9.糞姉のあれやこれや
「昔から姉は、『自分は聖女であり、将来王子様と結婚する』と言っておりました。父に確認したところ、そんな妄言を吐き始めたのはおよそ四つの頃からです」
以降、端迷惑な行動を繰り返す姉だが、どれだけ親が怒っても治らず、家庭教師をつけても効果なし。仕方ないので修道院に入れようと思っても悉く失敗する話をした時点で、さすがの二人もおかしいと感じ始めたようだった。
「兄曰く、修道院に関しては三度挑戦しているそうですが、馬車などの損害が増えるだけなので諦めたそうです」
「すさまじいな…」
「また、多方面から恨みを買っている姉は何人もの男女から殺されそうになりましたが、何故か必ず相手が亡くなります」
「……本当かい…?」
「はい。さすがに私達もその時点で姉の自力排除を諦めました。高位存在が姉を守っているとしか思えません」
「恐ろしい……」
だからこそ、聖女認定は私達家族にとって残された最後の希望なのだ。
正直、そこまでゲームの強制力があるのなら、さっさとその強制力でもって姉を聖女にして欲しいと思っている。中途半端な強制力など迷惑でしかない。
しかし恐らくだが、ゲームの強制力を持ってしても、姉が余りにも糞過ぎてどうにもならないのだろう。
姉だって、自分が聖女だと言い張るなら教会に行くなり何なりして、聖女になる努力をして欲しいものだ。それをせずに口先だけ聖女だと言い張り、男達と遊び歩いている。聖女に認定されれば遊べなくなるからだ。
要するに、聖女にはなりたいけど、まだまだ遊んでもいたい。
だから、ギリギリまで男遊びをして、最後の一年だけ乙女ゲームに参戦しようと思っているに違いない。
姉は自分の美貌があれば攻略なんて簡単だと思っている。
ゲーム開始時期が過ぎている事に若干の不安はあるようだが、教会に行って自らが聖女だと言えば、いつでも認定されると甘く見ている節もある。
糞姉の秘密ノートを見る限り、最後の一年でちゃちゃっと攻略して第二王子を落とす腹積もりらしい。
迷惑極まりない。
というか、認定されなかったらどうするつもりなのか?
あんな糞姉の面倒を一生見るなど冗談じゃない。それに、仮に上手く認定をされたとしても、残り一年も糞姉と家族をしなければいけないなんて辛すぎる。
だからこそ、姉には早々に聖女となって縁を切って欲しいのだ。
「フェリシア嬢、本当に君のお姉さんが予言の聖女であるのは間違いないのかな?」
「先ほどお話したブリューゲル領の水害と王都の城壁破損事故に関して、私が聞いたのは四年も前です。一度だけならまだしも、二度あればそれは予言と考えます。また、姉は来月起こるとされるカスラーナ地方での魔獣暴走の他にも数件の予言をしています。それは何れも王都で起こる可能性があるとだけ…」
「君は内容を知っているのかい?」
「いいえ。魔獣の暴走以外は他にもあるとしか……」
秘密ノートの内容を今の私が言う訳にはいかない。
予言の内容を語れば、姉を聖女にする価値がなくなってしまう。
それに、ノートに書いていない事や思い出していない事も絶対にあるはずだ。
また、聖女がいないと発生しないイベントも必ずあるだろう。
「お姉さんから君が聞きだして、君がそのまま聖女になるというのはどうだろう?」
「……姉を害そうとした人間の末路を知っている私としては、絶対にご遠慮申し上げます」
姉から聖女の座を奪うなど、怖くて絶対にやりたくない。
ゲームの強制力で何があるか分からない。妹と言えど、最悪は殺されてしまう。
「つまり、教会はどうしても彼女を聖女にするより他にないという事か……」
「しかし兄上。それは悪魔を身に抱えるようなものですよ」
神託があった以上、聖女の存在は教会には必要だった。
例え予言する位しか役割がないとは言え、予知できる災害があれば対策は可能であり、その予言が正確であればあるほど被害は減る。
つまり、求心力の落ちている教会にとって、【予言の聖女】である姉は喉から手が出るほど欲しい存在の筈だった。
しかしそれ以上に姉が地雷のように危険だと二人も分かったのだ。
「一つ提案があります」
「提案?」
「ルドルフ様には先ほど少しお話しましたが、もし良ければこの件、アンブローズ家の政敵排除にお使い下さい」
短い間ではあったが、気付いたことがある。
ルドルフもバーミリオン様も感情が顔に出すぎる傾向があり、余り謀には向かない。
ルドルフはまだマシだが、バーミリオン様は見るからに人の良さが滲み出ている。貴族社会では生き残れない口だ。
だからこそ聖職者を選んだのだと思うが、教会とて貴族社会とは似たり寄ったりの構図だと私は認識している。
思うに、バーミリオン様は教会内の派閥争いに負けたのではないだろうか。
そうでなければ、聖女を探すという任務を領主抜きで考えるのはおかしい。誰かが故意に我が家の悪評を流したと考えるべきだ。何より冷静になれば、田舎の貧乏領主の評判を彼らが知っているはずがない。
つまり、バーミリオン様はわざと失敗するように仕向けられた可能性がある。
「バーミリオン様の後に、聖女を探しに行った方はいませんでしたか?」
