にある山を登り、そこの崖から二人で身を投げることを決めたから。


「スーふぅ」


 わりかし長い深呼吸をすると、ドクドクと聞こえてきた心臓の鼓動の速さに驚く。初めて女の子の家に行く時のような緊張をしているのかもしれない。


 一歩踏み出すと外とはまるで違う騒々しい商店街が真っすぐ伸びている。僕はその中の果物屋さんに立ち寄ることにした。


「すみません、リンゴを二つください」

「あいよ、ところで坊主よ見ない顔だが旅人か?」

「まあそんなところです」

「そうか。違ってたら悪いが、もしかしてその子アシュリーちゃんか?」


 アシュリーの名を知る人物であることに少しびっくりはしたが、僕の知らないアシュリーを知っていればと聞いてみることにした。


「そうです! でも今は魂が抜けたように……何か昔のことを教えてくれませんか」

「白くて少し銀に光る髪に優しさと情熱に満ちたその赤い目は昔と変わらねぇ。いつもそこら辺を走り回っていた女の子が、今はこんなに元気がなくなっちまって……」


 まるで小説のような人物紹介に僕は前のめりになり聞き入った後に、店主は昔の元気な頃のアシュリーを懐かしんでいた。その時、店主の目が少しうるんできたことから仲が良かったのだろうと推察できる。


「そうだ、アシュリーちゃんのお母さんに会いに行ってやってくれ。週に一回買い物に来るんだが、そのたび娘のことを話していくんだ……」

「あっ――」


 大事なことを忘れていた。アシュリーにも大切な人がいて、もはやこの問題は僕ら二人のものではないと気づかされた。

 今の状態をお母さんが見たらどんな表情をするだろうか。大切な娘が寝たきりになり、隣には見ず知らずの男、想像するのも嫌になる。

 だが、僕は行かなくてはならない。けじめをつけるために。


「会いに行きます!」

「ありがとな……アシュリーちゃんの家はそこの赤い屋根の家だ」


 押しつぶされそうなほどに苦しい胸の内に歯向かい、意を決して返事をする。

 そして、店長の指さすアシュリーの家へ行く。


 一歩、一歩と前へ進むたびに逃げ出してしまおうか、という自分の弱さが浮き出てくることに嫌悪する。いかに自分が嫌なことから逃げてきたか、思い知らされる。


 木製の小さな小窓が可愛らしいドアを前に、心臓の鼓動が早いのを感じて一呼吸し、ノックする。


「すみませーん、誰かいませんかー」

「…………ぁあい」


 階段を下りてくる音とともに遠くから返事が聞こえた。

 十秒ほど待っているとドアが開き、中から白いワンピースを着た女性が出てきた。


「はいクローデルです。えっと、どちら様で?」

「あっはい、アシュリーのお母さまに用があってきました」


 アシュリーの名前が出ると、僕の横にいるのが自分の娘だと気が付いたようだ。

 もう何年も帰っていないし、成長期でかなり背丈も変わっているのですぐに気が付かなくていのも無理はない。


「そうなのね……まあ中に入ってちょうだい」

「ありがとうございます」


 コテージのような家の中に招き入れられ、僕はアシュリーが座る車いすの前輪を慎重に持ち上げ一緒に中に入る。

 部屋の中央に配置されたイスに座り、隣に車いすを停める。テーブルに紅茶とささやかながらのお菓子が用意された。


「じゃあ本題に入るわね。まずあなたはリト君で合ってる?」

「えっ!? あ、はいそうです。知ってたんですか」


 アシュリーのお母さんに合うのは初めてのはずだが、自分のことを知っていることに驚いた。


「アシュリーとはこの家から出て行った時からずっと、手紙でやり取りしていたの。そこであなたのことを知ったわ。優しいだとかこんなところがかっこいいとかあなたの良いところをたくさん書くものだから、送られてくる度にに会ってみたいと思っていたわ」


