3.兄を味方につけよう
「ありがとうフェリ。お前のお蔭で凄く高く売れたよ」
「当然ですわ、お兄様。今後も糞姉の宝石を売る際は私をお連れ下さい」
宝石や貴金属を売りに出す際、父は領内の店に買い取りに来て貰っていた。
だが、その金額がやけに安いのだ。
買った時の十分の一以下なんて有り得ない。
完全に足元を見られている。
それに気付いた私は、兄に相談して先日見つけた品を隣の領へと売りに出掛けた。
結果、ドレスは少々買い叩かれたものの、宝石類は元値の七割ほどで売れた。
当然だ。物はいい上に、あの姉はろくに使っていないので状態が良かったのだ。
「父上にも言って、今後の売買は俺達に任せて貰おう」
「はい。領内の商人はこちらの事情を知っている者ばかりです。完全に足元を見られています」
今は姉に売ることは禁止しているが、それまでは姉の言うままに宝飾品を売っていたのだ。十中八九、買った時の値段もかなり上乗せされている気がする。
「お兄様。はっきり言います。もう糞姉はダメです。早々に見切りを付けないと私達全員が路頭に迷うことになります」
多額の借金を糾弾すれば、そんなものは踏み倒せと平気でいう。
そんな事をすれば、踏み倒された側が今度は路頭に迷うことになるとは考えもしない。
私達が明日のパンにも困ると言えば、どこかの男から貢いだ金を放り投げてきたが、後日、その男の家族が泣きながら返して欲しいと訴え掛けてきた。
屋敷に閉じ込めても、直ぐにどこからか現れた男が姉を解放する。
借金に関しても、今後は姉の個人借金にすると領内に通知すれば、今度は貢がせた男とのトラブルで賠償金が増えた。
「お前の言う通りだフェリ。アレはさっさと捨てよう。そうだ、それがいい。ラキの森辺りはどうだ?」
姉の尻拭いを一番させられている兄は、抑揚のない口調で私に賛同した。
糞姉という私も大概だが、兄も父の前以外では“アレ”で通している。
兄にはもう、姉に対する情は欠片も残されていない。
「ラキの森程度では直ぐに帰ってきますわ。どうせなら、高くアレを買ってくれる方に売りませんか?」
「そうだな、アレは見た目だけは良いからな」
馬車に揺られながらそんな相談をした翌日、兄は大金持ちの商人との縁談を持ってきた。
五十を過ぎた男の後妻だが、姉の姿絵を気に入った男は支度金をかなり奮発してくれるという。
兄は父を説得し、贅沢が出来ると言って姉を強引に馬車へと押し込んで男の下へと送り出した。
しかし、姉はたったの一ヶ月で家に帰ってきた。
調べると、姉の散財で男の家は破産していた。
『まぁまぁ楽しかったわ。シリウス、また次もいい話があったら教えなさい』
姉は売ったことを全く怒っていなかった。
むしろ、短い間ながら贅沢を堪能して楽しかったようだ。
その余りの恐ろしさに、兄と私は手を取り合って震える。
明日は我が身。
そう思わずにはいられなかった。
「お兄様……、次の当ては?」
「有るにはあるが、あの家が一番裕福だったんだ。次を紹介しても一ヶ月持つかどうか……」
姉は恐ろしい生き物だった。
さすがに、何の罪もない家を破産には追い込みたくない。
だが、このままでは我が家が潰れてしまう。
「……あいつを恨んだ誰かに刺されたりしないだろうか?」
「いいですわね、お兄様。痴情の縺れによる他殺。最高です」
だが、何の因果なのか、姉に手を出そうとする人間には必ず破滅が待っている。
姉と無理心中しようと食事に毒を盛った男がいたが、何故か男だけが毒に苦しんで亡くなった。
貢がされてポイ捨てされた男は、姉を刺そうと刃物を持った瞬間転んで自分を刺した。
姉に夫を取られた女は、姉を殺そうと暗殺者を雇ったが、直ぐにその事が露見して捕まった。
あんな女が神に愛されているとは思いたくないが、全てが全て姉の都合の良いように進むのだ。
そしてその皺寄せを被るのが、私達家族である。
これがゲームの強制力というやつかもしれない。
ゲームが始まるまでは、絶対に死なないという強制力。
「……そうか、だったらゲームを始めてしまえば………」
「フェリ?」
「お兄様、アレの妄言を覚えていますか?」
「あぁ、馬鹿みたいなアレか。聖女になって王子と結婚するとかいうやつだろ?あんな女が聖女になどなれる訳ないだろうが……」
「そうです。けれど、アレはそう信じてます。それを利用するのはどうでしょ?」
「つまり?」
「……アレを聖女に仕立てあげるのです」
断言した私の言葉に、兄が小さく息を飲んだ。
私のこの言葉がどれだけまずい物なのか、兄は分かっているのだろう。
「聖女と簡単に言うが、そんな事可能なのか?」
「……分かりません。ですが、アレの見目がすこぶる良いのは確かです。求心力の落ちている教会の都合のいい偶像に祭り上げるには最適かと…」
