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4.作戦開始


 まず、私と兄が行ったのは、姉の名を騙って、教会に予言の内容を手紙で送ることだった。

 貴族からの手紙となれば完全には無視されないだろうと踏んだが、内容が内容だっただけに頭がおかしいと思われたのだろう。教会からの返事はなかった。

 だが、それは想定内だ。

 こうやって事前に予言を送ってさえいれば、どのみち半年後にはそれが本当かどうかは分かる。

 だが、その半年を無策で待つのはバカらしい。手紙が届いていない可能性や、予言の内容を誰かに横取りされる可能性もある。

 なので、更に追加として噂を流すことにした。コルプシオン地方に聖女のような女性がいるという噂だ。

 まずは、私と兄が交代で王都に向かい、敬虔な信者の振りで教会の司祭に噂話をする。

 一人なら噂話として一蹴されるだろうが、それが数度続けば気になるのが人情。

 教会で隣り合った人にもそういった噂を流せば、十分に事が足りた。

 本当はもっと人数を使った人海戦術を試みたいところだが、如何せんそんな金はない。

 王都までの旅程すら、全て野宿の上に食事も硬いパンと干し肉のみである。

 幸いにして馬があったので馬車代は掛からなかったが、片道四日の野宿が危険なことには変わりなかった。

 その為に私は長かった髪を切り、男装する事にした。どのみち、姉のせいで自領内では変装をしないと歩けないほどに困った状況なので問題はない。

 問題だったのは、兄に号泣されたことだ。

 髪を切った私を見て涙を浮かべた兄は『不甲斐ない兄で申し訳ない』と言ってずっと私を抱きしめて泣き続けた。

 まさかそこまで泣かれるとは思っていなかった私は困惑した。

 前世の記憶があるせいか、私は短い髪には一切抵抗がない。

 だが、今世で貴族女性が髪を短くするのは、神籍に入る時や夫や恋人が死んだ時のみだという。

 まさか髪がそこまで重要だとは思わず、私は急いで切った髪でカツラを作って貰った。

 本当は売るつもりだったが、兄が余りにも泣くので、男装する必要がない時はそれで誤魔化すことにしたのだ。

 だが、髪を切った事は後悔していない。

 それほどまでに、私が男装した姿はどこに行っても疑われなかったからだ。

 まぁ、栄養不足による発育不良の所為だろうが、噂話をするのには非常に好都合だった。


「やぁ、君、この間もあったよね?」

「えっと…」


 三回目の王都訪問。

 毎度の如く前回と違う司祭を捕まえて噂話をした私は、そろそろ本格的に噂が回っていることを実感した。

 後は放置しても大丈夫だろう。

 ならば、怪しまれる前に切り上げるのが正解だと思い、簡単にお祈りを済ませて教会を出ようとした。

 だが、不意に声を掛けられる。

 見覚えのない男だ。


「あの……」

「あれ、僕のこと覚えてない?二ヶ月ほど前に会ったよね?ほらっ、聖女の噂話、あれ教えてくれたじゃないか」

「あ、あぁ……、あの時の…」


 とは言ったものの、全く顔に覚えはなかった。

 二ヶ月前と言えば、初めて王都に顔を出した時だ。

 あの時は、隣り合った人全員に話しかけ、聖女の噂話を流した。

 いちいち顔など覚えてない。


「あれから他の人にも聖女の話を聞いたんだ。もう知ってるよって言ったら、皆驚いてたよ。お蔭で鼻が高い」

「そ、それは良かった。では、僕はこれで…」


 何となくこれ以上関わり合いになるのはまずいような気がして、早々に立ち去ろうと試みるも、何故かその男が後を付いてくる。


「どこに行くの?」

「えっと、商業ギルドに」

「何しに?」

「な、何って兄のお使いで……」


 聖女の噂を流すのと並行して、私と兄は商売を始めた。

 当然、そんな事が姉にバレれば髪の毛一本まで毟り取られるに決まっているので、わざわざ王都で商会登録をしてこちらで活動している。