 僕が知らない間にお母さんと手紙のやり取りをしていたなんて、僕はアシュリーの知らないところが多いようだ。

 それにしてもなんでそんなに僕を褒めてくれるのだろう。そんなできた人間ではないのに……。


「でも一か月に一度の頻度で送り合っていたからこの半年ぐらい手紙が来なくて心配していたのよ……」

「――っ」


 夢から覚めたようにはっとさせられた。このまま来なければ、と弱い自分が忘れさせようとしていた質問である。

 真摯に向き合わなければ人としてダメになる、そう胸に刻み張り付いた口を開ける。


「ごめんなさい! 僕のせいです。僕が、アシュリーの心の悲鳴に気づいていれば……今思えば何回も助けてほしいサインを出していました」


 心の内を全て吐き出した。もう出て行ってほしいと言われても文句は言えないな。


「あら、そう……でもそんな話よりも一緒に過ごした楽しい思い出でも話してほしいな」

「はい……えっ?」

「だってほら、この子はそんなことで悩まないで、とか言いそうじゃない。それにだいぶ前から覚悟はしていたの、なにか病気でも患ったんじゃないかって」


 驚いた。怒鳴られるかと思ったが、その真逆。優しく微笑みかけてくれた。

 その顔がどことなくアシュリーに似ていて、親子なのだと思い知った。


「あまり深く背負いすぎないで、今は思い出話に花を咲かそう」


 そう言って今にも涙が出そうな僕の背中をさすってくれた。


「ありがとうございます。では少し……」


 僕らがどう出会いどんなことをしてきたのか話してみることにした。




 約三年前、それぞれの旅をしている中で僕らは出会った。一年ぐらい二人で冒険をして、それはもう楽しい日々だった。

 その後、新しく二人の冒険仲間が増えて、ずっとこのままでいたい思っていたが、無理だった。


 一年ほどこのメンバーで冒険をして、慣れてきたそんなある日強い魔物と戦うことになり、そこで僕とアシュリー以外死んでしまった、もしくは助けられなかったの方がいいだろうか。

 アシュリーはメンバーの中で頭一つ抜けて強かった。だから、守れなかったことをかなり悔やみ自分を責め続けていた。


 その日の夜、珍しくアシュリーは僕の布団に潜り込んできた。さすがにこの出来事はなにか堪えるものがあったのだろう。僕の背中に身を寄せ、足やら腕から肌の温もりと内から感じる熱の感覚、それとほのかな甘い香りと共に僕もよく眠れた。

