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21.店舗準備


 翌日、朝一で工場へと宝石瓶の納品を済ませ、私は早速兄を店舗へと案内した。

 二階を商会事務所兼王都の住居にしたい旨を告げ、二階の改装に関してはルドルフとリーズロッテ様に一任していることを説明すると、兄も直ぐに状況は察したようで諦めたように頷いた。


「一階の店舗に関してはこのような内装にしようかと思うのですが、お兄様はどう思います?」

「う~ん、少し可愛らしすぎないか?」


 紙に書いた図を見せると、アーサーさん同様、白を基調にしたカントリー風の内装は兄からもダメ出しを食らってしまった。


「子どもや男性でも入りやすい内装にしたいな。白は汚れも目立つし、家具類は木目を前面に出して、ソファーなどは落ち着いた色合いの生成りや薄いグレーでどうだろう?緑を随所に置けば無骨さもなくなるんじゃないかな?」

「なるほど……」


 兄が内装図面にサラサラと描いていくのは、前世でも見たようなモダンなカフェのような店内だ。

 カウンター後ろの壁はレンガ調にしたり、天井部分や客席の仕切りをルーバーにしたりと非常にお洒落な内装になっている。

 もしかして兄にも前世の記憶が……?と思わせるような内装に、アーサーさんも目を見開いて驚いていた。


「す、素敵ですね……」

「実は昨日店の話を聞いてから色々考えてみたんだ」

「この内装なら男女問わず利用しやすいと思います」


 私以上に気に入ってしまったらしいアーサーさんの絶賛もあり、内装に関してはそれで進めていくことにする。

 その他の件に関しても、私やアーサーさんでは出て来なかったアイデアが次々と兄の口から出てきた。


「中の陳列棚は一切排除して入り口の直ぐ横にカウンターを移動しよう。そうすれば座席を増やせる。それから、カウンター横の窓を開口して食べ歩き専用の窓口にするというのはどうかな?窓の下を改装して通りから見れるような陳列棚を作れば、それだけで宣伝になる」

