19.アーサーさんの事情
「調理系の光具はほとんど揃っていますね」
この物件は居抜きで買ったため、冷蔵庫にオーブン、ミキサーなどの大型の調理器具は一通り揃っていた。高価な代物だが大きさがあるため、持って行けなかったのだろう。
ただ、揚げ物がメインとなるので、ここまで大きなオーブンは必要ない。むしろそのスペースを三分の一に縮小し、そこに揚げ物調理のメインとなるフライヤーを置きたいと考えている。
「オーブンを減らして、揚げ物用の光具を置きたいですね」
「揚げ物用ですか?では、コンロを数基設置するようにしましょう」
「それもいいんですが、出来れば新しい揚げ器を開発したいなと思ってます」
「………詳しくお聞かせ下さい」
懐からメモ帳を取り出したアーサーさんの目が獰猛に光る。
それに一瞬だけ腰を引きつつ、私はフライヤーの説明に入った。
ザルに入れた芋を最初からザルごと油の中に入れれば、一つずつ取り出す手間が省け、大量の揚げ芋が出来る。
しかも鍋に油を入れるのではなく、台をシンクのように加工し、そこを常に油で満たして温めれば直ぐに揚げる事が出来るんじゃないかと、絵を交えつつ話した。
「なるほど、これなら鍋をひっくり返すという事故も無くなりますね」
「はい。勿論油を温めるのですから細心の注意は必要ですが、大量の油をかぶるような事はなくなるかと」
油跳ねはどうしても起きてしまうので、作業服を厚めに設定するなどの対策を施したいと思っている。
「後は熱が出るので、空調の光具は増やしたいと思います」
「それは良い考えだと思います。他にご要望はございますか?」
「芋の皮剥きを外注しようかと」
「外注ですか?」
「はい。店舗の従業員として雇うよりは、近所の主婦の方に家での空き時間を利用して剥いて貰うのはどうかと思って」
賃金は歩合制にしようと思っている。
芋一袋に付き幾ら…みたいな物なら家での空き時間で出来るし、店舗の調理スペースを縮小出来ると考えた。
もちろん、この外注方法だと量が安定しないので、店の従業員にもやって貰う予定だ。
「持ち帰り用の容器はどうされますか?」
「紙箱と紙袋を使おうかと考えています」
基本的には重さで値段を決める予定だ。
そしてそれとは別に、少しだけ食べたい人向けの定額の食べ歩き用も考えていた。
それは、大きめの紙をクルクルと円錐状に丸め、下を折って作る簡易の容器だ。
前世でもお祭りの屋台でポテトを入れて売っていた物である。これなら手軽に作れるので食べ歩きにも最適だと思った。
「こんな感じに丸めて、ここに揚げ芋を入れれば手軽だと思いませんか?」
ノートを破った紙を丸めて実際に作って見せれば、アーサーさんの瞳が嬉しそうに輝いた。
「いやはや、本当にフェリシア嬢の発想は素晴らしいです!箱や紙なども直ぐに手配しましょう。あっ、箱に店の名前を入れてはどうでしょう?」
「そうですね。名前か絵を入れればそれだけで何処のお店か分かりますね」
「絵ですか?」
「はい。字の読めない方でも看板と同じ絵だと分かりやすいでしょ」
「いいですね」
そこから二人で更に内装についても詰めていく。
私としてはカントリー調の可愛い感じを出したいが、余りにも女性向けだと男性が利用しづらいとアーサーさんに言われて凹んだ。
確かに店の客層としては男性もターゲットに入っている。余りにも可愛い店はダメだろう。
だからと言って高級路線にしてしまうと、今度は庶民が利用出来ない。
一口に店の内装と言っても難しいものである。
「取り敢えず、兄が帰ってから相談させて頂いても宜しいでしょうか?」
「そうですね。私の方も性急でした」
申し訳なさそうに苦笑を漏らすアーサーさんにも、一応性急だった自覚はあったようだ。
「それにしてもアーサーさんはこういう商売事に関して詳しいですね」
「私の実家は元貴族でして、貴族位を返上するまでは実家でも商売をしておりました」
「だから詳しいんですね……」
「とは言っても、その商売に失敗して多額の借金を負ったお蔭で、貴族位を親戚に譲る事になったんですけどね………」
「そ、それは何と言っていいか……」
まずい話を聞いてしまった。
こういう場合、どう返答していいのか困ってしまう。
というか、笑いながら話す内容ではないと思ってしまった。
「今は借金も完済して家族は皆元気にやっておりますので気にしないで下さい。むしろ、今回フェリシア様やシリウス様を見ていると、何故事業に失敗したのか分かりました。元々父も兄も商売には向いていなかったのでしょう。勉強になりました」
