12.商業ギルド(ヒルデン視点)
なんだあれは?
それが、フェリウス商会の二人を見た時の俺の正直な感想だった。
「………勘弁してくれ…」
商業ギルドに二人が姿を見せた瞬間、空気が変わったのが分かった。
建物内に居た人間の目が、突如現れた美麗な青年と少女に釘付けだ。
どこの貴族がやってきた?!と緊張する職員達を尻目に近寄ってくる二人。
その顔がハッキリ分かる位置にやってきた二人を見た時、俺は天を仰ぎたくなった。
「ヒルデンさん、おはようございます」
鈴を転がしたような声。俺を見つめる瞳には少しだけ楽しそうな色が見えて、彼女がこの騒動を確信犯的に行ったのが分かった。
本当に十三歳なのかと疑いたくなる彼女の名前はフェル…と聞いていたが、今日の時点で偽名だと発覚した。
名前どころか性別まで誤魔化すとか、勘弁して欲しい。
「おはようございます、シリウス殿、フェル…くん」
言いながら、これ以上好奇な目に曝されたくないと思い、早々に会議室へと移動する。
待っている工場長は、多分もう書類に署名するだけで精一杯になる事だろう。
この美麗兄妹を前にして普通に接していられる人間がいれば、それは確実に強い心臓の持ち主だ。
俺でさえ、心臓がバクバクと嫌な感じに波打っている。
「えっと…、フェルくんは…いや、フェルさんは女の子だったんだね」
「はい。フェリシアといいます。普段は昨日のような格好で過ごしていますので、フェルのままでも結構ですよ」
「君といい、お兄さんといい……、はぁ……」
重いため息を吐く俺に苦笑を浮かべ、フェリシア嬢が少しだけ得意げな顔をした。
「でも、効果は抜群だったでしょ?」
可愛く片目を瞑った顔はどこか誇らしげだった。どうやらギルド内にいた商売敵の存在に気付いていたようだ。
「お陰様で結構な牽制になりましたよ。あいつら、頭髪保湿剤の利権欲しさに無茶なことを要求してきましたからね」
恐らくギルド職員から聞いたのだろう。
髪の保湿剤のことを聞いた商人達が、フェリウス商会が未成年二人による商会と知った瞬間に群がって来たのだ。
どうせ御しやすいと思ったのだろうが、彼女をそこら辺の子どもだと思っていると痛い目を見る。
「アンブローズ家からも手紙を頂いておりますので、これ以上の牽制は不要です」
「私も兄もこのような堅苦しい格好は早々致しませんので、ご安心下さい。今日はハエを蹴散らすためと、宣伝も兼ねているので」
「宣伝?」
「ええ。私達を見れば、分かりますよね?」
なるほど、頭髪保湿剤を使えば美しくなれるぞ……という芝居も兼ねている訳だ。
本当に彼女は十三歳なのか?
兄の方も年の割には非常に落ち着いているように思う。不思議な兄妹だ。
だが、俺はもう彼女達を一般的な子どもとして扱う事はしない。
むしろ狡猾な大人を相手にする気で対応するつもりだ。
「スナイル工場長がお待ちだし、さっさと契約をしてしまいましょう」
「そうですね。私達もこの後はアンブローズ家にお邪魔する予定ですし……」
「商談ですか?」
「ええ。頭髪保湿剤のね。上手くいけば王家にも買って貰えそうです」
「………大した伝手をお持ちで」
この商業ギルドにおいても、王家へ納品が出来る商会など限られている。
それをポッと出の兄妹がやろうとしているのだから、末恐ろしい。
昨日の話し合いでも、契約書の穴を突いてきたり、ギルドの手数料を値切ってきたりと、それはもう歴戦の商会長を思わせる交渉術だった。
しかも値段交渉はフェリシア嬢よりも兄のシリウス殿の方が得意だというのだから、本当に参ってしまった。
『そりゃもう、交渉に失敗してはお茶やらワインやらをぶっ掛けられてきましたので……』と、あの年で恐ろしいことを言っていたので、兄もとても苦労しているのだろう。
「それにしても、こちらの容器はどこで?非常に美しいですね」
「これは我が領地にあるガラス工房で作っているものです。かなりの費用が掛かりますが、貴族の方にはこれくらいの物の方が喜ばれるでしょう。中身は詰め替えを購入することも出来ますし……」