 次の日の朝からは吹っ切れたように僕を外へ連れ出してくれた。どこか知らない場所に行ってみたいというので僕は沈んだ心とまだ重い足を引きずり歩き出した。


 まだ見ぬお宝を探しに行ったり、火を噴くドラゴンだって二人で戦った。

 最後に、旅の目的地にした花畑を見渡せる丘の上でアシュリーは言った。


「実は私、リトが好き……でも返事はまだでいいの、だってリトがそういう感情を持っていないことはわかるもの」


 頬を赤らめ少し恥じらいながらも伝えた愛の告白なのだろう。

 一瞬、僕はドキリとした。


「ずるいかもしれないけど、私のことを好きになったらこの場所にまた、一緒に来よう」


 この日は晴れていて、アシュリーがあまりにもにっこりと笑うものだから、僕には眩しく見えて見つめ続けていられなかった。




「…………と、まあこんな感じです」


 出会いから話始めると、どんどん記憶が蘇り鮮明に思い出すことができた。長々と話したがまだ足りないくらいだ。


「まぁ、なかなかロマンティックなのね。それで最後の告白の返事、今はどうなのかな?」


 なんと、悪い人だなお母さんは。少し悪い笑みを浮かべながら聞いてくるところ、親子なのだと感じる。


「いやぁ、そりゃあ好きになっちゃいましたよ」

「ほんとに?」

「もちろんですとも、だって……」


 その後に続く言葉を言おうとした瞬間に慌てて気づく。そうだった、これから二人で愛を理由に死のうとしているのだと。

 さっきまで楽しく話していたのが一転、急な不安感に駆られていたのだが、


「――リト、そんな顔をしないで」


 横から掠れた小さな声が聞こえて、僕は意表を突かれた。


「アシュリー!? 目が覚めたのか!」

「気が付いたのねアシュリー」


 懐かしい声を聴くことができて、僕とお母さんの二人は大喜びしていた。


「リトが好きって言ってくれたから……なんだか目を開けなきゃって気になったの」

「き、聞かれてたなんて……」


いつまでも眺めていたいその美形、一方で緋色の瞳に見つめられ、つい目をそらしたくなる。

 まさか目覚めてくれるとは思わず、心のうちを全て明かしてしまい、今考えると穴があったら入りたくなる。


「でも……もう、目を開けているのがつらいんだ……だから最後にあの場所で、しっかりと返事を聞かせて」


 つらい? 最後? なんでそんなこと……これから元気になって、また一緒に旅がしたいのに。


「お願い、リト」

「――アシュリー!」


 僕とお母さんで声を合わせた呼び止めも虚しく、アシュリー最後に一言放った後すぐに、目を瞑ってしまった。


「あの子が最後って言うのだから、行ってあげてちょうだい」

「わかりました」


 アシュリーのお母さんへ一礼し、すぐに出る準備をする。思い出深いあの場所へ。

 なんだか少し軽くなったなったようなアシュリーが乗る車いすを押して家を出る。


「ありがとうございました! また!」

「気をつけて行ってちょうだい、今度来たらお話を聞かせてね」


 あの家にいたのは時間にして約四、五十分程だが、思い出を語り楽しい話もできたからか、かなり長く感じられた。

 また二人だけになってしまうのは少し寂しくなるが、まあ何とかなるだろう。


 思い出の丘へはこの街を出て、元来た街道を戻っていき、大きな森へと入る道に逸れていくと見えてくるはずだ。

 半年前の記憶を糸をたどるように思い返しながら街を出る。真昼だからか街道には多くの人が行き交い、来る時感じた寂しげな雰囲気とは真逆のようだ。

 歩いていて視界に入るのが木だけではないというのは案外ありがたかった。


 一時間ぐらい街道を歩いていると、端にうずくまっている小さな子供を見つけた。


「どうしたものか」


 急いでいると理由をつけたらすぐにこの場を離れることも可能だが、アシュリーは絶対そんなことはしない。いつだって困っている人がいると助けてしまうほど優しかったからだ。