「さ、さすがお兄様…。でも、席を増やしたところでわざわざ中で食べられる方はいるでしょうか?」

「それなんだが、予定している揚げ芋四種に加えて、店内飲食専用の菓子を出そう」

「専用の菓子ですか?」

「ああ、俺が好きな蜜芋ならピッタリだと思わないか?」

「なります!さすがお兄様!」


 蜜芋というのは、乱切りした甘芋を揚げて砂糖を絡めた物で、前世の大学芋のことだ。

 兄はこれが好きで、砂糖が手に入った日には奮発して作っていた。

 ちなみに誕生日祝いもこの蜜芋だった。ケーキなんて買えないからだ。


「中で提供出来るならクリームなどを乗せて見栄えもよく出来ますものね」

「ああ。それに、俺もいつでも食べたい」

「まぁ、お兄様ったらっ」


 久しぶりに食べたくなったと兄妹で笑いあう。

 だが、そんな兄妹の可愛い団欒に、アーサーさんがズイッと突撃してきた。


「お二人とも、その『ミツイモ』の件を詳しくお願いします」

「……はい」


 説明だけでは分かり辛いと言うアーサーさんの言葉に、帰ったら作る約束をする。

 多分、いや、絶対に食べたいだけだと思う。

 そして、食いしん坊侯爵家の皆様へ出さない訳にもいかないだろう。

 帰ったらまた厨房を借りなければいけない。


「ところでお兄様。となりのレストランの件ですが……」

「ああ、資料にあった件だな…」


 実は今日ここに来てからというもの、チラチラと中を窺うような視線を何度も感じた。

 どうやら隣の人間が何度も覗きに来ているようだ。

 実際にアーサーさんが一人で下見に来た時に、ここを買ったのかどうかの質問をしてきた男がいるとか…。


「今のところ何かしてくる気配はないようだが……」

「登記簿の確認をしているのかと」


 ちなみに登記簿には兄の名前が記されている。

 いくら貧乏男爵とはいえ歴とした貴族名の為か、今のところ何かを言ってくる気配はない。

 だが、今日は私も兄も庶民の格好をしている。

 だから様子を見に来たのだろう。ちょっと面倒そうな予感がする。


「多分そのうち売ってくれと持ち掛けてくると思います。それに関しては断れば済みますが、問題はその後で……」

「大丈夫ですよ、アーサーさん。俺はこう見ても荒事には慣れています」

「……フェリシア様もそのように仰っておられましたが、慣れるようなことをその御年で経験されていると思うと心が痛みます……」

「あはは、もうこればかりはアレのせいとしか……」


 乾いた笑みを浮かべるしかない。

 糞姉の暴挙の一番の被害者は父だが、兄もかなりのものだ。

 見ているだけしか出来なかった自分が不甲斐ないとさえ思う。


「取り敢えず隣に関しては何か向こうが行動を起こして来るまでは静観しよう。それよりもフェリ。芋の皮むきを委託する件だけど…」


 内職として近所の主婦の方に家でやって頂ければ良いと思ったのだが、兄からは反対の意見が出たのだ。


「考え方は悪くない。けれど、間違いなく預けた芋を盗まれる。だからと言って毎回数を数えるのも大変だし、重さで依頼しても量が減ったのは皮の分だと言われるのが落ちだ」

「……それは考え付きませんでした」

「けど、主婦の空き時間を利用する考えは良いと思うよ。だから、空き時間に店舗に来て貰い、一袋分の皮むきに対して賃金を払う形にしたらどうだろう?」


 確かにその方法なら芋を盗まれる心配もない。

 芋剥き専用のスペースを作るのは少し面倒だが、どちらにせよ店員にもして貰うのだから問題はないだろう。


「フェリは出来るだけ多くの人を雇って負担を減らしたかったんだろう?皮を剥くのは面倒だからな」

「そうなんです。アンブローズ家の厨房では一人の方が専任で揚げ芋担当になっておられて、死んだ魚のような目で皮を剥いておられました」


 凄く申し訳ない気持ちで一杯になった。

 皮むき専任の下働きを数人雇ったらしいが、それまでは本当に大変そうだったのだ。

 個人的には皮付きのままでも美味しいとは思うのだが、貴族は嫌がるのでそれも難しかった。


「お兄様、庶民向けのものは皮付きのままで出して値段を抑えたいと思うのですが、どうでしょう?」

「そうだね、好みもあるから、皮付きと皮無しの両方を販売してみようか」


 とは言え、皮むきがなくなるわけではないので、前世のピーラーが欲しいと切実に思う。

 ピーラーがあれば、それこそ子どもでも出来る。

 刃物屋さんでどうにか作って貰えないだろうか?