 姉の古いドレスを売って捻出した金で小さなアパートを借り、そこを拠点に商売を始めたところだ。


「僕も付いて行ってもいいかな?」

「何故?」

「暇なんだ」


 断言した男は随分といい身なりをしていた。

 年は十代後半、兄と同じ年頃に見えるので十五、六歳といったところだろうか。

 平民が着るような服装ではあるものの、じっくり見れば仕立ても生地もかなり良い。

 多分、貴族の子弟だ。


「えっと、学校は?」

「サボり」


 断言した彼にちょっと引きつつも、彼は学校に通っている事は否定しなかった。

 そしてこの王都で貴族の学校と言えば、ゲームの舞台であるカナルディア学園しかない。

 つまり彼はゲームの進行具合を知っている可能性があった。


「付いてきてもいいけど、何も楽しいことはないよ?」

「いいのいいの、暇つぶしだから」

「あっそ…」


 ゲームの進行具合が聞きたいという下心が有ったものの、ここまで暇だからを連発されると、あくせく働いているこちらは虚しくなってくる。


「お使いって何するの?」

「試供品の納品だよ」

「試供品?」

「そ。いきなりこれは良い物だから使ってくれと言っても誰も信用してくれないだろ?だからお試し用に試供品を配ってるんだ」


 ギルドへの道すがら、不思議そうな顔で付いてくる彼に説明する。

 今回私達が売りに出すのは、前世知識チートの定番、石鹸とトリートメントだ。

 うちの男爵領はオリーブの産地で、これ幸いにと前世の知識を生かして作ってみた。

 石鹸自体は既存の物があったのだが、動物油脂を使っているせいか臭くて評判が悪い。

 そこで比較的匂いのマシなオリーブオイルを使い、香付けしたものを売ることにしたのだ。

 そして石鹸より力を入れたのが髪の保湿を重視したトリートメントだ。

 こちらもオリーブオイルに蜂蜜やレモンを混ぜて作成。配合の調整にはかなり手間取ったが、納得のいくものが作れたので満足している。

 途中、香油などの材料費の捻出には困ったが、糞姉の部屋にあった物を拝借して乗り切った。埃を被った状態で放置されていたので、貰うだけ貰って放置されていたのだと思う。有り難く有効活用させて頂いた。


「こんにちは。フェリウス商会の使いで……」


 到着した商業ギルドで、受付に座っているお姉さんに声を掛けた。

 その瞬間、全て言い終わらない内にお姉さんが立ち上がった。

 ちなみにフェリウスという商会名は、兄シリウスと私フェリシアの名前を混ぜて作った。

 平民になることも想定し、商会の登録も会長シリウスとしか記載していない。


「フェリウス商会様ですね!お待ちしてました!」

「あ、はい……」


 妙に圧が凄いお姉さんに腰が引けていると、付いてきた彼も少しだけ驚いている。


「後ろの方は?」

「ああ、僕はルドルフ・アンブローズ。彼の付き添いです」


 今初めて名前を知った身としては何とも微妙な顔をしてしまうが、彼の名前を聞いたお姉さんはもっと驚いているようだった。


「も、もしかしてアンブローズ侯爵家の?!」

「あはは、実は彼の商品に興味があって」

「わ、分かります!今、ギルド内もフェリウス商会さんの話題で持ちきりです」

「あぁ、やっぱり!気になりますよね~」


 おい、一度も商品を見たこともない癖に何言ってんだこいつ?

 というか、侯爵家とか、ヤバイもんに関わってしまった気がする……


「あの……」

「ああ、申し訳ありません!直ぐに担当をお呼びしますので、こちらの部屋でお待ち下さい」


 そう言って案内された部屋は、六畳ほどの小さな応接室だった。

 きょろきょろと辺りを見渡せば、ちゃっかり付いてきたルドルフが、我が物顔でソファーに座っている。


「……試供品渡してないですよね?」

「まぁ、いいじゃない。貴族が気に入っていると言えば、商談には有利だよ」

「それはそうですけど……」


 暇つぶしにしては、彼の行動は常識を逸脱している気がする。

 それとも、王都の貴族は暇潰しで商売の手伝いもするのだろうか?


