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1.プロローグ


「では、またね皆。……お金の無心とかは絶対にしてこないでよ?」

「分かっているよ、シーナ。元気で」

「さようなら、姉さん」

「お元気で、お姉様」


 恐らくこれが今生の別れとなるのだろうが、お互いにあっさりとしたものだった。

 お涙頂戴な雰囲気は、家族にも後ろに控えている使用人達にもない。

 そんな私達を一瞥し、小さく鼻を鳴らしながら姉は豪華な馬車へと乗り込んだ。

 我が男爵家の馬車よりも遥かに豪華な馬車は、今度姉が養子に入る侯爵家から寄越された物だった。

 そんな馬車の窓から、姉は見下すような視線をこちらへ向けてくるが、家族の誰も気にしない。


「出発いたします」


 申し訳なさそうな声を滲ませた御者の言葉と共に、ゆっくりと馬車が発車した。

 そんな馬車を囲むように、馬に乗った護衛が数人追従していく。

 最後尾の護衛が小さく頭を下げたのに礼を返し、一応義理で馬車に手を振っておいた。


「お元気で」


 誰も何も言わないのも問題かと思い、一番人畜無害そうに見える私がそう言う。

 返事は全く無かったが、姉との別れを惜しんでいる妹に少しでも見えれば問題ない。

 そうして、徐々に遠ざかっていく一団を黙って見送る。

 豆粒以下の大きさになっていった馬車が漸く見えなくなった頃、真剣な顔で馬車を見ていた兄がボソリと言葉を吐き出した。


「行ったか?」

「もう見えませんわ」


 馬車の姿が見えなくなった瞬間、私達三人の拳が無意識に震える。

 そして兄が感極まったようにその拳を大きく挙げた。


「やっと行ったぞ!!!!」

「お兄様!」

「長かった!でも、これでやっとアレと縁が切れる!」


 兄の絶叫を皮切りに父が涙ぐんだ。

 そして、私は後ろに居た使用人達を振り返った。

 使用人の何人かは父と同じように涙ぐんでいる。


「みんな、今日は宴会だ!腹いっぱいご馳走を食べよう!」

「お任せ下さい!」


 姉が去ったその日、我が家は歓喜の声に包まれ、私達は祝杯を挙げたのだった。






 私の姉であるシーナが我が家を去ったのには訳がある。

 二週間ほど前に聖女に認定されたからだ。

 それからはトントン拍子で王都行きが決まり、それと同時に姉はとある侯爵家の養女となった。

 もちろん、今代聖女を囲い込みたい侯爵家からの申し出だ。

 その申し出に、我が男爵家は一も二もなく頷いた。

 支度金という名目でかなりの金銭も貰えたし、何よりあの姉と縁が切れるのだ。

 侯爵家から出された『今後一切シーナとは関わらない』という条件にも私達家族全員が直ぐさま喜んで署名した。

 余りの躊躇の無さに契約書を持ってきた文官も驚いていたが、『シーナには昔の事は忘れて侯爵家の一員として幸せになって貰いたいので……』と父が言い訳すれば、娘想いの家族として受け入れられた。


「フェリ、アレ(・・)は上手くやると思うか?」

「………アレの妄想通りとすれば、第二王子を落とすまでは大人しくしているのではないでしょうか?」

「妄想通りに進めばいいがな……」

「お兄様、進むのではありません。進めるのです。アレはそういう女です」

「……そうだったな」


 ぶどうジュースを片手に祝杯を挙げながら、“アレ”こと姉について考える。

 幾ら今後一切関わらないという契約をしたものの、我が家は姉の生家だ。

 あの姉が何かをやらかした場合、少なくない余波を必ず受ける事になるだろう。

 兄も同様のことを思い至ったのか、更なる予防線を父に提案した。


「父上、教会に行って神聖誓約を行いましょう。聖女様に迷惑を掛けない為にも、今後一切の交流や縁を絶つと宣言するのです」

「既にうちの籍からは抜けているのに、そこまでするのかい?」

「お父様、私もお兄様に賛成です。侯爵家との契約だけでは煩く言ってくる輩がいないとも限りません。その点神聖誓約なら絶対です。家だけではなく、個人としても誓約しましょう」