「詰め替えを売れば儲けが減るのでは?」
「だからこそ、容器は数種類用意しております」
そう言ってシリウス殿が取り出したのは、色違い、デザイン違いの容器だった。
ジャム瓶のように一般の庶民でも買えそうな少しお洒落な容器から、宝石や真珠などを付けた非常に綺麗な容器まで、彼が取り出した容器は様々な形をしていた。じっくりと見れば、貴族向けの物には 容器の蓋にすら、綺麗な銀細工が施してある。
「正直、もの凄く製作費が掛かりました。でも、今後もデザインを変えて色々出して行こうと思ってます」
「収集意欲を煽るつもりかな?」
「ええ。季節限定物や誕生日用など、色々考えています」
兄の説明をニコニコと上機嫌で聞いているフェリシア嬢。
恐らくこの考えは彼女のものだろう。
だが、女性心を突いた良い品なのは確かだ。
話を聞いているアデラや他の女性職員が、羨望の眼差しで綺麗な容器を見ている。
何かの記念にこれを買わされる男達の悲哀が今から聞こえるようだった。
「このガラス瓶のコレクションも購買意欲を煽る要素です。今はまだ髪の保湿剤で手が一杯ですが、近いうちに化粧品などへの参入も考えています」
「シリーズで揃えて頂けるといいなぁって思ってるんですよ」
美麗な兄妹の言葉に、隣に座るアデラは首を振るだけになっていた。
この部屋で話を聞いている女性職員は、二人を見ながらうっとりとしている。
彼ら二人は本当に良い歩く広告塔だ。
化粧品を使えば美麗な兄妹のようになれると勘違いしてしまっているのだろう。
「容器のガラス瓶をこちらで任せて貰う事は出来ますか?」
「残念ながら、そちらに関しては領内の工房にお願いする予定です。ただし、詰め替え用の容器に関してはギルドにお願いしようかと」
「なるほど……」
全てを拒絶するのではなく、一部をこちらに譲ることで落としどころを探っている。
高価な容器販売はかなり美味しいが、数が出る分、詰め替え容器の売買にも旨みがあった。
あと、先ほどから『領内』と強調することで、自分達が領地持ちの貴族であることをさり気なく示している。
家名を明かさないのは事情があるのだろうが、上手い牽制だと思った。
「容器の工場をこちらに任せて頂けるなら、仲介手数料はこの額に負けさせて頂こうと思います」
チラリと、フェリシア嬢に視線を向けると、彼女は機嫌よく頷いた。妹が納得しているのなら、兄のシリウス殿に文句は無いようだ。
「では、ヒルデンさん、工場長、今後とも宜しくお願いします」
「こちらこそ…」
シリウス殿と握手を交わす。
貴族に慣れていない工場長は、さっきからただ首を振るだけの人形のようになっている。
無理もない。
商売人の兄妹だと思っていたら、いきなり綺麗な格好で現れたのだ。多分、俺も工場長も確実に寿命が五年ほど縮んだ。
けれど確信を持っていえる事が一つだけあった。
彼らは商人として大成する。長年商人ギルドで培ってきた俺の勘がそう告げていた。
「………スナイルさん、生きてます?」
「な、何とか……」
辻馬車に乗って帰って行った美麗兄妹を見送り、俺は隣で放心しているスナイル工場長を見る。
彼は呆然とした顔をしており、心ここにあらずといった様子だった。
「す、凄く綺麗でしたね、二人とも……。昨日会った時も小奇麗な少年達だとは思ってはいたんですが……」
「反則級でしたね」
「はい……。ヒルデンさん、私の工場、大丈夫でしょうか?」
「何に対しての大丈夫かは分かりませんが、彼らに付いていけば確実に儲かるとだけ言っておきましょう」
「……頑張ります」
そう決意を固めた工場長は、その後、気付けばあの美麗兄妹の後援会長に納まっていた。
家族揃って拝む勢いで心酔していると聞いた時は大丈夫かと心配したものだが、潰れる寸前だった零細工場が、王都一番の美容工場と言われるようになるのはそれから直ぐのことだ。
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