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2.思い出すのがちょっと遅い



 姉の妄想がただの妄想ではないと気付いたのは、今から十ヶ月程前の事だ。

 当時私は十三歳になったばかりだった。

 その日は酷い豪雨に見舞われ、私は一人、怖い思いをしながら布団に包まっていた。

 兄と一緒なら怖くないかと思ったものの、二つ上の兄は深刻な様子で父と話し込んでおり、とても我が侭を言える状況ではなかった。

 だからと言って余り仲の良くない姉と一緒にいたいとは思えず、私は震えながら必死で雨が去っていくのを祈っていた。

 すると、私の祈りが通じたように雨音が遠ざかっていく。

 だがその瞬間、ドンッという音と共に窓から眩いほどの光が差し込んだ。

 雷が落ちたのだ。


「避雷針があるから落ちないって言ったのに、嘘つき!」


 恐怖の余り咄嗟にそう叫んだ私は、自分が叫んだ言葉に違和感を覚えた。

 避雷針って何?

 そう思った瞬間、膨大な情報の記憶が私の頭の中に駆け巡っていく。


 釣りガールを自称する友人に誘われ、初めて海釣りに赴いたこと。

 急な天候不良に陥り、乗っていた船が嵐に見舞われたこと。

 そして、雷に打たれたこと。


「そっか…、わたし、あの時死んだのか……」


 苦しくはなかったので、多分一瞬だったのだろう。

 どうせなら釣った魚を食べた後にして欲しかったと思ったのは、死んだという実感が余り湧かないせいかもしれない。

 自分の前世だと思われる記憶はあるのだが、映画や物語のようなものを見ている感覚だったのだ。フェリシアとして十三年生きた記憶があるからこそ、余計にそう思ったのかもしれない。


「しっかし、異世界転生ってマジであったんだな……」


 布団から抜け出し、鏡の前に立つ。

 淡い蜂蜜色の髪に、紫の瞳をした美少女。

 うん、間違いなく将来は楽しみな容姿をしているが、どうにも発育不良は否めない。

 というのも、我が家は貴族とは名ばかりの貧乏男爵家だからだ。


「それもこれも糞姉のせいで……」


 三つ上の傍若無人の姉を思い出し、私は眉を顰めた。

 姉のせいで、折角貴族というアドバンテージを持って生まれたのに最悪な環境だった。

 彼女があちこちで作ってくる借金のせいで我が家の家計は火の車。明日のパンにさえ事欠く始末だった。

 だというのに、当の姉本人は男を侍らせて女王のように贅沢な暮らしをしている。

 それもこれも、とても十六歳とは思えないほどに姉が美しかったからだ。

 それこそ神の悪戯か?!というレベルの顔立ちで、姉が微笑むだけで男が次々と虜になっていくのである。

 そのせいで、借金だけではないトラブルも増えた。

 悲惨だ。


「あれ、絶対に転生者だわ……」


 しかし私にとっての問題はまだあった。

 姉の妄想に何故か聞き覚えがあったからだ。


「聖女に、王子に……って絶対何かのゲームだよねこれ……。まずい……どうしよう……」


 問題なのは、これが姉の妄想なのか、本当に何かのゲームなのか分からないことだ。

 更に言えば、私は有名なRPG位しかプレイしたことがなく、女性向けのゲームをした記憶は全くない。

 それでも直ぐに前世のことを納得出来たのは、その手のネット小説を良く読んでいたからである。


「そ、そうだ、小説のパターンで言えばこう、何か日記とかノートにゲームの事とか書いてるかも……」


 思い立った私は、そろそろと部屋を抜け出して姉の部屋へと向かった。

 姉は今日も見知らぬ男の所に外泊中だ。大人しく部屋にいると父は思っているようだが、先ほど男と一緒に抜け出すのを見掛けた。

 十六歳で既にビッチとかどうなってるんだ?