「そうですか……」
「それで、実はここから個人的にフェリシア様にご相談があるのですが……」
「相談?」
「はい……」
切り出したものの、アーサーさんは非常に言いづらそうな顔で言葉を濁す。
「アーサーさん?」
「えっと、すみません……っ、実は相談というのは弟のことなんです」
「弟さん?」
「はい。その…、私には今年十八になる弟がいるのですが、宜しければこちらの店で雇って頂けないかと…」
詳しい話を聞くと、どうやら彼には今年で学校を卒業する予定の弟さんがいるそうだ。
弟さんは非常に優秀な方で、城の下級文官の試験にも合格し、卒業後は城で働く予定になっていたそうである。
しかしその内定が先日突如取り消された。
どうやら、ある貴族の馬鹿息子を親のゴリ押しで内定者に押し込んだらしく、一番身分の低い弟さんが取り消されてしまったとか。
「酷いお話ですね……」
「はい。弟はそれ以来消沈しておりまして…」
卒業まで二ヶ月を切ったこの時期に新しい就職先を探すのは至難の技だ。
文官の募集は当然終わっているし、目ぼしい商会も既に内定者は決まっている。
弟さんの入り込む余地など全くない。
「一応騎士団の会計係りに応募しているようですが、平民では難しいかと…」
「分かりました。そういうお話なら、一度弟さんとお会いしたく思います。ただ、兄と相談の結果となりますので、確約は出来ません」
「勿論構いません。採用の機会を頂けるだけで弟も喜びます」
正直な話、アーサーさんの話はこちらにとっても渡りに船だった。
というのも、石鹸やトリートメント事業が大詰めになっている現状、圧倒的に人手が足りない。
それに、私と兄はいつまでも王都に居る訳にもいかないことから、王都で仕事をしてくれる人員を探す予定だったのだ。
文官の内定を取れる実力があるなら読み書きは当然出来るだろうし、元貴族なら貴族相手の商談にも対応できる。
一度会ってみて性格に問題がなければ採用してもいいだろう。
「二、三日の内に兄も帰ってくると聞いてます。ご存知の通り、揚げ芋屋に関して兄は全く知りません。ですので、少々お時間を頂戴します。弟さんに他の就職先が決まりましたら、そちらを優先して貰って下さい」
「そうですね、シリウス様はこちらの店のことは御存知ないんでしたね」
「ええ、今朝決まった事ですから…」
「………すみません、フェリウス商会様の商売に係われると聞いたら居ても立ってもいられず、張り切り過ぎてしまいました……」
凄く罰が悪そうに頭をかくアーサーさん。
もしかしたら彼は根っからの商売好きなのかもしれない。
「取り敢えず二階の住居に関してはリズお姉様達にお任せしますので、お二人の好きにさせてあげて下さいませ」
「本当に宜しいのですか?」
「私も兄も寝られれば良いという感じなので……」
「分かりました。では、今度は芋や油の仕入れについてお話しましょう」
基本はコルプシオン領のオリーブオイルと甘芋、そしてガラ芋に関してはアンブローズ領の物を使うことで侯爵とは話がまとまっている。
更に、砂糖や塩、紙箱などの仕入先紹介に関しては商業ギルドのヒルデンさんにお願いしていた。
その他、内装などに関してはアンブローズ家懇意の土建屋さんにお任せするという事で話がまとまった頃、二階にて住居部分の相談をしていたアンブローズ姉弟が降りてきた。
「フェリシア嬢、二階の間取りなんだけど、今より部屋を多くしようと思っているんだけど構わない?」
「それはもちろん構いませんが、何の部屋を作る予定なのでしょう?」
「普通の客間だよ。領地からお父上が来ることもあるよね?」
「言われてみればそうですね。うっかりしていました」
「居間の物入れを失くせば一部屋くらい拡張出来そうだから、それで進めるね」
「宜しくお願いします」
内装だけかと思ったら、どうやら間取りの改築まで相談していたらしい。
『これで私達も泊まりにこられるわね』というリーズロッテ様の声は聞こえなかった事にした。
「では、明日から早速始めよう!」
この店舗の間取図を持って拳を高く上げたルドルフ。
一瞬ここは彼の店だったか?と思ったが、口に出さないことにした。
私は長い物には巻かれるタイプなのだ。
「お兄様、早く帰って来てくれないかしら……」
さすがにこれ以上暴走されると、私は付いていけない気がした。