「しかし、見た目だけで聖女になれるほど甘くはないぞ」
「それなんですが……」
私は姉の書いたノートの書き写しを兄に見せた。
姉の妄想を書き殴ったようにも見えるそれ。
だが、そこにはそれなりに重要なことが書かれていた。
それは予言だ。
姉はゲームをやり込んでいたのか、ゲームの今後の展開もいくつか書き込んでいた。
その中には、既に起こっている事件もある。
北にあるブリューゲル領の水害と、王都の城壁破損事故だ。
姉は、ただ単にゲームの進行に関係ある事柄としてこれらを書き連ねたのだろうが、端から見ればこれは予知のように見える。
「これは……」
「糞姉が書いた日記らしきものを写した物です。ここに書かれている事柄に見覚えはございませんか?」
これは一種の賭けだった。
兄がどこまで信じるかどうか分からないが、それでも構わない。
信じなくても、兄が利用出来ると判断してくれればそれでいいのだ。
「これによると、もう直ぐカスラーナ地方で魔獣の暴走が起きるな」
「はい。私は本当にこの通りになると思っています」
「根拠は?」
「……ありません。ですが、妙な何かを感じます。これは妹の勘としか言えませんが、糞姉に都合の良いように世界が回っているようにしか思えないのです」
ここがゲームの世界ならば、それは間違いないと思う。
私や兄が無事なのも、ギリギリ家族としての役割があるからとしか思えない。
だったら、姉の都合の良いように動きながら縁を切る。
姉が望んだ展開であれば、私達が何をしようが妨害されないような気がした。
「お前が言っていること、少し分かる気がする……」
そうポツリと呟いた兄は、私が知らないことを話し始めた。
「余りにも様子がおかしいアレを、修道院に押し込めようとしたことがある」
「本当ですか?」
「二年ほど前の話だ。だが、アレを家から出そうとする度に豪雨に見舞われ、ようやく晴れた時は、乗せようとした馬車が壊れた。それでも諦め切れずに荷馬車でアレを連れていったが、肝心の修道院が豪雨で半壊してどうにもならなかった。その後、他の修道院を探して押し込んだが、やはり男が逃がして終わりだ。帰ってきたアレを見た時、どれだけ絶望したことか……」
神というよりは、どう見ても悪魔の所業的な妨害。姉をゲームに参加させようという強制力の意地を感じる。
しかもゲーム上で“男爵家の娘”でいる必要があるのか、数日留守にすることはあっても、姉は最後には必ず帰ってくるのだ。
後妻という名目で一ヶ月も家を空けたのは、姉にとって向こうでの贅沢が最高に良かったからだろう。姉からすれば旅行感覚だったに違いない。
まぁ、そのせいであちらさんを破産させてしまったが……。
「廃籍も父上に言ったが、未成年の廃籍は認められていないそうだ」
「そうなんですか…?」
なんでも昔、後妻が前妻の子どもを廃籍して追い出したという痛ましい事件が有ったそうで、不当な人身売買や虐待を避ける為の法律だそうである。
しかし姉が成人である十八歳になるまでまだ二年もある。それを待っている間に、絶対に我が家は没落する。
「考えたくはないが、何かがアレを守っているように感じる時がある。……アレは本当に聖女なのか……?」
「あんなのが聖女とは思いたくありませんが、神か悪魔か、何らかの高位存在が関与しているのではないかと私は疑っています」
「つまりフェリは、それを利用するというのか?」
「そうです。姉の思い通りになるのなら、思い通りにさせてあげれば良いのです」
姉が聖女になって困ることはない。
寧ろこちらには利点しかないのだ。
「姉が聖女になった際、縁を切るように動けば、何かあっても被害が及ばないような気がします」
「そうだな。……いや、ついでだ。爵位も返上しよう」
「そこまでするのですか?」
「もし、神のような高位存在がアレに関与しているのなら何があるか分からない。ならば徹底的に縁を切った方が良い。万が一があれば領民に迷惑を掛ける」
確かにそうだ。
無事にこのまま聖女として認定され、ゲームが始まったとする。
しかし既にゲーム本来の開始時間は過ぎている。今直ぐ聖女認定されたとしても、学園を卒業するまで残り二年ほどしかない。
前半の重要なイベントを消化していないことがどれだけ姉に影響を与えるか分からないが、もし何らかのバッドエンドがあった場合、生家である我が家に累が及ぶのは必至。
ならば、聖女認定と同時に縁を切り、爵位を返上すれば連座、つまり累罪は免れるだろう。
「お前には平民として苦労を掛けるが……」
「お兄様、私達より平民の方が裕福だと感じる時があります」
「……それはそうだな」
問題は父の説得だが、それは兄が何とかすると言ってくれたのでお任せする事にした。
そしてこれより、私達兄妹の『シーナを聖女に祭り上げる大作戦』が始まったのだ。