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13.アンブローズ家サイド(ルドルフ視点)



 辻馬車から降りてやってきた彼らを見た時、思わず開いた口が塞がらなかったのは僕だけではないだろう。

 そろそろ約束の時間だと思い、玄関ホールで執事達と雑談しながらコルプシオン兄妹を待っていた。

 侍従から馬車が来たという知らせを受け、玄関を開けて待つこと数分。

 粗末な辻馬車から降りてきた彼らを見た瞬間、まるで空から天使が降臨したような錯覚に襲われた。

 どこかの王族だと言われても信じてしまいそうな美麗な兄がまずは降りてくる。それだけで彼の背後に花が舞っているように見えた。侍女達が魅了されたようにボーと惚けている。多分、侍女だけじゃなく、誰もが同じような状態だ。

 そういう僕も、兄にエスコートされるように降りてきた少女に目を奪われていた。

 淡い緑の落ち着いたドレスを身に纏った彼女はどこからどう見ても貴族の令嬢で、とても粗末なアパートでパンをかじっていた少女には見えなかった。

 先日同席していた執事も目を見開いて固まっている。


「……ぼ、坊ちゃん……」

「な、なんだ………?」

「本当に先日の方と同一人物でしょうか?」


 執事が言うのも無理はなかった。

 だが、彼女の顔立ちは確かに先日の少年、いや少女と同一のものだ。

 化粧をしてドレスを着るだけでここまで変わるものだろうか?


「ルドルフ様、ご無沙汰しております」


 可愛い声で名前を呼ばれ、ようやく我に返る。


「い、いらっしゃい、フェリシア嬢」

「もしかして迎えに来てくださったのですか?」

「あ、あぁ……」

「ありがとうございます、ルドルフ様。紹介致しますわ、こちらは私の兄のシリウスです」

「初めましてアンブローズ様。フェリシアの兄でシリウス・コルプシオンと申します」

「良く来てくれたシリウス殿。僕の事はルドルフと呼んでくれ」

「ありがとうございます、ルドルフ様」

「さぁ、こんな所では何なので、どうぞ中へ」


 そう言って中に案内する僕の後ろを付いてくる美麗な兄妹。

 前を歩いているせいで二人の姿が見えないのは幸いだった。

 見たままの状態だったなら、僕は手と足を同時に出している自信がある。


「きょ、今日は貴族っぽい格好をしてるんだね……」

「アンブローズ家にお邪魔するので頑張りました」

「…そ、そうか。に、似合ってるよ、うん…」

「ありがとうございます」


 恐ろしいほどに似合い過ぎていて、むしろどうしてあんな少年っぽい格好をして平気だったのか問いたいほどだ。

 髪を切った時に兄が泣いたと聞いたが、誰でも泣くだろうこれは……。

 そして、そんな彼女を慈しむように見ているシリウス殿の美しい事ときたら、どういう事だと小一時間程問いたいほどだった。

 彼の事は事前の調査である程度は知っていたし、一度だけ遠目で姿も確認している。

 いかにも下町の青年といった風情で、とても貴族には見えなかった。

 しかし蓋を開けてみればコレだ。

 部屋で待っている面々の驚く姿が目に浮かぶ。


「兄上、コルプシオン男爵家のお二人をお連れしました」

「入ってくれ」


 一番上の兄の声が聞こえる。

 その脇では、微かに姉上とバーミリオン兄上の声も聞こえた。

 呼んでいない姉上がここにいるという事は、髪の保湿剤の商談だと聞きつけてやってきたのだろう。

 シリウス殿を見せるのはまずいかもしれない。

 そう思って執事に目配せをしたものの、無情にも扉は容赦なく開け放たれた。


「………っ!」


 その瞬間、部屋に居た家族や使用人が息を飲むのが分かった。

 姉上に至っては、シリウス殿を見て目が完全に蕩けた。

 これは多分、落ちた……。


「フェリウス商会会長のシリウス・コルプシオンと申します」

「同じく妹のフェリシアです」


 呆然とする家族に、綺麗な礼をする兄妹。

 慌てて兄達が立ち上がる。


「よく来たね、二人とも。私はクリス・アンブローズだ。隣にいるのが弟のバーミリオンと妹のリーズロッテだ。まずは座ってくれ」


 年の功なのか、復活の早かった長兄が彼らを席に案内する。

 次兄のバーミリオンはポカンとした表情でフェリシア嬢を見つめ、姉は惚けたような顔でシリウス殿を目で追っている。


「本日は私共の為にお時間を頂きありがとうございます」

「いや、頭髪保湿剤に関しては王家からも催促されていてね。今日も幾つか用意してくれていると聞いている」

「はい。王家からの御声掛りがあったと聞き、急遽納品分を調整させて頂きました。こちらが本日ご用意した物になります。先日よりも、実際に売り出す物に近い形になっております」

