33.ローリアでの対策会議
慌しくコルプシオンを出発した翌日の夕方、私達は問題なくローリアの街へと到着した。
途中で一泊した宿屋から兄に連絡を取ったが、糞姉の下僕であるガスパルに動きはなく、入れ違いで姉が帰ってくるということもなかったようだ。
後は糞姉が滞在している宿屋を探すだけなのだが、それはあっさりと判明した。
「人を探しているのですが……」
そう言って糞姉の姿絵を見せれば、聞いた男全てが知っていた。
誰も彼もが女神のようだったと口を揃えて言い、まるでストーカーしていたかのように昨日の姉の行動を教えてくれる男まで居た。
「湖畔のレストランで食事をした後は宿に帰ったみたいだね」
「あ、ありがとうございます」
「そう言えば君、彼女に少し似てるね?」
「あははは……」
男の舐めるような視線に寒気がしたが、笑って誤魔化しながら護衛騎士の後ろに下がる。
そうすると、後はルドルフが宿屋の名前を聞いてあっさりとその場を離れた。
念の為に数人に聞いてみたが、みな同じような回答だったので、糞姉がまだここにいるのは間違いない。
「じゃあ、まずはアンブローズの名前で宿を取るよ。その後は、シーナ嬢を君の名前で呼び出してみよう」
「お願いします」
姉が泊まっていたのはローリアで一番高い宿屋で、高級ホテルのような外観をした五階建ての建物だった。
姉目当てなのか、入り口付近に数人の男が群がっていて、ベルボーイが迷惑そうに追い払っている。
「あれって、シーナ嬢目当てなのかな?」
「おそらく」
まるで芸能人の出待ち状態だ。
しかし、彼らを追い払うベルボーイの話を聞くに、糞姉は近くの観光地へと出かけているため不在とのこと。
ホテルの入り口に群がっている男達は、帰ってくる糞姉を待ち構えているようだ。
「出かけているのか……」
「ですが、日帰りでいける場所のようですよ」
「だったら、追い駆けるよりもここで待った方がいいな」
そしてルドルフの提案で、このホテルに部屋を取ることにした。
これで糞姉が帰ってくれば直ぐに対応できる。
ちなみに料金はアンブローズ家持ちだと言ってくれたので一安心だったが、一泊の値段は怖くて聞けなかった。
「取り敢えず、フェリシア嬢は今すぐ令嬢らしい格好に着替えてくれるかい。その間に支配人に連絡してシーナ嬢について聞こう」
「分かりました」
「着替えた後は僕の部屋に集合してくれ」
部屋は男女別の二部屋を取り、私は同室のシャーリーさんに手伝って貰い令嬢らしいワンピースに着替える。
髪も地毛で作ったウィッグを使ってそれなりに整えた。
これで、糞姉の身内だと言っても信用して貰えるだろう。
「お待たせしました」
ルドルフの部屋へ行くと、壮年の男性がルドルフと何かを話していた。
どうやら彼がこの宿屋の支配人らしい。
侯爵であるアンブローズ家の呼び出しということで、慌てて挨拶に来たようだ。
「初めまして、この宿の支配人をしておりますカーペントと申します」
「ご挨拶ありがとうございます。わたくしはフェリシア・コルプシオンと申します。姉がこちらに滞在しているとお聞きしたのですが、本当でしょうか?」
「はい、シーナ・コルプシンオン様はお連れ様と共に二週間前からご滞在中です」
「今は出掛けていると聞いていますが、帰り次第わたくしに連絡を頂くことは可能でしょうか?至急、姉に伝えねばならないことが有りまして……」
「ご事情はアンブローズ様からお聞きしております。幸いシーナ様御一行は本日中に戻られると聞いておりますので、戻り次第ご連絡させて頂きます」
その際、決してアンブローズ家の名前は出さず、あくまでも妹であるフェリシアが緊急の用で訪ねてきていると伝えて貰うことにした。
下手にアンブローズ家の名前を出せば、糞姉が何を仕出かすか分からないからだ。
幸い私の容姿が糞姉に似ていることもあって、姉妹関係を疑われることはなかった。
「ただ、夕方のこの時間に戻られていないということは、お戻りは深夜になる可能性もございます。その際はいかが致しましょう?」
「何時でも構わないから僕に連絡をくれるかい?」
「承知致しました」
こうして無事に支配人に渡りを付けられたのだが、残念ながらその日の内に糞姉は帰ってこなかった。
どうやら観光先を気に入ったらしく、今日は一泊してくるとのこと。
支配人さんが申し訳なさそうに説明してくれたが、悪いのは気分屋の糞姉なので仕方ない。
有り難いことに、宿に連絡をくれた糞姉のお連れ様に、妹の私が緊急の用件で訪ねてきていると説明してくれたらしく、明日はちゃんと帰ってきてくれるそうだ。
残念だが、ゆっくり休んだ後に対峙する方が精神的にいいかもしれないと考える。
取り敢えず、姉が戻り次第支配人さんが連絡をくれるとのことだった。
「じゃあ、軽く明日の打ち合わせをしようか?」
