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5.商談



「ねぇ、フェル君。大量生産が無理なら、製造方法はギルドで買い取るわ。それでどうかしら?」

「いや~、アデラさん。一時の小金で金のなる木を手放すほど僕達も馬鹿じゃないですよ」


 試供品をギルドへ配ったのは、美容関係を得意とする商会と繋いで欲しかったからだ。また、どれくらい需要があるのか、目の肥えた女性職員の反応を見たかったからでもある。

 本当は自分達で売りたいところだが、実店舗を作る余力も資金もない。だから、名のある商会を紹介して貰い、そこに卸す形を取りたかった。

 だからこその試供品だったのだが、思いのほかトリートメントが気に入られたようだ。

 商業ギルドで仲卸しをしたいと言ってきたのである。

 貴族や外国への売買の際、小さな商会では取引が困難の為、ギルドが仲介する事が多い。売れる見込みがある物は特にそうだ。どうやらトリートメントはその御眼鏡に適ったようである。

 是が非でも大量の商品を欲しいというギルドと、生産体制に無理があるというこちら側の話は平行線で、直ぐに決着は付かなかった。

 ならば、製造レシピを売れと言ってくるギルド。

 そこまで言うなら、商品を売るごとに利益の六割を寄越せという私。

 応接間のテーブルを挟み、私と睨み合うギルドの担当営業アデラさん。そして、商品が欲しくて堪らない従業員のお姉さん達の熱い視線が部屋の中で交差する。


「フェル君って見掛けに寄らず学があるわね。先ほどアンブローズ様が一緒だったところ見ると、もしかして貴族?」

「それはご想像にお任せしますよ」

「ねぇ…、保湿剤だけでも早く欲しいのよ」

「しかし、このような端金で買い取ると言われましてもね」

「だったらコレならどう?」


 そう言って提示されたのは、最初の額の三倍だ。

 つまり、最初は完全に無学だと思って足元を見られていたという事である。


「話にならないですね」

「ちょっと貴方ね、これはかなり破格の金額よ?」

「でも、自分達で売ればそれの何十倍も稼げます」

「ギルドを敵に回して?」

「だったら一生秘匿のまま、僕と兄だけ綺麗になりますね」


 ニッコリと笑いながら髪を掻き揚げると、一瞬にしてアデラさんは黙り込んだ。

 そもそも商品をどうしても欲しいのは向こうだ。

 こちらが譲歩する義理などない。

 試供品を使ったという女性達の熱い視線でも分かる通り、トリートメントは絶対に売れる。

 しかも消耗品だ。毎月一定数の需要が見込まれる。

 それを手放すなど、誰がするものか。

 ただ、量産が出来ないのは分かっている。

 だからこそ、工場を紹介するという話に乗ってみたが、蓋を開けてみればこんな御粗末な商談を仕掛けてくる始末。

 彼女はギルドの美容部門担当だと聞いたが、自分達の利益だけしか見えていない。


「では商談は不成立という事で」

「待って!」


 立ち上がった私を必死で呼び止めるアデラさん。

 この時点で勝負は決まった。

 総合商社の営業をしていた元アラサーを舐めないで貰いたい。






「で、結局コレか?」

「……はい」

「馬鹿か、お前…」


 目の前で怒られているのは、アデラさんだ。

 そして怒っているのは彼女の上司であるヒルデンさん、四十代と思われるイケオジである。

 前世だったら好みのタイプだと思いながら、出されたお茶を飲む私。


「どうしても自分に任せてくれというから任せたらコレか?何だこれは?うちは小間使いじゃねぇんだぞ?!」

「でも……」

「でもじゃねぇ!商品欲しさに足元見られてんじゃねぇ!」


 上司さんが怒るのも尤もだった。

 それほどに、アデラさんが私と進めた商談はこちら側が有利な内容で終わっている。

 しかしどうでもいいけど、商談相手の目の前で叱責するのはどうかと思うよ。

 ……いや、これは多分、この商談を破談にする為のパフォーマンスだな。


「あ~、くそ……」


 言いながらわざとらしく頭を掻いたヒルデンさんは、急ににこやかな笑みを貼り付けると私の向かいのソファーへと座った。


「お騒がせして申し訳ないね、フェル君」

「いいえ。けど、そういう事は商談相手がいない場所でして頂けると嬉しいですね」

「いやはや、これは申し訳ない…」