「これが頭髪保湿剤かい?美しい容器だね……」


 兄の言葉通り、シリウス殿が籠から取り出した頭髪保湿剤は、綺麗なガラスの容器に入れられていた。

 透明度の高いガラス容器に小さな宝石が散りばめられており、蓋にさえも細やかな銀細工が施されている。


「素敵……」


 姉上がうっとりとした様子で容器を持ち上げてため息を漏らす。

 王家へ献上する品として、これ以上の物はないだろう。

 室内にいる侍女達も目を輝かせている。


「時間が足りず、本日はこれだけしかご用意出来ませんでした。申し訳ございません」

「いやいや、短期間でこれほどの品を用意してくれた事に感謝する。これなら王妃様や王女殿下にもご満足頂けるだろう」

「ありがとうございます」


 その後、クリス兄上と容器を含めた商品に関する売買契約を行い、和やかな内に彼らとの商談は終了した。

 だが、本題はここからだ。


「では、ここからは先日フェリシア嬢から提案頂いた件に関してだが……、リーズロッテ、お前は母上と保湿剤に関して相談して来なさい」

「お兄様、私もシリウス様のお話を聞きたいわ」

「ここからの話は教会関係の面倒な話になる。……それに、いいのか?早く自分の分を確保しないと、気に入りの容器を母上に取られてしまうぞ?」

「そ、それは……」

「話が終わればゆっくりお茶の席を設ける」

「分かりましたわ、お兄様。ではシリウス様、フェリシアちゃん、また後でね」


 ごねる姉上を追いやる兄上の手腕に感動していると、更に兄は使用人も部屋から追い出してしまった。

 残っているのは家令と筆頭執事だけだった。どうやらその二人には聞かせると判断したらしい。


「では、改めてフェリシア嬢。先日、ルドルフとバーミリオンに話した聖女の件、詳しい話をうかがおう」


 その言葉に、フェリシア嬢が先日と同じ説明を兄上に対して語った。

 更に追加でシリウス殿も情報を付け加える。

 内容は前回と一緒だが、シリウス殿の説明でより現実感が増した。

 また、何故フェリシア嬢が髪を切るに至ったかを聞かされて、思わず泣きそうになってしまった。

 本人は手入れが楽だからと言っているが、姉に振られた男から暴力を振るわれるなどの身の危険があっての事だと思うと、涙を禁じえない。

 空気のようにずっと押し黙っていたバーミリオン兄上に至っては、先日と同じように号泣している。


「しかし、そこまで苛烈で悪女のような女性が聖女とは信じ難い……」

「クリス様の懸念も尤もだと思います。しかし、姉の妄言だと思っていた事柄が当たる事は本当に多いのです」

「ふむ……」


 信じ切れないのも無理はない話で、私達兄弟が悩んでいるとふいにバーミリオン兄上が素朴な疑問を口にした。


「えっと、ずっと不思議だったんだけど、君たちの姉上殿はどうしてそんなに男性を手玉に取れるんだい?確かまだ十六歳だよね?君たちの話じゃ、それこそ幼少の頃から凄かったようだけど……」

「その事ですが……」


 少し言い辛そうに言葉を濁したシリウス殿が、ジャケットのポケットから一枚の紙を取り出した。


「自意識過剰と思われるのを承知で発言させて頂くと、私も妹のフェリシアも、容姿は比較的整っている方だと自負しております。しかし姉を前にすれば、私達兄妹など路傍の石程度の容姿だと言わざるを得ません」


