11.お兄様と一緒
「なぁ、フェリ。おかしくないか?」
「もの凄く格好いいです!最高です!イケメンです!」
「イケメン……?」
「男前という意味です!」
実際、貴族の子息らしい洋服に身を包んだ兄は、最高に格好良かった。
中古だがちゃんと靴も揃えたし、服だって父のお下がりを頑張ってリメイクした。
髪を整えて少し後ろに流している兄は、妹の私から見ても最高に格好いい。
語彙力の乏しい私には格好いいという言葉しか浮かばないけれど、女性が十人いれば十人が振り返ると断言していい。
「はぁ、お兄様が格好よくて幸せです」
「ありがとう。フェリも可愛いぞ」
私も本日はカツラを被り、小奇麗な緑色のワンピースを着ている。
そう、黙っていれば私も可愛い。
「領内では、とてもこんな格好が出来ないから新鮮ですね」
絶世の美少女である姉に多少は似ているせいか、私はまともに領内を歩けない。
髪を切って男装するまでは変装が必須だったし、女性らしい服装をするのは諦めていた。
だが、腐っても私も女だ。
こういう可愛いワンピースを着れば自ずとテンションも上がる。
ちなみにこのワンピースは姉のお下がりなので素材もそこそこ良い。飾りとして付いていた宝石やパールは速攻で売ったが、商会を始めるなら必要になることもあるだろうとこのワンピースだけは保管しておいた。
地味な色合いだったこともあり、姉は袖も通していないだろう。
「では、行くか」
「はい、お兄様」
アンブローズ侯爵家への貢ぎ物になるトリートメントも幾つか持ってきた。
今回は前回とは違い、かなり高級な装飾ビンに入れている。
余りにも好評だったので、トリートメントは高級路線に切り替えた。
ビン代は高く付いたが、元は取れると踏んでいる。
「お兄様、重くありませんか?」
「十本程度、大したことはないよ」
従者が居れば問題ないのだろうが、雇う余裕はない。工場の契約や初期費用にそれなりの額が掛かる為、今は節約の時だ。
幸い、領地の父の傍には、以前勤めていた執事と乳母が付いてくれている。
給金を払うと言ったが、一週間くらい無償で構わないと引き受けてくれた。
ありがたいことだ。二人には絶対に御土産を買って帰ろう。
それに加え、いいことは更にあった。
さすがに父に内緒でことを運ぶのに限度があった為、アンブローズ家と伝手が出来たことや、姉を聖女に祭りあげる計画を父にも話す事にした。
すると、沈んでいた父が急に元気になったのだ。
一週間でも二週間でも一人で耐えて見せるから、何としても話をまとめて来て欲しいと言ってくれた。
久しぶりに見る父の笑顔に、思わず泣きそうになってしまった。
父の後押しもあり、絶対にアンブローズ家を味方に付けてみせると私と兄は気合を入れ直す。
と言っても、駄目だった場合、今度はカレディス伯爵家へと話を持っていくだけだ。
あの家なら、聖女を見つけたといえばホイホイ引き取りにくるだろう。
問題はその後だが、ゲーム終了時までに他国へ逃げれば済む。
「とは言っても、出来れば逃げたくないし、アンブローズ家が話に乗ってくれればいいけど」
「フェリの勝算はどれくらい?」
「う~ん、五分五分かな…」
「低いな」
「だって、当主様や一番上のお兄様とは会ってないですからね。ただまぁ、弟二人や女性陣を見る限り、話の分からない人では無さそうだと思って」
「なるほどね」
そう言って暫し考え込んだ兄は、担当を決めようと言った。
「担当?」
「そうだ。俺は多分、男性よりも女性受けがいい。だから、夫人や令嬢の相手は俺がしよう。そこから王家を巻き込めば、我が家は安泰だと思う」
「王家ですか……」
「聖女の予言は王家にも大きく関わる。それに、アレは絶対に第二王子に接触を図るだろう。そうなった場合、陛下の一存だけで我が家の首が飛ぶ」
兄の言う通り、我が国は専制君主制のため、それは考えられることだった。
だからこそ、アンブローズ家を巻き込んで、出来るだけ穏便に姉と縁を切りたいのだ。
「フェリ、俺は腹を括った」
「お兄様……」
「お前が折角繋いでくれた縁だ。アレを排除するためなら、どんな手も使う」
「分かりましたわ、お兄様。私も自分の持ちうる限りの知識を駆使致します!」
「ありがとうフェリ。でも無理をしてはいけないよ」
言いながら優しく私の頭を撫でる兄は、私が久しぶりに女の子らしい格好をしているのが本当に嬉しいようだった。
私としては男の格好をするのは非常に楽で苦痛ではないのだが、その姿を見る兄や父の心労を思うと、もう少し女性らしい格好を心掛けようとは思う。
「さて、フェリ。侯爵家の前に商業ギルドに寄るぞ」
「はい。舐められないように致しましょう」
昨日の内に、詳細な話し合いは済んでいる。
契約金やギルドへの手数料も納得のいくものだったので、このまま契約するつもりだ。
容器を高級な物に変えて販売したい旨も相談済みだし、ヒルデンさんも工場関係者もその方が良いと賛同してくれた。
恐らくだが、アンブローズ家から届いた奥様からの手紙が効いているのだろう。
『絶対に失敗出来ない……』と若干震えていた工場長さんには申し訳なかった。
紹介して頂いた工場は、家族経営の小さな町工場だ。今までは石鹸の製造をしていたそうだが、最近は経営難が続いていたとか。
ゆえに、私達の提案にも直ぐに乗ってくれた。秘密保持の為の神聖契約も問題ないという話だった。
「しかし、この格好で行ってもいいのか?貴族だとバレるぞ?」
「バレても構いません。私達がちゃんとした貴族であることを暗に匂わす方が得策ですわ」
「そういうものか?」
「はい」
案の定、商業ギルドで待っていたヒルデンさんは、私達の姿を見た瞬間、大きく口を開けて驚いていた。
十三歳じゃない疑惑が更に膨れるとは思うけれど、これで変な横槍にも牽制出来るだろうから、驚かせた事は勘弁して欲しいと思った。