 先ほど怒鳴っていた口調など微塵も感じさせない態度に何とも言えない顔になる。

 この二面性が商人だと言われればそれまでだが、契約しないならしないで早く結論を出して欲しい。

 こう見えても私は結構忙しいのだ。


「今日中に結論が出ないのであれば、僕はそろそろ失礼させて頂きたいのですが?」

「いやぁ、時間を取らせて申し訳ないんだが、さすがにこの内容では契約出来ない」

「それはまぁ、そうでしょうね」


 私は当然だというように頷けば、ヒルデンさんは少しだけ小さく目を開く。


「つまり私は、ここから交渉可能という事かな?」


 先ほどより低い声。

 また少し、雰囲気が変わった。

 多分、これが彼の素だ。

 なるほど、この世界の商人は中々に面白い。


「さすがに僕もその内容をアデラさんが飲むとは思わなかったんですが、余りにもスイスイと要望が通るので面白くて~~」

「なるほど、なるほど………。もしかして、最初に何かやらかしましたかな?」

「そうですね。端金で製造方法を買い取るとおっしゃられましたね~~~。しかも少しごねると次はその三倍の金額です。いやもう、おかしくておかしくて~~~~」

「いやはや、まさかそんな馬鹿なことをアデラがしていたとは、これは失礼しましたね」

「いいえ。まぁ、こんな小僧が相手ではそれも仕方ない事ですよ。………で、ヒルデンさんとはちゃんとお話出来るんでしょうかね?」


 ニコニコとした顔から笑みを一瞬で消し、私は彼の瞳をジッと見つめる。

 次に馬鹿な商談を始めるようなら、ギルドを通さずに売ろうと私は決めていた。


「………なるほど、これはアデラには荷が重いな…」


 ボソリと呟いた彼は、そこから真剣な顔でアデラさんが作成した書類に目を通した。

 譲歩出来る点と出来ない点を探りつつ、こちらが求めるものを見極めようとしている。


「こちらで紹介した工場を使って頂けるというのは本当でしょうか?」

「ええ。それはこちらとしても願ってもない事です」

「では、販売利益の一部をギルドに上納願いたい」

「もちろん税金はお支払いしますが、紹介しただけで今後永久的に利益を搾取するつもりですか?それは少々虫が良すぎるのでは?こちらは自分で探しても良いんですよ?」


 急いで欲しいのも、大量に欲しいのもギルドだ。

 まぁ、私もお金は直ぐにでも欲しいが、そんな素振りを少しでも見せれば足元を見られるのは必至。気を抜く訳にはいかない。

 とは言っても、私はギルドを敵に回したい訳ではない。良い共存関係を築きたいのだ。

 だから、こちらとしても譲歩出来ることはするつもりである。


「工場紹介の手数料をお支払します。どうせ工場側からも、紹介手数料を取られるのでしょ」

「確かに君の言う通りだが……」


 ギルドとは本来そういう役割を果たす為の組織だ。

 商会や工場の仲介や、契約の仲立ちが基本業務である。その他にも税金の取り纏めや揉め事の仲介もする商工組合だ。


「商人の為に存在するギルドが、商人の利益を無視した契約を薦めることなんてしないですよね?」


 にっこりと笑いながら、威圧する。

 まぁ、十三歳の少年(仮)の威圧など無いに等しいだろうが。


「はぁ、君一体幾つなんだい?」

「十三歳です」

「末恐ろしいね…」

「褒め言葉として受け取っておきます」


 笑いながら答えると、少しだけ場が和む。

 そのタイミングで、私もギルドに対しての譲歩案を出した。

 ヒルデンさんにしたって、このままでは引き下がれないのは分かっている。


「工場の紹介に加えて、工場との製造方法秘匿に関する神聖契約の手続きをして頂けるなら、初回の出荷分は全てギルドへ卸させて頂きます」

「卸値は?」

「初回は定価の六割。二回目以降は七割。貴族や外国向けの大口注文を取って頂けるなら最大で五割までは勉強させて頂く予定です」


 どこよりも逸早く売ってやるから、それで我慢しろという訳だ。

 実際問題として、事務所として借りている部屋はあっても、実店舗がない。

 作ったところで売る時間もないので、ギルドが仲介して売ってくれるなら手間が省けていい。

 それに、貴族相手の商売は、私達にはまだ早いと思っている。


「腹が立つほど実質的な値段の付け方だ。なぁ、本当に十三歳かい?年を誤魔化してない?」

「嫌だなぁ~、ヒルデンさん。僕は正真正銘の十三歳ですよ。このピチピチの御肌でわかりませんかね~~」


