15.異世界定番は逃しません
興味深そうに目を輝かせる兄妹三人の圧力に屈し、私は手始めにジャガイモの皮を剥き始めた。ちなみにジャガイモはこちらでガラ芋と呼ばれている。
「フェリシア嬢は皮むきがお上手ですね。良ければ私共もお手伝いさせて頂きますよ」
すいすいと皮をむく私を感心しながら、それを見ていた料理長が声を掛けてくれた。
ありがたい申し出に切り方も伝えながら、芋違いをこっそりと伝える。
「では、他の芋も同じように剥いて頂けますか?あと、ガラ芋だけじゃなくて甘芋があればそちらをご用意頂けると……」
こっそりと打ち明けると、料理長が小さく眉を寄せる。
「……もしかして侍従が聞き間違えましたか?」
「いえ、私の説明不足です。こうなったら、ガラ芋を使った菓子も一緒に作ろうと思うのですが、明日の手土産用には甘芋の方を持っていこうかと」
「どちらの芋でも問題ないのですか?」
「調理法はほとんど同じです。切って揚げる。ガラ芋には塩を、甘芋には砂糖をまぶせば、塩味の菓子と甘味の菓子の二つが出来上がります」
「それは何とも興味深い…」
感心しながらも、料理長は私の希望通り甘芋も用意してくれた。
明日訪問する工場にどれだけの人がいるか分からないが、作業の合間に食べて貰えるように、大量に持って行こうと思っている。
そして、後ろで料理人の邪魔をしながら待っているアンブローズ三兄妹の為にも直ぐに食べられる量も必要だ。
前世で見た、一斗缶に入れられた大量の芋ケンピを思い浮かべながら、黙々と料理人達と協力して芋を切っていった。
ガラ芋は薄い輪切りで、甘芋は細切りだ。個人的に芋ケンピは細切りよりも少し太い方が好きだが、火の通りを考えて細めに切って貰った。
それらを灰汁抜きして水分を飛ばし、大量の油で揚げる。
そして熱い内にそれぞれ塩と砂糖をまぶせば、ポテトチップスと芋ケンピの出来上がりだ。
お手軽で安価な菓子だが、売っているのを見たことはないので、お土産に持って行っても喜んでくれるだろう。
少しふくよかだった工場長さんの顔を思い浮かべながら、私は揚げたてのポテトチップに手を伸ばす。
「うん、美味しい♪」
出来上がった物を味見して満足げに頷けば、アンブローズ家の三人兄妹が一斉に手を伸ばした。
そして、それぞれが満面の笑みで次々に皿から芋を奪っていく。
ちなみに現在厨房の中で立ったままの状態だ。
「み、皆様、宜しければ座って召し上がりませんか?」
侍従や料理人達が常にない主達の様子に驚いているので、私が代表して声を掛けた。
見慣れない物にテンションが上がるのは分かるが、少し落ち着いて欲しい。
「あぁ、つい美味しそうだったから手を伸ばしてしまったよ。悪いが両方とも談話室に持ってきてくれるかい?お茶にしよう」
「そうですわね。私としたことがはしたないわ」
「フェリシア嬢は料理まで上手なんだね」
三人三様の言葉を呟きながら、アンブローズ三兄妹は嬉しそうに厨房を出て行った。
その後を追うように、侍従が出来上がったポテトチップスと芋ケンピを皿に盛り付け、いそいそと厨房を出て行く。
大皿だった為か、かなりの量を作ったにも係わらず、厨房には当初の五分の一程しか残されていなかった。
その光景に、私と料理長は唖然とする。
「あの…、こういう菓子はそんなに珍しい物だったでしょうか?」
「ええ、今まで芋を揚げるという発想が無かったもので、非常に新鮮です」
「そうですか…」
我が家では兄の発案で数年ほど前から食べていた。食べる物に困った兄が野草をオリーブオイルで揚げたのが最初だ。
我が領地はオリーブの産地だったため、オリーブオイルだけは大量にあった。なので、昔は何でもかんでも揚げて食べた記憶がある。
そこに芋を揚げるという私のアイデアが加わって今の形になった。その時はまだ前世を思い出していなかったが、魂の奥底に眠っていた知識があったのだろう。
「野菜を色々揚げて食していたので、そこまで珍しいとは思っておりませんでした」
「ちなみに、他はどんな物を?」
