18.店舗内覧
「へぇ、中々いい場所じゃないか」
「そうねぇ。ここならちょうど下町との境目だし、来客も見込めるわね」
揚げ芋屋予定地は、大手の商会や飲食店が軒を連ねる大通りの端、ちょうど下町との境目に位置していた。
少しお洒落な地区よりは外れてはいるものの、下町から近いため、これから売ろうと思っている揚げ芋のターゲット層にも買いやすい立地である。
店舗自体は小さなカウンターに壁一面の陳列棚、加えてイートインのスペースとして小さな二人掛けのテーブルが四つほどあるそれなりに大きめの店舗だった。
間口二メートルほどの小じんまりとした店舗を想像していたのだが、それなりの大きさがあって驚いたというのが正直な感想だった。
「思ったより広いですね……」
「はい。こちらは王都でも有名な老舗のパン屋だったらしく、何年かに渡って店を拡張した結果、この広さになったと聞いております」
差し出された登記簿を見る限り、隣や後ろに空きが出る度に購入して今の形になったようだ。
だからこそ、もしかしたら隣のレストランがL字型になるという奇妙な事態になったのかもしれない。
「二階は居住スペースになっているようで、そちらを改装して倉庫にしてもいいかもしれませんね」
「なるほど……」
アーサーさんの先導で二階へ上がると、前世で言う2LDKの間取りで住居スペースが作られていた。
上下水道はもちろん完備されているし、キッチンには備え付けの光力コンロまでついていた。
正直、領地の屋敷よりも素晴らしい設備になっている。持って帰りたい……。
いや、それよりもここに住んだ方が早いかもしれない。
「アパートを引き払ってここに住もうかな……」
結局あれから一度も帰っていない王都のアパートだ。
安いとはいえ、住んでいなくても家賃は取られる。
だったら、店舗の上に住む方が良いのではないだろうか。
むしろ、あっちよりもこっちに住みたい。
「お兄様が帰ってきたら相談しよう……」
「えっ!フェリちゃん、屋敷を出て行くの?!ダメよ!」
「しかしリズお姉様、いつまでも侯爵家に甘える訳にはいきませんので………」
「でも…っ、私はもっとフェリちゃんと色々お出掛けしたいしお話もしたいわ!そ、それにシリウス様とだって余り話せてないし……っ」
私がどうのというよりは最後が本音のような気がする。
正直、侯爵家の食事は美味しいしベッドもふかふかなので、離れ難い気持ちは多分にある。
しかし『聖人のゴブレット』が見つかった今、余り長居をして私達、正確には聖女である糞姉との関係を邪推されても困るのだ。
「リズお姉様、お出掛けならここに住んだ後もお付き合いさせて頂きますわ」
「でも……」
「姉上、フェリシア嬢を困らせてはいけませんよ」
悲しそうな顔のリーズロッテ様に困っていると、ルドルフが助け船を出してくれた。
「フェリシア嬢に屋敷に居て欲しい気持ちは僕にも痛いほど分かります。しかし彼女の姉を聖女にするまでは迂闊なことも出来ません。フェリシア嬢も言ってくれているように、買い物やお茶には付き合ってくれるというのです。それで我慢しましょう姉上」
「リズお姉様、兄が帰ってきたらゆっくりお茶を致しましょう」
「そ、そうね…。今生の別れじゃあるまいし、落ち込み過ぎていたわ。フェリちゃん、またお茶に付き合ってくれる?」
「もちろんです」
その言葉に悲しそうな顔をグッと上げ、リーズロッテ様が凄い目で部屋の中を見始めた。
元気になってくれたのは嬉しいが、何やら妙なやる気を漲らせるリーズロッテ様に嫌な予感を覚える。
「こうなったら、フェリちゃんとシリウス様が安心して過ごせるよう、徹底的にここを改装するわよ!」
「もちろんです、姉上!特に窓や扉には頑丈な侵入防止の対策を施させねばなりません。美しい二人を狙う不埒な輩を一歩足りとも入らせないようにしないと」
鼻息荒く張り切る二人には申し訳ないが、この家でまでキラキラ貴族の格好で過ごす気はない。
今日だって、誰よりも平民風の格好が似合っている自覚がある。
「あの…、それよりも一階の店舗の相談をしたいのですが?」
「ダメよ!ここに住むならまずは二階をどうにかしないと!」
「で、では、二階はリズお姉様にお任せします。私と兄の寝室があれば問題ないので、好きにして下さい」
「そ、そう?シリウス様のお部屋の内装も?」
「もちろん、リズお姉様のお好きなように」
兄は特に好みなど無い人だ。寝られればいいという、顔に似合わず男前な性格である。
ただし、流石の兄もピンクやパステル系の部屋では眠れないと思うので、そこはリーズロッテ様のセンスを信じるしかない。
「じゃあ、僕はフェリシア嬢の部屋を担当しよう」
「………お願いします」
何故に君たち姉弟は男女逆の部屋を選択するのか?
色々と突っ込みたいが、いざとなれば私と兄の部屋を交換すれば良いので、諦めて二人に任せることにした。
どうせ費用はアンブローズ侯爵家持ちだ。
それならば、二人の納得のいく形で内装をして貰えればいい。
「では、アーサーさん、私は一階の店舗の確認を始めますね」
「お供致します」
二階で内装について語り出したアンブローズ姉弟を尻目に、私とアーサーさんは再び一階へと降りてきた。