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25.リーズロッテと婚約者


「二人ともお屋敷にいないから、来ちゃったわ~~~」


 楽しそうな声と共に、リーズロッテ様とルドルフが入ってきた。

 慎重に入ってくる様子を見るに、ちゃんと大工さんの忠告は聞いてきたらしい。


「お帰りなさい、お二人とも」

「ただいま」


 出迎える私達への挨拶もそこそこに辺りを見渡す二人は、完成間近の室内に感嘆の声を漏らす。

 私達同様、ここの設計に大きく関わっている二人も感慨深いようだ。


「もう一階の改築は終わってますのね」

「へぇ、図面で見るよりも広く感じるね」


 あちこちと見回る二人の姿はつい先ほどまでの私と兄を見るようで、思わず笑みが漏れた。


「床と内装以外は終わってるんですよ」

「個室も?」

「はい。何も置いてないのでガランとしてますけどね」


 私の言葉に楽しそうに個室を覗く二人が妙に可愛い。

 もしかしたら先ほどまでの私や兄も、端から見ればあんな感じだったのかもしれない。


「想像よりも個室は結構広いのね。これならお友達とゆっくり出来るわ」

「母上の希望通りのようだね」

「貴族の方はもちろん、こちらは男性にもお使い頂きたいと思ってるので」

「あ~、なるほど。確かに男だけで甘い物を食べるのは少し恥ずかしいからね」


 女性同伴ならまだしも、男だけで甘味メインのカフェに入るのは抵抗があるのはどこの世界も同じらしい。

 とはいえ、うちは甘い物が苦手な方でも食べられる物もあるので、男性にも沢山来て欲しいと思う。


「一応、個室近くに裏口もありますので、お忍びも可能ですよ」

「デートにも最適ね」

「是非、婚約者の方と来て下さいね」


 リーズロッテ様にそう告げれば、途端に彼女の顔が曇った。


「どうかされましたか?」

「……それがね、今日の帰りにカフェに寄らないかと誘ったのだけれど、断られてしまって」

「そうなんですね」

「それだけじゃないのよ。最近頻繁にツヤーラが欲しいと言ってくるの……」


 ツヤーラとは、トリートメントの商品名だ。

 安直だが、判りやすい方が良いだろうということで、商業ギルドのヒルデンさんと相談の結果、商品名が『ツヤーラ』になった。

 既に宝石瓶の初回納品は済んでおり、アンブローズ家には各家からの問い合わせが凄いという。

 一般販売分も即日完売したということで、取引商会からは大量の追加発注が来ているほどだ。

 当然、婚約者の方が欲しいというのはおかしい事ではない。


「少しなら融通出来ますよ?」

「ありがとうフェリちゃん。でもね、ちゃんとあちらのご家族用には母から渡しているのよ。だからもしかしてご友人用かと思って、重い物なのでご友人宅に直接届けると言ったのだけど、言葉を濁すのよ」

「遠慮されているのでは?」

「……本当にそう思う?」

「えっと……」


 それ以外に他の事情があるのだろうか?


「リーズロッテ様は、婚約者が他の女性に渡すのではないかと疑っているのですか?」

「それは……っ」


 兄の言葉にリーズロッテ様が小さく目を伏せた。

 どうやら図星だったらしく、言い辛そうに言葉を濁す。

 そんな彼女を見ながら、ルドルフが大きくため息を吐いた。


「あの男、姉上が誘っても忙しいからと言って最近は全く顔を見せないんだ。その癖どうやら平民の生徒とは懇意になっているらしく、時々その噂が聞こえてくる」

「……彼が言うには、庶民の生活についての見聞を広めているだけで疚しいことはないそうなんだけど」


 リーズロッテ様が言葉を濁すと言うことは、それだけではない距離感が二人にはあるのだろう。


「父は学生の内の火遊びだろうと言ってるんだけど、あの調子じゃそのまま愛人にしそうだというのがクリス兄さんの見解だ」

「たとえ火遊びで済んだとしても、結婚後にもまた同じことをしそうですよね」

「……フェリちゃんもそう思う?」

「思います。一度でも見逃せば、調子に乗ってまたやりますよ」


 断言すれば、リーズロッテ様が困ったように眉を寄せる。

 こんなにお美しいリーズロッテ様を蔑ろにするとか、絶対に許せない。

 糞姉の毒牙から守ってあげるつもりだったが、むしろ今はあの糞姉からケツの毛一本まで毟り獲られろと思ってしまう。

 ………とは言え、まだ婚約者さんが浮気していると決まったわけでない。

 噂とは尾ひれが付くものだし、何か事情がある可能性もある。


「一度、両家のご家族を交えてゆっくりと話し合ってみてはいかがでしょう?それでも解決しないようなら婚約の解消も視野に入れても宜しいかと。それと、その話し合いにすら参加しないというなら婚約の破棄を考えた方がいいかもしれません」