 近づいていって話しかけてみる。


「こんな所でしゃがみこんでどうしたの?」

「……ん?」


 僕の呼びかけに応じて顔を上げたのは可愛らしい少女だった。目には少し涙を浮かべている点、迷子になったというところだろう。


「気づいたらお母さん居なくて、お金も持ってなくて……」


 話すのがやっとの様子で、その様子が僕の目にはなんだか可憐に見えた。


「そっか、じゃあおにいさん達と一緒に行く?」

「いいの? 迷惑になっちゃわない?」

「迷惑なんてそんなことないよ……別に無理にとは言わないけど」

「じゃあついてく!」


 泣き止み、無邪気に笑ってついてくると返事をしてくれたので一安心だ。

 歩きながら少し話をしてみると、打ち解けてくれたのか歩いている時に目が合うとニッコリ笑顔を向けてくれる。


「そうだ、名前を聞いてなかった。僕はリトで彼女はアシュリーだよ」

「名前はクロエ!」


 元気な返事と共に名前を教えてくれた。

 黒髪にえくぼと八重歯の可愛い少女にクロエという名は似合っているなと思った。


 小さな子のペースに合わせて歩いていると、予想以上に時間がかかってしまってい、夜営を挟まないといけなくなってしまったがやむを得ない。

 市場で買っておいた豚肉と椎茸を串にさして、何回やってもうまくならない火の魔法で焚火に火をつける。


「すごー! リト! よくできるね」

「へへ、ありがとう。でもアシュリーのがもっともっと上手なんだよ」

「そうなんだ、アシュリーお姉ちゃんかっこいいね!」


 良い色になった串焼きをクロエに渡し、僕はアシュリーに食べさせてあげる。


「これおいしー、リトたち仲良しなんだね」

「そう仲良しなんだよ、ずっと前から」


 おいしいと言ってくれて嬉しい気持ち半分、このご飯がアシュリーと二人で食べられる最後になるかもしれないと実感してしまい、胸がじんわり苦しい。


「食べたならもう寝よう。明日は今日よりも歩くからね」

「えーそうなの……でも楽しいからいっか」


 一個余っていた寝袋をクロエにあげて、自分のもセットする。座ったままでいつも申し訳ないと思っているがアシュリーにブランケットをかける。


「おやすみ」


 いつものようにそう言ってあげると、なんだか少し微笑んで見えたのは気のせいだろうか。

 今日はアシュリーがそこにいるとわかっていたから気が楽で良かった。


 僕も寝袋に入ろう。秒で眠りにつけそうだ。


「……おやすみぃ」


 小さいが後ろからかすかに聞こえた声はアシュリーとクロエのどちらの声だろうか。考えている間に僕は眠ってしまった。




「んーよく寝た」


 雲一つなく晴れていて、暖かい日差しで目が覚めた。

 体を起こして周りを見るとクロエはまだ起きていないようだ。アシュリーは起きてたり……しないか。淡い期待もむなしくアシュリーは昨日と座り方ひとつ変わっていない。


「ふぁ、リトもう起きてたの?」

「僕も今起きたところだよ。さあ準備して行くよ」


 速やかな仕度を促し歩き出す準備をする。

 荷物をしまい、車いすに手をかけ押す。


「もうすぐ着くね、僕らの思い出の場所」


 久しぶりにぐっすりと寝たおかげか歩く足取りは軽い。

 このペースならあと二、三時間で着くだろう。クロエも周囲の草花に興味を向けながら歩いていて楽しそうで何よりだ。


「そうだ、リトたちは何しに行くの?」

「えっとね……言うなら愛を伝えに行くとでも言えばいいかな」

「ふー! かっこいいじゃん!」


 ちょっぴりムカつく言い方だが、あどけない様子に許してしまう。


 二人で他愛無い会話をしていると時間は早く過ぎて行った。

 緑の丘が見えてきて、僕らは登り始める。もちろん車いすは慎重に押して。

 段々と丘の先の花々が見えてきて、それと同時に昔の記憶が重なり合っていく。


「さあ着いたよ」

「着いたー! 長かったなぁ」


 誰かと一緒に目的を果たすというのがこんなにも楽しいことだと改めて知った。


「もう起きる時間だよ? アシュリー」

「…………」

「アシュリーお姉ちゃん起きて!」


 返事がない。まさか、もう手遅れで……。

 そう最悪の想像をしたその時、


「えへ……いたずらしちゃった……」


 薄目を開けたアシュリーが舌を出してちょっぴり小悪魔のような笑みを見せた。


「びっくりするじゃないか!」

「お姉ちゃんいじわる……」


 少し涙目のクロエを横に僕は胸をなでおろす。ひとまずは一安心だが、前から透き通るような白かった肌はさらに病的に白くなっており、時間は有限であると伝えているようだ。


「じゃあそこに腰かけて、景色を見て、また前と同じように話をしよう」

「そうだね」

「私も……やっぱ待ってる」


 子供に変な気を遣わせてしまって申し訳ない。でも最後なんだ。


「ありがとうクロエじゃあ少し行ってくる」


 丘を登り切ると、目の前に広がる赤やら青やらのいろいろな種類の花に圧倒される。

 今日の青空は半年前とほとんど同じで何となく既視感を覚える。


「綺麗だぁ」

「そうだね」

「懐かしいね……ここに来るまでにあったことも鮮明に覚えてる」

「さっきの街に行く途中に『愛していた』とかも言ってたよね……」