「私の後はトラスト殿が…」
トラストというのはカレディス伯爵家の三男で、何かとバーミリオン様を敵対視してくる面倒な男だという。
しかしそのトラストでさえも結局は聖女を見つけることは出来なかったそうだ。
「カレディス家の名前には聞き覚えがあります。……確か、二年ほど前に当家へ来ていますね」
「あの男っ…、コルプシオン家は評判が悪いから関わらない方がいいと言いながら、自分は頼っていたのかっ!」
「……つまりそういう事です」
ちなみにトラストが来た時、当の姉は豪商の息子と隣国でのバカンス中だった。
聖女認定に間に合わなかった腹いせなのか、鬱憤を晴らすように豪遊していたと思う。
お蔭で教会関係者に姉を紹介せずに済んだと、父が胸を撫で下ろしていたのが印象的だった。
「一つ質問なのですが、どうやって聖女というのは判別出来るのですか?姉は玉がどうのと発狂しておりましたが…」
姉の秘密ノートには『馬車から降りてきたイケメンにぶつかって、玉を拾う』としか書かれていなかったのだ。
その書かれたイケメンとは、恐らくバーミリオン様のことだろう。
ということは、もしかしてバーミリオン様は攻略対象の可能性もある。帰ったらノートの写しを確認しよう。
何にせよ、おっさんとのナイトラブを楽しんだ姉は、イベントに間に合わなかった。
秘密ノートには、『玉!イケメンの玉を逃した!玉!玉!玉!』と書かれており、『玉』を連呼、いや書き殴っている姉に若干の狂気を感じた程だった。
「玉というのは、恐らく聖遺物である『女神の宝玉』のことだと思う。女神の寵愛がある神子がそれに触れると光るんだ」
「なるほど……」
「しかし教会関係者くらいしか知らない宝玉の存在を知っているとなると、ますます君の姉上の聖女説が有力になってしまう……」
悲しそうにため息を吐くバーミリオン様には申し訳ないが、姉が聖女である事実が覆ることはない。
「だから、この姉を利用することをお互いに考えませんか?」
「つまり君は、トラストに聖女を見つけ出させるという訳か?」
「はい。そして、姉を学園へ放り込んで下さい」
「学園というのは、カナルディア学園かい?」
「はい。そうすれば姉は自滅すると思います」
今から幾ら頑張っても、ゲームとは一年のズレがある。
それに、姉の性格から言っても、まともな貴族男性が攻略されるとは思えない。
むしろ攻略されるような男性ならそれまでだ。
仮に第二王子が攻略されたとしても王太子がいるからこの国は大丈夫だと思う。
そしてゲームの内容が学園卒業までと考えるなら、強制力は卒業までと思って間違いないだろう。
問題があるとすれば、姉に迷惑を掛けられた貴族、いや王家から我が家に対して制裁があることだ。
これを何としても阻止したい。
一応姉が十八になると同時に廃籍するつもりだが、出来れば何処かの養子になってくれれば更に安心である。
「こちらとしては、姉がどこかの養子になってくれればこれ以上嬉しいことはないのですが……」
「うちは絶対に引き受けない!」
「………ですよね。だからこそ、政敵はいませんか?とお尋ねしました」
「なるほど……、君が言いたいことが漸く分かった」
そうして、暫しの沈黙が続く。
アンブローズ家の二人は、今必死で私の話を頭の中で精査しているのだろう。
どちらも難しい顔でソファーに沈み込んでいる。
「あの……、結論は来週に持ち越しというのはどうでしょう?」
「どういう事だい?」
「私はそろそろ自領に帰らないといけませんし、そちらも直ぐに結論は出ないでしょ?宜しければご当主様と相談した方が良いと思います」
「……そうだな。僕や兄だけで結論を出していい問題ではないね」
「はい。ですので、来週までこの件は保留という事でどうでしょう?来週はギルドとの商談で兄と共に王都へ来る予定ですし……」
これ以上の詳細に関しては兄にも聞いて欲しいと思っている。
今回の件はかなり私の独断で進めてしまった。特にこの屋敷へ来たのは突発的な事だった為、私も何か見落とし等があるかもしれない。
「来週末、午後一番にこちらへお伺いします。訪問理由は商品の納品。如何でしょう?」
「……分かった。それまでにこちらもある程度の結論を出せるようにしよう」
「宜しくお願い致します」
来週の約束を無事に取り付け、私は侯爵邸を後にした。
執事さんの計らいで、御土産にサンドイッチの入ったバスケットを預かった。道中で食べて欲しいとの事で、有り難く頂戴した。お蔭で硬いパンを水で流し込まずに済んだ。
ありがとう執事さん。
美味しい食事のお陰もあって、私は無事に自領へと到着した。
途中、誰かに付けられている気がしたけれど無視だ。多分、侯爵家が付けた護衛兼間諜だろう。
「お兄様、ただいま!」
「おかえり、フェリ!」
大好きな兄に抱きつきながら、私はようやくホッと息を吐く。
今回の王都は色々な事が有り過ぎた。だからこそ、これから沢山のことを話して対策を練らなければいけない。
でも……、取り敢えず今は兄を補充しよう。
そんな思いで、私はギュッと兄に抱きついた。
こうしているのが、今の私の唯一の幸せなのだ。