22.タブロイ兄弟
「えっと、ある程度はアーサーさんからお聞きしてると思うんですが、商会長をしているシリウス・コルプシオンです。そしてこっちが妹のフェリシアです」
「初めましてカール様」
「改めまして、カール・タブロイと申します。兄が強引にお願い致しまして申し訳ありません。あと、私に対して様付けは不要です」
「ではカールさんと呼ばせて頂きますね」
いかにも庶民という格好をしている私達に対しても礼儀正しいカールさん。
事前にアーサーさんから聞いているとはいえ、年下の私達に対しても腰の低い彼は中々良いのではないだろう?
うかがうように隣の兄を見ても機嫌よく頷いているので、兄の中でも好感触だったようだ。
「アーサーさんからは、言語・算術共に文官採用水準だとお聞きしてますが、間違いないでしょうか?」
「はい、取り消されてしまいましたが、文官採用通知はまだ手元にあるので証明する事はできます」
「分かりました。ではここからが本題なのですが、商会長は現在十五歳の私、シリウス・コルプシオンとなります。年下の子どもの下で働くことに抵抗はありませんか?」
そう、ここが我が商会の一番のネックである。
実は商業ギルドでも人材の募集をしているのだが、商会長が自分より年下、しかも学園にさえ通っていない子どもだと知ると、ことごとく断られた。
残りは逆に子どもである兄を良いように操ろうとするような狡賢い奴ばかり。
故に、人材の確保にはかなり困っている。
最終的には父の名前を借りようとは思っているが、出来れば兄の立場を理解した上で働いてくれる人が欲しいのだ。
「……正直な話、最初兄に話を聞いた時は戸惑いましたし、貴族の子どものお遊びだろうと思っていたのです。けれど土産だと言って持って帰ってくれた石鹸や保湿剤、それに今回こちらで開業される揚げ芋。どれも素晴らしい商品で、それをまだ若いお二人が一から考案して販売されると聞いて胸が躍りました」
最後に小さく『揚げ芋が大変美味かったです…』と彼は呟いた。
「私の家は商売で身を崩した貴族です。けれど何故か全員商売が、いえ、物を売るのが大好きで、門兵をやってる長兄も侍従をやってるアーサー兄さんも、失敗して貴族位を返上した父でさえ、未だに骨董品や民芸品を買っては市場の隅で売っていたりします」
「それは凄く楽しそうですね」
「そう思いますか?でもね、何故かいつも失敗するんです。価値のある骨董品には違いないし、民芸品も可愛い物ばかり。だけど需要がなくて売れません。目利きは出来るのに、売るのが致命的に下手なんです…」
幸い今は小遣いの範囲で楽しんでいるので問題はないらしいが、奥様は完全に呆れているとか。
その所為で、タブロイ家の中は色々な物で溢れ返っているそうだ。
ちなみにカールさんの部屋も混沌としているらしい。
「父のようにはなるまい…と兄弟全員で誓ったのに、タブロイ家の血は恐ろしいです。何故かフラフラと週末の蚤の市に出かけては色々と買ってしまいます」
「気持ちは分かります。見てるだけで楽しいですよね。私や兄も色々買っては修理したり作り変えたりして転売したものですよ」
刺繍の絵が無残になってしまったタペストリーを補修したり、破れてボロボロの鞄にアップリケを付けて可愛くリメイクしたり、兄は兄で曇って銀と判別出来ないほど酷い黒ずみの食器を見つけては必死で磨いたり、炭酸カリウムもどきの灰汁と一緒に煮たりしていた。
ちなみに炭酸カリウムの知識は私の転生ボーナスである知識チートだ。
高校の実験で灰から炭酸カリウム作る実験を思い出して頑張った。
これを使って石鹸なども作ったので、高校の時の先生には感謝している。
ワインを蒸留したり、砂利の中からガーネット探したりと色々な実習をする変わった学校だったが、今は感謝しかない。
ありがとう、○○高校!将来何の役に立つねん?!と思った当時の私を許して欲しい。
「……その、恐らくですがフェリシア様やシリウス様はそうして買われた物を補修してちゃんと売られたという事ですよね?」
「それはまぁ…」
「羨ましい…、僕達は誰も売れないんですよ……、どんなに良いものだとアピールしても売れないんですよ……」
「買ってきたままだからじゃないでしょうか?」
「でも、改造すればするほど無残に……」
カールさんが言うには、どうにもタブロイ家は致命的に商売センスが無いらしい。
確かアーサーさんも同じようなことを言っていた気がする。
けれど、現在私達の専属のように働いてくれているアーサーさんは見る目もあるし、行動力もある。内装の話をしていても、そこまでセンスが無いようには思えなかった。
「その内分かると思いますが、アーサー兄さんは色彩感覚が独特です。普段はお仕着せを着ているので分かり辛いですが、私服は壊滅的です。ですので、身内の恥を曝して申し訳ありませんが、内装のリネンなどは兄に任せない方が宜しいかと……」
「りょ、了解しました…」
「そして父と私は基本的に美的感覚がおかしいそうです。母に言われました。物が良いのは分かるけど、どうしてそんな形や模様を選んだのと……」
自分的には可愛いと思っても、周りからは微妙……と言われるそうで、女性へのプレゼントもことごとく失敗しているそうである。
「長兄はその辺マシなのですが、金勘定が苦手です。気付けば原価以下で売っていたりします」
おおぅ……、凄まじいダブロイ家のダメっぷり。
奥方の苦労が偲ばれる。
「あの…、このような私ですが、雇って頂けるでしょうか?帳簿付けは自信がありますし、貴族のマナーも大丈夫だと思います。学園の単位も全て修得済みですので、卒業までの期間も店のお手伝い可能です」
