23.従業員確保
「初めてお目にかかります、ブルーノ・タブロイと申します」
「妻のマリアンヌです」
上機嫌のカールさんが困惑した男女を連れて来たのは、それから直ぐのことだった。
兵士らしい少し大柄な男性と、肩までの赤毛が可愛い女性の二人組は最初、酷く戸惑った様子で店へと入ってきた。
ここに来るまでの道すがら説明は聞いたようだが、どこか不安そうな顔だ。
だが、待っているのが子どもの私達だと知って、少しだけ安堵した笑みを見せた。
年下だから馬鹿にした…というよりは、偉そうな貴族じゃなくて良かったという表情である。
「あの、弟からは従業員を探しているとお聞きしたのですが?」
「はい。我がフェリウス商会は、慢性的な人手不足です。理由は二つ。発足したのが三ヶ月前で、私達が準備不足だったこと。そして、私達が年若いことがあげられます」
「なるほど……」
「しかし、ありがたいことに、商品に関しては貴族の方からの御声掛りもあり順調です。そしてこちらの店舗で販売する予定の商品に関しても、出資者の貴族の方にお墨付きを頂いております」
言いながら、紙袋に入れていたポテトチップを二人に渡した。
興味深そうに芋へと手を伸ばした二人は、それを口に入れた瞬間目を見開く。
「お、美味しいです」
「……ただの芋がこんなに美味くなるのか?」
呆然としながらパリパリと口に入れていく二人に、連れてきたカールさんが大きく咳払いした。
「兄さん、話の途中ですよ…」
「す、すまん…、余りにも美味過ぎて……」
少し恐縮する二人に、領地までの護衛、店舗の責任者を探している旨を説明した。
給金や休日の説明をする頃には二人も前のめりで話を聞き、終わるや否やマリアンヌさんが私の手をガッチリと握った。
「ぜひ、今日からお願いします!」
「え、えっと、では…」
「俺!今から辞表叩きつけてくる!」
採用と言い終わる前に、勢い良くブルーノさんが立ち上がった。
そしてやはりアーサーさん同様勢い良く店を出て行く。
見覚えのあるその後ろ姿に、やはりタブロイ家の血筋を感じずにはいられなかった。
「ごめんなさい、主人ったら…」
「余程鬱憤が溜まっていたようですね」
「私の所為で無理をさせていたのです。ご無礼ご容赦下さい」
「いいえ、気にしていませんよ。それで、今後の仕事の話なのですが、ご覧の通りこの店舗はまだ作成している途中です。働かれる方の意見もお聞きしたいので、宜しければ店舗の説明をしても宜しいですか?」
「もちろんです」
そこから、内装や調理器具の配置などの説明をしていく。
従業員の休憩スペースや皮むき場、水場の動線など、定食屋で働いていたマリアンヌさんの意見は大変参考になった。
兄も所々図面に書き込んでは、内装についての修正を考えている。
難しそう顔で眉間に皺を寄せながら手配関係に頭を悩ませているようだった。
だが、時折口元が楽しげな弧を描く。
「お兄様、楽しそうですわね?」
「そう見える?」
「ええ、とっても」
にっこりと微笑めば、兄は少し恥ずかしそうに頭をかいた。
「だって、ここは俺とお前の店だぞ?上には住居もある。アレに知られていない俺達だけの城だ。嬉しくない訳がない」
「そうですわね…」
アンブローズ家出資の元とは言え、名義も所有権も全てが兄の物だ。
出資の対価を渡している以上、誰に何を言われてもこれは私と兄が自分達の力だけ勝ち取った物に他ならない。
「父上にも一度見て頂きたいな…」
「そうですわね。二階に客間を一つ増やす予定でしたが、やはりお父様専用のお部屋も作りましょう。お父様にだって糞姉から隔離された空間が必要ですわ」
「そうだな。リーズロッテ様に相談しよう」
兄が言えば、絶対にリーズロッテ様は断らないだろう。
父が領地を離れてここにくる事はほとんどないだろうが、それでも父にだって逃げ場があるということを理解して欲しい。
「あ、あの…、アレとはもしかして仲が悪いというお姉様のことでしょうか?」
私と兄の不遜な会話を聞いていたマリアンヌさんがおずおずと聞いてくる。
そうだ、この件は非常に重要な為、マリアンヌさんとブルーノさんにも説明しなければならない。
特にブルーノさんには領地に同行して貰うこともある為、彼が姉に篭絡されては一大事だ。
「実は、私達の姉は異性関係に奔放でして」
「まぁ…」
「その話をカールさんにしたところ、兄であるブルーノさんならば絶対に誘惑されないので紹介したいと。何でもマリアンヌさんにベタ惚れだとか?」
「あらっ、嫌だわ。カールったら…」
「実際にそうだろ、義姉さん」
「そうね。今まで彼の浮気を疑ったことは一度もないわ」
恥ずかしながらも、嬉しそうにそう語ったマリアンヌさんは可愛かった。
夫婦円満なのは何よりだ。
「ただ、領地までの護衛となると数日王都を空けることになりますが大丈夫でしょうか?」
「もちろん大丈夫よ。もし何かあっても、私の実家も近いから安心して。それよりも、新しいお店に開店から関わらせて貰えるなんて嬉しくて仕方ないわ。給料もいいしね」
「そう言って貰えると助かります。では、カールさんとブルーノさん、それからマリアンヌさんの三人を採用とさせて頂きます。これから宜しくお願いしますね」
「「こちらこそ、宜しくお願いします」」
そう言って挨拶し合っていると、勢い良く開いた扉からブルーノさんが入ってきた。
「門兵辞めてきた!!!」
「お疲れ様、ちょうど私達の採用も正式に決まったところよ。貴方ったら、それも聞かずに出て行くんだもの」
「そうだよ、兄さん。これからはもう少し落ち着いてくれよ」
「面目ない……」
大きな体を丸めて謝るブルーノさんの姿に、みんなで笑い合う。
するとタイミング良くアーサーさんも戻ってきた。
そしてカールさんだけでなく、ブルーノさんとマリアンヌさん夫婦も雇うことになったと説明すれば、それはもう凄く感謝された。
唯一まともな職に就いていたアーサーさんは、兄弟のことがずっと気掛かりだったそうだ。
とても嬉しそうにお礼を言ってくれたが、礼を言いたいのはこちらの方だ。
子どもだと侮らずに雇い主として接してくれる。
それに、少し話しただけでも分かるほど、三人ともいい人達だ。
彼らとなら、楽しく仕事が出来ると思わせてくれた。
「楽しくなって来ましたね!お兄様!」
「ああ」
私と兄の念願へとまた一歩近づいた。
絶対に素晴らしい店にしてみせる。