 年齢を疑われても性別を疑われない不思議。

 いや、どうみてもツルペタな幼児体型のせいだが、若干悲しい。


「もうこれでいいよ。むしろ、大分と譲歩して貰ったと思うしね」

「これからも長いお付き合いになると思いますので頑張りました」

「なぁ、やっぱり年を…」

「誤魔化していません!」


 しつこく疑いの目を向けるヒルデンさんに反論しながらも、手は休まずに書類を片付けていく。


「契約者は会長のお兄さんかい?」

「はい。今はちょっと王都を離れているので、工場との契約は来週にお願いします」

「まぁ、こちらも工場と打ち合わせをしたいので、それで構わないよ」


 こうして色々と濃い打ち合わせをようやく終え、私は席を立つ。

 そしてヒルデンさんとガッツリ握手を交わした。


「何か相談ごとがあれば私に連絡をくれ」

「ありがとうございます。……あぁそうそう、コレ前回と同様の試供品、お姉様方でどうぞ」

「きゃあ~~~、フェル君ありがとう!さっきは意地悪してごめんね~~!」

「いえいえ。僕も生意気ですみませんでした」

「ううん、そんなの気にしないで!試供品ありがとう!」


 機嫌よく声を弾ませるアデラさんに小さく苦笑を漏らすと、ヒルデンさんが呆れた目で私を見下ろしていた。


「お前、本当にうまいな…」

「商売のコツは、女性を大事にすることですからね。あっ、ヒルデンさんもお一つどうぞ」

「賄賂か?」

「ただの試供品ですよ。宜しければ奥様に…」


 そう呟けば、助かった…という小さな呟きが聞こえた。

 どうやら試供品を家に持って帰ったばかりに、使用した奥様から矢のような催促をされているそうだ。

 そりゃ、量産体制をさっさと作れと言ってくるはずである。


「それじゃあ、僕はこれで…」


 試供品に沸き立っている面々に小さく頭を下げ、私は商業ギルドを出た。

 既に予定時間はかなり過ぎている。

 まさか、今日の段階でここまでの話を詰めるとは思わなかったのだ。

 それだけ商品を気に入ってくれたという事なのだろう。

 商会としては良い出だしだと思う。


「古着を見に行きたかったけど、今日はもう帰った方がいいかな」


 商売用に幾つかの古着を買い込んでアパートに置いておく予定だったが、ギルドでの商談が押したせいでもう夕方だ。まだまだ半人前の子どもの身では、陽が沈んだ街をウロつくのはマズイ。


「古着は明日の朝一にするか……」


 王都で借りたアパートへの道を急ぎながら、私は今後の予定に頭を巡らせる。

 商品が好感触だったのは幸いだったが、想定よりも商会としての仕事が増えてきそうだ。兄と私の二人しかいない今、このままでは人手が足りない。

 そもそも、商会長として登録している兄もまだ十五歳。少しでも隙を見せれば、侮られて食い物にされるのがオチである。


「やっぱりお兄様を一人で契約に行かせるのはまずいかな……」


 兄はイケメンで頭もいい。その上社交的だし非常に努力家だ。

 しかも、シーナという頭の中にオガ屑が詰まっているような女の尻拭いを長年してきたお陰で、非常に忍耐力もある。本人曰く、『アレの後始末をする事以上に大変なことなどない』と断言している程だ。

 しかしながら、商売に関してはド素人に近い。

 ここは前世の知識を持つ私が矢面に立たねばどうにもならないだろう。

 とは言っても、中身がどれだけ成熟していようと、所詮今の私は十三歳の子どもだ。

 それに、前世の知識があるとはいえ、私は田舎の男爵領からほとんど出たことのない世間知らずである。

 最初に王都へ行った兄が色々教えてくれなければ、大変だっただろう。

 今から帰るアパートだって、兄が駆けずり回って探してくれた家である。

 商会の登録も全て兄任せだった。

 兄だって王都に来るのは初めてだっただろうに、数日間の滞在で私の為に色々な手配をしてくれた。王都内の略地図を作成し、男爵領からここまでの安全なルートや野宿に適した場所、水呑場などなど、次に王都へ向かう私の為に準備してくれた。

 兄がいなければ、私の前世知識チートなど宝の持ち腐れだった筈だ。


「お兄様………」


 姉さえ居なければ、兄は輝かしい貴族としての生活が出来ていたはずだ。

 見た目も性格もいい兄のことだから、女性にもモテモテだっただろう。

 しかし実際はどうだ?