「あれ!? なんでバレて!」


 寝たきりのアシュリーのことを押しながら、ふと呟いたその言葉をなぜ知っているんだ!? 一気に心臓の鼓動が早くなった気がする。


「眠っている間、リトが話す声は遠い所で話しているように感じていたの」


 驚いた。目を瞑ってはいたものの意識は一応あったようだ。


「だったらあんなことやこんなことまで聞こえて?」

「大正解! いつもきれいって言ってくれてありがとう!」

「もう! またそうやって」


 アシュリーはニヤリと笑って僕をからかう。その姿があまりにも眩しく感じたのは太陽の光に照らされていたからだろうか。

 前に来た時もそんな風にからかわれていた気がする。


「あはは……ごほっ」


 アシュリーは肩を上下し少し咳込んだ。可愛い笑顔を繕っていたがやはりもう長くはもたないのかもしれない。


「じゃあそろそろ。――アシュリー、今日は君に伝えなきゃならないことがある」

「はい、なんでしょう」

「前にされた告白の返事だ」

「うん」

「僕もずっと一緒にいて、君のことを好きになったんだ。だからここに来た」


 アシュリーは息を吞み、真剣な眼差しでこちらを見ていた。


「どんなことを好きかって、優しくて人思いの所とかちょっといじわるするところとかも含めて大好きになった。特に笑ってる顔が好きだ、アシュリー」

「うん……」


 僕の愛の告白をちょっぴり顔を赤らめて話を聞いていたアシュリーは、ひとしずくの涙をその頬に伝わせていた。


「長いようだけど、僕は君に好きだと言われた時、嬉しくてたまらなかった。だって君は、ずっと僕のあこがれだったから」

「ありがとう……」

「だから、ありがとう……こんな僕と一緒にいてくれて」


 アシュリーへの思いを全て打ち明けられ、気が晴れた一方でもうお別れの時間なのだと実感した。


「本当に逝ってしまうのかい……」

「うん……自分でもわかってるのもう生きらる体じゃないって」

「――そうか」


 率直にアシュリーの口から言われると、現実を突きつけられて胸が痛い。


「もっと、もっとリトと一緒にいろんなことしたかったな……美味しいものも食べたかったし、海とかも二人で行きたかった」


 もうない未来の話なんてしないでくれ……僕も泣いてしまう。


「だったら僕も一緒に……そしたら怖くないよ……」

「それはダメ、だってリトにはもう守らなきゃいけない子がいるでしょう」


 そう言って景色を眺めているクロエの方を指さした。


「そっか……そうだよね、アシュリーならそういうと思った」

「ありがとう、クロエをよろしくね」


 呼吸をするのも苦しくなってきたのだろう、ぜぇぜぇと言っている。


「最後にわがまま言ってもいい?」

「かまわないよ」

「じゃあリトとキス……してみたいな」

「――っ!」


 何も失うものが無いというのは強いことだ。アシュリーは恥じらいながらも勇気を出して言い切った。

 だから僕もそれに応えなくてはいけないと思った。


「いいよ……」

「最後のお別れがキスだなんて……ロマンチックじゃない?」

「うんそうかもね……」

「私、リトには本当に感謝してるの。リトといると毎日がすっごく楽しくって、ずっと続けばって思ってた」

「僕もだよ……」


 アシュリーの緋色に輝いていた瞳は光を失い始めていた。


「じゃあそろそろ時間だね、眠たくなってきちゃった」

「アシュリー……」


 そう言ってアシュリーは僕の顔に近づき、そっと唇を奪う。

 ふわっと髪から感じる良い匂いが心地良い。


「今までありがとう! リトが幸せであることだけを願っているよ」

「アシュリー! 僕からもお別れを言わせてくれ――」


 言葉を言い終わる前にアシュリーは目を薄めて、僕の好きな笑った顔で永い眠りに落ちていった。

 童話とかだと、キスで目覚めることはあってもキスを最後に死んでいくことは無いよな、と僕は考え苦笑する。

 急に寂しくなり抱きしめたアシュリーの体は前より軽くなっており、もうここにはいないのだと感じた。


 話し声がなくなると、草花が風に吹かれる音しか聞こえなくなった。僕の心情とは裏腹に夕日のはっきり見える快晴のままで、それが憎らしい。


 長く待たせてしまったクロエの元へ向かう。


「あーリトきた! ……あれ? アシュリーお姉ちゃんは?」

「……置いてきたよ。アシュリーは花が好きで、もしも死んだら花に囲まれていたいといつも言ってた」

「えっ、じゃあもういないの?」

「うん……でも、ちゃんとお別れは言えたんだ」


 言葉に出してみると、自然と涙が出てきてしまう。きっとアシュリーなら泣かないで、なんて言いそうだ。


「泣かないでリト」


 まさかクロエの口からその言葉が聞けるなんて。


「ありがとうクロエ。そろそろ暗くなるし行こっか」

「うん、アシュリーお姉ちゃんまたね!」

「アシュリー! またね!」


 そっと僕らの間を通り抜けていった風が返事をしてくれているようだ。

 そうしてクロエと二人、新しい旅に出るのだった。

ありがとうございました!

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