24.改築開始
念の為、新しく雇う三人についてはアンブローズ侯爵に伝えてある。
とは言っても、元々アンブローズ家の侍従であるアーサーさんの家族だ。侯爵を含め、ルドルフもリーズロッテ様も良い話だと賛成してくれた。
そして無事に三人を従業員として迎えることが出来たので、先日から本格的に商会としての運営を始めている。
商業ギルドのヒルデンさんにも伝えたところ、物凄く安心して貰えた。
やはり私や兄は目立つらしく、今後は三男のカールさんにギルドの関係はお願いしようと思っている。
そんなカールさんは文官採用試験に合格していたというだけあって非常に博識で、計算も速い。お蔭で面倒な書類手続きもスムーズに進んでいる。
揚げ芋屋の店舗作りも、長男ブルーノさんとマリアンヌさんの夫婦を中心に進めて貰っていた。
特にマリアンヌさんは女性目線で厨房の問題点なども直ぐに指摘してくれるので助かっている。
「それにしても、お兄様。凄いことになっていますね」
「そうだな……。正直、元のパン屋の面影がほとんどないな……」
足場が組まれ、カンカンと小気味の良い音を響かせているのは、現在改装中の揚げ芋屋の店舗だ。
竹で組まれた足場の上をヒョイヒョイと登っていくのは手伝いをしているブルーノさんで、すっかり大工さん達に溶け込んでいた。
そんな彼に手を振りながら、私と兄は改築中の店舗を見上げる。
「改装の予定でしたよね?」
「ああ、改装の予定だった……」
「では何故改築しているのでしょう?」
「何でだろうな……」
以前は町で人気のパン屋さんというイメージの店舗で、赤い屋根が可愛らしい二階建ての建物だった。
しかし今は違う。
足場の隙間から見えるのは鉄筋モルタル造りのがっちりとした四階建ての建物で、改装というよりは改築となっており、元の建物の原型は全くない。
しばらくトリートメントの件でバタバタしている間、気付けば凄い建物が出来上がっていたのだ。
「切っ掛けは恐らく、リーズロッテ様に客間を父の部屋に変更したいと相談したことだろう」
「あぁ……、客間が無いと泊まれないわ…と落ち込んでいらっしゃいましたね」
「その話をしているところに侯爵夫人がいらしてな、二階に無いなら三階に作れば良いと仰って……」
気付けば、ルドルフとリーズロッテ様に加えて、何故か侯爵夫人までも店舗の改装話に加わっていた。
夫人の目的はカフェスペースの増床だ。
兄の大好物である蜜芋を気に入った夫人は、絶対にカフェスペースを増やすべきだと主張した。
結果、倉庫の一部を二階に移動し、持ち帰りの受付スペースを道路に張り出す形で増築することでカフェスペースを増やしたのだ。
奥には二つの個室まで作ったのだから、侯爵夫人の本気が窺える。
だが、結果としてかなり素敵なカフェ仕様になっていた。
更にこのタイミングで商業ギルドからもちゃんとした事務所を持てと言われた。
故に、二階を商会の事務所にすることとなったのだ。
「それにしても、想像していたよりも高さがありますね……」
「そうだな……」
竹で組まれた足場を兄と二人、呆然と見上げる。
三階と四階を増築すると言われた時、既に私も兄も投げやりな気分だった。
店舗と事務所兼倉庫である一・二階に関しては希望を言ったが、その他は完全にお任せだ。
一応図面なども見せて貰ったが、何故か恐ろしいほどセキュリティーが高かった。
いや、高いというのもおこがましい仕様で、鍵には光石を使用した高価な道具が使われていた。
窓は全て内側からしか開かない仕組みで、ガラスも当然割れない特殊仕様。扉に至っては手のひら認証になっていて、登録している人間以外の出入りは出来ないらしい。
手のひら認証なんて、前世でも経験したことはない。
光石を使用した光具の一種らしいが、非常に高価な品物だということしか分からない。
ちなみに外観は西洋によくある石作りのアパルトメントが近いと思う。
「完成が楽しみな反面、怖くもありますね。まさか四階建てになるとは思いもしませんでした」
「予定よりも凄い改築になってるけど、アンブローズ家で全部出してくれるというんだから、この際甘えてしまおうと思ってる。むしろもう、好きにしてくれという感じだ」
狭いながらも屋根裏部屋もあるらしいので、正確には五階建てということだ。
一階は店舗となっており、奥には厨房と倉庫があった。こちらの倉庫は食材専用の倉庫になっている。リネンやカトラリーなどの倉庫は二階に移したため、イートインのカフェスペースが広くなった。
これは、兄の好物である大学芋もどきの蜜芋と、更に私が新しく披露したスイートポテトと甘芋プリンをアンブローズ家の皆様が先を競うように食べられたからだ。
絶対にカフェスペースを広げるべきだと熱く諭され、倉庫の一部を二階へと変更した。
結果、二階から住居スペースが消え、二階は商会の事務所のような形へと変貌したのだ。