「アーサーさん、揚げ機を作って下さるお店では刃物は扱ってないのでしょうか?」

「基本は鉄工専門のようですが、何かご注文されるのですか?」

「えっと、皮むき専用の道具があれば、包丁より剥きやすいのではないかと……」


 言いながら、ピーラーの簡単な絵を描く。

 薄い一枚の金属板の真ん中を空け、片方を刃状に加工してV字に折る。

 単純な構造ながら、最初に考えた人は天才じゃなかろうかと思う調理器具だ。


「フェリ!これはいいな!これなら子どもで扱える!」

「そうですね。先端の刃の加工は少々大変でしょうが………」

「剃刀の刃先だけを代用出来ないだろうか?一枚の金属板に拘らなくてもいける気がする」


 今使われている剃刀はナイフ式のものだ。

 けれど、刃先は確かに薄い。

 それに、私が描いたピーラーはあくまでも前世の我が家にあった百円のものだ。

 これを元に、この世界ならではの加工をして貰っても全然かまわない。


「私が今から製造している工場を調べて参ります」

「宜しくお願いしますね、アーサーさん」

「フェリシア様、こちらの絵はお借りしても大丈夫でしょうか?」

「もちろんです。ぜひ持って行って下さい。……あ~、そうだわ!重要なのは、ここ。刃先がある程度動くことだとお伝え下さい」

「動く?」

「はい。芋はデコボコしていますので、ある程度角度を変えて剥く必要があります。ただし、クルクル回転させると危ないので、あくまでも可動するのは下部の範囲だけです」

「了解しました!」


 図に文字を書き込みながら説明する。

 どうせならと、スライサーについても相談してみた。こちらは木工具のカンナに近いと説明すればアーサーさんも直ぐに理解してくれた。

 そしてある程度の図面が出来上がると、アーサーさんは凄い勢いで店を飛び出していった。

 今から商業ギルドへ向かい、そこから工房へ行くようだ。

 商業ギルドに行った際はヒルデンさんを頼るように言ってあるので、今度会った時の彼の反応が怖い。

 アーサーさんが無茶振りをしていなければいいのだが…。

 揚げ芋を沢山差し入れしたら許してくれるだろうか?


「さて、皮むき機はアーサーさんにお任せするとして、後は何かフェリと詰めておく必要はあるかな?」

「揚げ機は見て頂けましたか?何か問題や気付いた点はないでしょうか?」

「いや、文句どころか賛辞しか浮かばないよ。あれなら誰でも簡単に揚げることが可能だ。さすがは俺の可愛いフェリだ」

「お、お兄様…」


 大げさに絶賛する兄に照れていると、出掛けた筈のアーサーさんが何故か戻ってきた。

 忘れ物かと思ったが、よく見ると、彼の後ろに一人の青年が立っている。

 もしかしてもう工房の人を連れてきたのだろうか?


「アーサーさん、どうされました?」

「シリウス様、フェリシア様。実はそこの角で弟と会いまして、宜しければ挨拶させて頂こうと思って連れて来ました!」


 そう言うなり後ろの青年を前面に押し出したアーサーさんは、そのまま弟の紹介を始める。


「先日フェリシア様にお話していた弟のカールです」

「この方が?」


 文官の内定を取り消されて困っているという弟さんだ。

 ハキハキとしているアーサーさんと違い、少し気弱そうな青年だった。

 けれど、ブルネットの髪や茶色の瞳はアーサーさんにそっくりで、彼らが兄弟であることは一目で分かる容姿をしている。


「お、弟のカールです。いつも兄がお世話になっております」

「いいえ、お世話になっているのはこちらの方です」

「突然で申し訳ないのですが、宜しければ今からこいつの面談をして頂けないでしょうか?」

「に、兄さん!急にそんなこと言ったら失礼だろ!」

「でもお前。結局騎士団の会計係も落ちたと言ってただろ」

「だけど!」

「……取り敢えず俺はこれから急ぎで商業ギルドに行かなきゃならん。という訳で、しっかりお二人に自分を売り込め」

「急にそんな事言われても!」

「という訳で、宜しくお願いします!」


 言うなり、アーサーさんは普段の落ち着きぶりが嘘のような速度で再び店を飛び出して行った。

 一秒でも早く商業ギルドに行きたいと、小さくなっていく背中が語っている。


「に、兄さん……」


 残されたのは呆然と兄が出て行った扉を見つめるカールさんと、急な展開に目を丸くする私達兄妹だった。


 ねぇ、アーサーさん。

 私と兄の服装を見て?

 下町の庶民ファッションよ?

 この格好で面接するの?


「と、取り敢えず立ち話もなんだし、宜しければお座り下さい……」


 逸早く我に返った兄が、カールさんに席を薦める。

 パン屋に以前から置いてあったカフェテーブルの椅子だ。

 ちゃんと拭いておいて良かった。


「兄が本当にすみません」


 力なく呟いたカールさんに同情しながら、向かいの席に私と兄も座った。

 急な話だったが、いよいよ人手が足りなくなってきたので、良いタイミングではあった。

 それに、こんな急な話の方が、お互いに素を出せて良いように思う。


「では取り敢えず、私達の自己紹介から始めさせて頂きますね」


 こうして、我が商会初となる職員の面談が始まった。



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