「そうですね。まず、アレとの対峙は私とシャーリーさんでしますので、男性陣は待機していてください」
「いや、僕も侍従に扮して後ろに控えるから」
「貧乏な我が家に侍従がいるのはおかしいですよ」
ルドルフを信用していない訳ではないが、彼が至近距離で姉を見た結果、その美貌に目が眩んだら洒落にならない。
全ての計画が水泡に帰してしまう。
だから、やんわりと彼の申し出を断ったのだが、ルドルフは引かない。
「行くのはもちろん僕だけで、アーサーとダルカンには君が言うように近くで待機して貰うよ。年下の僕ならシーナ嬢の好みの範囲外だろうし、僕は決してシーナ嬢に惹かれないと誓う」
でも、姉に溺れて変わっていく人々を沢山見てきた。
優しかった庭師も、奥さん想いだったパン屋のご主人も、娘さんを溺愛していた兵士長も、みんなみんな姉に溺れていった。
姉を見た途端、目の色を変えるように欲情を前面に出す男達。
親しい人達が変わっていく様を見るのは、本当に恐ろしかった。
「ごめんなさい、ルドルフ様。信用していない訳じゃないんです。でも、姉に関わって豹変する人を沢山見てきたから、その……、怖くて……」
「うん……、シリウスからも色々聞いてるから知ってる」
「だから、どうか私の心の平穏のためにも待機していて貰えませんか?」
「でも、それだといざという時に君を守れない。だから、もし僕が変な行動をしたら殴って止めてもいいから傍に居させて欲しい。ちゃんと誓約書も書いてきたから」
「誓約書?」
「うん。僕とアーサー、そしてダルカンがシーナ嬢を庇う行動をした場合、殴ってもいいって誓約書。もちろん、フェリシア嬢だけじゃなくシャーリーにも適用するやつだよ。さすがに神聖誓約は出来ないけどね」
「ルドルフ様……」
そっと手渡された誓約書には、もし約束を破って殴られても一切不問にすると言うものだった。
「何だったら賠償金を払ってもいいよ」
「さすがにそこまでして頂く訳にはいきません」
「そう?」
「フェリシア様、これはルドルフ様から色々毟りとる機会かもしれませんよ」
「アーサー、お前……。もしかして自分が連れて行って貰えないから拗ねているのか?」
「だって、フェリシア様の侍従は私ですよ、それなのにルドルフ様が……」
「仕方ないだろ。さすがにお前とシーナ嬢では年が近すぎて危険だし、フェリシア嬢が連れて歩くには不自然だ」
「分かっています」
アーサーさんが幾ら惑わされないと豪語しても、姉の守備範囲ド真ん中の彼を連れていけば、姉が自ら誘惑しかねない。
それは護衛のダルカンさんにも言えることで、彼が姉に惚れ込んでこちらの状況をあちらにリークするのが一番怖いのだ。
「ルドルフ様、私は本気で殴りますよ。それでもいいですか?」
「うん、構わないよ」
「……ではこの誓約書はお預かりしますね」
殴るという私の言葉に嬉しそうに笑うのはどうかと思うが、ここはもう腹を括って彼を信用するしかない。
「じゃあ、明日の対峙は私とルドルフ様、そしてシャーリーさんで行います。アーサーさんとダルカンさんは近くで待機してください。理想は人目のある場所での接触ですので、明日はロビーで姉達が戻るのを待ちます」
何故人目のある場所がいいのかと言えば、あれでも一応周りの視線を気にするらしく、密室で対峙するよりこちらへの当たりがマシになるからだ。
それに、連れの男性の目もある状態で対峙した方が懐柔しやすいように思う。
「出先からの距離を考えて、どんなに早くても戻ってくるのは昼頃になると思います。ですので、昼前にロビーに集合しましょう」
早起きなど無縁の姉のことだ。どんなに連れの男性から妹が待っていると聞いても急いで戻ってくることはない。
「明日会って事情を説明して、直ぐに出発……とはいかないから、ここを出るのは明後日になるかしら……」
「それならトラスト・カレディスが来る日にギリギリ間に合うな。下手をすれば彼の方が早く着くかもしれないけど」
「そこはもう、急にやってきたカレディス卿に待って貰う他ないと思うわ」
問題は、あの糞姉が素直に帰ってくれるかどうかだ。
当然、アレコレ要求してくるに違いない。
もしごねるようなら、この聖女認定に間に合わなければ二度と教会には足を踏み入れられないとでも脅すことにしよう。
「では皆さん、明日も宜しくお願いします」
お願いだから糞姉の美貌に惑わないで下さいという願いを込めながら小さく頭を下げると、全員が頼もしい笑顔で頷いてくれた。
その笑顔に少しだけ安心しながら、明日のために気合を入れる。
お兄様、待っててね!糞姉は絶対に連れて帰るから!
そう決意した翌日。
意気込んで昼前にはロビーに集合したものの、昼の三時を過ぎても姉が戻ってくる気配はなかった。
次回、ついに姉登場。
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