倉庫の他に従業員控え室があり、応接室を設けて商談が出来るような場所も作った。
更に二階の奥には簡易のキッチンと客室も二部屋増設されている。
客室なんているのか?と思ったが、従業員の仮眠室も兼ねているとか。
泊まらせるようなブラックな店にはしないつもりだが、何か有った時の為に必要らしい。
「多分だけど、リーズロッテ様達が泊まりに来た時の護衛用だよ」
「……なるほど」
兄の言葉に納得すると同時に、完全に頻繁に泊まりに来る気満々な様子に苦笑しか出て来ない。
リーズロッテ様の婚約者の不興を買わない事を祈るしかない。
「ところでお兄様、気付いていらっしゃいます?」
「もちろん気付いてるよ。隣だろ?」
「ええ。チラチラとうかがってますわ」
工事の進捗が気になって仕方ないようだ。
ちなみに、工事をする前に大工の棟梁と兄で隣へと挨拶に行っている。
その際の兄の装備はキラキラの貴族服で、向こうは顔を引き攣らせながら応対したとか。
それ以来、ゴミを置かれるなどの地味な嫌がらせはなくなったので、どうやら強引な地上げは諦めたらしい。
今はむしろ、うちからの地上げに向こうの方が戦々恐々とか。
何故なら、うちの店舗の裏の土地に関して、良かったら売ってくれませんかと兄が持ち掛けたからだ。
冗談半分、本気半分で言った兄に対して、向こうは必死で断ってきたとか。
兄は笑って引き下がったようだが、向こうは気が気ではなくなっただろう。
「向こうの敷地ギリギリまで建てるし、四階建ての建物は少ないから気になるんだろうな。一応アンブローズ家の支援を受けていることも言ってあるし、さすがにもう喧嘩は売って来ないと思うよ」
「あちらのお顔を見る限り、戦意は喪失してそうですわね」
「それなりに脅したからね。まぁ、今後はお隣同士、仲良くしていくとしよう」
「そうですわね。あちらに来たお客様が帰りに寄って下さるかもしれないし」
「そういうことだよ」
今日はこれからリネンやカトラリーなどの買い付けに行く予定になっている。
時間があれば、従業員用の制服も仕立に行きたい。
メイド風の可愛い制服を考えていて、これに関しては誰に何を言われても譲るつもりはなかった。
「印刷物はもう出来てるんだっけ?」
「はい。紙袋を確認しましたけど、店名とロゴも可愛く印刷されてましたわ」
「そっか、見るのが楽しみだよ」
ロゴは早々に芋で決まったが、店名については揉めに揉めた。
絶対に可愛い名前が良いという私やリーズロッテ様の反対を押し切り、店名に関しては兄の一存で決まってしまったのだ。
『芋男爵の冒険』
思わず『は?』と呟くほど、何かの小説のタイトルの様な店名だった。
余りのダサさに即反対したのだが、兄の説得に逆にこちらが折れる形になってしまった。
まず、可愛い名前ではあの糞姉が来店する恐れがある為、それを避けたいとのことだった。
第二に、私が驚いたように、インパクトがあって絶対に忘れられない名前が良い。
第三に、商会が成功すればするだけやっかみが増える。故に、この店名は、田舎から出て来た男爵家である自分達の挑戦であり冒険だと印象付けたい。
第四に、この名前の奇妙さは、絶対に話題に上る。
これらを論理的に説明されれば、私は何も反論出来なかった。
唯一の懸念材料であるのは女性客に倦厭されることだが、それは商品の美味しさと店や制服の可愛さでカバー出来ると説得された。
当然侯爵家でも反対されたが、兄は店名に関してはガンとして譲らなかった。
故に、店名は『芋男爵の冒険』に決定したのである。
ちなみに、センスのないタブロイ三兄弟に大受けだった事だけが、兄にとっての懸念材料だとか。
「一階はもう終わってるんですよね?入っても大丈夫でしょうか?」
「大丈夫じゃないかな?」
念のため大工さんに声を掛けると、入っても大丈夫だが床はまだ手をつけていないので足元には気をつけて欲しいとのこと。
その言葉に頷きながら、私と兄は一緒に店舗部分へと足を踏み入れる。
「やっぱり図面で見るのとは違いますね……」
感慨深げにカウンターを撫でながら、私達はグルリと周囲を見渡す。
今はまだカウンターと作りつけの棚しかなかったが、内装が終わってテーブルが入れば華やかになるだろう。
「お兄様。壁に何か絵などが欲しいですわね」
「そうだな。家から何か貰ってくるか?」
値の付くものは早々に売ってしまったが、屋敷の壁には売り物にならなかった古い絵画が数点残っていた。
埃さえ除けば、それなりに見栄えもするだろう。
だが、どうせなら新しい物が欲しい。
「領地の画家を探して、領の風景画を描いて貰うのはどうでしょう?」
「そうだな。今後を考えれば、領内の芸術家の保護にも役立つし、父上に連絡して画家に数点依頼しよう」
そんな話をしていると、学校が終わったばかりのルドルフとリーズロッテ様がやってきた。
どうやら帰宅した屋敷に私達がいなかったので、こちらまで様子を見にきたらしい。