「そうですね…」
学園へは卒業式に参列すれば問題ないそうで、今日からでも仕事出来ますとアピールされた。
仕入れの担当にさえならなければ大丈夫そうだし、基本的にうちの商会は自作商品を売るだけの予定だ。
「お兄様、私は是非ともお願いしたいと思っています。いかがでしょう?」
チラリと隣の兄に視線を向けると、兄も私の考えを肯定するように頷いた。
「俺もカールさんには是非お願いしたいと思うよ。……ただ、一点確認させて頂きたいんですが……」
「なんでしょう?」
「非常に聞き辛い話なのですが、女性に対しての耐性はありますか?」
「た、耐性ですか?」
兄が何を言いたいのか、直ぐに私は察した。
姉のことだ。
どれだけこちらが気を付けていても、姉の毒牙に掛けられたら意味がない。
「身内の恥で非常に情けない話なのですが、俺達の姉は非常に性に奔放な女でして……。誑かされて身を持ち崩す男性が後を絶たず……」
「……えっと、もしかして非常にお綺麗な方なのでしょうか?」
「はい。見た目だけは最高に良いです。見た目だけは……」
死んだ目で呟く兄の表情に、カールさんの喉が鳴る。
多分、どんな女なのか想像しているのだろう。
だが、断言しても良い。
姉はその想像の五倍は綺麗だ。見た目だけは……
「その…、ぶっちゃけた話をすると、僕は女性には弱い方です、はい……」
「そうですが、言い難い話を聞いてすみません」
「あの、耐性がないとやっぱり雇って頂けないのでしょうか?」
「そういうことはありません。ただ、姉と接触する可能性がある仕事は避けた方が良いと考えただけです」
現在オリーブ農家や芋農家との調整は父に任せているが、計算の出来る買い付け人員が欲しかったのだ。
しかしながら、現在はまだ糞姉と接触する可能性がある為、迂闊にお願い出来ないという訳である。
「女性耐性が必要という事であれば、適任が一人います」
「そうなんですか?」
「我が家の長兄です」
「えっと、門兵をしているという?」
「はい。兄は妻帯者で、義姉にベタ惚れです。どんな美女の誘惑にも負けないと豪語しておりますし、実際に浮気をしたような話は一切聞きません。それにもし浮気をしようものなら、確実に義姉に殺されるので、兄は絶対に大丈夫だと思います」
「でも、門兵の仕事がありますよね?」
「義姉を養うために頑張っているようですが、かなり辛いと聞いてます。兄は余り愚痴を言うような性格ではないのですが、未婚上司の嫌がらせが酷いようです」
結婚してから徐々に当たりのきつくなってきた上司だったが、奥さんを紹介してから更に酷くなっているらしい。
義姉さんは上司が嫉妬するほど綺麗らしく、最近の嫌がらせは度が過ぎることもあるとか。
長兄さんは頑張って耐えているらしいが、そんな旦那さんを見ている奥さんが耐えられなくなっているそうだ。
「義姉さんから相談を受けて初めて長兄が苦しんでいるのを知りました。弟として兄の苦しみを察してあげられなかった自分が悔しいです」
とは言っても、門兵を辞めたところで直ぐに仕事がある訳ではない。
奥さんも仕事をしているらしいが、定食屋の給仕の仕事は嫌な客に付きまとわれたりと大変なようである。
しかし給金はいいので旦那さんの為にも辞めるに辞められず、現状長兄夫婦は歯を食いしばって耐えているようそうだ。
「厚かましい願いだとは思うのですが、僕だけでなく兄の面接もして頂けないでしょうか?細かい計算は苦手ですが時間を掛ければ大丈夫ですし、門兵をしているのでそれなりに腕も立ちます。この店の護衛や、領地までの護衛にいかがでしょう?」
前のめりで兄の良さをアピールしてくる彼は、自分が落ちていいので兄を優先して欲しいようにも見えた。
アーサーさんにしろ、カールさんにしろ、どうやらタブロイ家の兄弟は家族想いのようだ。
「お義姉さんも計算は出来るのでしょうか?」
「もちろん、義姉も学園を卒業しておりますのでお手のものです」
聞けば、お義姉さんは準男爵家の三女だそうで、学園での教育は一通り終了しているとのこと。
「ねぇ、お兄様、そちらのお義姉様には揚げ芋屋のお手伝いをして貰ってはいかがでしょう?定食屋の給仕をされていらっしゃると言うことは接客にも慣れていらっしゃるでしょうし、計算も出来るなら内勤も売り子もお任せ出来るのでは?」
「そうだね、護衛に関してはいい加減雇わなければいけないと思ってたし、長兄さんにも一度お会いしてみよう」
「本当ですか?!じゃあ、今から僕は二人を呼んできます!」
「え、いや、二人ともお仕事があるんじゃ?」
「兄は夜勤だし、義姉も今日は休みだと聞いてます!それじゃあ、直ぐに戻ってきますので!」
そう言いながら駆けていくカールさんは非常に早かった。
大きく手を振りながら通りの雑踏に駆けていく姿は、ここに来た当初より元気に見える。
「ああいうところ、アーサーさんとそっくりだね……」
「そうですね……」
雰囲気は正反対なのに、妙なところにタブロイ家を感じる。
この調子では長兄さんも似たような感じなのかもしれない。
ちょっとだけ会うのが楽しみだった。
作中で出てくるワインの蒸留実験やガーネット探しは実話です
その他にも目玉の解剖したり、蚕から絹作ってみたりと実験好きの高校でした。
卒業してから周りに言ったら、選択教科によってやらない高校も多いみたいですね。
科学の先生にはよくビーカーでコーヒーも飲ませて貰いました~
先生曰く、蒸留水で飲むと美味しいらしいですが、未だにその味の違いわかりません。