「フェリシア嬢はハッキリ言うね」

「だって、リズお姉様を蔑ろにする婚約者など私の敵です!誰が許しても私が許しません!」

「フェリちゃん……」

「でも、婚約破棄が女性にとって不名誉なことも理解しています。だからこそ、まずは話し合いを………って、あれ、どうかしたんでしょうか?」


 話している最中、コンコンと小さく窓を叩く音が聞こえた。

 視線を向けると、店舗の外で待機していたルドルフ達の護衛が何かを合図している。

 だが、窓から見える景色に何も変化はない。隣のレストランの出入り口や、通りを歩く人々が見えるだけだ。

 だが、不思議に思う私と兄とは反対に、窓に視線を向けたルドルフの顔がいきなり激しく変化した。

 非常に怒った様子で、目を吊り上げながら窓の外を睨んでいる。


「ヒース……」

「ヒース?」


 ルドルフの視線の先には、通りを歩いている一組のカップルがいた。

 一人はピンク色のワンピースを着た可愛らしい女の子で、そんな彼女の腰を抱きながら、ピッタリと密着した状態で楽しそうに話し掛けている色男は、短い金髪をした美丈夫だった。

 庶民風の服を着ているものの男はどこからどう見ても貴族のお坊ちゃんで、背後には少し距離を空けて護衛の姿も見える。


「あの男、よくも姉上の前に堂々と姿を見せられたな…ッ」

「もしかして彼がリズお姉様の?」

「婚約者よ……」


 噂をすれば影…とはよく言ったもので、まさかの婚約者の登場に、こちらに居る全員の怒気が上がる。

 建物内部にいるせいか、当然向こうがこちらに気付いている様子はない。

 その為か、目の前の往来で遠慮なくイチャイチャとする姿を晒している。

 さすがは糞姉の攻略対象と言うべきにイケメンだったが、女の子の胸をガン見しながら歩く姿には嫌悪感しか沸かなかった。


「話し合う必要も無かったようね……」

「姉上、突撃しますか?」

「当然よ。シリウス様、フェリちゃん、浮気現場の証人になってくれるかしら?」

「もちろんです!」

「では、行くわよルディー」


 言いながらピンと背筋を伸ばし、リーズロッテ様が通りへと出て行く。

 それを追うように私と兄も付いていった。

 今日は商業ギルドでの打ち合わせが有ったため、私も兄もそこそこお洒落な格好をしている。これならヒースとやらに馬鹿にされることもないだろう。


「ヒース様、お忙しいとはお聞きしましたが、まさか婚約者以外の女性との逢瀬に忙しいとは思いませんでしたわ」

「は、え?!リズ?!どうしてここに?!」

「用事が有ってルディと一緒に来たのですけれど……」


 その言葉にヒースがリーズロッテ様の隣に立っているルドルフへと視線を向けた。

 その視線を不機嫌に受け止めながら、ルドルフがジロリとヒースの隣にいる少女に目を向ける。

 そして私が何も知らない風を装ってリーズロッテ様の腕に自分の腕を絡めた。


「リズお姉様~~~、そちらはどなたですか~?」

「私の婚約者よ」

「冗談は止めて下さいよぉ~~~。だってその方、レストランを出た時に隣の女性の頬に口付けしてましたよぉ~?今だって腰を抱いてるしぃ~~~」


 馬鹿っぽい言葉を装って端から見た現実を突きつける。

 私の言葉に口をパクパクさせながら、ヒースは慌てて隣の少女の腕を振り払った。


「フェリちゃん、口付けしていたのは本当かしら?」

「本当ですよぉ~~~。仲の良い恋人がレストランから出てきたなぁ~とずっと見ていたので」


 角度的に、レストランの出入り口は私と兄の正面だったのだ。

 後ろ向きだったリーズロッテ様達はうちの店を横切るまで気付かなかったようだが、私の視界にはずっと彼らの姿が見えていた。

 昼間から凄いイチャイチャ具合だと感心していたのだが、まさかそのカップルの男がリーズロッテ様の婚約者だとは思いもしなかった。


「き、君……、嘘は言っちゃいけないよ?誰かと見間違えたんじゃないかな?」

「いえ、私も見ましたよ。確か出て直ぐにそちらのお嬢さんが躓いて貴方が腰を支え、そのまま微笑みながら頬に口付けをされていました」


 今度は兄が詳細にその時の状況を説明し始めた。

 そんな兄を、熱に浮かされたような顔で連れの女の子が見ている。

 そのお陰か、全く彼女からは反論がない。


「だ、誰だ貴様?!」

「これは失礼致しました。私はシリウス・コルプシオンと申します。こちらは妹のフェリシアです」

「彼らは僕の友人で、今日は彼らと会っていたんだ。まさか女性連れのヒース殿とこんな所で会うことになるとは全く想像出来なかったけどね……」

「ご、誤解なんだルドルフ!彼女は友人で、今日はたまたま一緒に食事をしただけで他意はない!」

「しかし頬に口付けられるような関係なのでしょう?」

「違う!それは彼らの見間違いだ!」

「では、僕達の護衛にも確認しましょう」

「護衛?」

「ええ、ずっとレストランとこの工事中の建物の間に立っていたので」


 先ほど窓を叩いて教えてくれた護衛さんのことだ。

 彼は誰よりも至近距離で二人を見ていたはずである。