「ちなみにその試供品って僕も貰えるの?」

「………良ければどうぞ」


 貴族に使って貰えるのはこちらとしても有り難い。

 そう思って、手荷物からトリートメントの入ったガラスの小瓶と石鹸を手渡す。


「これって石鹸。いい匂いがするね」

「キラロの香油を練り込んでます」

「へぇ~~~。こっちは?」

「そっちは髪用の保湿剤です」

「髪用?」

「はい。洗髪後に髪に塗り込んで洗い流すだけで艶々になります」

「なるほど~~、だから君の髪って綺麗なんだね」

「は?」

「いや~、格好は完全に庶民なのに、髪の艶なんかはとても平民には思えないし、変だとは思ってたんだ~~」


 言われて、自分が如何に迂闊だったかを悟った。

 幾ら格好が庶民でも、私も兄も髪と肌の色艶には少々自信があった。

 だからこそ、兄が初めてギルドを訪れた時も、美容に煩い女性従業員に話を聞いて貰えたのだ。

 まぁ、イケメンの兄がお願いしたからだと思うが…。

 兄はイケメンオーラ全開で担当してくれた受付のお姉さんに自分の髪を触らせ、是非試供品を使ってくれるようにお願いしたそうである。

 領地に帰ってきた兄にその話を聞いた時、この人ホストの才能があるんじゃないかと思ったほどだ。

 今日のお姉さんの様子を見るに、どうやらちゃんとギルド内で試供品は使って貰えたようである。


「初めて会った時さ、絶対に僕と一緒でサボりに来ている貴族だと思ったんだよね。でも、学校のどこを探してもいないから不思議だったんだよ」

「それで今日声を掛けてきたんですか?」

「そういう事。あと、何か面白いことしてるなって思って」

「面白い?」

「そう。聖女の噂広げたの、君だよね?」


 ルドルフの言葉に、背筋に冷たい汗が伝う。

 どれだけ、バレてる?

 出来るだけ前回と違う服装や髪型、喋り方を心掛けていたのに……


「さっきも言ったけど、君は庶民にしては育ちの良さが滲み出てるんだよね~」

「……そ、そうですか?」

「で、どうしてあんな噂流してるの?」


 彼が私に近付いて来た本来の目的はこれだと直感的に悟った。

 アンブローズ家はもしかして諜報系の家門だったかと思考を巡らすが、当然貴族社会に疎い私には分からない。

 しかしだからと言って嘘で誤魔化しても無駄な気がする。

 何故か、彼に全て見破られるような気がした。

 しかしだからと言って全てを馬鹿正直に話すのは愚策でしかない。

 だったら、少しの本当を交えた嘘。それが正解だ。


「えっと、その……、お願いされて…」

「お願い?誰に?」

「その……、聖女と噂のある女性に……」

「自分が聖女だって広めろと?」

「……えっと…、その方が言うには、近々国で起こる大事件の予言を神から得たそうですが、それを伝える術がないので、どうにかして教会に知らせたいそうです」

「手紙を送ればいいじゃないか」

「送ったそうですが、一向に連絡がないそうで……。だから、少々遠まわりになるけど、聖女だという噂を聞けば信じて貰えるのではないかという話でした」

「なるほど……」


 手紙が届いていない可能性も含め、この一ヶ月の間に何度か手紙は送っている。

 しかも前回は兄が配達人の振りをしてちゃんと教会へ届けた。しかし未だに返事は来ない。

 噂の後押しが足りないのか、誰かが故意に止めているのか分からないが、ここまでしておけば実際に魔獣のスタンピードが起こった後に、手紙が本物だったと気付き連絡をくれるだろうと踏んでいる。


「……ちょっとした小遣い稼ぎのつもりで噂を流しました。すみません……。でも、女性の予言が当たるのも本当です」

「君はその予言の内容知ってるの?」

「はい。教えて貰いました」


 そこで私は魔獣の暴走について彼に語った。

 彼が高位貴族ならば、教会に伝手がある可能性がある。

 姉を聖女に祭り上げる機会があるなら、それがどんな些細な事でも出来るだけ逃したくない。

 

「魔獣の暴走か……」

「このままでは死傷者が大勢出ることになると仰ってました。だからこそ、頭がおかしいと思われていいからと、お手紙を書かれたそうですが……」

「取り合って貰えなかったと?」

「はい……」

「その女性の名は?」

「えっと、あの……、シーナ・コルプシオン様です」

「……ありがとう」


 それだけを言って、彼は応接室を出ていった。

 やはり彼は、噂の出所である私を探りにきていたのだ。

 何が暇つぶしだ。

 しかし、まさか侯爵家に目を付けられるとは思いもしなかった。

 もしかしたら、二ヶ月前に会ったと言うのも嘘かもしれない。


「帰ったら兄さんに相談しなきゃ……」


 しかし、その後。

 直ぐに帰りたい私の希望とは裏腹に、トリートメントを気に入ったという商会の営業担当から大口の商談があり、私は中々帰る事が出来なかったのだ。


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