 あのシーナの弟というだけで、領内では誰からも忌避される存在だ。

 糞姉の後始末で幼少時から奔走させられた兄。

 けれど、そんな環境に腐ることなく、私が同じような苦労をしないよう大切に可愛がってくれた兄。

 私が王都に向かう時、いつも泣きそうな顔で見送ってくれる兄を思い出す。

 今頃またあの糞姉の後始末で追われていないだろうか。

 心配は尽きない。


「お兄様に会いたいな……」


 ようやく帰り着いたアパートで、もそもそとパンを食べながらカーテンの掛かっていない窓から町を見下ろす。

 仕事終わりなのだろう男達が、楽しげな様子で飲み屋に入って行くのが見えた。

 親と手を繋いだ子どもが、嬉しそうに焼き菓子を頬張っている姿も見える。

 それを見ていると、何とも言えない気持ちになって胸が痛くなった。


「……あと、もう少しの辛抱…」


 私と兄は、生まれた時から姉に振り回されている。

 それでもグレずに育ったのは、両親がちゃんと育ててくれたからだ。

 けれど、年々酷くなっていく姉の横暴に、心が何も感じない訳がない。

 もう私も兄も、そして父でさえ限界だった。 

 母が亡くなってから、時々キッチンでボーっとしている父を見掛ける。

 それは決まって夜のことで、その手には大抵包丁が握られていた。

 父が何を考えていたのか、何となく分かる。

 姉を殺そうと思ったことは、私とて一度や二度ではない。

 しかし、包丁を持つだけで父は決してそれを姉に振り下ろすことはなかった。

 けれどそれも限界が近い。

 このままでは兄を貴族学校に入学させてやることも出来ないと知ってから、父は大分追い詰められている。

 何かを切っ掛けに溜まり込んだ鬱屈が爆発して姉に向かっては大変だ。それだけは何としても阻止しなければならない。

 当然それは姉の為ではなく、父の為にだ。

 だって、姉を害そうとした人間の末路を私たちは知っている。父だけに、その強制力が働かない可能性は低い。

 だからこそ、私と兄は交代で王都へやってきている。

 怖くて二人同時に父の傍を離れることが出来ないのだ。

 しかし、ギルドや工場と契約するならそうもいかない。

 私達兄妹は二人揃ってようやく一人前なのだから……。


「手助けを頼もう……。一週間だけ、家を手伝ってくれる人を探そう」


 姉の大量の借金が判明した時、使用人には訳を説明して暇を出した。

 それでも時々数人が、大丈夫かと様子を見に来てくれる。

 祖父の代から仕えてくれていた執事や、私や兄を育ててくれた乳母は頻繁に顔を出しては困りごとはないかと聞いてくれる。

 料理長は時々差し入れを持ってきてくれるし、馬丁は馬の乗り方を教えてくれた。

 姉に振り回される私達をみんな心配してくれている。

 そんな彼らにこれ以上の心配は掛けたくなかったが、一週間だけでも手伝ってくれるようお願いしてみよう。

 執事や乳母は隠居して息子さん夫婦と生活していると言っていたから、一週間だけなら何とか戻ってくれるだろう。

 問題は給金だが、先日姉の部屋の引き出し奥から黒真珠のイヤリングを発見した。

 今頃兄が換金してくれているはずだから、それでどうにかなる筈だ。


「あと、もうちょっと、もうちょっとだけ頑張れフェリシア」


 自分で自分を励ますように声を上げ、私は毛布に包まった。

 この部屋にベッドなんてない。

 けれど、野宿に比べれば雨風を防げるだけ、盗賊や魔獣の危険がないだけで遥かにマシなのだ。

 でも、寂しさだけはどうにもならない。

 だから、家に帰ったら、兄に一杯抱きしめて貰いながら寝ようと心に誓った。


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