 というか、そんなに股が緩い癖に聖女とか笑わせてくれる。


「父さん、可哀想だな……」


 母が亡くなってから早六年。

 父は決して姉の教育に手を抜いていた訳ではない。

 傲慢な姉を必死で叱ったし、姉の為に家庭教師だって手配した。

 何度も妄想など忘れて現実に向き合うように言ったが、姉は反省するどころか、隠れて家を抜け出しては密通や散財を繰り返す。

 姉の美貌に目がくらんだ男が後を絶たないせいで、父はまだ三十代前半だというのに一気に老け込んだ。

 今もどうやって借金を返すか、兄と一緒に頭を悩ませているはずだ。

 その兄だって、姉のせいで畑仕事や父の仕事の手伝いなど、朝から晩までずっと働いている。

 今日だって父と一緒に姉が迷惑掛けた家へと謝罪に行っていた。

 たった十五歳だというのに、帰ってきた兄は萎れたサラリーマンのようになっていたのだ。

 正直、私は姉が憎くて仕方ない。


「……どうせなら金目の物も探して換金しよう」


 姉は貧乏男爵令嬢とは思えないほど高価な物を持っている。

 貢がせた物や借金で買った物だ。

 姉のいない隙に兄が定期的に部屋を漁っているようだが、姉は年々狡猾になっており、探し出すのに苦労しているようだった。


「取り敢えず下着の所っと…」


 兄が探さないであろう箇所を重点的にチェックすれば、案の定ネックレスなどの貴金属が出て来た。

 ついでだからとクローゼットも漁り、奥の方にあったサイズアウトしたドレスも失敬する。

 上等なシルクが使われているし、所々に縫い付けられているパールは絶対に金になる。

 どうせ忘れているだろうから、問題ない。


「よしよし。じゃあ、お次は机を漁ろう……」


 どれだけ勉強していないのか、机にはうっすらと埃が被っていた。

 余りの汚さにうんざりしながら、慎重に引き出しを開けていく。


「お~~~、やっぱり有った!」


 日本語でゲーム記録と書かれたノートを取り出し、私はひっそりと笑う。

 馬鹿な姉でも他人に見られるのは拙いと分かっていたのか、そのノートは全頁に渡って日本語で書かれていた。

 忘れないように急いで書いたのか、最初の方は酷く乱れた字だ。特に覚醒直後の内容は意味不明で、転生直後の混乱というよりは歓喜に近い発狂具合が見て取れる程だった。

 ハートマークや絶叫の飛び交う乱れた文章を何とか解読し、持ってきたノートに内容を書き写す。

 その内容によれば、ここは『聖女シーナの恋するパティオ』と呼ばれるゲームで、聖女となった主人公 シーナが、学園の中庭パティオで出会うイケメン達と恋をする内容だそうだ。

 第二王子を筆頭に、高位貴族が軒並みシーナに惚れるという、有り得ないストーリー展開である。

 そんな中から好きな男性を一人だけ選んでエンディングを迎えるのだが、『なんでハーレムエンドがないのよ!!!』という姉の書き込みがあった。

 王子を含む高位貴族を相手にハーレムとか無理過ぎるだろう。

 だが、姉は自分の美貌があれば不可能ではないと思っているようだ。糞である。


「しっかし、やっぱ糞姉も転生者確定か……」


 どうやら姉が前世を思い出したのは四歳の時のようだった。

 だったら、もっと転生チートを生かして家に貢献してくれればいいのに、やったのは家を没落させるような事ばかりだ。

 ふざけるのも大概にして欲しい。


「聖女でも何でもいいから早く家から出ていってくれないかな……」


 いつ聖女に認定されるんだろうとノートを捲れば、どうやら予定は過ぎている様だ。

 マジか……?

 本来なら十四歳の時に聖なる力が発現し、姉は王都にある聖教会本部に招かれる予定になっていた。

 だが、既に姉は十六歳。軽く二年は過ぎている。

 聖なる力が何か分からないが、どうやら姉はそのイベントを逃してしまったらしい。

『最悪!おっさんがしつこいから寝坊した!』と書き殴られている。

 十四歳の少女に手を出すおっさんもおっさんだが、聖女を目指している女の貞操観念の低さに脱力するしかない。

 というか、こんな女と血が繋がっていると思うと絶望しかない。


「しかし待てよ…、あの女が聖女にならなきゃマズイよね……」


 既に馬鹿女のせいで我が家は極貧に喘いでいる。

 それなのに、これ以上あの女が居座ったら、益々我が家が困窮すること間違いなしだ。

 このままでは私も兄も借金奴隷で売られる未来しか見えてこない。


「どうにかしなきゃ……」


 兎にも角にもお金を稼ぐしかない。

 その上で、どうにか姉を家から追い出す算段をしなきゃいけないが、私一人でどうにかするには限界がある。


「……兄さんを味方に付けなきゃ……」


 あそこまで迷惑を掛けられてなお、父はまだ姉を見捨てきれない。自分の教育が間違ったせいだと思っている。

 だったら兄を味方に付け、少しずつ父を懐柔するしかない。


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