「衣を付ければ大抵の野菜は美味しく食べられますし、魚や海老などもオススメですよ」
我が家では野草ばかり揚げていたが、侯爵家ならば魚貝類で食べるのも美味しいだろう。
そう思いながら、所謂てんぷらの方法を料理長に伝授する。
ついでに、先ほど作ったポテトチップスと芋ケンピは形状を変えても美味しいと教えてあげた。
サツマイモチップスに、フライドポテトだ。
「それは試作のし甲斐がありますね」
「はい。是非色々研究してみて下さい」
「……ところでコルプシオン様。残されたあちらはどうされますか?」
料理長の言葉に、残された皿を見つめる視線に気付いた。
成り行きを見守っていた料理人の方々である。
………興味津々、いや、怖いくらいの視線で残された芋を見つめている。
食べたいという圧が凄い。
「よ、宜しければ残りは厨房の皆様でどうぞ……」
諦めてそう言えば、料理長が申し訳なさそうな顔で頭を下げる。
「作り方は大体分かりましたので、お土産用の物は明日までに同じ物を作っておきますよ」
「でも、いつもの料理の準備もあるのに…」
「問題ありません。食べた分を補充させて頂くだけです」
そう言って料理長が請け負ってくれたので、明日のお土産は彼に任せる事にした。
明日の朝までには用意してくれると言う。
お礼を言いながら、私はアンブローズ兄妹が待つ談話室へと足を向けた。
廊下を歩きながら、他の揚げ物料理にも想いを馳せる。
揚げ物料理が普及すれば、我が領のオリーブオイル取引が増えるかもしれない。
「ドーナツとかいいかもしれない……」
乙女ゲームの影響なのか、何故か可愛らしいお菓子、チョコレートやケーキなどのスィーツは発展しているように思う。
その影で茶色系の地味な見た目のお菓子は余り見かけない。
つまり、揚げ菓子は狙い目だ。
更に甘芋は領でも沢山取れるので、それを使ったお菓子も考えたい。スィートポテトなんていいかもしれない。
そんな事を考えながら歩いていると、談話室へと案内してくれていた侍従さんが小さく振り返った。
「フェリシア様、先ほどのお菓子ですが、旦那様や奥様にもお出しして宜しいですか?」
「私は構いませんが、あのような庶民的な菓子をお出しして大丈夫ですか?」
「もちろんです。長年王都で暮らしておりますが、私も初めて拝見致しました。それに、お坊ちゃん方の食い付き具合を見ると、旦那様も必ず気に入られるような気がします」
「侯爵様は甘いモノが苦手なのでしょうか?」
「甘いモノというよりは、クリーム系の物が苦手なご様子です」
「なるほど。そういう事でしたら、気に入って頂けるかもしれませんね」
元は侯爵家にあった材料だ。
私に否はない。
というか、明日の土産分の材料費を出さなくてはいけないくらいだ。
「材料費などご不要ですよ。むしろレシピの代金を払わねばいけないと旦那様はおっしゃるでしょう」
「さすがに居候の身としてそれは……」
「では、相殺という事で旦那様には話しておきましょう」
「宜しくお願い致します」
そんな話をしながら談話室に足を踏み入れると、アンブローズ三兄妹が紅茶を片手に黙々と揚げ芋を食べているところだった。
「フェリちゃん、コレ、手が止まらないわ…」
「リズお姉様……」
「この塩味の方は酒の方があうような気がする」
「兄上、これなら甘い物が苦手な方への土産にも持ってこいですね」
「見栄えさえ良くすれば会合にも持って行けそうだな」
見れば、皿に入っていた大半が既に無くなっていた。
しょっぱいの…甘いの……と、交互のループから三人は抜け出せなくなっているようだ。
気に入って頂けたのは嬉しい。
だが、問答無用で食べ尽くされてしまったのは非常に悲しかった。
「リズお姉様、手が止まる魔法の言葉をお教えしましょう」
「何かしら?」
「………太りますよ……」
三人の指がピタリと止まり、錆びたブリキのように動かされた視線が私を見つめる。
「芋、油、砂糖…、美味しい物は脂肪と糖で出来ている……と申します。食べ過ぎにはご注意下さいませ」
そう断言した私は、太ったという苦情は絶対に受け付けないと断言したのだった。