 言いながらシリウス殿が僕達に差し出した紙には、女神のように綺麗な女性が描かれていた。


「姉のシーナの姿絵です。綺麗でしょう?」

「………あ、あぁ……」

「こんな絵よりも実物はもっと綺麗ですよ」

「まさか、本当にこんな人間がいるのか?」

「いるんです。……神は聖女を容姿で選んでいると断言してもいいです」


 まるで女神を描いたような綺麗な姿絵だったが、シリウス殿に言わせると、本人はこれの更に二割増しで美しいのだという。


「容姿だけは美しいんです、容姿だけは……。けど、中身は糞です。あんなのと同じ血が流れているのも嫌になるほどに、中身は最悪です……」

「お、お兄様…、口調が……」

「すまない、フェリ……。色々思い出してしまった……」

「お兄様……」


 落ち込む兄の肩をそっと撫でて励ますフェリシア嬢。

 彼らは僕が思う以上の苦労をしてきているのだろう。


「バーミリオン兄上。秘密裏に聖女の確認をすることは可能でしょうか?」

「う~ん、完全に秘密裏とはいかないと思うよ。聖女の確認には聖遺物が必要だから、必ず教皇様の許可が必要なんだ…」


 さすがに聖遺物を無許可で持ち出す訳にはいかないという兄に、フェリシア嬢が一つの提案を口にした。


「姉が口走っていた妄想に、他の聖遺物のことがあるんです」

「他の?!それは本当かい?!」

「はい。ある地方の古びた教会の祭壇下に、聖人のゴブレットがあると言っておりました」

「聖人のゴブレット?!」


 バーミリオン兄上には心当たりがあるようだったが、僕やクリス兄上は初めて聞く単語だった。

 だが、バーミリオン兄上の興奮した顔を見るに、それはかなりの聖遺物であるようだ。


「リオン、それはどういう物なんだい?」

「三百年前に天界から遣わされたという聖人様が、日照で苦しむ民のために教会へ寄贈したとされる物です。そのゴブレットの中には常に水が満たされ、尽きることがないと言われております」

「なんと…っ!」


 兄上の話が本当なら、それは特級の聖遺物になる。

 そしてフェリシア嬢はそれが保管されている場所を知っているのだそうだ。


「聖遺物を発見したとなれば、バーミリオン様の教会での評価も上がるのではないでしょうか?」

「あ、上がるなんてものじゃないよ!将来は枢機卿を約束されたようなものだよ!」

「それはようございました」


 そう言ってにっこりと微笑んだフェリシア嬢は、浮かれるバーミリオン兄上を他所に、ジッと意味ありげな視線をクリス兄上へと向ける。

 それを真っ向で受け止めたクリス兄上は、少しだけ考える素振りをしたものの、フェリシア嬢に向けて小さく頷いた。


「最終決定は父の判断に委ねるが、悪いようにならないと約束しよう」

「ありがとうございます」


 聖人のゴブレットが本当に存在すれば、彼女の姉が聖女であるのは間違いないだろう。

 つまり、我が家はこの件で政敵であるリックス侯爵家を追い落とし、バーミリオン兄上を枢機卿にする事が出来るのだ。


「フェリシア嬢、では聖人のゴブレットがある場所を教えて貰っても構わないかい?」

「申し訳ありませんが、教える前に契約をお願いします」

「…あぁ…、これは私が性急だったようだ、すまないフェリシア嬢。では、明日の朝までに契約書を作成しよう。内容は、聖遺物が見つかった場合、我が侯爵家はそれ相応の対価と…」

「姉を聖女に祭り上げることを御約束下さい」

「分かった、シーナ嬢を聖女にすると約束しよう」

「はい。もしその場所に聖遺物がなかった場合は、今回の話はなかった事にして頂いても構いません。また、聖遺物の捜索場所へは兄がご案内させて頂きます」


 これは分かり易い彼女の牽制だった。

 見つからなかったという嘘を防止する為のものだ。


「承知した。シリウス殿に同行をお願いしよう」

「ありがとうございます。ただ、私も兄も姉の言葉を聞いただけで、正確な予言を受けた訳ではありません。その為、現地がどのような状況下にあるかまでは分からないため、発見には少々お手間を取らせる可能性もあります」

「確かにその通りだな。……では、同行人員の調整や準備はこちらでしよう。ちなみに、旅程や装備品の都合もあるので、大まかな場所だけでも教えて貰えると助かるのだが……」