「フェリ……」

「アレに掛けられた数々の迷惑、今一度思い出して下さい」


 幼少期からの我が侭な振る舞い。

 資産を食い尽くすだけに留まらない散財。

 複数の男性との不純異性交遊。


 姉が何かをする度に我が家の借金は膨れ、膨大な苦情が押し寄せる。

 今年十五歳になる兄は王都の貴族学校に入ることすら絶望的だったし、顔の似ている私は変装なしでは街に出ることも出来ない。

 それもこれも全ては姉が原因だった。


「アレのせいで、俺達は明日の食事にすら困る生活を強いられました。フェリがいなければ、増える借金でこの身を売るしかなかったでしょう」


 兄の言う通り、あのまま借金が嵩めば、間違いなく真っ先に兄がその身を売っていた事だろう。

 それほど、当時の我が家の困窮振りは酷かったのだ。


「私がシーナの教育を間違ったばかりに、二人には迷惑を掛けた。本当にすまない…」

「お父様、顔をお上げください。アレはお父様のせいでは決してございません」

「そうですよ父上。アレは生まれ付きのもので、俺たちに失敗があるとすれば、それに気付くのが遅れたことだけです」


 幼少の頃から、姉は常に妄想を口にする少女だった。


『自分は物語の主人公で、将来は聖女に選ばれて王子様と結婚するの』


 それが姉シーナの口癖だった。

 最初、それは可愛い少女の夢だと好意的に受け取られた。

 しかし五歳を過ぎても、十歳を過ぎても姉の妄想は止まらなかった。

 気付けば家でも外でも高位貴族のように振る舞い、散財を繰り返すようになったのだ。

 聖女の自分に安物は似合わないと高級ドレスを買い込み、身を飾る宝石が足りないと宝飾品を買い漁る。

 父が気付いたのは大量の請求書が家に届いた時だった。姉が十二歳くらいの時だ。

 元々大して裕福ではなかった我が家は、この時に一気に傾いた。

 以降、決してシーナに物を売らないようにと通達したが、自領内で買い物が出来なくなると、わざわざ隣の領にまで買い物に行く始末。

 姉が十三歳になった頃には男に貢がせることも覚え、そこからは様々な痴情の縺れや騒動を繰り返した。

 姉を屋敷に閉じ込めようとしても、必ず男が手引きをして逃がしてしまうのだ。


「お父様、明日朝一で王都へ向かいましょう」

「王都へ?」

「はい。地方の教会では心許ないですわ。王都の教会本部で絶縁の神聖誓約を行えば安心です」

「父上、面倒ですが、領民のためにも出来るだけの事は致しましょう」

「分かった。二人が言うようにしよう。シーナに関しては甘い考えを捨てることにするよ」


 正直に言えば、私と兄は爵位返上まで視野に入れていた。

 だが、このタイミングでの返上はさすがに何か裏があると勘繰られてもおかしくない為に様子を見ることにしている。

 それに、貧乏男爵家とはいえ、我が家は八代も続いてきた旧家だ。

 今まで必死に領主として頑張ってきた父を思うと、簡単に爵位返上も言い出し難い。

 だが、いざとなれば我が身を守る為、領民を守る為にも爵位は返上する気だった。

 それほどまでに、姉シーナの存在は危険だからだ。


『私は将来第二王子と結婚するのよ!』


 この姉の妄想は妄想ではない。

 姉の妄想は全てが予言であり、姉の中では確定事項なのだ。

 そしてそれを、私達家族は嫌というほどよく知っている。

 だって、姉はその妄想のお陰で聖女に選ばれたのだから。


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