「私はここにずっとおりましたが、シリウス様のおっしゃる通り、そちらの女性が扉のところで躓き、それを支えられた際にヒース様が頬に口づけられるのを目撃致しました」


 ルドルフの専属護衛であるルチアーノさんが宣誓するように片手を小さく上げて証言すると、ヒースの顔色はどんどん悪くなっていく。

 ちなみに、ヒースの護衛らしき人達も既に合流しており、気まずそうにこちらを見ていた。


「では、ヒース・レイジェル様、近い内に父から婚約破棄の連絡があると思いますので、御覚悟なさいませ」

「ま、待ってくれリズ!本当に彼女とは何でもないんだ!口づけたのは彼らの見間違いだ!そ、そうだ!たまたま転びそうな彼女を支えた時に唇が当たっただけなんだ!」

「言い訳はお互いの両親の前でどうぞ。では、私達はこれで失礼させて頂きますわ」


 そう言って颯爽とした足取りで馬車へと向かうリーズロッテ様の後を追う。

 後ろではヒースが何か喚いて縋ってきたが、護衛さん達が押し留めてくれた。あちらの護衛もこれ以上は駄目だと分かっているので、こちらに協力的だ。


「今のうちに帰ろう」


 ルドルフの勧めで、そのまま四人で侯爵家の馬車に乗り込んだ。

 当然、この後の予定は全てキャンセルである。リーズロッテ様の一大事を前にして、落ち着いてリネン選びなどが出来るわけもない。


「リズお姉様、元気を出してくださいませ!あんな浮気性な男はお姉様には相応しくなかったという事ですわ!」

「そうですよ、リーズロッテ様。あのような男のことで貴女が落ち込む必要などありません」

「シリウス様、フェリちゃん、ありがとう……」

「姉上、僕からも父上にちゃんと話します!向こうから持ち込んだ縁談だったというのに、こちらを馬鹿にするにもほどがある」


 なんでもリーズロッテ様に一目惚れしたというヒースからの申し出だったそうだ。

 爵位的にも吊り合うので、特に問題なく進んだそうである。

 つまり、この縁談が壊れても特にアンブローズ家として問題がある訳ではない。

 リーズロッテ様のお名前に少々傷が付くだけである。

 とはいえ、相手が有責の婚約破棄であれば、昔ほど煩く言われることはないそうだ。


「実はみんなが思うほど落ち込んでいないの。噂を聞いた時からこんなことになるように感じていたの。むしろ何となくすっきりした気分だわ」

「リズお姉様……」

「婚約者として私は出来る限りのことをしたわ。それでその結果がこれだもの。それに、今まで彼に使っていた時間をフェリちゃんやシリウス様と過ごせると考えたら、むしろその方が良かったような気さえするわ」


 晴れ晴れした顔のリーズロッテ様の視線は、ずっとお兄様に固定されている。

 何となく事情を察せられたけど、敢えて誰も何も言わない。

 大丈夫、リーズロッテ様とお兄様の間には何もない。

 有責はヒースで間違いない。


「あ~~、姉上が落ち込んでないなら、僕達が何もいうことはないよ」

「そ、そうですね。あっ、そうだわ、私、黄金(こがね)芋の試作品を作る予定でしたの。リズお姉様、是非試食してくださいね」

「もちろんよ。楽しみだわ」


 失恋した時は甘い物を食べるに限る。

 いや、リーズロッテ様の場合は新しい恋の始まりかもしれないが、今はまだその事に触れてはいけない。

 ちなみに、黄金芋とはスィートポテトの商品名だ。綺麗な黄金(こがね)色になったので、そのような名前を付けた。店内飲食専用のメニューで、今は甘い物だけじゃなくチーズを入れたちょっと塩味のある物も試作している。


「その試食にはもちろん僕も呼んでくれるよね?」

「もちろん。是非男性としての意見も聞きたいわ」

「それにしてもフェリちゃんはいつもいつも本当に色々考えつくわね。感心するわ」

「フェリは天才じゃないかと俺は思ってます」

「お、お兄様!真面目な顔でそんな冗談は言わないでください」

「冗談じゃないぞ?だってフェリがいなければ、商売をしようなんて絶対に考えられなかったし……」


 私に甘い兄は、上機嫌な様子で私の頭を撫でる。

 恥ずかしいけれど、褒められるのも撫でられるのも大好きなので、大人しく受け入れた。

 羨ましそうなリーズロッテ様には申し訳ないが、これは妹の特権というやつだ。

 格好良くて優しいお兄様の妹に生まれて良かったと、心の底から思う。

 だが、糞姉さえいなければ、もっと存分に兄に甘えられた筈だ。悔しい。

 あの姉の顔を思い出すだけでムカムカする。

 だが、それももう少しの辛抱だ。


「ところでお兄様、店舗の準備もある程度済みましたし、私はそろそろ一旦領地へ帰ろうと思うのですが……」

「そうだな、そろそろ戻らないとまずいか……」


 今の私には、兄にのんびりと甘えている時間はない。

 バーミリオン様が聖人のゴブレットを持ち帰ってからそろそろ二週間。

 いよいよ、トラスト・カレディスが動き出したのだ。



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