「モルダル地方になりますので、旅程は往復四日程になるかと思います。それに加えて、あちらでの滞在期間や遺跡調査などに必要な準備をして頂ければと思います」


 旅程は既に兄妹の中で組みあがっているのか、彼らは直ぐに旅の日数まで答えた。


「では、明日一日を準備に当て、明後日の早朝に出発したいが構わないだろうか?」

「こちらは構いませんが、随分と性急ですね……」

「聖遺物が手に入る絶好の機会を逃す訳にはいかない」

「確かに……。では、私達もそのつもりで準備させて頂きます」

「宜しく頼む。貴殿が留守の間、フェリシア嬢は我が家で預かろう。このように綺麗なご令嬢が下町のアパートにいるのは物騒だ」

「しかし……」

「シリウス殿もフェリシア嬢もその格好でアパートを出たのだろう。それではアパートに何か高価なものがあると思われても仕方ない」

「クリス様のおっしゃる通りですね。迂闊でした。久しぶりに綺麗な服をフェリシアに着せてあげられたので、浮かれていたようです…」

「お兄様……」


 こんな綺麗な妹が普段は無理をして男装しているのだ。

 シリウス殿が浮かれてしまうのも無理はない。僕だったら、商談なんか止めて遊びに行こうと誘っていただろう。


「今日も出来ればこちらに泊まって欲しいところだが」

「私達にも準備がありますので……」

「では、こちらを持ち帰り、扉の施錠には万全を期して欲しい」


 そう言って兄上が渡したのは、光石を使った堅牢錠だった。

 宝物庫や牢屋に取り付けられる頑丈なものだ。

 それを受け取ったコルプシオン兄妹は、微妙な顔でそれを見ている。

 しかしこんな美麗な兄妹があんな粗末な扉しか付いていない家に帰るなら、これくらいの鍵は絶対に必要だ。

 彼らが幾ら嫌がろうとも、僕達はそれを譲る気はない。

 その意気込みを感じたのか、渋々シリウス殿は堅牢錠を受け取った。


 しかし結局その日彼らがあのアパートに戻ることはなかった。

 何故なら、痺れを切らした姉上が突撃してきた為、結局彼らはそのまま我が家に泊まることになったのだ。

 女性の頼みには弱いのか、沢山お喋りしたいと言う姉上の我が侭に振り回されたコルプシオン兄妹は、結局準備も我が家で整えることになり、そのままシリウス殿は聖遺物の探索へと出立する事となった。

 クリス兄上曰く、姉上は良い仕事をしたらしい。

 つまり、父上も兄上もコルプシオン兄妹を囲い込むと決めたという事だ。

 確かに彼らは見た目の儚さに反して中身は非常に強かで聡明だった。学校に行ったことがないと言っていたが、独学であれだけの知識を有しているなら学園に入っても困ることは無いだろう。

 特に兄上はシリウス殿を側近に加えたいらしく、姉上が鼻息荒くそれを後押ししていた。

 コルプシオン兄妹と直接話した父上もどうやら二人を気に入ったらしく、どうやってコルプシオン家を自分の派閥に加えようかと思案している。

 フェリシア嬢は爵位返上を視野に入れているという話をしていたので、それを父上に告げ口しておいた。彼らが平民になるなんて勿体無さ過ぎる。

 そう思ったのは父上も同じだったのか、これから彼らの父親であるコルプシオン卿の人となりを調べて画策すると言っていた。

 なので、この件に関しては父上に丸投げするつもりだ。

 父上が自ら動くと言っているからには、相当気に入られたと言うことだ。

 僕としても彼ら兄妹のことは非常に気に入ったし、出来れば仲の良い友達になって欲しいと思っている。

 だって、彼らと話していると自分の世界が広がるように感じるのだ。

 もし同じ学園に通うことが出来たなら、絶対に楽しい毎日になるだろう。

 けれどあの見目麗しい兄妹を見初める人は多いはず。

 変な奴らに目を付けられる前に、彼らともっと仲良くならねば…。

 僕はそう心に誓った。



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― 新着の感想 ―
美麗な兄妹が路傍の石と化すほどの美貌の聖女(性格はアレ)……怖いですねぇ怖いですねぇ
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